4 お姫様と共に
翌日、ケリーさんが言った通りにアルスター家の屋敷の前にはフィオナ姫の騎士志望の者達が再び集まって来ていた。
よく見ると、中々強そうな人が揃っている。お姫様の騎士に志願するくらいだし、結構実力者が集まっていそうだ。……となるとテオは大丈夫だろうか。魔物相手には戦い慣れていても人間が相手となれば勝手も違ってくるだろう。
「テオさん……あんまり、無理……しないでね」
リルカは朝からずっと心配そうにしている。対するテオはめちゃくちゃ余裕そうだ。朝食もばくばく平らげてフィオナ姫を呆れさせていたし、……うん、たぶん大丈夫だろう。
俺たちも集まった人たちと同じく中庭で待っていると、少し時間が経ってからフィオナ姫とケリーさんが屋敷の中から現れた。
今日のフィオナ姫は昨日とは一転して淡い青色のロングドレスを身にまとっている。なるほど、この格好ならお姫様らしく見えるんだな。
「長らくお待たせいたしました。それでは始めさせていただきます」
フィオナ姫が軽く挨拶をして、ケリーさんがルールの説明を始めた。
ルールは単純。トーナメント方式で最後に勝ち上がった者がフィオナ姫の騎士となるというものだ。相手を降参させれば勝ち、ただし殺傷は厳禁。騎士らしく剣での戦いがメインになるようだ。……テオは大丈夫なんだろうか。
「ふん、こんなことしなくても結果は見えている。フィオナ姫の騎士になるのはオレ以外にありえないな」
心配する俺をよそに、テオは無駄に周囲を煽って騎士たちの敵愾心を刺激していた。おいおい、何考えてんだあいつ。もういいや、テオの事は放っておこう。
「それでは第一回戦、始めさせていただきます」
ケリーさんが名前を読み上げると、二人の騎士が進み出てきた。テオを除く俺たちは参加者ではないので、中庭に備え付けられたベンチでアルスター家の使用人が作ってくれたお菓子を貪り食っていた。
「どっちが勝つと思う? 俺、右の若い方!」
「僕は左だと思います。経験の差がありそうですし」
「リルカも……左、かな」
そんな風に勝敗予想をしながら、俺たちは騎士たちの戦いを見守った。自分が当事者じゃないとかなり気が楽だな。こういうのも良い余興なのかもしれない。
◇◇◇
特に大惨事が起きることもなく、トーナメントは無事終了した。
優勝してフィオナ姫の騎士として選ばれたのは普通にテオだった。およそ騎士らしくないような、礼儀もマナーもあったもんじゃない汚い戦い方をしていたテオに周りの騎士たちはブーブー文句を垂れていたが、皆フィオナ姫の一言で沈黙していた。
「あなた達、何を勘違いしているの? あなた達が戦う相手が常に礼儀を守る騎士だとでも思っているのかしら? 私が求めるのは、相手がだれであろうとどんな手を使ってでも私の事を守り抜く戦士なのよ。今回それに一番ふさわしかったのはこちらの御方。何も問題はないわ」
その言葉を聞いて、騎士たちはすごすごと退散していった。まあそれもしょうがないね。魔物やドラゴンが騎士の戦いの作法なんて守るわけないんだからな。どんな手を使っても勝った奴が正義なんだ。
「ふぅ、お疲れ様。それじゃあ私が大学に戻る道中はよろしく頼むわ」
「ああ、任せておけ」
フィオナ姫の出立は数日後だと言うので、俺たちはそれまではこの屋敷に滞在するのを許されたのだった。
ちなみに、今この屋敷にはフィオナ姫以外にはアルスター家の人はいないらしい。聞けばどうやらここはアルスター家の別邸らしく、本邸は大陸本土の都市にあるという事で、フィオナ姫の家族もだいたいはそこにいるらしい。うーん、こんなに大きい屋敷なのに本邸じゃないのか。やっぱりお姫様は一般人とは格が違うんだよな……。
◇◇◇
そして数日後、俺たちはミーシェス島を出発した。まずはここから船で北上して本土に上陸し、そこから陸路でアムラントに向かう事となる。
出立の際、ケリーさんは俺たちに向かって何度も「姫様をお願いします」と頭を下げていた。そんなに心配なら一緒に来ればいいのに、と俺は思ったが、どうやら彼には他の仕事があるらしい。執事ってのも結構大変なんだな。
「いやー、お姫様の金で食う飯は美味いな!」
「ちょっと、あんたは加減というものを知らないの!?」
