3 フィオナ・アルスター
「王族の方とはつゆ知らず、数々の非礼をお許しください……」
俺は取りあえず謝ることにした。
まさかこの少女が本当にお姫様だったとは……。ヤバい、不敬罪で打ち首! とかになる可能性もあるんだ。取り合えず謝り倒しておこう!
「ちょっと! 私は王族って言っても末席中の末席よ! やめてちょうだい!!」
俺が深々と頭を下げると、フィオナ姫は慌てたように立ち上がった。おそるおそる顔をあげると、彼女は困ったような顔で俺を見つめていた。
「はぁ……私の王位継承権は36位。継承権なんてあってないようなものなのよ。普通の人とそんなに変わらないわ」
「えぇ……?」
王位継承権第36位というのがどのくらい偉いのか俺にはよくわからないが、こんな豪邸に住んでいるんだからそれなりに地位があるって事なんだろう。間違っても普通の人と変わらない、なんてことはないような気がする。
フィオナ姫はこほん、と咳払いをしてソファに座りなおすと、落ち着きを取り戻そうとするかのように紅茶をすすった。
「それで、さっきの奴らはなんだ。お姫様の騎士に志願する奴らという事か?」
テオがそう問いかけると、またもや執事のケリーさんがしゃしゃりでてきた。
「その通りでございます! 姫様の御身をお守りする誇り高き騎士を選定しようと御触れを出していたのですが、姫様自身がどうもお気に召さないようでして……」
「そんなの当たり前じゃない! 大学に戻るだけなのよ!? 何でわざわざ騎士なんかつける必要があるのよ」
フィオナ姫はまたしても興奮したように立ちあがった。よっぽど騎士を選ぶのが嫌なようだ。
「どうせあんな奴ら、アルスター家に取り入ろうとするハイエナみたいな奴ばっかりに決まってるわ! 大学に戻ればそんなの必要なくなるんだし、私は自分でなんとかするから余計な事をしないでよ!」
「ですが……」
フィオナ姫もケリーさんもどっちも引く様子はない。正直俺には二人を取り巻く問題はよくわからないが、フィオナ姫が大学に戻ろうとしている、という事だけはわかった。
へぇ、お姫様でも大学に行ったりするのか。しかも姫様はまだ子供なのに、よっぽど優秀なんだろう。
俺がそう言うと、フィオナ姫は不快そうに眉をしかめた。
「は? あんた、私の事いくつだと思ってんのよ」
「え、15才くらいですか?」
「まったく、人間の尺度だけで物事を測ろうとしないでちょうだい! 私はもうとっくに成人してるわよ!!」
そう言うと、フィオナ姫は鬱陶しそうに髪を払った。その姿はどうみても成人しているようには見えない。……そうか、エルフは長命種族だ。彼女はエルフの血も混ざっているようだし、見た目より年を取ってるのかもしれない。
「じゃあ、フィオナ姫って何歳なんですか?」
「…………女性に年を尋ねるなんて失礼よ!」
フィオナ姫は少し黙り込んだ後、ぎろりと俺を睨み付けてきた。
えぇぇ? 普通成人してるって言われたら何歳か気になるじゃないか。その返しは理不尽だ! やっぱり女心は複雑怪奇だな……。
「そういえば、皆様方はどちらからいらしゃったのですかな? そちらの御仁など、さぞや名のある武人のようですが……」
その場の空気を変えるように、ケリーさんが明るくそう言った。その目は何かを期待するようにテオを見ている。
「もしや、誉れ高き騎士様なのでは……」
「残念ながら騎士ではない。オレは、女神ティエラに選ばれた勇者だ」
テオが得意げにそう言うと、フィオナ姫とケリーさんは目を丸くした。テオが証明書を手渡すと、じっと検分するかのように眺めている。
そして、フィオナ姫はその証明書の上に手をかざすとぽつりと呟いた。
「汝の加護を示せ」
彼女がそう言った途端、証明書に描いてあったティラの花の紋がぐぐっと動いてますます大きく開花した。
…………!!?
