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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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29 船出


「これは失礼! 僕はティエラ教会の修道士のミトロスと申します」


 ミトロスとかいう奴はテオに存在を忘れられていたことに怒るでもなく、改めて自己紹介をすると優雅に一礼した。


「ラヴィーナの大聖堂にドラゴンが襲撃してきた時に、一緒に戦ってくれた方ですよ」


 ヴォルフがそう補足すると、テオは納得したように頷いた。そうか、あの時大聖堂にいた人なのか。どうりで見覚えがあるような気がしてたわけだ。


「そうか、済まなかったな。俺はテオ。ティエラ教会の勇者だ」

「ええ、存じております。ミランダさんがよくあなたの事を話してましたから」

「ミランダが!?」


 ミランダさんの名前を聞いた途端、テオの顔に喜色が浮かんだ。よっぽどミランダさんのことを気にいっているようだ。すごく綺麗な人だったしな。……スタイルも良かったし。


「あんたは何でここに? ミルターナに何かあったのか?」

「いえ、ここへ来た目的はあなた方と同じですよ」


 ミトロス曰く、現在ミルターナの方は魔物の数は減らないものの、ラヴィーナみたいにドラゴンが現れることもないようで、割と落ち着いているらしい。ミトロスはミルターナが安定した隙に、俺たちと同じように怪しい奴らを探しに来た、という事らしい。


「この町に魔族の女が潜伏している、という情報があったのですが、一足早く逃げられたようで……」


 俺は思わず息をのんだ。間違いない、メリッサさんの事だ……。

 俺はばれていないのならメリッサさんの事は黙っていようと思った。でもリルカはそうじゃなかったみたいだ。


「あの……メリッサさんは、悪い人じゃ……ありません……!」


 ごしごしと涙をぬぐうと、リルカはミトロスに向かってそう言い放った。それを聞いたミトロスは、楽しげな顔でリルカを眺めている。


「メリッサさんは、魔族……だけど、いい人……なんです!」

「でも、君も吸血鬼や狼男の事は知っているでしょう? あれは人を襲う化け物ですよ」

「メリッサさんは、人を襲ったり……しません! 良い魔族、なんです……!!」


 リルカが必死にそう絞り出すと、ミトロスは一層楽しげに笑った。……この人は何でこんなに笑ってるんだろう。


「良い魔族……ね。はは、これは傑作だ」

「……どうするつもりなんだよ」


 そう尋ねると、ミトロスはやれやれ、とでも言いたげに肩をすくめた。


「その女が乗ったのは西大陸行きの船のようですから、アトラ大陸を離れたとなってはもうどうにもできませんよ。僕の調査は空振りに終わったという訳です」


 それを聞いて俺は気が抜けた。

 今の所わざわざラガール大陸までメリッサさんを追いかけるつもりはないみたいだ。よかった、話した感じではメリッサさんは今のこの大地の異変には関与していないようだったし、向こうの大陸で穏やかに暮らして欲しいものだ。


「それで、あなた方はどうですか? 何か変わったことはありましたか?」


 ミトロスの問いかけに、テオはフォルスウォッチで怪しげなエルフを見た事、アルエスタはしばらく大丈夫そうなのでこれからフリジアへ向かうことなどを告げた。

 てっきりもっとアルエスタを調べろ! と怒られるかと思ったが、ミトロスはテオの言葉にうんうん、と頷いている。


「この地方は僕の方でも調査を行いますので、皆さんがフリジアに行かれると言うのは理にかなっているでしょう。……どうかお気を付けて、あなた方に何かあれば、ミランダさんが悲しみますからね」


