11 姉妹の話
あのよくわからない女……レーテの過去が分かるかもしれない。俺はちょっとドキドキした。
「レーテは私のお姉ちゃんで、小さい頃からずっと一緒にいたの」
イリスはどこか遠くを眺めながら、ぽつぽつと話し始めた。
「お父さんとお母さんは昔はいたと思うんだけど……気が付いたらいなくなってて、私はレーテと二人で小さい部屋にいたんだ」
「小さい部屋……」
ディオール教授はイリスは悪質な魔術結社に捕らわれていたと言っていた。小さい部屋というのはその時の記憶なんだろうか。
「たぶんあの人たちの目的はレーテで、私はいつも放っておかれてたの。レーテはよく部屋から連れていかれて、しばらくすると怖い顔をして戻ってきた。そんな時は私が話しかけても何も言わないで……うん、ごめんね。実は私とレーテってそんなに仲良くないんだ」
「そうなんだ……」
イリスが少し悲しそうな顔をしたので、俺はなんと声を掛けていいのかわからなかった。
仲が良くない、と言った本人のはイリスは傷ついた顔をしている。きっとイリスはレーテの事が好きなんだろう。俺は一人っ子だから良くわからないけど、姉妹だからやっぱり好きなんだよな。
レーテはどうなんだろう。少なくとも俺と話した時は妹の話なんてまったく出てこなかったな……。
「ある日ね、いつもみたいに連れて行かれたレーテは戻ってこなかったの。大人たちは私に何か知らないか、って何回も聞いてきたけど私は何も知らなかったし……それで、しばらくしてコゼット先生のお友達が助けてくれてここに来たの。……ごめんね、あんまりレーテの事で話せることってないんだ」
「……十分だよ」
俺が小さくそう呟くと、イリスはあっと小さく声を上げた。
「あとね、レーテはたまに私の好きな食べ物を譲ってくれたし……熱が出た時は看病してくれたし、私はレーテの事が好きだった。でも……私はレーテに何もしてあげられなかった。だから……レーテは私の事が嫌いなんだと思う」
イリスはそれだけ言うと下を向いてしまった。その肩が小さく震えている。
俺は軽率にレーテの話を聞いてしまった事を後悔した。だから、少しでもイリスの為に何かをしてあげたかった。
「イリス。俺はミルターナの生まれで、ここに来る前はアルエスタにいたんだ」
「うん……」
「ここに来るまでにほんとにいろんな人に会ったんだ。だから……」
「だから……?」
レーテは不思議そうな顔で俺の方へと振り向いた。その瞳は潤んでいるが、涙はこぼれていなかった。
……我慢したんだな。
「だから、いつかお前の姉さんにも会えるかもしれない。いや、絶対会える! その時はバシッと言ってやるよ。おまえ、かわいい妹を放置して何やってるんだって!!」
俺はレーテとイリスの事については何も知らない。だから、レーテからしたら事情も知らない奴が偉そうにすんなって思われるかもしれない。それでも言ってやりたかった。
おまえの妹は今でもお前の事が好きで、ずっとお前の事を探してるんだって!
「でも、クリスはレーテの顔知ってるの?」
「え……? えーっと、俺とそっくり、とか……?」
慌ててごまかすと、イリスはくすくすと笑いだした。
よかった、もう泣いてはいないみたいだ。
「ほんとだよ! クリスとレーテって双子みたいにそっくりだもん! ねえ、実は私たちの親戚とかじゃない?」
「うーん、どうかな……」
似てるも何もこれはレーテ本人の体だよ! なんてことは言えない。それでも俺が必ずレーテに伝えると宣言すると、イリスは満足気に頷いた。
「言ってやって。私がずっとレーテの事待ってるって」
「うん。言うついでにここに引っ張って来てやるよ」
「ありがと、期待してる」
そう言うと、イリスはぴょん! とベンチから飛び降りた。すると、どこからか小さな白いウサギがイリスの足元へと駆け寄ってきた。イリスは優しくそのウサギの頭を撫でている。
「お前のペット?」
「ううん、この辺りに住んでる子なの。レーテって言うんだよ」
「へ、へぇ……」
引きつった顔の俺など気にせずに、イリスはひたすらレーテと名付けられたウサギの頭を撫で続けていた。野ウサギに姉の名前を付けてしまうほどレーテが恋しいようだ。
まったく、こんな健気な妹を放置してあいつは何をやってるんだろうな!
「コゼット先生からお使い頼まれてたんだ。もう行くね」
「気を付けろよ!」
イリスはウサギを抱き上げ俺に軽く手を振ると、そのまま走って行ってしまった。その姿が見えなくなるまで俺はその場に突っ立っていた。
やれやれ、またやることが一つ増えてしまった。無事に世界を救って元に戻ったら、まずはレーテをイリスの所に引きずって行く。これが最優先だな!
