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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第二章 渦巻く宿命の輪
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2‐16 魔術と魔法の邂逅(1)

 テウスはカーンから繰り広げられる剣を弾き返し、時にかわしながら攻防を繰り広げていた。これだけ廊下で騒いでも誰も部屋から出てこない。初めから自分たちが来るのをわかっていて、人払いをしたか、中に留まっているよう指示でもされたのだろう。

 カーンが続けざまに斬撃をしてきたので、それを必死に防ぐ。後退しているとあっという間に背中が壁にあたってしまった。はっとしている隙に、カーンが剣を振り下ろしてくる。テウスは歯を噛みしめながら剣を横に倒して、盾のように防ごうとした。

 しかし剣が混じり合う前に、横から聞き慣れた声が飛び込んできた。

「カーン! テウスから離れなさい!」

 勇ましいルカの声を聞くなり、カーンに向かって横からナイフが飛んでくる。彼は数歩下がって、ナイフの軌道から逸れた。ナイフは勢いを落とすことなく、そのまま壁に突き刺さった。

 ルカは同じ型のナイフを取り出して、カーンを睨みつけている。カーンは横目で彼女を見返していた。

「剣士との戦いに割り込むとは無粋だな」

「これが正々堂々と申し込まれた決闘なら、あたしだって心を鬼にして介入しない。けれど今はアーシェル様を助けるのが第一の目的。二人だけの戦いは後にしてくれる?」

 曲がり角からは緊張気味な表情のキストンが顔を出している。手には筒のような物を持っていた。マッチも垣間見えたため、おそらく発煙筒か煙玉の類だろう。

 カーンがテウスたちの様子を伺っている間に、隣に来た女性に軽く声をかけた。

「おいルカ、アーシェル様はいたか?」

 彼女は首を横に振っている。

「どこの部屋も閉まっていて、人の気配がしなかった。そっちは?」

「アーシェル様の髪飾りが落ちていた場所の前の部屋だけ空いていて、レナリアが中を調べている。だが……」

 カーンがさっきいった言葉が真実なら、その部屋にもアーシェルはいないはずだ。ならば、なぜレナリアは未だに現れないのだろうか。嫌な汗が背中を伝っていく。

「一つ聞いてもいいか、カーン」

「敵に問うとは面白い奴だな」

「この階にはお前以外に誰かいるのか?」

 問うが無言の反応で返される。だがそれは肯定とも考えられる様子だった。

 誰かいるとしたら……ベルーンか。しかし激しい戦闘音は部屋の中から聞こえてこない。

 もしくは新手の者か。相手がどんな人物かわからない中、彼女一人だけで向かわせるのは無謀だった。

 心の中で舌打ちをしていると、ルカの顔色がどんどん青ざめていくのに気づいた。

「まさか中にいるの、ロイスタン……?」



 * * *



 意識がはっきりとしない中、担がれたレナリアは隣の部屋に連れ込まれた。動こうとしたが、手は背中に回され、ひもで縛られており、身じろぎしかできなかった。

 隣の部屋は先ほどの部屋よりも一回り小さく、ベッドが置いてあった。白いシーツの上にレナリアは仰向けの状態で転がされる。ひもは一度外され、左手とベッドの端にある支柱に縛り付けられた。右手の甲は深々と刺されたのか、痛みで麻痺している。

 見上げるとにっこり微笑んでいる青年と目があった。この男がテウスが言っていた要注意人物、副社長ロイスタンか。まんまと敵の懐に飛び込んでしまった自分を愚かしく思う。

 その男がベッドの左側に腰かけて、レナリアの頬をそっとなでてきた。

「可愛くて綺麗な査察官の魔術師さん。お話しする気になった?」

 口を開かずに鼻で笑って返すと、彼は無表情になる。レナリアの頬から手を離し、その頬を軽く叩いた。小気味のいい音が鳴り響く。そして顎の部分を左手で持たれると、顔を近づけられた。

