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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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25 地上へ

 背後からは何かが高速で這いずり回る様なおぞましい音が聞こえてくる。でも振り返ることはできない。振り返ったらそれで最後、そんな焦燥感が俺を駆り立てていた。


「右……真っ直ぐ、……次を左」


 少し先では、アコルドに担ぎ上げられたままのラファリスがぶつぶつと呟いている。アコルドが言われたとおりの方向へ進んでいることからして、きっと出口への進み方を教えてくれているんだろう。

 それにしても、成人男性一人と楽器を抱えているにしてはアコルドの走る速さは尋常ではないくらいに速かった。全力で走る俺よりも速いくらいだ。一体あいつの体はどうなってるんだよ……。


「き、来てる……来てるよぉ!!!」


 後ろ向きにテオに抱えられたリルカには、俺たちの背後に迫っているものの姿が見えているようだ。恐怖に歪んだ顔で必死に叫んでいる。リルカがこんなにも取り乱すのは珍しい。その焦りっぷりは、ますます俺の恐怖心を駆り立てた。

 絶対にアレに捕まってはいけない……! 

 後ろから迫るアレが何なのかとかは全然わからないけど、それだけははっきりと感じた。


 今俺たちが走っている区画でも彷徨う不死者(アンデッド)の姿を時折見かけたが、俺たちの背後から追いかけてくる存在を認めるやいなや、すごい速さでどこかへと引っ込んでいった。不死者(アンデッド)ですら恐れる存在、ほんとに何なんだよ……!

 無我夢中で走り続けていると、周囲の建物の数がどんどん減っていった。そして、前方に巨大な柱のようなものが見えた。


「あそこっ! 登ってください!!」


 ラファリスが巨大な柱を指差してそう叫んだ。

 よく見ると柱の周りに小さな足場のようなものが付いており、螺旋階段のようになっているみたいだ。柱ははるか上の天井までまっすぐ伸びている。もしかすると、これが出口か……!?

 もう走りすぎて足が痛いどころじゃなかったが、俺は必死に狭い足場を駆け上った。地下に都市がまるまる入るくらいなので、この空間の天井はめちゃくちゃ高い。でも、弱音を吐いている時間はない。きっとここを登り切れば地上に出られるんだ! 俺はがむしゃらに足を動かした。

 そして、不意に眩しい光が差し込んだ。先頭を走っていたアコルドが出口に到達したんだ!

 急な光に目がくらんだが、俺は必死に最後の力を振り絞って足場を駆け上った。そして、地上へ出る直前にやっと今まで走ってきた場所を振り返ることができた。

 ここからだと地下都市は闇に包まれていて、おぼろげに建物の輪郭が確認できる程度だ。街の全景が見えるわけじゃないけど、それでもこの地下都市が相当な広さを持っているのが分かった。俺たちはあんな所を彷徨っていたのか。ラファリスたちと合流できなかったら、きっと出口なんか見つけられなかっただろう。

 それに、この距離でも街中の道をおびただしい量の黒い芋虫のようなものが這いずり回っているのが見えた。その光景に肌がぞくりと泡立つ。だが、次の瞬間俺は強い力で地上へと引っ張り上げられた。


「よし、封印!」


 俺が地上に投げ出されて呆然としている間に、ラファリスは俺たちが出てきたばかりの人ひとり通れるくらいの大きさの穴に蓋をして、その上から砂をかぶせていた。

 俺はわけも分からずに辺りを見回した。陽の光がまぶしい。どうやら今は昼みたいだ。俺たちが地下に落ちたのも昼だった。あれから結構な時間が経っているだろうし、きっと一日か、もしかしたら二日くらい経っているのかもしれない。

