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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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20 浄罪の祈り

 目の前の毛玉はじっと止まったままだ。その毛玉に、イリスが一歩一歩近づいて行く。


「よしよし、怖かったね……。でももう大丈夫だよ! 私が来たから何も心配いらないからね!」


 イリスがそっと毛玉を撫でると、毛玉はぶるぶると小刻みに震えだした。

 まさか怒り出したのか!? と俺は慌てたが、イリスは相変わらず毛玉を撫でている。


「クリス、お願い。この子を助けてあげて」

「ひ、ひゃい!? ……え?」


 いきなり振られて変な声が出てしまったが、イリスは動じずにじっと俺を見ていた。


「この子、苦しんでるんだよ。体に変なモノが入り込んでる。だから苦しいの。クリスならなんとかできるでしょ……?」

「でも……」

「大丈夫、できるよ」


 イリスは俺を安心させるように微笑んだ。

 その顔を見ると、不意にレーテの事を思い出した。

 そういえば、あいつもいきなり人の体を奪い取ったりドラゴンの前に引きずり出したりするとんでもない奴だった。

 ……まったく、無茶ぶりばっかりする姉妹だ。


「……失敗しても文句は言うなよ!」


 さっき一度失敗したのでやっぱり怖い。

 でも、イリスの頼みを無下にするという選択肢は俺にはなかった。

 ゆっくりと再び毛玉の方へ杖を向けると、イリスが発破をかけるように口出ししてきた。


「失敗したら許さないからね。二人でこの子に食べられちゃうかも」

「こえー事言うなよ……」


 でも、その言葉でこわばっていた体が動き出した。

 成功するかどうかはわからない。でも、やってみないと何も始まらない!


「大地を護りし神々よ、悪しき業を打ち砕き、無垢なる咎人に救済を……」


 ゆっくりと呪文を唱える。毛玉は相変わらずぶるぶると震えているが、イリスは微笑みながら毛玉を撫でている。

 ……大丈夫、今ならいける!!


「“浄罪の祈り(パーゲイションブレス)!!”」


 呪文を唱え終わると、先ほどよりも強い光が毛玉を包み込んだ。毛玉の震えが大きくなる。

 そして、突如激しく暴れはじめた。


「うわっ!!」

「待って! 大丈夫だから!!」


 イリスはいきなり暴れ出した毛玉にも動じずに、ぐっと毛玉に触れる手に力を込めていた。

 不思議と、毛玉は暴れているがまるで地面に縫いとめられているかのようにその場から動いていない。


「大丈夫、大丈夫だよ……」


 不意に、杖を掴む手に暖かさを感じた。

 見れば、イリスの左手が俺の右手首のあたりに触れている。これはやめるな、ということなんだろうか。

 まあ、もともと途中でやめる気なんてなかったけどな!!

 あらためて、杖を握る手に力を込める。

 大地を浸食する闇を払拭する……大丈夫、俺にもできるはずだ!!

 段々と毛玉を包み込む闇が弱まっているのを感じる。最後の一押し、とばかりに俺はぐぐっと杖を毛玉に押し付けた。

 毛玉が悲痛な声を上げた。ぶわりと毛玉からあふれた黒い煙のようなものが宙へ舞い上がり、そして消えた。


「レーテ! レーテしっかりして!!」


 ぼぅっと黒い煙の行方を見送っていた俺は、その声ではっと意識を引き戻された。

 イリスがしゃがみこんで必死に何かを抱えている。

 見なくてもわかる。あの小さなウサギだろう。


「貸して、診るわ」


 急に背後から声がしたと思うと、フィオナさんがイリスの手から小さなウサギをひったくった。

 そっと地面に寝かせると、あちこちを手で触って調べている。


「レーテ、大丈夫……?」

「……安心しなさい、ちゃんと生きてるわ。随分と衰弱してるけどね」


 それを聞くと、イリスは力が抜けたようにぺたんと地面に座り込み嗚咽をあげはじめた。緊張の糸が解けたんだろう。

 きっとイリスだって、かわいがっていたウサギがこんなことになって怖かったし不安だったはずだ。

 俺はそっとイリスの背中を撫でた。


「とりあえずあなたはこのウサギを連れてディオール教授の所に行きなさい。私たちも一緒について行ってあげるから」


 きっと、さっきの爆発音とこのウサギの変異はまったく別の所で怒った異変だ。

 

 今、この大学内で何かが起きている。

 

 イリスもこのままここにいたら危険だろう。

 ディオール教授はおっとりした女性だけど、曲がりなりにも大学教授ならきっと大丈夫だ。彼女ならイリスを保護できるだろう。


「……大丈夫、一人で行けるよ」


 イリスは小さなウサギを抱き上げるとはっきりとそう言った。

 まだ涙に濡れていたが、その目はしっかりと前を向いていた。


「たぶん、他にもっと困ってる人がいる。そっちに行った方がいいよ」

「そうみたいだな……」


 俺が頷くとイリスはたたっと走り出した。その足取りに迷いはない。

 心配は心配だが、ここは大丈夫だと信じよう。


「フィオナさん! さっきの爆発の所に行きましょう!!」

「そうね……あんた、平気なの?」


 フィオナさんは何やら不快そうに眉をしかめている。

 まさか、さっきの毛玉と戦った時に負傷でもしたのだろうか?


