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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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9 温泉パニック!

 俺たち二人が無事に戻ると、宿屋の老夫婦はほっとした顔を見せた。

 随分と心配をかけてしまっていたようだ。


「このカエルが巨大化し、夜な夜な暴れまわっていたようです」


 テオは手に乗せていたた相変わらずゲコゲコ鳴いているカエルを、二人の方へと差し出した。


「おお、この声です!! この声が毎晩響いてお客さんが怖がってしまいまして……」


 じいさんはあっさりとこの普通サイズのカエルが、自分たちを悩ませていた魔物だと信じたようだ。

 変異体って、意外とどこにでもいるものなんだろうか。

 俺の故郷のリグリア村の周辺にはいなかったぞ。


「それで、こいつはどうしますか? 何ならオレの方で始末しますが……」


 テオがそう言いかけると、じいさんはとんでもない、と首を振った。


「この子もわしらと同じ、この山の住人です。鳴き声がうるさかっただけで襲われた人もいませんし、普通のカエルに戻れたのなら元の所に帰してやりましょう」


 宿屋の入口の扉を開けカエルを離してやると、すぐにカエルは外へとぴょんぴょん跳んで行った。

 たぶんまたゲコゲコ鳴くんだろうが、もう魔物だと怯えられることもないだろう。


「お二人とも、どうもありがとうございました。どんな礼を尽くせばよいのか……」

「あの、じゃあ一つだけいいですか?」


 ここぞとばかりに、俺は主張することにした。

 今回の件で、カエルを倒したのはテオだで。でも、俺だって奴にのしかかられたり、ねちょねちょになったりといろいろ苦労したんだ!


「ちょっとカエルの体液で汚れたんでお風呂入りたいんですけど……できれば温泉で」

「お安い御用です!!」



 ◇◇◇



「あぁー生き返るぅー!!」


 温泉につかって、俺はうーん、と思いっきり手足を伸ばした。

 あのカエルのねちょねちょした粘液は入る前にさっぱりと洗い流したし、温かい湯がじんわりと疲れた体を癒していくのを感じる。


「ふむ、やはり温泉とはいいものだな」


 テオもご満悦の様だ。見た目からは全く疲れているようには見えないが、このゴリラ勇者も内心では疲労を感じてたりするんだろうか。


「クリス、ここの宿屋はこの温泉と魚料理が売りらしいぞ。あのカエルが出るようになってからはろくに魚とりもできなかったらしい」

「へえ、じゃあもう大丈夫なんだ。お客さん戻ってくるかな」

「時間はかかるだろうが、こんな温泉があるんだ。必ず戻るだろう」


 それを聞いて少し安心した。

 知る人ぞ知る秘湯というのもいいが、あの老夫婦の為にも繁盛している方がいいだろう。


「念のため、明日からしばらくここの山中を見回ることにする」

「え、何で?」

「変異体が現れたという事は、どこかに(ゲート)が開いてる可能性があるんだ。放っておけばあのカエルのように魔物化する生き物が出てくるかもしれん」


 そこまで言うとテオは大きくため息をついた。


「まあ、今夜だけはゆっくり休めばいい。おまえもな」


 言葉通りに、今のテオはゆったりとリラックスしているようだ。

 それにしても、と俺はまじまじとテオの体をみつめた。

 服を着てない状態で見ると、本当に全身すごい筋肉がついている。

 ……いったいどれだけ鍛えればこんなゴリラみたいな人間になるんだ。

 見たところこいつは亜人種ではなく普通のアトラ大陸の人間っぽいが、もしかしたら別の大陸から来たゴリラ人間とかなのかもしれない。

 だっておかしいじゃないか、とても俺と同じ種類の生き物とは考えられない。

 そう思わないと、同じ男としては少し情けなく感じてしまう。

 まあ、今は女の体になってるからそこまで引け目は感じないが。

 …………ん、女?


「ああぁー!!!」


 いきなり大声をあげて立ち上がった俺に、テオは驚いた表情を浮かべた。


「いきなりどうした、腹でも痛いのか?」


 違う、そうじゃない。

 もっと重要なことがあるだろ!


「俺、今、女!!」

「ん?」

「女の体になってるじゃん! 何で普通に一緒に入ってんだよ!」

「自分で本当は男だとか言ってただろう」

「そうだけど! そうじゃなくて気にしろよ!!」


 ずっとこいつと行動を共にしていたので今まで気が付かなかったが、さすがに一緒に風呂に入るというのはまずい気がする。

 精神的には男だけど、体の方は完全に女になってるんだし!

