14 リルカの真実
ざくざくと森の中を歩いていると、クロムが焦ったように俺の腕を引いてきた。
「あの……ほんとに行くんですか……? 今からでも考え直した方が……」
「ここまで来て何言ってんだよ!」
「だって、ルカ先生絶対怒りますってぇ……」
錬金術師ルカの家に近づくにつれて、クロムの顔はどんどん泣きそうになってきた。
ちょっとかわいそうな気もするが、ここで負けるわけにはいかない。俺はクロムを無視して歩き続けた。
「ああ、どうしよう……僕殺されるかも……」
クロムは悲痛な声でそう絞り出した。俺は思わず振り返ってしまう。
「お前さぁ、なんでそんな怖い奴に師事してんの? 他にも錬金術師はいっぱいいるだろ?」
純粋に疑問だった。
いくら錬金術師として優秀でも、そんな人間性が終わってそうな奴の下で働きたいと思うだろうか。俺だったら思わないな。
だがクロムは俺の言葉に心外だとでも言うように首を振った。
「ルカ先生は怖い所もあるけど……優しい人なんですよ……!」
「話聞いてる限りでは全然そう思えないんだけど」
昨日の様子からも普通に怒りっぽい短気な男にしか見えなかった。俺の苦手なタイプだ。クロムはあいつのどこが優しいというつもりなんだ。
そう言うと、クロムは必死な表情で弁解をしてきた。
「ルカ先生は落ちこぼれでどうしようもなかった僕の事を拾ってくれましたし、あの子たちのことだって本当の子供みたいに……あっ、今のは忘れてください!!」
「だからそのあたりを詳しく話せよ……」
そんな話をしているうちに、あっさり錬金術師ルカの家についてしまった。
昨日初めて来たときは随分遠く感じたものだが、二回目となると意外なほどに近く感じるものだ。
「やっぱりやめましょうよぉ……」
「残念だがここまで来たらもう引けないな」
おろおろするクロムを置いて、テオは家の扉へと手を伸ばした。
意外なことに鍵はかかっていなかったようで、小さな音を立てて扉はあっさりと開いた。
「ああぁぁ、どうしよう……」
ぶつぶつ言っているクロムはヴォルフに任せておいて、俺とテオは錬金術師ルカの家へと足を踏み入れた。
中に人の気配はない。不在かな……とあたりを見回していると、奥の部屋へと続く扉の向こうからコトリ、と小さな音がした。
扉に近づくと、その向こうから遠慮がちな声が聞こえてきた。
「クロムか? その……昨日は悪かった……」
聞こえてきたのは、昨日俺たちを追い出したあの錬金術師ルカの声だった。どうやら入ってきた俺たちをクロムと勘違いしているようだ。
それにしてはなんかやたら弱々しい声だ。どう答えよう……と考えていると横のテオに黙っているようにと合図を送られる。俺は無言でテオに頷き返すと、黙ったままルカの次の言葉を待った。
「その……出てけって言ったのは本気でそう言ったわけじゃなかったんだ……俺が悪かったな、済まない……」
これは意外だ。昨日あれだけ偉そうに怒ってた錬金術師ルカがこんなにしおらしく謝ってくるなんて。
もしかして、クロムの言ってた本当は優しい人だっていうのも当たっているのかもしれない。
「おいクロム……おまえ何ずっと黙って……」
「クロムでなくてすまんな」
話の途中でテオはいきなり扉に手をかけて勢いよく開いた。
その向こうでは壁に背を預けた錬金術師ルカが呆気にとられた顔で俺たちを見ていた。
「…………は?」
「すまん、鍵がかかっていなかったので勝手に入らせてもらったぞ」
ルカは驚きすぎて何も言えないようだ。
どうしよう……と考えていると俺たちの背後からドタドタと慌てたような足音が聞こえてきた。
「先生、すみません! あのっ、僕……」
「クロム……」
息せき切って現れたのはクロムだった。その後ろには慌てた様子のヴォルフもいる。
