23 死者の街
何となく釈然としない気持ちのまま、俺は歩き続けた。
この謎の地下空間は不死者だらけで、その中でも魂の浄化ができる奴とできない奴がいる。外からやってきたらしいトレジャーハンターなら浄化できて、元々ここの住人だった奴は浄化できない……そもそも元々の住人って何だ?
「ここって……昔、人が住んでたのか?」
そう聞くと、アコルドは振り返って呆れたような顔をした。
「当たり前だろう。これだけの数の不死者がどこから湧いてきたと思っているんだ」
「でも何で地下に? 不便じゃん」
太陽の光は当たらないし、そうすると植物とかも育ちにくそうだ。なんでわざわざこんな所に街を作る必要があったんだろう。
「外敵から身を守りやすいからだ。昔は地上に姿を見せておくだけで攻撃される危険性があったからな」
……せっかく説明してくれたのは有難いが、まったく意味が分からない。地上に姿を見せるだけで攻撃されるってなんだよ。いったい何と戦ってるんだよ!
「でも、」
「見ろ。ここからは空気が変わる。気を抜くなよ」
言われたとおり前方に目を凝らすと、大きな門と建物が密集している区画が見えた。あの謎の光る水晶があるのか、ちらちらとあちこちから明かりが漏れている。区画の中央辺りには塔のような建物も見えた。
「中心部だ。ここを無事に通り抜けられれば後は心配ない」
適当に歩いているのかとちょっと疑っていたが、アコルドはちゃんとここの構造をわかっていたようだ。……それはそれで怪しいけど。
でも朗報だ。出口は近いみたいだ。
「はぁ……一時はどうなる事かと思ったぜ」
「おい、気を抜くなと言っただろう。言っておくが、ここが一番危険な区画だぞ。油断しているとさっきのトレジャーハンターのように、あっというまに不死者の仲間入りだ」
「え」
さらっととんでもない事を言いながら、アコルドはどんどん前へと進んでいく。
おい、待てよ! 一番危険な区画って何だよ! まだ心の準備できてない!!
「できるだけ前向きに考えましょう。この区画の先が出口なら、たぶん逃げ切ればなんとかなりますよ」
「リルカ、がんばるね……」
「うん…………」
ヴォルフとリルカはもう心の準備ができているようだ。これは俺だけぐだぐだ言っているわけにはいかないな……。
正直不安しかないけど、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかない。
俺は意を決してアコルドの背中を追いかけた。
◇◇◇
大きな門を通り抜けると、アコルドが言っていた通りにがらっと空気が変わった。なんとなく重いような、ちくちく刺さる様な嫌な空気が辺りを包んでいるような気がする。気のせいかちょっと息苦しい。
それに、徘徊する不死者の数がやたらと多い。隠れながら進んでいるので、当然今までよりも進むペースは遅くなるわけだ。
疲労といら立ちと焦りで、俺の集中力はかなり低下していた。その辺の壁にくっついていた光る水晶に触れたのも、特に何か意図があったわけではない。ただ何となくだった。
だが、俺がふれた途端その水晶は激しく光り出した。それと同時に、カタカタカタ……という不快な音があちこちから聞こえてくる。
「え、なになに!?」
「ちっ、急ぐぞ!!」
アコルドは舌打ちすると、身を隠すのをやめて大通りへと飛び出した。あちこちの建物から不死者が出てくるのも気にせずに勢いよく大通りを走り出す。
「え……ちょっと!」
「何やってるんですか! 僕たちも行きますよ!!」
ヴォルフに急かされて、俺も慌ててもつれる足を必死に動かしながら走り出す。大概の不死者はまるで野次馬のように必死に走る俺たちをぽかんと眺めているだけだ。たまに立ちふさがるやつがいるが、一撃でアコルドに頭を吹っ飛ばされていた。
「もう少し先に行けば……くそっ!!」
先を走っていたアコルドが舌打ちして立ち止まった。前方には、十数人もの不死者がまるで壁でも作るように俺たちの行く手を阻んでいたのだ。四人がかりでもこの数は対処しきれないだろう。
「戻って別の道に……! あ……」
元来た道を振り返った俺は、そこで絶句した。
俺たちが走って来た道も同じように不死者の集団に通せんぼされていたのだ。
「囲まれた……?」
前には不死者の集団、後ろにも不死者の集団。まさに絶体絶命! 俺史上最大のピンチかもしれない!