 焦る俺とは対照的に、テオは相変わらずリラックスしたままだ。

 立ち上がったままの俺の体を奴の視線がなぞるのを感じる。タオルも何も巻いてなかったので、上から下まで全身丸見えだ。

 そして、下から上まで俺の体を検分し終わった奴はとんでもない一言を言い放った。


「安心しろ、その体型では男とそんなに変わりはない。もっと肉付きを良くしてから気にした方がいいぞ」


 俺は絶句した。

 テオの優しい眼差しで俺の胸のあたりを見ている。

 その眼差しと声色からは、全くといっていいほど下心を感じない。

 確かに、俺の胸は貧相だ。もしかしたら、テオの鍛えられた胸筋よりも小さいかもしれない。

 目の前に晒された奴の雄っぱいはでかい。

 

 ……でも、そんな言い方はないじゃないか!

 

 いくら元は憎い偽勇者の体と言っても、今は俺の体なんだ。

 男と変わらないなんて言われて、思ったよりも傷ついた。自分でもどうしてそう思うのかはわからないけど。

 怒りとか羞恥心とか情けなさとかいろんな感情がごちゃまぜになって、俺は思わずテオに殴り掛かった。


「覚悟しろこのデブ専野郎ぉ!!」


 テオは動かない。

 俺の拳が奴に当たると思った瞬間、俺の体は宙を舞っていた。


「えっ……? っぎゃああ!!」


 そのまま、温泉の中に勢いよく落下した。ここの温泉は結構広くて深い。

 頭は打たなかったが、思いっきり鼻の中に湯が入ってしまった。

 あいつ、俺の事投げ飛ばしやがった!


「ぶはっ、何すんだよ!」


 立ち上がってげほげほとせき込みながらテオを睨み付けたが、奴は相変わらずリラックスしたまま湯につかっていた。


「向かってきたから相手をしたまでだ」

「何だとぉ?」

「もう終わりか? まだまだ相手になるぞ」

「上等だ、やってやるよ!!」


 その後、俺とテオの組み手(とも呼べないくらい一方的だった)は、戻ってこない俺たちを心配した宿屋のじいさんがやってきて、困惑しきった顔で遠慮がちに声を掛けるまで続いたのであった。



 ◇◇◇



「あー、もう! ちょっとは手加減しろよ!」


 宿屋に戻り、ばあさんの淹れてくれたお茶を飲みながら、俺はまたテオに文句を言い続けた。

 結局、俺の拳がテオに届くことはなかった。一体俺は何回お湯の中に投げられたんだろう。

 いまだに鼻の中に湯が入ってる気がする。


「おまえは中々根気があるな。本格的に体術の修行をしてみるか?」

「……やめとく」


 どうせ修行するなら、男に戻ってからの方がいいだろう。今のままだとまったく勝ち目がない気がする。

 まあ、今日の事でテオが俺の性別を全く気にしてないことが明らかになったのは……割と良かったかもしれない。

 男と変わらないなんて言われたのはむかつくが、変に意識されるよりはましだ。

 そう思うと、いきなり殴り掛かってしまったのは少しまずかったかもしれない。

 相手がゴリラ勇者だから俺が投げ飛ばされるだけで済んだが、普通の人間だったら怒って当然だろう。

 もしかしたら、テオも顔に出さないだけで内心は怒りが渦巻いているのかもしれない。

 ……やばい、どうしよう!


「あのさ……怒ってる?」


 俺はおそるおそるそう問いかけた。

 謝るなら、早いうちの方がいいと思ったからだ。


「何がだ?」

「俺、いきなり殴り掛かったじゃん。……それで」

「なんだ、そんなことか」


 テオは全く気にしていない、という風に笑った。


「クリス、おまえが猫を飼っているとする」

「うん?」

「猫と言ってもまだ子猫だ。とても小さい」


 頭の中に子猫を思い浮かべる。生まれたばかりの小さな子猫。みゃあみゃあ鳴いて、俺に甘えてくる小さな子猫。


「どう思う?」

「どうって……かわいいんじゃない?」

「そうだろう」


 そうだ、かわいいに決まってる。

 だがこいつは何が言いたいんだ。


「その子猫は腹が減ったり、退屈だったりすると、すぐにおまえにじゃれつく。時には、爪を立てたり、甘噛みしたりもする。どう思う?」

「どうって……まあ、かわいいから許しちゃうんじゃない?」

「そういう事だ」

「は?」


 何がそういう事なんだろう。まったく意味が分からない。


「あまり気にするな。おまえが静かだと逆に不気味だ」


 先に寝るぞ、と言って、テオは本当にそのまま寝てしまった。残された俺は、先ほどの猫の話の意味を考え続けていた。

 あまり気にするな、というのは俺がテオの機嫌を気にしていたことに対してだろう。その後の猫の話は、ペットに噛みつかれたり引っかかれたりしても怒ったりはしないということだ。

 そこから導き出される答えは……



「俺はペットってことかよ!!」



 男とか女とか、どうやらテオにとってはそれ以前の問題だったらしい。


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