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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第三章 魔法使いの島
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17 風の生まれる場所

 リルカが混乱していると、女性はきょとんと首をかしげた。


『どうかしたのですか? 愛し子よ』

「あ、あの……人違い、だと……思います……」


 この女性が何なのかは全くわからないが、少なくともリルカの母親でない事だけは確かだ。

 だって、リルカは錬金術師ルカによって作り出されたホムンクルスなのだ。母親なんているわけがない。

 だが、女性はリルカの言葉を聞くとまた安心させるように優しく微笑んだ。


『……覚えていないのですね。あなたは小さかったので、致し方ない事です。でも大丈夫。何も心配することはありませんよ』


 女性はリルカの真正面に降り立つと、リルカの傍にかがみこんだ。至近距離で目が合う。

 そのまま女性はそっとリルカの手を取った。


『さあ、思い出して。あなたが生まれたこの場所のことを』


 女性がそう言った途端、リルカの周囲を強く風が渦巻き始めた。周囲の精霊たちも嬉しそうに風に乗って飛び回りだす。

 女性がリルカの手を取ったまま立ち上がった。当然身長差があるため、リルカは女性に引っ張られるような形になり……宙に浮いていた。


「え……えぇ……!!?」


 女性に持ち上げられている、という訳ではない。不思議な力に支えられるように、リルカの体はまるで蝶や鳥のようにふわりと宙に浮いていた。


「うわわわわ……」


 リルカが慌てている間にも、どんどんと女性とリルカは高い所へと舞い上がっていた。地上の草木がどんどん小さくなる。もうかなりの高さまで上昇してしまったようだ。

 ここで落ちたらどうしよう、とリルカは身をすくませた。


『大丈夫、怖がることはありません』


 女性はまるですべてを許すかのような優しい笑みを浮かべて、リルカにそう語りかけた。リルカは思わず小さく頷いてしまう。

 すると、次の瞬間女性はぱっとリルカの手を離した。


「えっ……きゃああぁぁ!!」


 女性の支えを失ったリルカは、そのまま頭からまっさかまに地面へと落ちていく。先ほどとは逆に地面がどんどん近くなる。

 錯覚だろうか、一直線に落ちているはずなのにずいぶんとゆっくりに感じられた。

 ああ、ここで死ぬのかな……とリルカは考えた。

 まあ、ここで生き残ってもどうせ自分はルカに解体される運命なのだ。だったら、誰にも手を掛けさせずにここで壊れた方がいいのかもしれない。

 でも、少しだけ心残りがあった。せめて、最後にクリスたちにお礼を言いたかった。

 あの人たちには随分お世話になったから、せめてもう一度だけ会えたら……

 そう思った途端、リルカの体は吹き上げる風に巻き込まれてまた上空へと打ちあがった。


「うわぁぁ!!」


 そのまま何度か落ちて、また巻き上げられて、また落ちてと繰り返す。まるで竜巻のように強い風に巻き込まれて、リルカの体はあちこちへと飛ばされだんだんとぐるぐると目が回ってきた。

 もう、落ちるなら落ちるで早くやってくれればいいのに。そう思って目を開くと、いつの間にかリルカの周りに精霊たちが集まって来ていた。


『ほら、風に身を任せて。そんなに怖がらなくても大丈夫だって!』


 風に身を任せる。そう語りかけられた途端、リルカの体はすっと軽くなったような気がした。そのまま体の力を抜いて、吹き荒れる風に身を任せる。

 すると、リルカの体はまたふわりと舞い上がった。


『そうそう。その調子だよ! さあ、こっちに来て』


 鳥の姿をした精霊が少し上からそう語りかける。

 不思議とどうすればいいのかわかった。

 リルカはその精霊を視界に収めると、まるで空中を泳ぐように思いっきり空気を掻いた。リルカの体がぐん、と前に進む。そのまま繰り返すと、リルカは難なく鳥の精霊の所まで辿り着くことができた。