「どどど、どうしよう!!?」
「こうなったら……」
アコルドは何かつぶやくと、コートの中へと手を差し入れて何かを取り出そうとした。だが、突如その動きが止まった。
「音……?」
こんな不死者だらけの地下空間には似つかわしくない、澄んだ音色が響きだした。
それは、不思議と穏やかな旋律だった。こんな絶体絶命のヤバい状況の中でも、聞きほれずにはいられない音だった。俺たちだけでなく骸骨たちも同じようで、目の前にいる俺たちの事など眼中にもないようにその音色が聞こえてくる方向へ一斉に振り返っている。
そして居並ぶ骸骨たちの向こうに、その旋律の主が姿を現した。
「ラファ……」
弦楽器をかき鳴らしながら悠然と歩いてくるその姿は、よく知るラファリスのものだった。
「テオさん!」
すぐ横にいるリルカが嬉しそうな声を上げた。確かにラファリスの後ろにはテオがいて、二人はゆっくりとこちらに歩いて来ているようだった。
ラファリスたちがやって来ると、不死者たちの集団はぱっと道を譲るように通りの左右に飛びのいた。堂々とその間を通って、ラファリスとテオは俺たちの前までやって来た。
「よかった、無事だったんだね」
ラファリスは俺たちの姿を見て、安心したように微笑んだ。その顔を見て、俺はやっと大事な事を思い出した。
そうだ、アコルドはラファリスを殺そうとしてる奴なんだ! このままじゃラファリスが危ない!!
「ラ、ラファ……あの!」
「やはり来たか」
こいつは危ない、と告げようとした俺の声を遮って、アコルドは低い声でそう呟いた。
ひいぃ! これはヤバい!
俺は勇気を振り絞ってなんとかラファリスに危険を伝えようとした。
「あの、こいつはアコルドって言って……」
「アコルド?」
駄目だ、アコルドに悟られないように危険を伝えようとしたけどうまく言葉が出てこない。
ラファリスはアコルドの顔を覗き込むと、不思議そうに首をかしげた。
だからそんなことしてる場合じゃないんだってーっ!!
「あなた、そんな名前でしたっけ」
「今だけはそう言う事にしておいてくれ」
ラファリスが問いかけると、アコルドは肩をすくめた。
あれ……普通に会話してる?
「え、何で……?」
俺が混乱していると、アコルドは呆れたように眉をひそめた。
「何でじゃないだろう。君たちはやはりこいつの事を知っていたわけか」
「だって、あんたはラファを探しにここに入って……」
殺すつもりだったんじゃないの、と言いかけた俺の声は嬉しそうなテオの声に遮られた。
「あんた、こいつらを守ってくれたみたいだな。恩に着るぞ!」
「礼を言われるほどの事ではない。だが、君は保護者としてもう少し子供の事に気を配るべきじゃないのか?」
「その点については深く反省している……」
テオの言葉を聞いて、アコルドは満足そうに頷いた。ラファリスもよかったね、なんてのん気に笑っている。辺りを和やかな空気が包み込む。
「……いやいや良くないって!! あんたラファの事探しにここに来たんだろ!? ラファに危害をくわえようとしてたんじゃないのか!?」
まだ安心はできない。もしかしたら俺たちが油断したところを狙う戦法なのかもしれない!
俺はラファリスの腕を引っ張ってアコルドの傍から引き離した。ラファリスはぽかんと驚いたように口を開けて、アコルドの方を振り返った。
「……そうなんですか?」
「そんなわけないだろう。……まったく、やたら警戒されているとは思ったが、まさかそんな事を考えていたとは……」
アコルドは俺とラファリスをの方へ順に視線をやると、大きくため息をついた。
「え、違うの? だってなんか怖い顔してたし」
「この顔はもともとだ。だいたい、こいつに危害をくわえるためにこんな所までくるなんておかしいとは思わないのか」
そりゃあ思ったけど、あんたが明らかに怪しいオーラ出してたのが悪いんだよ! 紛らわしいわ!!
「じゃあ何でこんな所に……」
「心配で探しに来た。それではいけないのか?」
アコルドが真剣にそう言うと、ラファリスはくすり、と笑った。
「その顔では誤解されても仕方ないですよ」
なんというか……二人の雰囲気を見るに完全に俺の勘違いだったようだ。ラファリスはまったくアコルドを警戒していないみたいだし、二人は知り合い……というか結構仲がいい間柄みたいだ。
そんな事を考えていた俺の頭に、突如テオのげんこつが振り降ろされた。
「いったあぁぁ!!」
「まったく……命の恩人になんてことを言うんだお前は!」
失礼だぞ、と注意され、俺は涙目でテオを睨んだ。こいつはあの場にいなかったからこんな結果論で勝手なことが言えるんだ! 少なくともあの場にいたヴォルフとリルカもアコルドの事怪しいって言ってたし! ここに落ちてから俺たちがどれだけ苦労したと思っているんだ!
「まあいい。とにかく早くここを出るぞ」
いまだに不気味なほどあたりの不死者はおとなしくしているが、いつまた襲い掛かってくるかわかったものじゃない。ここはテオの言う通りに早く脱出するべきだろう。
「ラファリス。出口へ案内してくれ」
テオがそう頼むと、ラファリスは何故か困ったような顔をした。何か考え込んだのち、彼は傍らのアコルドの袖を引いた。
「あなたも、出口のだいたいの場所はわかりますよね?」
「……だったら何だと言うんだ」
ラファリスはアコルドの問いには答えずに、じっと周囲を見渡した。不死者たちは、まるで成り行きをうかがうように俺たちを取り囲んでいる。
ラファリスは一通りあたりを確認すると、大きく息を吐いた、そして、とんでもない事を言い放った。
「みなさんは先に外へ出てください。僕は、ここに残ります」




