9 魔法道具
ダラス教授の研究室は広く、俺たちが最初に通された応接間の奥には更に大きな部屋があった。綺麗に片付けられた応接間とは違い、その部屋には何やらごちゃごちゃと数多くの箱や道具が積み重ねられていた。
「まったく、私がいない間もちゃんと片付けてくださいとあれほど言ったのに……」
フィオナさんはぶつぶつと呟きながら部屋に散らかる道具を片付け始めた。俺は部屋の隅にある棚がどうしても気になって、そちらの方へと近寄った。
「うわぁ……!!」
ぐるぐると白いもやが渦巻いている水晶、砂が落ちきると勝手にひっくり返る砂時計、見たこともない植物の鉢植えや動物の牙らしきものなど、何やらよくわからない不思議なものが所狭しとその棚には並べてあった。
「だいたいは問題ないけど、あんまり触らない方がいいわよ。まだ研究途中だから安全性に関しては絶対の保証はできないの」
机の上に散らばった物を仕舞いながら、フィオナさんは事もなさげにそう言った。俺は慌てて砂時計に伸ばしかけていた手を引っ込めた。いきなり破裂でもしたら大変だ。
触らないように気を付けながらその辺りを眺めていると、一通り片付けが終わったのかフィオナさんがこちらへとやって来た。
「お待たせ。まだ先生の話は終わらないと思うからちょっと見せてあげるわ」
そう言うと、彼女はさっき俺が手を伸ばしかけていた砂時計を手に取った。
「まずはこれね。一見普通の砂時計に見えるけど砂が落ちると……」
ちょうど緑色の砂がほとんど落ちかけていた砂時計は砂が落ちきるとひとりでにひっくり返り、今度は青色に変色した砂が、さらさらと少しずつ落ち始めた。
「すごい……!」
「まあ、実用的……というよりは観賞用ね。でも私は結構気に入ってるのよ」
その後も、フィオナさんはいくつもの魔法道具の説明をしてくれた。彼女が前に魔物を倒すのに使っていたあの球もどうやら魔法道具の一種らしい。俺も使えるかどうか聞いてみたら、なんでもあれは黒魔法に精通した者でないと危険すぎて使いこなせないようだ。フィオナさん曰く俺は無理だろうがリルカなら練習すれば使いこなせるようになるだろうという事だった。それを聞いたリルカはちょっと嬉しそうにしていた。よかったな、リルカ!
「すごいんですね、魔法道具って」
「ええ。でも、強い力を秘めているという事は悪用されれば取り返しのつかないことになる可能性もあるのよ。だから私たちもむやみやたらに魔法道具を売ったりはできないの。よっぽど危険性のないものじゃないとね。それより……」
フィオナさんの視線がヴォルフを捕える。彼女にじっと見つめられたヴォルフがびくりと肩をすくませたのが分かった。
「前から思ってたんだけど、あなたの指輪って……」
「いや、あの……これは……」
ヴォルフはぱっと手を背中の後ろに隠して、フィオナさんの視線から遠ざけようとした。その反応を見て、フィオナさんはふぅ、とため息をついた。
「……やっぱり、本物なのね」
「これには理由があって……別に、盗んだものとかではないんです」
「別に何でもいいわ。あなたがいたずらに魔法道具を乱用するつもりがないのならそれでいいのよ」
それだけ言うと、フィオナさんは興味が失せたかのようにヴォルフから視線を外した。対するヴォルフも明らかにほっとした表情を浮かべた。
「あの指輪が何なんですか?」
「本人が話さないのなら私には何も言う権利はないわ。ただ、あなたも興味本位で触ったりしない方がいいわよ。……魂を削り取られたり、異世界に飛ばされたりしたくなければね」
「え…………」
絶句する俺を置いて、フィオナさんはリルカの手を引っ張って別の棚の方へと歩いて行ってしまった。残された俺はそっとヴォルフに問いかける。
「なに、その指輪ってそんなに危ないの……?」
「いえ……少なくとも、あなたやリルカちゃんを巻き込むようなことはしないつもりですから」
それだけ言うと、ヴォルフは黙ってフィオナさんの後を追いかけて行った。