「どこか怪我でも……」

「違うわよ! 瘴気、まだ感じるわ」


 そう言って、フィオナさんはぐるりと辺りを見回した。ばたばたと倒れていた魔法使いたちは少しずつ起き上がり始めているが、どこか苦しそうに見えた。

 これも瘴気とやらの影響なんだろうか。


「いえ……俺には、あまりよくわからないんです」

「……ならいいわ。行くわよ」


 そう言うと、フィオナさんはまた走り出した。俺もその後を追う。嫌な空気が辺りに漂っているのが分かった。

 リルカはどこに行ったんだろうか。一刻も早くリルカに会いたい。

 例えリルカが何であっても、俺にとってはかわいいリルカだ。

 だから、戻ってきてくれ……!



 ◇◇◇



「ひどいわね……」


 フィオナさんがぽつりとこぼした言葉に、俺も心の中で同意した。

 瘴気の影響なのか、そこらじゅうで多くの人が倒れたりうずくまっていたりしている。更には、あちこちに魔物の姿が見えた。

 いったい何がどうしてこんな状況になっているんだ!?


「こうなったら、元を絶たないと……っ!!」


 フィオナさんがそう呟くと同時に、蜘蛛の姿をした魔物が俺たちの方へと踊りかかってきた。

 間一髪それを避ける事には成功したが、蜘蛛型の魔物はシューシュ-という不気味な声をあげて俺たちの様子をうかがっている。油断したらまたすぐにでも飛び掛かってきそうだ。


「ひいぃ……」


 いくつもの不気味に光る眼が俺たちを捕えている。俺はがくがくと自分の足が震えるのが分かった。

 なんて言っても蜘蛛だ。まず見た目が怖い。

 しかも、この蜘蛛は人間の大人と同じくらいの大きさなのだ。

 気を抜いたら頭からむしゃむしゃと食べられてしまうかもしれない。

 俺は必死に頭の中からそんな嫌な想像を追い払おうとした。


「……やるわよ」


 フィオナさんは蜘蛛から目を離さないようにしつつ懐からあの球型の魔法道具マジックアイテムを取り出した。

 俺もなんとか杖を構えて蜘蛛と睨みあう。

 俺もフィオナさんも魔術師タイプだ。フィオナさんはともかく、どう考えても俺は接近戦には向いていない。

 目の前の蜘蛛がどのくらいの強さなのかはわからないが、少なくとも見た目だけは俺をビビらせるのに十分なくらい気持ちが悪い。

 杖を握る手に汗がにじむ。蜘蛛はまた気味の悪い鳴き声をあげた。

 そして、蜘蛛の足がぴくりと動いたその瞬間、突如どこからか飛んできた大剣が蜘蛛の体を真っ二つに切り裂いた。


「えぇっ!?」

「何よ……」


 俺たちの目の前で、蜘蛛は断末魔さえあげる暇もなく不気味な色の体液をまき散らしながら絶命した。

 そして、その後ろからのっそりと巨体が姿を現した。


「よお、無事か? お前たち」


 現れたのはテオだった。

 こんなわけのわからに状況なのに、見慣れた顔はいつも通り余裕綽々の表情を浮かべている。

 

「あんた……遅いのよ!」

「なんでここに!? ルカは!?」


 俺が慌ててそう聞くと、テオは蜘蛛の体から剣を引き抜きながら何気なく答えた。


「置いてきた」

「……はあ!?」

「こっちの方が騒がしかったからな。まあ、様子を見に来て正解だっただろう?」

「それはそうだけど……」


 テオによると、ヴォルフも少し離れた所で魔物と戦っているようだ。そこは心配ないのだが、やっぱり気になるのはリルカのことだ。


「なあ、ここに来る途中でリルカと会ってないか? まだ見つからないんだ!」

「残念だが見ていない」

「だったら早く探さないと……」

「だが、まずはこの事態を何とかするのが先だ」


 テオはまた剣を担ぐとぐるりと周囲を見回した。

 あちこちで魔物が暴れているのが見えるが、ここは魔術師たちの聖地だ。大学の魔術師たちも果敢に応戦している様子が見て取れた。


「でも、リルカがっ!」

「クリス、リルカを信じてやれ。あいつは強い、たぶんお前が思っているよりもな」


 テオはそう言って、困ったように笑った。それでも俺は安心できなかった。

 確かに普段のリルカならきっと大丈夫だろう。でも、いなくなった時のリルカは自分の秘密を知ってショックを受けていたんだ。

 とてもいつもと同じような精神状態でいるとは思えなかった。

 だが、それでもテオは譲らなかった。


「オレたちは長い間あいつを見守ってきた。だからわかる。リルカなら大丈夫だ。あいつは何があっても乗り越えられる強さを持っている」


 テオは自信満々にそう言った。なんだかそう聞くと、俺までそんな気がしてくるから不思議だ。


「そうかな……」

「ああ、そうだ。だから、今はオレ達はオレ達でやれることをするぞ。ここで右往左往していたらリルカにあきれられてしまうからな」


 その言葉を聞いて、俺ははっとした。

 リルカと出会って一緒に時間を過ごすにつれて、何度かリルカの口から勇者になりたいと言う言葉を聞くことがあった。

 リルカは勇者に憧れていた。いや、勇者じゃなくてテオに、だろう。

 傍から見ていた俺にもわかるくらいだったし、きっとテオもそのリルカの憧れに気が付いていたんだろう。

 だから、テオは今も「勇者」であろうとしているんだ。

 きっと、誰よりもリルカの為に。


「……わかった。さっさと片付けてリルカを探すぞ!!」


 情けない所を見せたくないのは俺も同じだ。

 こうなったらこの状況を華麗に解決して、リルカに聞かせてやらないとな!


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