 ミトロスがそう言うと、テオが嬉しそうに笑った。……おい、たぶん社交辞令だぞ。


「それではみなさん息災で。……それと、リルカさん」


 ミトロスは浮かべていた笑みを消すと、じっとリルカを見つめた。


「……あなたやあなたの大切な人の事を思うなら、軽率に魔族を信用しない方がいい」

「え……?」


 リルカが戸惑ったような声を上げるのも気にせずに、ミトロスは俺たちに背を向けるとそのまま立ち去って行った。

 その姿が見えなくなるまで、俺たちはその場に突っ立っていた。


「何だったんだ、あの人……」

「さあな……」


 よくわからないが、教会の人がフリジアへ行ってもいいと言ったんだ。これで勇者の資格剥奪とかは心配しないで良さそうだ。


「……そうだ! 昼間。町を見て回っていたらこれを見つけたんです」


 いきなりヴォルフはそう呟くと、懐をごそごそと探って何かを取り出した。


「ほら、リルカちゃん。これに見覚えない?」


 そう言ってヴォルフがリルカに手渡したのは、小さな青い石のついたネックレスだった。そんなに高そうには見えないが、なかなか洒落たものだ。


「おっ、リルカへのプレゼント? 結構気が利くじゃん」

「……違いますよ。まあリルカちゃんにあげるのは間違ってませんけど。ここの石、見てください」


 俺とテオもリルカと一緒に青い石を覗き込む。何の変哲もない普通の石かと思ったが、よく見ると中に何か模様のようなものが入っている。


「これって月と星……あっ!」


 その模様を俺は見たことがあった。リルカも思い当たったのか、すぐにブローチを取り出した。

 そのブローチは、リルカが昔から持っていた物……だと思われている。過去の記憶を持たないリルカの身元の手掛かりになるんじゃないかと俺は勝手に思っていたのだが、今までそのブローチから特に何かがわかったわけではなかった。

 でも、ヴォルフが買ってきた青い石の中とリルカのブローチは、重ねられた月と星というまったく同じ模様が刻まれていたのだ。


「これ、どこで!?」

「大通りのアクセサリー屋で売ってました。どうやら輸入品のようで、買ったらちゃんとどこから仕入れたのかも教えてくれましたよ」


 俺はごくりと唾を飲んで次の言葉を待った。隣にいるリルカも、ネックレスとブローチを持つ手が震えている。無理もない、これが失われた自分の過去への手掛かりになるかもしれないんだ。

 そして、ヴォルフゆっくりと口を開いた。


「……フリジア王国内のアムラントという街で作られたものだそうです」

「フリジア王国……」


 そう呟いたリルカの声は震えていた。

 フリジア王国はまさに俺たちが今行こうとしている場所だ。もしかしたら、リルカの過去が明らかになる日も思ったよりは遠くないのかもしれない。


「それはちょうどいい。フリジアに着いたらまずはそのアムラントという街を目指そう。リルカ、それでいいか?」

「……はい!」


 テオの問いかけに、リルカは震えながらもしっかりと頷いた。

 リルカは自分の過去を知りたがっている。家族や友達や自分の生まれた場所、きっとリルカにもあるはずなんだ。


「そうと決まったら今日は早めに休むぞ! 明日の出発は早いんだ。寝坊なんかしていられないからな!」


 テオは明るくそう言って、俺たちは宿屋へ向かって歩き始めた。

 リルカの過去がわかるかもしれない。それは喜ばしい事なのだが、俺にはどうしても不安が付いて回った。あのフォルスウォッチの地下で戦った謎の子供たち。リルカによく似たあの子たちはどう見ても人間じゃなかった。

 もしかしたらリルカも……。

 そこまで考えて、俺は頭を振って嫌な考えを打ち消そうとした。そうだ、あの子たちとリルカは違う。リルカはただ命令に従って動くだけじゃない。あの子たちはまるで自分の感情なんてないような感じだったけど、リルカは笑うし、怒るし、テオの影響を受けて勇者になろうとしてるんだ。リルカだって、俺たちと同じ人間に決まってる。

 そう自分を納得させると、俺は早足で宿屋へと向かった。



 ◇◇◇



 そして翌朝、俺たちは予定通りフリジア王国行きの船に乗ることになった。

 フリジア王国は地理的に見れば俺の故郷、ミルターナ聖王国からは最も離れている国となる。その事にちょっと寂しさを感じないこともないが、それよりも船だ、船!

