28 魔族と人間
俺たちはできるだけ目立たないように気を付けながら港へと進んでいた。
町をよく見ると、ところどころ怪しい奴がうろうろしている。全員が全員メリッサさんを探してるわけじゃないだろうが、おそらくさっきの二人以外にもメリッサさんを追っている奴がいるんだろう。
魔族の事とか別の世界の事とかいろいろ聞きたいことはあったけど、とりあえずはメリッサさんを港まで連れて行って船に乗せるのが最優先だ。聞けば、出航までの時間も残り少ないらしい。
ちょうど大通りに差し掛かったので建物の陰に身を隠しつつ、通りの様子をうかがう。……よし、怪しい奴はいない!!
こうしているとメスキアの地下で不死者から隠れつつ進んでいたことを思い出す。でも、あの時に比べればかなり精神的には楽だ。追っ手に見つかったとしてもいきなり殺しにかかってくることはないだろうし、周りには一般人がたくさんいる。それに町のどこかにはテオもいるんだ。楽勝楽勝!
◇◇◇
何とか追っ手には見つからずに、俺たちは港まで来ることができた。停泊しているひときわ大きな船、あれがメリッサさんが乗る予定のラガール大陸行きの船らしい。だが、メリッサさんが乗船予定だという事は追っ手に知れ渡っているようで、港にはあちこちに怪しげな男たちがうろついている。特にラガール大陸行きの船の乗船口周辺なんて、厳重に見張られているようだ。
「ここまで来て……もう時間なのに」
「大丈夫、なんとかなるって!」
俺はそう言っては見せたけど、実際問題この状況を突破できるような良い策は思いつかなかった。結局ここに来る途中テオにもヴォルフにも会えなかったので、やっぱり俺とリルカでなんとかするしかない。でも、俺とリルカだけであの人数をなんとかするのは無謀にもほどがある。
「船にさえ乗れれば、逃げ切れるのに……」
「変装して乗るっていうのは?」
一応そう提案してみたが。メリッサさんに睨まれてしまった。やっぱり無理か。
「乗れれば、いいんですよね? リルカたちがあの人たちを引き付けて、その隙にメリッサさんが乗船するっていうのは……」
「乗れたとしても見つかれば船の中にまで探しに来るでしょうね。そうなれば出航前に引きずり降ろされて終わりよ」
「元々……船の中にも、追っ手が、いるわけではないんですよね……?」
リルカはそう言って、じっとメリッサさんを見つめた。メリッサさんはその視線に気圧されたように頷いた。
「奴らもそこまで人手を割かないだろうし、きっと私が乗るのを阻止できるって自信があるのよ。実際手も足も出ないし……」
「じゃあ、出航する瞬間に……乗ってしまえば、追いかけてはこれないですよね……?」
リルカの瞳がきらきらと輝いている。名案を思い付いた! という顔だ。
「そりゃあ追いかけてはこれないでしょうけど……出航の瞬間に乗るって、無理じゃない」
確かに、船が出港するときはまず陸と船の間の足場を片付けて、それから出るはずだ。足場を片付けられたら乗船はできないし、出航前に乗ろうとすればあの男達に見つかってしまうだろう。
「大丈夫……行けます……!」
リルカはメリッサさんを正面から見つめると、自信満々にそう言った。
なんだか、今日のリルカはすごく勇者っぽいな……!
◇◇◇
船乗りが大声を張り上げて、乗船口の足場が片付けられた。これでもう正攻法で乗るのは不可能だ。
メリッサさんを追いかけていた男達もメリッサさんが現れなかったことに安心したのか軽口を叩きあっている。
俺はその様子を何でもない振りをしながら一人で眺めていた。
まだだ。もう少し……もう少し待たなければならない。
やがて、出航の合図の音が鳴り響いて、船が静かに滑るようにして動き出したのが見えた。
今だっ!!
「楽園に満ちる光よ、我の元へ集いて渾沌の闇を掻き消せ……!」
俺は杖を取り出すとそう呪文を唱え始めた。周りにいた人たちが、何だこいつ? みたいな顔をして見てくるが気にしない。これもメリッサさんの為なんだ!!