『ほら、もう君は飛べる』


 リルカと同じくらいの少年の姿をした精霊がリルカの足元を指差してそう言った。彼の言った通り、リルカは何もない空中を浮遊していた。

 ……これが風に乗るという事なのだろうか。


『おかえりなさい! さあ、母様の所へ戻ろう!』


 たくさんの精霊に先導されるようにして、リルカは空中で待っていた先ほどの女性の所へと戻ってきた。

 女性は相変わらず優しい笑みを浮かべている。


「あ、あの……」

『ほら、あなたの魂は覚えているのです。あなたは風の中で生まれた、わたしの大事な愛し子です。ここにいるのは皆あなたのきょうだいなのですよ』


 リルカはあたりを見回した。様々な姿をした、多くの精霊たちが嬉しそうにリルカを見ている。

 そして、リルカは思い出した。


「あ、あぁぁ……」


 そうだ。リルカはここで生まれた。

 ここで母に見守られ、たくさんのきょうだい達と一緒にいつも風に乗って大空を飛び回っていた。


 そう、リルカは風の精霊として生まれたのだ。目の前の女性の子供として。


「お……かあ、さん……?」


 リルカがそう呟くと、女性は嬉しそうにリルカに向かって両腕を広げた。こらえきれずに、リルカは彼女の胸へと飛び込んでいた。


『おかえりなさい、愛し子よ。もう、何も恐れることはありませんよ』


 優しく背を撫でながら、女性はリルカに向かってそう語りかけた。

 それを聞いたら、リルカの中で抑えられていた様々な思いがあふれ出てきてしまった。


「う、ぅ……うぇ……うわああぁぁぁん!!!」


 胸元で泣きじゃくるリルカを女性は優しく抱きしめてくれた。

 彼女の腕の中で、リルカは様々な事を思い出した。



 ◇◇◇



 リルカはたくさんのきょうだい達と一緒に、風の大精霊である彼女の元で生まれた精霊であった。

 ある日、少し丘を離れて一人で探検していた精霊のリルカは、森の中で小さな家を見つけた。

 あまり人間に近づきすぎてはいけないと注意されていたが、リルカはつい好奇心からそっと家の中へと入り込んだ。中には頭を抱える男と、忙しそうに家中を走り回る少年がいた。

 リルカは彼らに見つからないように家の中へ進み、そしてホムンクルスの「リルカ」の体を見つけた。

 まだ幼子であるその「リルカ」は眠っているように見えた。

 精霊のリルカは興味本位でホムンクルスの「リルカ」の体に近づいて……そして唐突に吸い込まれた。

 

 その時に何が起こったのかはわからない。

 ただ、気が付いた時には小さな風の精霊の魂はホムンクルスの体の中に入り込み、小さな風の精霊は「リルカ」になった。

 そして、その瞬間リルカは自分が風の精霊であったことをすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 ゆっくりと目を開き、体を起こす。

 物音に気が付いたのか、尖った耳を持つ少年が近寄ってきた。


「あれ、自発的に起きたのかな? 何か外部刺激でも……」

「……あぅ…………」


 口を開くと、音となって声が出た。それがおもしろくて何度か繰り返していると、目の前の少年が驚いたように目を見張った。


「あ、あれ……なんかいつもと違うね……? もしかして……ねえ! 『ルカ』って言ってみて!?」


 少年が興奮したように顔を近づけてきた。何を言っているのかはよくわからなかったが、彼が何度か繰り返していた言葉だけは耳に残った。


「……る、かぁ……?」


 ゆっくりとそう口に出すと、少年はぺたんと放心したようにその場に座り込んでしまった。


「す、すごい……ってこんなことしてる場合じゃない! 先生! 大変です!! ルカ先生!!」


 少年は立ち上がると、盛大に家具にぶつかりながら慌てたように部屋を出て行った。すぐに黒髪の男が少年と共に部屋にやって来る。

 男はリルカの姿を視界に収めると、驚愕したように目を見張った。

 もしかしたらこれが、リルカが初めて体の生みの親と対面した瞬間かもしれなかった。



 その後は、案外穏やかな日々が続いたような気がする。

 クロムはルカの論文を絵本代わりにリルカに読み聞かせたりと少しずれた行動をすることがあったが、いつもリルカには優しかった。

 ルカは子供の扱いに慣れていないのか基本的にリルカの相手はクロムに任せているようだったが、気が向いた時にリルカを散歩に連れ出したりと構ってくれることがあった。

 そのまま、彼らと暮らす日々は数年続いた。そう、あの事件が起こるまでは。

 

 その日、ルカの弟子だと言う男が家にやって来て……その後のことはあまり思い出せない。

 きっと、リルカはそこでルカの家から連れ出され、戦うだけのホムンクルスとして邪教徒に利用されることになったのだろう。

 ……クリスたちと出会うまでずっと。


 そこまで思い出して、リルカは母の胸から顔をあげた。相変わらず母は優しげな笑みを浮かべてリルカの髪を撫でていた。


『思い出したのですね』

「はい……」


 リルカがはっきり頷くと、周りを漂っていた精霊たちが歓声を上げた。


『あなたが帰って来てくれて、こんなに嬉しい事はありません! これでまた、家族で過ごすことができるのですから!』

「あ……」


 母は嬉しそうにリルカの手を握りしめたが、リルカは思わず目を伏せてしまった。

 帰ってきた、と目の前の母ときょうだい達は言った。

 

 そうなんだろうか。リルカはここに帰ってきたのだろうか。

 自分のことなのにリルカにはわからなかった。

 リルカはホムンクルスだけど、精霊の魂を持っている。それでもルカはリルカを解体しようとするだろうか。それに、クリスたちには何て話せばいいんだろう。

 それよりもまず、これから先、リルカはどうすれば……。

 そう考えた途端、周囲の精霊たちが一斉にざわめきだした。


『あれ見て! 大変!!』

『人間の街が!!』


「え!?」


 つられるようにして大学がある方角へと顔を向けて、リルカは息をのんだ。

 ちょうどリルカたちは風に乗って上空にいたので、大学とそこから延びる街並みがよく見えた。

 見慣れた大学の建物から煙が出ている。それも一か所じゃない。何棟もの建物から黒い煙が立ち上っていた。


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