 川を渡るくらいの小船なら乗ったことがあるけど、何日も航海するような大きな船に乗るのはこれが初めてだ。本で見たイルカとか鯨も見えるんだろうか……

 甲板から海を見下ろしながら出航の時を待つ。やがて、出航の合図が響いてゆっくりと船が進みだした。


「うわぁ……!」

「きれい……だね……!」


 目の前の大海原は太陽の光を浴びてきらきらと光り輝いている。遠くの方では魚が飛び跳ねているのが見えた。


「すっごい! 俺あんなの初めて見た!」

「リルカも、初めて……だと思う……」


 リルカはまっすぐに魚の群れを見つめながら、ぽつりとそう呟いた。

 そうか、もしかしたら失われた記憶の中でリルカは同じような光景を見たことがあるかもしれないんだ。リルカが漁師の娘だっていう可能性もあるんだ。もしそうだとしたら、海も魚も見慣れたものなんだろう。


「リルカ、あのさ……」


 俺は思わずリルカにそう話しかけていた。リルカは不思議そうな顔をして俺を見つめてきた。


「俺は、リルカの事……家族みたいに思ってるし、きっとこれからもそれは変わらないと思う……」

「うん……」

「だから、あの……この先、リルカの本当の家族が見つかっても、俺たちの事、忘れないでいてくれるか……?」


 そうだ、俺はリルカの過去を知ることが怖かった。あのフォルスウォッチの地下で戦った子供たちのこともあるけど、それともう一つ。リルカに本当の家族が見つかった時、リルカと離れるのが怖かったんだ。

 リルカの本当の家族が見つかれば、リルカはその家族の元で暮らすことになるだろう。それは当然だ。リルカはまだ小さいし、リルカの家族だってこんなにかわいいリルカを危険な旅には同行させたくないだろう。

 そう頭ではわかっていても、俺の心はその事実を受け入れたくはなかったんだ。

 だからせめて俺たちと離れても、俺たちの事を忘れないでいて欲しかった。そう思って必死に伝えた言葉に、リルカは不思議そうに首をかしげた。


「え……そんなの、当たり前だよ……?」

「そ、そうか……?」


 俺がびくびくしながらそう返すと、リルカはくすりと笑って胸を張った。


「それに、もしリルカの家族が見つかっても……リルカはみんなと一緒にいくしね……!」

「え…………?」


 予想外の返答に、俺は言葉を失った。何を言ってるんだ、リルカ!?


「だって、まだ世界は……平和になってないし、怪しい人がうろうろしてるんだよ……?」

「それはそうだけど……」

「リルカは、テオさんみたいになりたい。……くーちゃんたちがリルカを助けてくれたみたいに、リルカも誰かを助けられるように、なりたいんだ。……だから、勇者になれるまでは、みんなと一緒に戦うよ……」


 そう言うと、リルカははにかむように笑った。

 その笑顔を見て、俺は衝撃を受けた。

 俺は無意識にリルカを子供で、できるだけ危険からは遠ざけなければならないと思っていた。それが間違っていたとは思わないけど、リルカは俺が思っていた以上に強かったんだ。

 ただ単に流されて俺たちと一緒にいるわけじゃなくて、ちゃんと自分で選んでここにいるんだ。もしかしたら、俺なんかよりよっぽど覚悟を決めているのかもしれない。

 それなら、もう俺が口出しできることはなかった。


「そっか、頑張ろうな……」

「うん……!」


 そのまま、俺たちは並んで揺れる海を見つめた。

 この先何があるかわからないけれど、きっとリルカなら大丈夫だ。そんな気がする。

 昨日感じた不安は、少しだけ小さくなっていた。

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