「魔法使いさんは君たちを守るために動いてくれている。それを無碍にしたいのかい?」

 目を丸くすると、反応を見た彼は嬉しそうに頷いた。

「お話をしてくれたら、あまり酷いことはさせないようにする。だから――」

「アーシェルはどこにいるの」

 睨みつけながら努めて低い声でいう。声を聞いたロイスタンはさらに表情をにやけさした。

「地下さ。ろ過したあとに流れている導管の近くにいるはずだ」

「なぜ?」

「この国から危ない人を排除するため」

 右手にナイフを持ち、それをレナリアの頬にあてた。冷たい。それが移動して首に切っ先を触れられる。少し皮膚を切ったのか、何かが首筋から流れ落ちる感覚がした。さらにナイフは移動して服に触れる。

「邪魔だね」

 さらりと言うと、ロイスタンはレナリアのシャツの部分を上から下まで一気に切った。声をあげたい衝動を抑えて、レナリアは歯を噛みしめる。下着と上半身の皮膚が露わになった。

 ナイフはさらに移動し、腹部のところで止まった。

「すごく鍛えているんだね」

 ナイフを離してぺたぺたと触れてくる。切っ先がないだけ危険はないが、不愉快なことには変わりなかった。

「ねえ、レナリア」

「……気安く呼ばないで」

「はは、こんな時でも強情を張れる君が素敵だよ」

 ベッドから腰を上げて、冷徹な目でナイフを振り上げられる。そして思いっきり振り落とされた。

 ナイフはレナリアの左頬のすぐ横に刺される。目を丸くしてナイフを横目で見た。心拍数が激しく上がっている。

「僕の質問に最後まで納得する答えを言ってくれたら、ここから出してあげるよ」

「言えなかったら?」

「体に傷が一本ずつ入っていく」

 ロイスタンはナイフをベッドから引き抜き、レナリアの左腕に一本の赤い線を作った。

 苦悶の表情で、腕から出る赤いにじみを見る。表面をかすっているだけで、動くには支障はない。だが抵抗すれば、彼は遠慮なく深く切ってくる。このままでは言いように遊ばれて終わってしまうだろう。

 右手の感覚はあまりない。手の甲は貫通されかけたようで、まともな握力は残っていないようだった。左手はひもで繋がれている。下手に動かして縄を外そうとしたら、すぐに気づかれてしまう。

 体の中で自由であり、怪我を負っていないのは、足を含めた下半身のみか。

「さて質問を開始しよう。君はどこで魔術が使えるようになった?」

 ナイフについた血を嘗めあげながら言う。悪寒が走りつつも答えた。

「……ある人にあの銃を渡されて、撃ってみろと言われて撃ったら、凍り付いた」

「きっかけは魔術の媒体である銃? その人はどうしてレナリアが魔術師の資質があると思ったの?」

「さあ、どうしてかはわからない」

 ふと七年前のファーラデの死の後に、ある石に触ったことを思い出す。それに触れた後、ルベグランはこう言っていた、「水を守り抜く素質」があるということを。それと何かが関係あるのか?

「勝手に思考に浸るのは駄目だよ」

 鎖骨のあたりにナイフの切っ先が向けられ、横に一直線に切られた。そして顔を近づけられ、滲んだ血を舌で嘗められる。背筋が凍り付き、体を震わした。

「……っ!」

「やっぱり女の子だね。反応が可愛い。実は男の人に裸を見せるの、初めて?」

 顔がすぐ傍にくると、レナリアは膝を立てて、ロイスタンの腹の辺りに勢いよく入れ込んだ。彼は衝撃でナイフをレナリアの体の上に落とし、立ち上がってやや後ずさった。

 ナイフが落ちた衝撃で腹のあたりに切っ先が当たる。だが怯まずに右手でナイフを握って、左手を繋いでいた縄を切った。

「この……!」

 ロイスタンが迫ってくる前に、レナリアはベッドから降りて、彼とベッドを挟んで睨みあった。自身の腰を探るが、短剣も銃が入ったウェストポーチはなかった。意識が遠のいている間に、隣の部屋に置いていかれたようだ。