「“聖気解放!!”」
呪文を唱え終わると、油断して駄弁っていた男達の集団へ思いっきり魔法をぶち込んでやる!
夢の中でリカと呼ばれていた女性が放った魔法は、一撃で敵を戦闘不能にするくらいの威力があったが、俺の放った魔法はちょっと男達をふらつかせた程度でしかなかった。やばい、これは計算外だ……!
「あぁん? 何だてめぇ……」
だが、彼らの注意を引くのには成功したようだ。男たちはいら立ちを隠さない顔で俺の方へと近づいてきた。作戦の第一段階成功だ。
男が俺の目の前にまで来ると、乱暴に俺の肩を掴んだ。
「てめぇ、何のつも」
「あぁ!!! あそこっ!!!」
俺はあたかも何か重大な物を見つけてしまった!! という声を出して陸地から離れつつある船とは反対方向を指差した。
「何にもないじゃ、」
「やばい! あの女!!」
そう叫んだ男の声が聞こえた瞬間、俺は肩を掴んでいた男の腕を引きはがすと思いっきり走り出した。
狙い通り、俺の視線の先にはまるで空を舞うようにして船へと飛んでいくメリッサさんの姿が見えた。そのまま、メリッサさんはふわり、と船の上に着地した。
男たちは慌てているが、もう船は陸地を離れている。どんなに慌てても今から追いかけるのは無理だろう。
リルカが考えた作戦はこうだった。出航する瞬間に、俺が何とかして男達の注意を引きつける。その隙に、リルカが風魔法を使ってメリッサさんを船まで飛ばす。後は俺とリルカは男達に掴まらないように逃げ出す。
すごく雑な作戦だとは思ったが、残された時間は少なかったし、他に良い作戦も思いつかなかったので実行してしまったのだ。そして、成功してしまった。
いつのまにか、リルカの風魔法は人ひとり飛ばせるくらいにまで上達していたようだ。すごいな、リルカ!!
俺はそのままメリッサさんを飛ばしたばかりのリルカに駆け寄ると、その手を掴んで二人で走り出す。去り際に、船の上からメリッサさんが大きく手を振っているのが見えた。よかった、無事に船に乗れたみたいだ。
あとは、二人で市街地まで逃げ込んでしまえば完璧だ! 不死者から逃げ切ったことを考えれば、こんな状況楽勝楽勝!
楽勝……と思っていたのだが、俺たちが市街地へと続く狭い道に入り込んだ時、正面からあきらかにガラの悪い男達が現れた。
「よぉ、よくもやってくれたなぁ……?」
やばい、前は駄目だ。ここは後ろに……!
「いたぞ、こいつらだ!!」
後ろからもさっきの男たちがやって来ていた。やたらと殺気立っている。やばい、これは打つ手なしだ……。
◇◇◇
「きゃん!」
「おい、もっと丁重に扱えよ!」
囲まれたのち、俺たちは文字通り地面を引きずられながら港へと取れ戻され、思いっきり地べたに投げられた。
周囲はさきほどの男達に囲まれており、この状況では逃げ出せそうもない。でも、俺はあまり心配はしていなかった。人気のない倉庫とかに連れ込まれたらどうしようかと思ったが、ここは普通に港だ。ここを通る人だってたくさんいるはずだし、きっと誰かが助けてくれるだろう。
「てめぇらは何者だ? なんであの女を逃がした……?」
「別に、あの人が困ってたからだし……」
「困るんだよなぁ……こっちだって商売でやってるんだからよぉ!!」
「痛っ!」
軽くだが、肩のあたりを蹴りつけられた。隣で地面転がっていたリルカが息をのむ。
大丈夫だよ、リルカ。リルカが傷つけられなくて良かった。
「それで、どう落とし前つけてくれんだよ。あぁん!?」
「俺たちは何もしない! 嫌がるあの人を勝手に追いかけ回してたのはあんたらだろ!!」
そう言うと、男達の顔が殺気に満ちた。やばい、挑発しすぎたか!? ……というか、周りの人たちはこの状況をなんとも思わないのだろうか? 正直、俺はこの状況を舐めてた。公衆の面前で女の子をいたぶる奴なんてすぐに捕まると思ってたんだ。でも、いまだに助けが来る気配はない。もしかして、この町はめちゃくちゃ治安が悪かったりするんだろうか……?