ルカはクロムの姿を認めて一瞬だけほっとしたような顔をしたが、すぐに表情をゆがめた。
「てめぇどの面下げて帰ってきやがった……」
「なんだよ、さっきまで俺が悪かったとか言ってたくせに」
「えっ?」
さっきと態度が全然違うので俺が文句を言うと、びくびくしていたクロムの顔がぱあっと明るくなった。ルカは気まずそうに目をそらしている。
「だいたい、何でてめぇらは勝手に入って来てんだよ……」
「すまないが聞きたいことがあってな」
テオはそう言うと、浮かべていた笑みを消して一歩ルカに詰め寄った。
「聞きたいこと……?」
「そうだ。おまえがホムンクルスを作り出したと言うのは本当か?」
テオがそう言葉を発した途端、場の空気が一瞬にして張りつめた。
ルカはぎろりとテオを睨み付け、クロムの顔はこわばった。
「てめぇ、どこでそれを……」
「どこであろうと関係ない。オレは事実確認をしたいだけだ」
テオは淡々とそう告げる。クロムが慌てたようにテオの腕を引っ張った。
「テオさんっ、待ってください! ルカ先生は……」
「クロム、下がってろ」
ぴしゃりとそう言い放ったのはルカだった。クロムはびくりと体をすくませるとテオから距離を置いた。
ルカはテオを睨み付けたまま口を開く。
「てめぇは何者だ。何故ホムンクルスを気にする」
「オレはテオ。ティエラ教会の勇者だ」
「勇者……?」
それを聞いてルカは眉をひそめる。だがテオは気にせずに続けた。
「オレたちはアルエスタでホムンクルスと思わしき奴に襲われた。あれはおまえが仕向けたものなのか」
テオがそう言った途端、ルカはひゅっと息をのんだ。次の瞬間、クロムがルカをかばうかのようにテオとルカの間に割って入ってきた。
「待ってください! 違うんです! ルカ先生は悪くない!!」
「クロム、黙れ……」
「ほんとに違うんです! これには理由があって……」
「黙れっつってんだろ!!」
ルカに怒鳴られてクロムはびくっと肩を震わせた。そんなクロムを自分の背後に隠すようにして、ルカは一歩前へ出てテオと対峙した。
「それで、勇者様は世を乱す大罪人を裁きに来たってわけか?」
「……場合によってはな」
テオとルカが無言で睨みあう。俺はどうしたらいいのかわからず成り行きを見守る事しかできなかった。
そして、先に観念したのはルカの方だった。
「……わかった。ついて来い」
大きなため息をつくと、そう言ってルカは奥の扉の先へと歩き出した。その後へテオが続く。俺もクロムに促されて、おそるおそる扉の先へと足を踏み入れた。
扉の先は廊下のようになっており、いくつかの部屋があるようだった。その中の一番遠くにある扉を開けると、ルカは俺たちを呼び寄せた。
その部屋はどうやら研究室のようで、あちこちに本やよくわからない魔法道具のようなものが転がっている。
そして、部屋の中には一枚の絵画が掛かっていた。桃色の髪をした美しい女性が花畑にたたずんでいる絵だ。
「……これは?」
「花の女神、リラ様です。同じ花の女神としてはティエラ様の方が有名なのであまり知名度はないんですけど、この辺りにはリラ様の名を冠したリラの花がたくさん咲くんですよ」
ほら、とクロムは机の上に置いてある花瓶を指差した。
なるほど、そこにはピンク色の小さな花がさしてある。たしかさっきの部屋にも同じ花が飾ってあったはずだ。
「……そろそろ本題に入らせてもらおうか」
テオが腕を組みながらそう言い放つと、ルカは大きなため息をついた。
「クロム、説明してやれ」
「は、はい……」
クロムはびくびくと俺たちの様子をうかがいながら、そっと話しはじめた。
「あの……どこから話せばいいのか……」
「ホムンクルスを作るのに成功したって言うのは昨日聞いたから、その続きな。それでそのホムンクルスはどうなったんだよ。今もここにいるのか?」