 左手で握ったナイフの切っ先を向けて、レナリアはじりじりと下がる。ロイスタンは腰から鋭利な短剣ダガーを取り出した。

「それで僕に対抗できると思う? その足は切り落としておくべきだった――ね」

 ロイスタンは走り、ベッドに手を突いて軽々と越えてきた。一気に間合いと詰められたレナリアは、後ろ足で下がるが、すぐに壁にぶつかってしまった。短剣が振り下ろされる。寸前のところで、壁に転がるようにして横にずれる。短剣はレナリアに触れることなく、壁を突いた。

 レナリアは壁から背を離し、部屋の中を後ずさっていく。

「そんなに動けるのなら、薬でも飲ませておけばよかった」

 軽口を叩きながら、次々と短剣を振ってくる。軌道を確認しながら、すれすれのところで仰け反ったりしてかわした。

 ベッドの近くまで下がると、扉を目にした。瞬間足払いをされて、ベッドの上に仰向けに倒された。

 口元を大きくにやけたロイスタンが、レナリアの体をめがけて短剣を振り下ろす。

(ここで氷の障壁でもできれば……!)

 せめてもの抵抗するかのように、右手を軽くかざす。すると目の前にうっすらと氷の板が出現した。短剣の切っ先はそれに触れると、たちまち刃を覆うかのように凍り出した。

「何だ!?」

 今まで見た中で、一番の驚きを露わにしている。レナリアは転がりながらベッドから下り、ドアに向かって一目散に走った。ドアを開けようとしたが鍵がかけられている。

「おい、今、何をした」

 肩を握られると反転させられ、背中をドアにつけられる。そしてレナリアがナイフを握っている左手と右肩を両手で押さえつけられた。

「何をしたんだ!?」

 厳しい口調で言われるが、首を横に振るしかできなかった。

「いったい何のこと!? 私は知らない!」

(アーシェルがこの近くにいて、私を助けた? でもこの男は地下にいると言った……)

 否定していると、さらにきつく押さえつけられる。膝で傷ついた右手も押さられた。

「もう少し弱らせておく必要がありそうだ」

 レナリアからナイフを奪い、刺そうとした瞬間、今度はナイフだけでなくロイスタンの右手ごと凍り付いた。

 呆然としている男の腹を蹴り飛ばし、レナリアはドアを開いて、初めに訪れた部屋に流れ込んだ。正面には大きな仕事机がある。その上にレナリアの短剣と銃が置かれていた。駆け寄って、左手で銃を持った。

「待て……!」

 険しい形相の男が追いかけてくる。振り返るなり、銃声が部屋の中に響いた。レナリアの左腕に痛みが迸る。衝撃で左手から銃が滑り落ちた。

「いい気になりやがって! 殺してやる!」

 凍ったままの右手をぶらりと下げ、左手だけで短銃を突きつけている。照準はレナリアの体。

「跪いて謝れば、もう少し生きながらえさせてやるが!?」

 屈んで銃を拾おうとすると、再び銃声が鳴り、レナリアの右太股に痛みが走った。その場で崩れ落ち、床に立て膝を突きながらも落ちていた銃を握りしめた。

 急所は外されているが、腕や腿など、動くために必要な部分を傷つけられた。この状態からでは走って逃げられない。

 肩で呼吸をしながら、ロイスタンをゆっくり見上げる。視線があった彼はむっとした表情をしていた。

「何だ、言いたいことはあるのか?」

 ぼそぼそっと言う。だがそれは口の中で消えていった。

「おいなんて言った? 命乞いでもする気になったか?」

 聞き返してくる相手に対し、レナリアは銃口を突きつけた。

「貴方なんかに屈するものですか!」

 瞬間、二種類の銃声が鳴った。

 一つはレナリアの左脇腹にかすり、もう一つはロイスタンの膝あたりに着弾した。着弾した辺りから、氷が下半身に広がっていく。だが腰の辺りで止まり、それ以上は広がらなかった。

 凍りつくのが止まったのを見た青年は、口元を緩めた。

「中途半端な魔術しか使えない己を恨むんだな」

 黒々とした銃口が向けられる。頭に照準が向いているのだと、瞬時に判断できた。

(アーシェルに真実を聞きたかったな……)

 レナリアが銃口を向けなおす前に、ロイスタンは引き金をひいた。

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