まずい、このままだと俺たちは……あぁ、想像したくない!!
「どうします? こいつら」
「ふぅん……面だけは中々じゃねぇか。そのまま売っぱらうか、バラして売るか……」
「こっちのガキの目なんてすげぇぞ! こんな色見た事ねぇ!!」
周りを取り囲む男の一人が、リルカの髪の毛を掴んで無理やり顔をあげさせた。それを見て、俺かっと頭に血が上った。
「触んなっ!!」
渾身の力でリルカの髪を掴む男の手を叩き落とす。ばちん! と小気味よい音が響いて、男の手がリルカから離れた。
「このクソアマぁ!!」
激昂した男が俺に向かって腕を振り上げる。俺は殴られるのを覚悟して目をつぶった。
その瞬間、場違いに明るい声がその場に響いた。
「おやおや、寄ってたかってか弱い女性を……感心しませんねぇ」
覚悟していた衝撃は訪れない。俺が目を開くと、男達の向こうに修道服を着た男の姿が見えた。黒髪の年若い男で、何が楽しいのかにやにやと男達を眺めている。……誰だ?
「ミトロスさん!?」
隣で、リルカが驚愕したような声を上げた。リルカはこの男を知っているようだ。そういえば、俺もなんとなく見覚えがあるような気がしてきた。
「あぁ!? 何だてめぇ!」
「あなた方に忠告を。その辺にしておかないと、手痛いしっぺ返しをくらいますよ」
「はあ!? 何を言って」
「残念、時間切れです」
ミトロスがそう言った途端、俺たちの頭上に影が差した。思わず上を向くと、俺たちの頭上を小型のボートが飛んでいた。
…………は? 何でボート? と思う間もなく。ボートは俺とリルカを取り囲んでいた男達を2、3人巻き込むようにして地面に落下した。
下敷きになった男達がボートの下で呻いている。残りの男達も状況がわからず放心したように突っ立っていた。
そして、その場に地を這うような低い声が響いた。
「……おい、死にたくなければ今すぐ二人から離れろ」
「ひぃ!?」
男達が情けない声を上げる。見れば、怒りをあらわにしたテオが片手でボートを持ち上げていた。今にも投げつけてきそうな勢いだ。
「……おい、聞こえなかったのか……?」
「……うわぁぁぁ! 化け物だ!!」
男達は悲鳴を上げると、ボートの下敷きになった奴らを置いて一目散に走って行った。
確かに、夕闇に浮かび上がるボートを振り上げるテオの姿は、怒り狂ったゴリラのようだ。俺もよく知らなければ悲鳴を上げて逃げ出していただろう。
よく見るとテオの後ろにはヴォルフもいて、何とも言えない目で俺たちを見ていた。
「テオ、助かった! ありがとな!!」
リルカに手を貸しながら立ち上がると、テオが呆れたようにため息をついて持ち上げていたボートを降ろした。
「まったく、何をやってるんだお前たちは……」
「あのっ、これは……リルカが、悪いの……!」
「リルカ、どういうことだ?」
テオは優しくと言い掛けたが、リルカの目には涙が溜まっている。あの状況が怖かったんだろうか、そりゃあ怖いよな。正直俺もめちゃくちゃ怖かったし。
リルカは何とか状況を説明しようとしているが、嗚咽交じりでうまく説明できていないようだ。ここは俺が助け舟を出すべきだろうか。
そう迷っている間に、俺の後ろから楽しげな声が聞こえた。
「まあまあ、お二人ともご無事で何よりです。そうですよね、勇者さん?」
リルカにミトロスと呼ばれた男は相変わらずにこにこと笑みを浮かべている。そういえば、何で修道士がこんなところにいるんだろう。
テオはじっとミトロスを見つめた。そして、呟いた。
「…………誰だ?」
よかった、忘れていたのは俺だけじゃないみたいだ。