 俺たちが座り込んでいるのは砂岩でできたほとんど朽ちかけた建物の中だった。遠くには古代都市メスキアの地上部分の外壁が見える。……どうやらここは街の外のようだ。


「さっきのアレ、ここにも追いかけてくるのか……?」


 おそるおそるそう呟いた俺に、ラファリスは安心させるようににっこりと笑った。


「大丈夫! 地上には出てこないから!」


 耳を澄ませたが、もうあの芋虫が這いずり回る様なおぞましい音は聞こえなかった。きっとラファリスの言う事は本当で、俺たちは逃げ切れたという事なんだろう。


「はぁぁぁぁ……」


 俺は脱力して地面へと倒れ込んだ。疲れた……。安心したら力が抜けてしまった。しばらくは動け無さそうだ。


「……おい、あれはいったい何なんだ」


 不意に地を這うような低い声が聞こえた。顔をあげれば、テオが鋭い目つきでラファリスを睨んでいるのが見えた。珍しい、あいつがあんなに真剣な顔をするなんて。

 テオの視線を受けて、ラファリスも俺に向けていた笑みを消して俯いてしまった。そのまましばらく黙り込んでいたが、彼は絞り出すようにぽつりと呟いた。


「多元世界の闇の集合体」

「おい……!」


 そうラファリスが呟いた言葉に、アコルドは咎めるようにラファリスの肩を掴んだ。

 一方、俺には何が何だかさっぱりだ。なんでテオが怒っているのかも、なんでアコルドが慌てているのかも全然わからなかった。


「……まあいい。とにかく帰るぞ」


 アコルドはそう呟くと、座り込んだままのラファリスの腕を引っ張って立ち上がらせようとしていた。ラファリスはしばらくぼうっとしていたようだが、不意に慌てたように立ち上がった。


「えっと……あー、そうだ! お腹すきました!! みんなも空いたよね!? トマト、トマトが食べたい!!」

「…………は?」

「買ってきてください! そこの露店に売ってますから!」

「おい、話を……」

「あー、お腹が空いて何も頭に入らない!!」


 ……わざとらしい。

 ラファリスは一方的にアコルドに対して何事かわめいている。俺だったらむかついて耳を引っ張るくらいのことはやるところだが、アコルドは大きくため息をつくと露店のある方向へ歩いて行った。まさかほんとに買ってくるつもりなのか……。


「……よし、そろそろいいかな」


 アコルドが見えなくなった辺りで、ラファリスは楽器を拾い上げるとぱんぱんと服についた砂を払い始めた。


「僕はもう行くよ。みんなも元気でね」


 ラファリスはにっこり笑うと、ばいばい、と俺たちに向かって手を振った。何て自由な奴だ……。


「もう行くって……アコルドはどうすんだよ」

「ああ、トマトは君たちが食べておいてくれるかな?」

「そうじゃなくて! あいつはわざわざあんな危険な地下までお前を探しに行ったのにさ……ちょっと、かわいそうじゃん」


 アコルドは結構自分の腕に自信を持ってそうな奴だったが、それでもあんな危険な場所では一歩間違えれば自分が不死者(アンデッド)の仲間入りだ。あそこに入り込むだけでも結構勇気がいるだろう。それなのに、こんなだまし討ちみたいな形で煙にまかれるなんてちょっとアコルドが哀れに思えてしまう。

 俺がそう口にすると、ラファリスは少しだけ悲しそうに笑った。


「うん……でも、僕はまだ戻るわけにはいかないから」

「戻るって……」


 どこに、と聞くと、ラファリスは小さく首を横に振った。自分の事を話すつもりはなさそうだ。


「君たちも、できればここの地下の事は他の人には黙っていて欲しいんだ……」


 確かに、あそこは危険極まりない空間だった。きっとここの話が広まれば俺が途中で見つけたトレジャーハンターみたいに、入り込んで不死者(アンデッド)となってしまう人もたくさん現れるだろう。ここは黙っておいた方がいいのかもしれない。


「それはいいが、その代わりに俺の質問に答えてもらおうか」


 テオは珍しく真剣な顔をしてラファリスにそう詰め寄った。出会った当初はラファリスに対しても好意的だったのに、外に出てからやたらとラファリスに対してはあたりが強いような気がする。何か気に入らないことでもあったんだろうか。


「……お前は何だ? 何を目的としている? 俺たちに近づいたのは何か意図があっての事か」


 ラファリスは真っ直ぐにテオを見つめ返すと、挑発するようにくすりと笑った。俺でもびびりそうなテオの視線にも物怖じした様子はない。


「……君たちに近づいたのはね、花女神に認められた勇者がどんなものか知りたかったからだよ」


 その答えに、俺は思わず息をのんだ。……ラファリスは最初から俺たちの事を知っていたんだ。

 ラファリスと出会って以来、俺たちはテオが勇者だと話したことはないし、ラファリスもそんな事は口に出さなかった。俺たちはラファリスに普通の旅人だと見られていると思い込んでいた。でも、そうじゃなかった。


「でも、誤解しないでほしいんだ。目指すところはたぶん君たちと同じだからね」

「敵ではない……という事か」

「そうそう。だからそんな怖い顔しないでよ、テオくん」


 ラファリスが困ったように手を振ると、その場を取り巻くピリピリとした空気が少しだけ緩んだような気がした。


「君たちもメスキア地下の様子は見たよね。……このままだと、この大地自体も同じ道をたどることになる」

「…………えぇぇ!?」


 ラファリスは涼しい顔でとんでもない事を言い放った。俺は一瞬、ラファリスの言った事の意味が理解できなかったが、すぐにどういう事か思い当たった。

 住人がすべて不死者(アンデッド)と化した滅んだ都市。この大地もそうなってしまうだって!!?


