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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第二章 渦巻く宿命の輪
35/94

2‐8 査察官の想いと覚悟(3)

「水環省はそもそも魔法使いの負担を軽減するために創られた省だ。それから個人で動きやすくするために、査察官という名の立場を作った。査察官は他の省にもあるが、発端は水環省からだ」

 ウィリーは呆然としているレナリアを見つつ、話を続けていく。

「様々なことが重なり魔法使いはここから追い出されてしまったが、繋がりは断ち切れなかった。むしろ切れそうになったところを何とかして繋がりを保つために、各地を回らせている、事情を知っているごく一部の査察官に探らせたんだ」

「どうして全体に知らせないんですか? 知っていれば効率よく探せるじゃないですか!」

「……魔法使いの存在をあまり多くの人に知られたくないからだよ。こちらも知るにあたって、それなりのリスクを負って聞かされている」

 ウィリーは服の中から査察官の証が記されたペンダントを取り出す。国章が描かれている表面ではなく、名前が書かれている裏面を見ると、うっすらと赤みを帯びていた。それを見たレナリアは直感的に悟った。

「血の契約……」

「察しがよくて助かる。その通りだ。部長階級以上に秘密を知る代わりに、血の契約をさせられる。今、話した内容を国家に反乱を企てる者に話した場合、私たちの血の流れが止まるよう、魔術を仕掛けられた」

「それって死ぬってことですよね?」

 ウィリーは答えずにペンダントを服の中にしまった。レナリアは自分のペンダントを取り出して、ぎゅっと握りしめた。

「私、今の話で秘密を知ってしまいましたよ……?」

「これは私の一任で話した。気にしなくていい。今のレナリアなら遅かれ早かれわかることだろうから、別に構わないだろう。――私はレナリアを信じている。君は不器用なくらいに真っ直ぐすぎる人間だから」

 ウィリーの気遣い、優しさ、声に触れて、レナリアは目が潤んでくるのに気づいた。水環省に行きたくないと思っていた自分が恥ずかしくなった。こんなにも自分を想っている人間がいるのに、何を馬鹿なことを考えていたのだろうか。

 流れ落ちる涙を防ぐかのように、レナリアは目元を拭った。

「すみません……。師匠が逝ってから、涙もろくなってしまって」

「いいんだよ。査察官であれば誰もが通らざるを得ない道だから。――そうだ、ルベグランと言えば、これをあいつから預かっていた」

 差し出されたのは、レナリアの名が書かれた、一通の白い手紙だった。封はしっかり閉じられている。

「レナリアが魔法使いに会ったら渡せと言っていた」

「師匠が? 私がいつか魔法使いに会うとわかっていたんですか?」

「そのようだ。魔術を扱えるから、私たち凡人よりは会う確率が高いと思ったんだろう」

「私の魔術なんて、たいしたことないですよ。もっとすごい人がいました。まるで魔法使いみたいでした……」

 ウィリーの顔が一瞬強張る。目がわずかに揺れていた。

「魔法使いみたいな魔術師?」

「はい。ベルーンという名の女で、道具も何も使わずに水を操っていました。その女がアーシェルを連れて行ってしまいました……」

「魔法使い様がその女に? いったいどこに連れて行った?」

 焦ったように次々と聞いてくる。いつも冷静沈着な部長の様子がおかしい。彼は前に顔を突き出していた。レナリアは首を横に振った。

「わかりません……。どこかの会社に雇われているみたいでしたが」

「もしかしてあの会社か? それはいよいよ厄介になってきたぞ」

「部長?」

 レナリアは眉をひそめた。話の筋が見えてこない。

 声をかけるが、ウィリーはその声に答えずに、椅子を引いて立ち上がった。

「今はその手紙を読んでいなさい。私はちょっと調べ物に出てくる」

「はあ……。わかりました」

 流されるままに、返事をする。ウィリーは素早く支度をして、部屋から去ろうとすると、レナリアに向かって指をさしてきた。

「館内は自由に出歩いても構わない。ただし、この建物から出るときは私に挨拶してからにすること。……まだ情緒が安定していないだろう。今晩は一緒に食事でもとろう」

「え、でも……」

 忙しい部長にそのようなことをしてもらうのは、気が引ける。それに今晩はできれば早々にガリオットの店に行きたかった。ゆっくり食事という気分でもない。

 丁重に断ろうとしたが、その前に彼は足早に部屋から出て行ってしまった。ドアが音を立てて閉められると、立ち上がりかけたレナリアは再び椅子に座り込んだ。

「ベルーンの名を出してから、様子が変わった。あの女、有名そうだけど何かあるの?」

 首を傾げながらも、レナリアは手元にある封筒を開け、中から一枚の紙を取り出した。箇条書きで単語が連なっている。

 眉をひそめながら、それをじっと見た。いくつか見たことのある単語があった。ウォールト国にある町村の名が書かれているのだ。

 ハーベルク、ルーベック、ランクフといった大きな町から、レナリアの故郷でもあるソウルスの名まで書いてある。

 国内地図を取り出して、その名が書かれたところを指で追った。特に規則性はなく、東西南北、幅広く書かれていた。しかし全部の町村は書かれておらず、例えばケリィ村の名はなかった。