◇◇◇
フィオナさんに教えてもらった定期市の開催日になると、俺たちは早速ブローチの出所を探しに市へと繰り出した。
開催場所である大通りから外れた小さな広場には、もう数多くの人が集まっている。そこには机や木箱に商品を乗せたような簡素な店が数多く出店していた。フィオナさんの言った通り、自作の魔法道具や薬らしき物を売っている人もたくさんいる。
魔法道具はともかく薬を買うのはちょっと怖いな……。腹でも壊しそうだ。
よく見ると、売っている方も買いに来る方も魔法使いが多いようだ。まあ、魔法使いが集まる島なんだから当然か。中には触媒らしきものを売っている店もある。
植物や鉱物ならいいけど、魔物の体の一部とかはちょっと目を背けたくなるな……。
「錬金術士の店か。……で、錬金術士とはなんなんだ?」
「俺だって知らないって。とりあえずそれっぽいのは残さず見てこうぜ」
テオも錬金術士が何なのかはよくわかっていないようだ。まあそれは俺も同じなので文句は言わないでおこう。
俺たちは見逃さないようにひとつひとつ店をのぞいて行った。中にはアクセサリーを売っている人もいたが、残念ながらリルカのブローチを見せても見覚えはないと言っていた。
あらかたの店を見終わってもロクな手がかりを得られなかった。
やっぱここじゃないのかな……と思い始めた時、俺は隅の方にぽつんと座り込んでいる少年に気が付いた。
「ん……?」
よく見ると、少年の前に置かれたぼろぼろの木箱の上にはいくつかの物が乗っているのが見えた。その中にはキラキラと光る石のようなものも見える。
「なあ、ちょっと見せてもらってもいいか?」
俺が近づいてそう声を掛けると、ぼけーっとどこか遠くを眺めていた少年が慌てたように俺に視線を合わせた。
「え、お客さん!? は、はい! どうぞ!!」
少年が慌てたように立ち上がった。その体は思ったより小柄だった。たぶんリルカとそんなに変わらないくらいの年だろう。
肩のあたりまで伸びた空色の髪に、とがった長い耳。この少年もエルフみたいだ。
それにしては小さいような気もするけれど……まあ、それはどうでもいいか。
俺は木箱の上に置いてあった緑色の石を一つ手に取ってみた。細い皮紐が通してあり、ペンダントのようになっている。ちょっと形がぐにゃぐにゃしてて不格好だと感じた。
なんていうか、手作り感あふれる商品だった。
「これって宝石?」
「いえ……僕が錬金術で作った模倣宝石なんです……」
少年は恥ずかしそうにそう言った。
錬金術……か。リルカが持っていたブローチは今木箱の上に並んでいる品よりはだいぶ高価に見える。きっとこの少年が作ったものではないんだろう。でも、同じ錬金術士なら何か知ってることもあるかもしれない。
「なあ、これってどこで作られたかとか知らない?」
俺がリルカから預かっていたブローチを渡してそう尋ねると、少年は興味深そうにブローチを手に取った。
「わぁ……すごく精密に作られてますね……。この色つやとか、それに……えっ!?」
ブローチをひっくり返した途端、少年の顔色が変わった。おそらく彼が見たのはあの月と太陽の模様の部分だろう。
この反応って事は、何か知ってるのか!?
「なあ、これって――」
「これはルカ先生が作ったものですよね!!?」
誰が作ったのか知ってるのか? と聞こうとした俺の声は興奮したような少年の声にかき消された。
少年は頬を紅潮させながら、キラキラした目で俺の事を見つめている。
「さすがルカ先生! この色! このなめらかさ! 絶対に僕にはまねできません! あなたもそう思いませんか? あれ、あなたそのバンクル……もしかして大学の方ですか!?」
「えっ?」
少年はがしっと俺の腕を掴んだ。
ふむ、確かに彼が掴んだ俺の腕には大学に入るときにつけろと言われたバンクルがはまっている。どうやら彼はこのバンクルを見て俺を大学の人間だと勘違いしたらしい。
どう答えようかな……と考えている間にも、少年は一人でなにやらべらべらと喋り続けていた。
「そのブローチを見てルカ先生を探しに来たんですよね! 僕もずっとルカ先生の才能は大学内でこそ発揮できると思ってたんですよ!! それなのに先生はもう戻るつもりはないって頑なで……でも、大学の方が直々にスカウトに来れば変わると思うんです!!」
少年はなおも一人でしゃべり続けていたが、俺は取りあえず頭の中を整理しようとした。
たぶんこの少年が言ってるルカ先生というのがリルカのブローチを作った人物で、この少年はその人物を知っている。うん、それだけで十分だ!
俺は大学の関係者とは言えないけど、どうせならこの勘違いに乗っかってしまおう!
「なあ、そのルカ先生って人に会えるか?」
「もちろんです! 僕がご案内いたします! あ、申し遅れました。僕はルカ先生の助手のクロムといいます! ほら、早く行きましょう!!」
少年はそう言うと並べていた商品を乱雑に木箱に突っ込みはじめた。勢い余っていくつかの商品が地面に落ちて慌てて拾い上げている。
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ、たぶん……」
近づいてきたヴォルフがそう訝しげに聞いてきたが、俺はそれに曖昧に返すことしかできなかった。
この少年はいまいち頼りないが、それでも今は彼がリルカのブローチの手掛かりを握る唯一の人間なんだ。どれだけ頼りなくても彼に賭けるしかない。
よいしょ、と木箱を持ち上げて立ち上がった少年の手から、テオは木箱をもぎ取った。
「重いだろう、持ってやる」
「わあ! ありがとうございます!! うーん、今日はいいことばっか起きるなぁ……」
そのままふわふわした足取りで歩き始めた少年――クロムの背を俺たちは追いかけるように歩き出した。
この小さな少年は随分と頼りないが、きっと彼が俺たちをリルカの過去へと導いてくれる。今の俺たちにはそう信じるしかなかった。




