10 レーテの妹
翌日から俺たちはリルカを大学まで送って行った後、さっそくブローチの出所探しを始めた。
アムラントの市街地は大学の内部ほどではないものの複雑に道が交差しており、油断すると迷ってしまう。露店が多く出ている通りもあった。しかも日によって出店する人が違っていたりするらしい。これは探すのに骨が折れそうだな……と一日目からさっそく俺はくじけそうになった。
でも、ここであきらめるわけにはいかない。これはリルカの家族につながる手がかりかもしれないんだ。どれだけ時間がかかっても、俺が絶対に見つけてやる!!
◇◇◇
「あー、またお菓子なんか買って……」
「いいじゃん、お腹すいたんだし」
途中でつい買ってしまったお菓子を食べながら通りを歩いていると、偶然別行動をしていたヴォルフと再会した。俺がお菓子を買った事に何やらぐちぐち言ってたのでクッキーを一枚口に突っ込んでやったら黙ってもぐもぐと咀嚼していた。
よし、これでお前も共犯だな。
「それで、何かわかりましたか?」
「なんにも。何軒かアクセサリーショップとか見てみたけどリルカと同じようなのは無いんだよな……」
俺はリルカのブローチと同じ模様を書き写した紙を開いた。さっきも店員にこの紙を見せて、これと同じ模様のアクセサリーってない? と聞いてみたがどの店の人も知らないようだった。月と星が重なったような割と簡単な模様だ。どこにでもありそうな気がするんだけどな。
「そういうお前はどうなんだよ」
「あなたと同じですよ。もっと簡単に見つかるかと思ってましたけど意外ですね……」
ヴォルフも方も駄目だったようだ。やっぱりそうだよな……とヴォルフの方へと視線を向けて、俺はある事に気が付いた。
「あれ、お前……もしかして背のびた?」
よく見ると以前よりヴォルフと目線が近くなっているような気がする。確か前はもっと下だったはずだ。いつのまにでかくなったんだろう、全然気が付かなかった。
「14才だっけ。俺もそのくらいの時は一気に伸びたなぁ……」
「そりゃあ……僕だってまだ成長期ですから。あと今は15才です」
「え!?」
そんな事実は初耳だ! 確か初めて会った時は14才だって言ってたはずだ。ということは……
「誕生日来てたのかよ! いつ!?」
「少し前ですよ」
「言ってくれれば良かったのに……」
よく考えれば、俺がリグリア村を出てもう半年以上は経ってるんだ。俺はまだだけどこいつに誕生日が来てたとしてもおかしくはない。ないんだが……何も黙ってることはないだろう。
そう言うと、ヴォルフは呆れたようにため息をついた。
「リルカちゃんの前でそんなこと言えるわけないじゃないですか」
「…………そっか、そうだよな」
リルカには過去の記憶がない。当然、自分の誕生日だって覚えていない。そんなリルカの前で誕生日の話なんてできないよな。リルカは良い子だからきっと相手がだれであっても祝おうとするだろうけど、きっと人知れず自分の誕生日がわからないことに傷つくはずだ。俺だってリルカにそんな思いはさせたくない。
「でも、ここであのブローチの事がわかれば多分リルカの過去だってわかるだろ! そうしたら誕生日だってわかるじゃん!!」
そうだ、俺たちはここにリルカの過去につながる手がかりを探しに来たんだ!
お菓子なんて食べて休憩してる場合じゃない!
「リルカの誕生日が分かったらさ、皆でお祝いをしよう。で、来年はちゃんとお前の誕生日も祝おう! リルカと一緒にな!!」
「来年、か……」
俺がそう提案すると、ヴォルフは呆れたように笑った。何だろう、そんなに変な事を言っただろうか。
「来年になったらもうクリスさんの背を追い抜いてるかもしれませんね」
「え!? いやその頃は俺も元の姿に戻ってるはずだし……」
「あれ、でも勇者クリスもそんなに背が高いようには見えな」
「はいはい、この話はおしまい!! お前もサボってないでちゃんと探せよ!」
痛い所を突かれる前に俺はだだっと走り出した。確かに元の男の俺も長身……と言えるほど背が高いわけじゃない。でもまだ17才だ。のびる希望はあるはずだ!
頼むぞ、レーテ。ちゃんと栄養と睡眠は取っといてくれよ!!