「もしかして、師匠が行ったことのある町の名前……?」

 ソウルス村は目立った特色もない小さな村。ルベグランとはその村で出会っている。

「でもどうして行ったことのある村を書いた紙を私に?」

 西の果ての村の名もある。レナリアたちの管轄地域は主に東だ。北から西の町村まで満遍なく書かれているこのメモから、これら全部の地域にルベグランが訪れたとは考えにくい。

「配置替えとかはあるけど、さすがにこの広さは……」

 ルベグランが訪れた地ではないとするならば、他に何があるだろう。レナリアが魔法使いの存在を知ったときに、部長に渡すよう指示した意図は――。

「魔法……使い……?」

 その言葉を復唱しながら、レナリアは紙を持って立ち上がった。

 かつて魔法使いと共に歩んできた水環省。それに関する記述もどこかにあるはずだ。

 応接室を後にして、レナリアは担当部屋に荷物を置いてから、書庫に向かった。

 建物の奥にある、川辺近くの小さな尖塔がある地帯が水環省の書庫だ。円形状にできているそこは、三つの層に分かれている。書庫の案内地図を見たが、「魔法使い」と大々的に書かれている場所はなかった。

(国が魔法使いを追い出したんだから、表にでている訳がない。もしあるとするなら――持ち運びが認められない、地下の棚)

 レナリアは水環の査察官のペンダントを掴んで、受付の女性に歩み寄った。彼女はレナリアのペンダントを見ると、にっこり微笑んだ。

「何かご用でしょうか」

「すみません、仕事の関係で地下に行きたいのですが、よろしいですか?」

 ペンダントを見せられた女性は軽く頷くと、レナリアを地下に続く階段へと連れて行ってくれた。部屋の端にある鍵がかかったドアに案内される。そして古びた鍵でドアを開けてくれた。

「もし誤って鍵が閉まってしまった場合には、入り口すぐ脇にある紐を引っ張ってください。外まで鳴る仕組みになっていますので」

「わかりました。案内ありがとうございました」

 一礼をし、ランプを持ちながら地下に降りた。換気がされておらず、埃っぽい。通気口はあるが掃除されていないようだ。棚に指を付けると、埃がしっかりついていた。

 地下の書庫は、古くなった資料を保管している場所である。さらに古くなったものは廃棄され、特別なものだけは官公庁の共通図書館に送られていた。つまり古い資料の在処を探すためには、ここから始めるべきなのである。

 書庫内の案内が書かれた地図はないため、背表紙を見ながら自力で探していく。年ごとにまとまっている部分も多いが、隣の本を見たらたいそう古いものもあった。規則性は絶対にある、ということではないらしい。

 奥まで行き、棚の一番下に目を向けた。何十年も手が付けられていない一帯だ。

(検討がつかない……。これを一冊一冊探していたら、何日もかかってしまう。でも探さないと)

 試しに一冊棚から引っ張り出した。数十年前の書物で、ある河川の移り変わりが書かれている。ひたすらに蛇行をし続けた結果、今の場所になったというものだった。これではないと思い、首を横に振りながら本を元の位置に戻す。

(魔法使いに関連する書物はどこにあるの? 私が隠すとすれば、一カ所ではなくバラバラに置く。そして絶対に捨てられないような場所に――)

 ふと視線を横に向けた。その先にある棚が薄ら輝いて見える。目を瞬かせて、その場所に近づいた。


 ――魔術師は魔法使いから生まれた。魔法使いになれなかった人間で特に影響を受けたものが、何かを媒介にして魔術を起こすんだ。


 師匠から言われた魔術師の由来が唐突によみがえる。

 銃を介してだが、レナリアも不可思議な現象を起こせる。氷を作り出すという、魔術の中でも単純な部類に入るものだが、たしかに起こせた。


 ――優れた魔術師であれば、魔法使いを見た瞬間わかるらしい。血が呼応するらしいぞ。


 レナリアの血がざわめいている気がする。本棚に近寄り、一際輝いている本に触れた。それを引っ張り出す。題名は『名前』としか書かれていない。今にも壊れそうな表紙をゆっくり開く。輝きはその瞬間消えていった。

 そこには歴代の魔法使いの名前と出身地が書かれていた。魔法使いは数年から数十年ごとに新しい人になるため、期間も様々だった。

 出身地の中にはソウルス村の名もあった。その者は歴代でも上位三位に入る長い期間を魔法使いとして過ごしていたようだ。最後の魔法使いは百年前の人物、それ以後続きは書かれていない。