俺がそう促すと、クロムは小さく首を横に振った。
「そうですね……最初のホムンクルスが生まれて、僕たちはその子を育てていました。はっきりと成果が出たら大学にも発表しようと思ってたんです。何年か経って、何人かのホムンクルスが生まれました。……でも、その頃大学ではちょっと大変なことが起こっていて……」
「大変な事?」
そう聞き返すと、クロムは顔を伏せて小さく頷いた。
「過激派って呼ばれる、ちょっと危険な一派がいたんです。危険な研究に手を出して追放間近だって言われてましたね。そして、大学では過激派とその過激派を諌めようとする一団との間で衝突が起こりました。……死者も出たって聞いてます。それで……その過激派の中に、僕と同じくルカ先生の弟子がいたんです」
俺は思わず横目でルカの様子をうかがった。
ルカは壁に背を預けたまま。目を瞑ってじっとクロムの話を聞いている。
「その兄弟子は、ルカ先生の研究を目当てにこの家を襲撃しました。僕たちも何とかしようとしたんですけど……相手は大人数で、そこにいたホムンクルスはすべて連れていかれました。研究過程も全て持って行かれたと思います。……それ以来、ルカ先生はホムンクルスを作ってはいません」
クロムはそこまで言うと、顔をあげて真正面からテオと視線を合わせた。
「なので、もしアルエスタでテオさんを襲ったのがホムンクルスだとしても、それはルカ先生が仕向けたものではありません」
最後に、クロムはきっぱりとそう言い切った。
「だが、俺に意志に反していたとしても俺の生みだした物が悪用されたのは事実だ。ホムンクルスには魂がない。どんな危険な命令にも従う人形なんだ。これは、そういったリスクを管理できなかった俺の責任だ」
ルカはクロムの頭にぽん、と手を置くとじっとテオを見据えた。テオは何も言わない。
俺は張りつめた空気を打破するように思わず口を開いた。
「あ、あのさ! そのホムンクルスってどういう見た目してんの?」
もしかしたら俺たちがそう思い込んでいるだけで、アルエスタで戦った子供たちとルカの作り出したホムンクルスは全く別物だったのかもしれない。
そう藁にもすがる思いで言い出したことだったが、俺の発言は最悪な答えを導き出してしまった。
「見た目は普通の子供と変わりないんですよ。ただちょっと目の色とか髪の色とかが珍しい色になったかな……。特に、最初に生まれた子なんかはルカ先生の影響か女神リラ様によく似た容姿をしていたんです!」
「え……」
俺は思わず部屋に賭けられている女神リラの絵画へと視線をやった。桃色の髪をなびかせる美しい女性がそこには描かれている。
その桃色の髪は、俺の良く知る色だ。
「ちゃんと人の子供みたいに僕が名前も付けていたんですよ。そうですね……例えば、その子はルカ先生とリラ様から名前をもらって……」
「リルカ」
その名前を聞いた途端、俺の心臓がどくんと跳ねた。
リルカの名前を出した張本人であるテオは、何を考えているのかわからない瞳でじっとクロムを見つめていた。
「そいつは、リルカという名前ではないのか?」
「……よく、わかりましたね……どうして……」
クロムは訝しげにそう答えた。それを聞いて、俺は息が止まるかと思った。
だが、それだけでは済まなかった。
きぃ……と小さな音を立てて部屋の扉が開く。思わず部屋にいた全員がびくりと扉の方へと視線をやった。
扉はきちんと閉めたはずだ。勝手に開くはずがない。
開くとしたら、外に誰かがいてその人物が扉を開けたからに他ならない。
「あ…………」
その姿を見て、俺はくらりとめまいがした。
そこに立っていたのは、真っ青な顔をしたリルカ本人だったのだ。