俺やリルカを巻き込むつもりはない、っていう事はお前自身はどうなるんだよ。そう聞きたかったけど、俺は怖くて聞く勇気が出なかった。
◇◇◇
ぼんやりと俺たちがフィオナさんの魔法道具の解説を聞いていると、部屋の扉が開いて応接間の方から満面の笑みを浮かべたダラス教授とテオがやって来た。
「いやいやテオくんを拘束してしまってすまなかったね。貴重なお話が聞けたよ」
「先生、それよりこの部屋の惨状はなんなんです!?」
「フィオナ……いやいや私もそろそろ片付けようと思っていたところなんだが……」
「まったくそんな事ばっかり言って」
小さくなるダラス教授にフィオナさんはぷりぷりと怒っている。たぶんここではダラス教授の方が地位が上だろうに、フィオナさんにどこか逆らえないような雰囲気を感じるのは俺だけでは無いようだ。
「ふぅ……ということで、私も今日から復帰しますのでもうこんな惨状は許されませんからね。あなた達も、ここまで一緒に来てくれてありがとう。助かったわ」
フィオナさんはにっこりと笑うと、懐から小さな袋を取り出してテオに手渡した。俺も横から覗き込むと、ちょっと信じられないくらいの額の金貨が入っていた。
「えぇ、こんなに!?」
「フィオナ、正直俺たちは何もしていないが……いいのか?」
一応護衛という名目で雇われたはずの俺たちは、魔物が出てくるたびにフィオナさんが勝手に片付けてしまうので大したことはしていなかった。それでこんなにお金をもらちゃっていいんだろうか。
「過程がどうあれ、私は無事にここにたどり着くことができた。それはその報酬よ。あら、まさか断るなんて私に恥をかかせるような真似なんてしないわよね?」
どこか威圧感を感じるフィオナさんの笑顔に、俺たちは有難く受け取っておくことにした。本人がいいって言ってるしいいんだよな。
「それで、あなた達はこれからどうするの?」
「まだしばらくはアムラントに留まるつもりだ。あのブローチの出所も探さなければならんしな」
そうだ。俺たちがここに来た一番の目的であるリルカのブローチに関してはまだ何もわかっていない状態だ。これから本腰を入れて探しはじめなければいけないんだ。
「そう、それならそれでいいわ。リルカ、あなたにはまだ伝えきれてないことがたくさんあるの。暇があったらここへ来てちょうだい」
フィオナさんはそう言ってリルカに優しく微笑みかけた。ダラス教授もうんうんと頷いている。どうやらフィオナさんはよっぽどリルカのことを気にいったようだ。
フィオナさんの申し出に、リルカは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに戸惑ったように視線を彷徨わせた。もしかして、あのブローチの事を気にしてるんだろうか。
「リルカは……でも……」
「大丈夫だって、リルカ。あのブローチの事は俺たちにませとけよ! こんな機会たぶん滅多にないだろうからさ!!」
俺はリルカの肩をポン、と叩いてそう諭した。リルカはなおも渋っていたが、俺たちの説得が効いたのか頷いてくれた。超エリート大学に所属する王女様に師事するなんてすごいことだし、きっとリルカはこの機会を逃すべきじゃない。
そして明日からリルカはここの研究室に通う事になり、俺たちはリルカのブローチの出所を探すことになった。
もう時間も遅かったし、俺たちは研究室を後にして宿のある島の沿岸部の町まで戻る事にした。案の定、戻る途中で迷って魔法の地図を確認する為に俺の髪の毛を3本ほど犠牲にする羽目に陥った。なんとか無事に宿まで辿り着いて、そこで俺は気が付いた。
「バンクルをはめてるのは俺だけじゃないし、別にテオの髪の毛でも良かったんじゃないのか?」
「なんだ、今更気が付いたのか?」
テオはにやにやと笑っていた。どうやら別に俺の髪の毛じゃなくてもいい事に気づいてたみたいだ。ならもっと早く言えよ!!