経費は持つと言った通りに、俺たちの食事代や宿代、その他もろもろの金はフィオナ姫、というかアルスター家が出してくれるようだ。
それを良い事にテオは船の中でもどんどん高い料理を頼みまくって、フィオナ姫をキレさせていた。こいつの頭の中には遠慮という言葉はないんだろうか。ちなみにここに来た時よりも運賃が高い高級な船に乗ってるのであまり揺れない。テオの船酔いもマシになったようだ。ばくばくと食事を平らげている。
「すみません、フィオナ姫。こいつにはよく言って聞かせますから」
テーブルの下でやりたい放題のテオの足をギリギリと踏みつけながら俺はフィオナ姫に謝罪した。「やっぱり気分が変わったわ。死刑!」なんて言われたら大変だ。誠心誠意謝る俺を、フィオナ姫は呆れたような目で見つめていた。
「そうね。私たちのお金だって無限じゃないし、あんまり無駄遣いばっかりする訳にはいかないのよ。それより……その姫って言うのやめてくれない?」
「え…………」
俺は驚いて言葉を失った。そんな俺のことなど気にせずにフィオナ姫は続ける。
「ほら、ここってもう屋敷の外だし……、周りに聞かれたら目立つし、変に思われるじゃない」
「あー……」
確かに姫姫言ってたのが聞こえたのか、周囲の客の中には俺たちの事をちらちら気にしている人もいる。ただ気にされる程度ならいいが、もし彼女がお姫様だと周りに知れたらよからぬ事を考える輩も出てくるかもしれない。その為に俺たちがいるんだけど、やっぱり危険は少ない方がいいだろう。
「じゃあ何てお呼びすればいいですか? フィオナ様とか?」
「それも堅いわ。もっと何とかならないの?」
「フィオナさん……?」
「まあ、合格ね」
どうやらさん付けは許されるようだ。うーん、結構違和感があるけどこれから呼んでいくうちに慣れるんだろうか。
悩む俺とは対照的に、テオは相変わらずお気楽全開だった。
「そうか! なら遠慮なくいかせてもらうぞ、フィオナ」
「あんたはもうちょっと遠慮を知りなさいよ……!」
そう言ってがぶりと肉に噛みついたテオを見て、フィオナさんはまたしてもキーキーとわめきだした。目立ちたくないとか言ってる割には、彼女の声が一番目立ってるような気がするんだよな……。
◇◇◇
《フリジア王国西部・港町キルネイア》
快適な船旅は特に問題なく進み、俺たちは無事に大陸本土にたどり着くことができた。
ここから馬車に乗り換えて、目的地であるアムラントに行くことになるのだ。
「……で、アムラントってどこにあるの?」
「あんた、そんなことも知らずに来たっていうの? ほら、ここよ」
フィオナさんが持っていた地図を見せてくれた。ここからずっと東にエール湖という大陸最大の湖があり、その湖の中にある大きな島、それがアムラント島だということだった。
「湖の中にあるんだ……」
「えぇ、だから外敵から狙われにくいの。アムラント大学は大陸一の学府だって言われてるし、魔法を研究するならこの上ない環境なのよ」
フィオナさんは誇らしげにそう言った。なんでお姫様が大学に行くのか不思議だったけど、きっと彼女にはやりたいことがあって、その為にはお城にこもっているより大学にいる方がずっと都合がいいんだろう。なんか俺の中でお姫様のイメージが変わったような気がする。
「フィオナさんも黒魔法を使うんですか?」
「当たり前じゃない。じゃなきゃ大学なんて行かないわよ」
フィオナさんは懐から金色の杖を取り出して振って見せた。すごく綺麗で高そうな杖だが、たんなる装飾用ではないらしい。ぱっと見ただけで彼女は杖を使い慣れているように見えた。
「うちのリルカも黒魔法使うんですよ。ついでに大学でなんか学べたりしますかね?」
「ふーん、ちょっといいかしら?」
フィオナさんはリルカの方へと近づくと、何か次々と質問攻めにしていた。リルカはおどおどしつつも一つ一つ答えていく。俺にも二人の会話が聞こえてきたが、正直専門用語だらけでよくわからなかった。
一通り質問が終わると、フィオナさんは珍しく満面の笑みを浮かべた。
「あなた、けっこう見込みがあるわね。どうせ道中暇だし、じっくりと鍛えてあげる」
そう言うと、フィオナさんはリルカをぐいぐい引っ張ってずんずんと先へ進んでいった。
……なんだかよくわからないが、リルカを気にいったようなら良かった……のか?