 レナリアはルベグランが残したメモと、その町村の名を一つ一つあわせていった。メモに書かれていた地名は、この出身地の一覧と同じだった。

 途中で書き終えた本の空白のページをめくっていくと、一通の封筒が挟まっていた。紙の質よりもだいぶ新しい。糊付けで封をされていた。

 本を机の上に置き、その封筒をランプですかした。中に入っている紙に何かが書かれている。封筒を破ろうと試みるが破れなかった。

「紙なのにどうして?」

 糊付けされた部分を指でなぞると、冷たい部分があった。ちょうど封筒の中間地点だった。そこに指を押して、レナリアはおもむろに呟いた。

「……発動、水の華」

 レナリアが魔術を発動する際に使う言葉を発する。銃も持っていない状態で発言するのは無意味な行為のはずだ。しかし発するなり、突然封筒が輝き始めた。

 指を引っ込めると、封筒は空中に浮かんだ。すると糊付けされた部分がいとも簡単に開かれる。やがて輝きは収まり、封筒は落下し、机の上に着地した。

 中身を取り出すと、一通の手紙が入っていた。宛名はレナリア、そして差出人はルベグランだ。

 目を丸くして、それを読み始めた。



『レナリア・ヴァッサーへ


 これを読んでいるということは、お前は魔法使いと出会い、真実の一端を見始めたということだな。そんなお前に向けて、俺が知っていることを書き記しておこう。だが、ただ単にお前を苦しめるだけかもしれない。それでもいいのなら、読み続けてくれ。


 ファーラデの死について、お前はどこまで真実を知っているだろうか。

 薄々察しているとおり事故ではない。当時の魔法使いの暴走によって命を落としてしまった。力を制限できなかった魔法使いも悪いが、ファーラデがその者を追いつめすぎてしまったのも原因の一つだ。

 水環省に入ったファーラデは、魔法使いの存在を知った後、何かを猛烈に調べ続けていた。大量の仕事をこなしながら調べていたものだから、いつしか体調を崩した。しかたなく俺が見舞いに行ったとき、ふと言ったんだ。

「自分にとってお大切な人を守るために、その時代にとって重要な人を殺さなければならないと言われたとき、大切な人と重要な人、どちらを選びますか」

 俺は後者をとると言った。妻子を捨てて仕事を選んだ俺としては、一人の人間の未来よりも世界をとるのが当然だと思った。だがあいつはそうとは思わなかった。前者をとると言ったのだ。

 それから回復した奴は懲りずに何かを調べ続けていた。魔法使いに関係することだと思ったが、鬼気とした表情をしているあいつに聞くことはできなかった。


 ある日、故郷に一時帰宅すると言ってきた。雨期が終わり、穏やかな恵みの秋がくる忙しい時期の中での突然の申し出だった。査察官の後方を支援する人物とはいえ、迂闊に離れられる季節ではない。理由を問いただすが、あいつは教えてくれなかった。

 期間について聞いてみると、思ったよりも短く、往復して数日過ごす程度だと言った。その期間なら俺が次の査察にでるまでに戻ってこられると判断し、無理に言いくるめて同行したんだ。そしてレナリアに出会った。


 ソウルス村は歴代の魔法使いの出身地の一つ、密かにだが根強い魔法使いの支持者がいる雰囲気がした。水の循環に気を使っていること、魔法使いが題名に入った本が古本屋に多く並んでいること、さらに所々に魔法が使われた形跡も残っていた。

 その中でファーラデが最も注目していたのが、村の近くを通る川の上流だった。レナリアも触れたことがあるあの石は、魔法使いの念が強く秘められたものだった。そこからファーラデは何かを解き明かそうとしていたようだ。

 ファーラデの死後、あいつが常日頃何かを書き記していた手帳を探したが、見つからなかった。それだけが所持品からすっぽり抜けていた。もしかしたらそこには何か重要なことが記されていて、魔法使いか魔術師か、それともそれに深く精通している誰かが、盗んだのではないかと考えられた。

 しかしどれも推測の域だ。あいつが何を調べていたのかも、盗まれたのかも、今となってはわからない。


 ファーラデは真面目で素直でいい奴だった。だが何かに没頭すると周りが見えなくなる傾向があった。もう少し周りを頼ってくれれば、殺されるということもなかったかもしれない。いや、あいつのことだから、周りに迷惑をかけないために、言わなかったのかもしれない。

 この事件の真相、ファーラデが何を調べていたか知りたければ、ファーラデが殺された年の魔法使いに聞け。それが最も早いだろう。


 長々と書いたが、結論はそれだけだ。

 お前がファーラデにどんな想いを抱いていたかわからないが、人間は誰しも人には見せない一面を持っていることを察してくれ。

 これからのレナリアの未来に幸あらんことを。


 ルベグランより』

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