「え、嘘だろ!?」

「可能性の話だよ。もちろん、そんなことはさせない。君たちだってそのために今ここにいるんだよね?」


 辺りに強い風が吹き付ける。だが、ラファリスはそんな風にも動じることなくその場所に立っていた。


「大丈夫、また会えるよ。その時はきっといろいろ話せると思う。……期待してるよ、お人よしな勇者達」


 辺りに一層強い風が吹き付けて、勢いよく砂が巻き上げられる。俺は思わず目をつぶった。

 そして、目を開けた時にはラファリスの姿は消えていた。


「あれ……?」


 慌てて辺りを見渡したが、ラファリスの姿は見つけられなかった。ここには隠れる場所もないし、どんなに早く走ったとしてもそんなには遠くに行けないはずだ。一体ラファリスはどこに行ってしまったんだ。


「行ったか……」


 不意に、背後から声が聞こえた。俺が慌てて振り向くと、そこにはアコルドがトマトの入った袋を抱えて立っていた。


「ちょ、おどかすなよ!」

「君が勝手に驚いたんだろう……それより、あいつは何か言っていたか?」


 あいつ、というのはラファリスの事だろう。それにしても、ラファリスがいなくなったと言うのにアコルドはまるで動じていないようだ。


「敵ではないと言っていたな。それと、オレ達に期待している、と」

「そうか」


 テオがそう答えると、アコルドはゆっくりと頷いた。


「俺が言えたことではないが、あいつの突拍子もない行動は許してやってほしい。あれはあれなりに考えがあるんだ」


 買ってきたトマトをリルカに手渡しながら、アコルドは諦めたように笑った。ラファリスに散々な扱いを受けているように見えるのに、意外と心が広いんだな。


「では迷惑料に少し説明してもらおうか」

「……何だ」


 テオがにやりと笑うと、アコルドは訝しげな顔をした。だがそれには構わずに、テオは続けた。


「今この世界に異変を引き起こしている者、そいつはどこにいる?」


 テオはストレートにそう尋ねたので俺は驚いた。だが、アコルドはテオの言葉に驚かずに真っ直ぐに俺たちを見つめ返してきた。この反応は何も知らないという訳ではなさそうだ。

 そして、アコルドはゆっくりと口を開いた。


「……奴らはどこにでもいる。そう特別な存在ではない」

「はあ?」


 どこにいる? って聞いて、どこにでもいる、って答えるのはありなのか!? 

 こういう時は具体的な地名を答えろよ!


「それじゃわかんないじゃん! 俺たちはどこに行けばいいんだよ!!」

「わからないのか。すでにどこへ行っても奴らがいる程度にはこの大地は浸食されているんだぞ」

「え?」


 浸食……? とかよくわからない言葉が聞こえた気がしたが、アコルドは本気なんだろうか。俺はアコルドが冗談だと言い出すのを期待したが、彼は先ほどの言葉を訂正するようなことはしなかった。


「だが、この地方ならいくらかは耐えられる。他の場所がどうかは知らんが……まあ、探すなら人が多い所を探すといい」


 アコルドはそれだけ言うと、俺たちに背を向け歩き出した。


「おい、まだ聞きたいことが……」

「いや、クリス。もういい」


 引き留めようとした俺をテオは制止した。その視線はじっとアコルドの背中を追っている。なんだろう、今日のテオはなんか変だ。


「お前たちも疲れただろう。取りあえずは休むぞ」


 そうもっともらしい事を言って、テオはアコルドとは別方向に歩き出した。

 俺はヴォルフとリルカに説明を求めようとしたが、二人とも黙って首を振るだけだった。


「今はテオさんの言う通りにしましょう……きっと何か考えがあるはずです」

「リルカ、疲れたよ……」


 頭の中にはもやもやとした思いが渦巻いていたが、俺だってめちゃくちゃ疲れているのは同じだ。

 取りあえずは思いっきり休もう。そう決めて、俺はテオの背中を追った。

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