「ふぅん、本物のようね」
「え……今の何!? この証明書ってそんな機能あったの!?」
俺はそんなこと全然知らなかった。テオの顔をうかがうと、テオも呆気にとられたような顔をしていた。俺と同じくこいつもそんな機能がある事に気が付いていなかったようだ。
「何言ってんのよ。そんなの常識じゃない。他にどうやって真贋を見分けるのよ」
フィオナ姫は呆れたような顔をして俺たちを見ている。テオの手に戻ってきた証明書を見ると、ティラの花は元通りの形に戻っていた。俺が手をかざしてフィオナ姫が言ったのと同じ言葉を発すると、やっぱりティラの花の紋は動いて開花した。
「女神の加護の証明よ。正式にティエラ教会が発行した物の証になるの」
へぇ、全然知らなかった。教会の人も教えてくれればいいのに、なんて不親切なんだ。
「……それで、ミルターナの勇者がどうしてこんなところにいるの?」
フィオナ姫の問いかけに、テオはこれまでの経緯をかいつまんで説明した。フィオナ姫とケリーさんはその話にじっと聞き入っている。
テオがあらかた話し終わると、ケリーさんは深刻そうな顔で頷いた。
「大地を浸食する者ども話は我々も存じております。フリジアでも多くの騎士が探求の旅に出ておりますが、未だに目立った成果は上がっていないようですね」
「ふん、どうせ巨悪と戦う旅なんて言いつつ、あちこちで遊びほうけてるに違いないわ」
うっ、耳が痛い……。俺たちだって真剣に世界を救おうと思っているけど、あちこちで観光して、食べて、寝て……遊ぶときは遊んでいるんだ。うーん、フィオナ姫の指摘はもっともだな。
「それで、あんたたちはこのフリジアでどこが怪しいと睨んでるの?」
「怪しいと言うか……訳あってアムラントという街に行こうと思っている」
テオがそう言うと、二人は大きく目を見開いた。ケリーさんは何かを考え込むようなそぶりを見せて、フィオナ姫はうつむいてぶつぶつと何かつぶやきだした。
「勇者……アムラント…………。ふぅん、ちょうどいいわ」
フィオナ姫は顔をあげると、俺たちの方を見据えてにやりと笑った。
「あなたたち、アムラントまで私と一緒に来なさい」
「…………え!?」
驚く俺たちなど気にせずに、フィオナ姫は続けた。
「私の大学もアムラントにあるの。あんた達ならあいつらよりは面倒なことにならなさそうだし……道中の経費は私が持つわ。ねえケリー、それでいいでしょ?」
「……この方たちが名のある騎士にも匹敵するお力を持っていれば問題ないのですが、ミルターナの勇者の力を疑問視する声も聞きますし……」
「ふーん、じゃあこうしましょう。明日、あんたが集めた騎士崩れたちがまた来るのよね。そいつらを全員倒せたら実力は問題ないって事になるわよね」
「ええ、間違いなく」
俺たちの意向なんて聞きもせず、二人の話し合いは続いた。フィオナ姫はケリーさんを納得させることに成功したのか、俺たちの方へと向き直りにっこりと笑った。
「そう言う事だから、明日はよろしくね。ああ、今日はもちろんここに泊まって行ってちょうだい。ケリー、準備を」
「承知いたしました」
それだけ言うと、ここで待つように、と告げて二人はさっさと部屋を出て行ってしまった。
残された俺たちは呆然とするしかなかった。なんだあれ、話の展開が速すぎて口を挟む暇もなかったぞ。
「……で、どうすんの? 二人が帰ってこないうちに逃げる?」
お屋敷の警備がどのくらい厳重なのかはわからないが、たぶん本気で逃げようとすれば逃げられるだろう。そう思って三人を振り返ったが、以外にも誰も動こうとはしていなかった。
「僕は悪くない話だと思いましたけど。道中の経費はフィオナ姫が持つって言ってましたよね。どうせ目的地も一緒ですし、話に乗ってもいいんじゃないですか?」
ヴォルフはフィオナ姫の提案に乗る気のようだ。そうか、そう考えれば確かに悪くない話かもしれない。俺たちがどんだけ飲み食いしようとお金はお姫様が払ってくれるんだしな。
「でも、テオさん……全員に勝つなんて、大丈夫……?」
リルカは心配そうにテオの顔を見つめた。テオはじっと目を閉じて考え込んでいるようだったが、ゆっくりと目を開けると言葉を発した。
「俺は負けるつもりはない。受けて立とう」
それだけ言うと、テオは残っていたケーキをまた口に放り込んだ。
少なくとも本人はやる気のようだ。ならいっか、負けたら負けたで、俺たちは独自にアムラントに行けばいいんだし。
そう話がまとまった所で、ケリーさんが俺たちを呼びに来た。
そして、その日は信じられないくらい高そうな夕食を食べさせてもらって、信じられないくらい豪華な部屋のふかふかすぎるベッドで眠った。
うーん、明日負けたとしてもこれだけでお釣りが来そうなくらい良い思いをしたなぁ……。