夕方まで探したけど結局この日は何の収穫もなかった。仕方なく俺たちは大学にリルカを迎えに行って、すごすごと宿へと引き返した。
◇◇◇
その後も数日にわたって俺たちはブローチの出所を探し続けてが、めぼしい成果は上がらなかった。いったいなんなんだよ。この島で売られていたのは確かなはずなのに、何でこうも手掛かりが見つからないんだろう。
探すのにも疲れてきたので、俺は気分転換に大学内を散策していた。適当に城内をうろついているとなにやら大きな部屋の扉が開いているのが見えた。
気になってそっと扉越しに中を覗くと、天井まで届くほどの背の高い本棚の列の中にまばらに人がいるのが見える。
どうやらここは図書室のようだ。俺はちょっとわくわくした。
リグリア村にいた頃から俺は本を読むのが好きだった。小さい頃は……いや、今もだけど本の中の不思議な世界や激しい戦いに胸を躍らせていたものだ。故郷には教会と街の小さな本屋くらいしか本を読めるところはなかったので、こんな大きな図書室を見るのはもちろん初めてだ。
大丈夫かな、怒られないかな、とびくびくしながら足を踏み入れたが特に何か言われる気配はない。そういえば大学の入口で人の確認をしていたようだし、意外と大学内に入ってしまえば自由なのかもしれないな。
俺は適当に本を眺めつつ本棚の間を進んでいった。さすがに大学の蔵書というだけあって、タイトルからして俺にはわけのわからないような本ばかりだ。ぺらぺらと中のページをめくってみるが、やっぱり何が書いてあるのかは理解できなかった。
フィオナさんやリルカならわかるんだろうか。俺にはさっぱりだよ。
そんな風にぶらぶらと図書室内を歩き、とある本を手に取った時俺は心臓が止まるかと思った。
「これって……」
その本の表紙には丸と三角と四角をものすごく複雑に組み合わせたような模様が描かれていた。その模様には見覚えがある。俺は懐から紙を取り出して確認した。
……やっぱりだ。大分簡略化されているようだが、リルカのブローチに描かれていた模様とそっくりだ。
あらためて表紙を見直すと、「錬金術手引書」と書いてあるのが見て取れた。
どうやらその本は錬金術について書かれている本であるらしい。錬金術……についてはその名前くらいしか聞いたことがない。何か手がかりでも……と思って中を見てみたが、やっぱり俺にはさっぱりだった。
仕方がない。こうなったらフィオナさんの知恵を借りることにしよう!!
◇◇◇
研究室を訪ねるとそこにいたのはフィオナさん一人だけで、リルカとダラス教授は出かけているのか不在だった。俺が経緯を説明して本を手渡すと、彼女はぱらぱらとページをめくり始めた。
「ふぅん……内容はそんなに複雑なわけじゃないわね。初心者か中級者向けって所かしら」
「え、そうなんですか?」
どうやらフィオナさんはちょっと見ただけで内容が分かったようだ。でも初心者向けはないんじゃないかな。俺なんてじっくり見ても全然意味が分からなかったし。
「専門外の私でもほとんど理解できるわ。少なくとも錬金術の専門家には物足りないんじゃないかしら」
「へ、へぇ……それでその表紙の模様って何かわかります?」
俺がそう聞くと、フィオナさんは表紙をじっと見つめたのちすごい速さでページをめくり始めた。俺は口出しすることもできずにじっとその光景を見守った。
しばらくすると、フィオナさんは静かに本を閉じた。
「この模様自体は錬金術そのものの紋章の一つで個人を特定する物にはならないわね」
「そうなんですか……」
俺はこの模様が誰かの自作の模様で、これを見つければリルカの過去への手掛かりになると思っていたけどそうじゃないみたいだ。なんだろう、ハート形とか星形みたいなありふれた感じなんだろうか。それじゃあどうしようもないな。
「ただ、そのアクセサリー自体が錬金術士によって作られた物の可能性は高いわね。もう市街の一通りの店は探したんでしょ?」
「はい、でも見つからなくて……」
「だったら定期市に出された物の可能性も残ってるわ」
フィオナさんによると、定期市の言うのは特定の日付や曜日にのみ開かれる市の事らしい。
そうか、そこにしか出されないならいくら店を探しても見つからないよな。
「定期市には小遣い稼ぎに自作の魔法道具や薬なんて物を売る人もいるのよ。錬金術で作った模倣宝石を売る人だっているかもしれないわ」
「そっか!!」
フィオナさんに定期市の開催予定を聞いて、俺は意気揚々と宿に戻ろうとした。その途中、建物の陰のベンチで見覚えのある輪郭を見つけて思わず立ち止まった。
「……イリス?」
そこにいたのは、少し前に俺が泣かせてしまったレーテの妹――イリスだった。
俺の声に気が付いたのかイリスが俺の方を振り向く。目と目が合い、俺たちはしばしお互いに見つめあうような様態に陥った。
そして、先に動いたのはイリスだった。
「あの、この間はごめんなさい」
イリスはおどおどと俺に向かって頭を下げた。あのむかつくレーテの妹だと言うのに随分と礼儀正しい子だ。レーテにこの子の爪の垢でも飲ませてやりたい気分だよ。
「いやいや、全然気にしてないから大丈夫だよ!」
「そっか、ならいいや」
俺がそう言った途端、イリスは申し訳なさそうな態度を捨てて涼しげな笑みを浮かべた。
「え……?」
「だって、よく考えたら私そんなに悪い事してないしね。クリスもそう思わない?」
そう言うと、イリスはにこっと俺を挑発するような笑みを浮かべた。
前言撤回。そういう所はレーテにそっくりだな!!
「はぁ、もっと落ち込んでるかと思ったら……」
「だってずっと落ち込んでてもつまんないじゃん。どうせなら面白い事ばっかり考えてた方がいいと思わない?」
イリスは再びベンチに腰掛けるとぶらぶらと足をゆすっている。なんとなく俺も引き寄せられるように隣に腰掛ける。近くで見ると本当に俺……ではなくレーテにそっくりだ。
そう思うと、つい聞かずにはいられなかった。
「なぁ、お前の姉さんのこと……聞いてもいいか?」
よく考えると俺はレーテの事を何も知らない。顔と、名前と、後はあのむかついてしょうがない性格をちょっと知ってるくらいだ。
俺はたぶんあいつに名前とか出身地とかいろいろばれてそうなのにちょっと不公平だ。妹から情報を得るくらい許されるだろう。
ダメもとで聞いてみたのだが、イリスはあっさりと頷いた。
「……いいよ、教えてあげる」
そう言うと、イリスは俺の方を向いて蠱惑的な笑みを浮かべた。
ああ、そういう所はほんとお姉さんにそっくりだよ!!




