22 葬送完了
進む方向は決まっているようで、男は迷いなく地下都市を進んでいく。今歩いている辺りは、さっきみた光る水晶が街灯のようにあちこちにぶら下げてあるので、目視でも不死者を発見しやすくなっていた。まあ逆に言えば、向こうもこっちを見つけやすいんだろうけど。
俺は目を離さないように気を付けながら、前を歩く背中を追っていた。そうしていると、ふと男が足を止めてこちらを振り返った。
「……そういえば、君たちはなぜこんな所にいる。子供が遊ぶところではないぞ」
「そんなのわかってるって! 地上の神殿みたいな所を見てたら下に落ちたんだよ!」
俺がラファリスの存在とテオが勇者だという事を隠して事情を簡単に説明すると、男は考え込むようにあごに手を当てた。
「ふむ、迷い込んだというわけか。よく今まで生きてたな」
「ふん。ただの子供だと思って舐めるなよ!!」
俺がそう言ってやると、男は俺たちの事をじろじろと眺めた。その視線が、俺が手に持っている杖に注がれる。
「そうすると、君は神聖魔法の使い手か?」
「……だったら何なんだよ」
別に今すぐ回復が必要なわけではなさそうだし、俺が神聖魔法を使うからなんだと言うんだ。訝しみながら聞き返すと、男は意外な事を口にした。
「魂の浄化魔法は使えるか?」
魂の浄化魔法。不死者の魂を清め、神界の生と死を司る神、レムリス様の元へと送る魔法だ。俺も前に立ち寄った古びた教会で、神父さんに教えてもらったことがある。
でも、実際に使った事はない。そもそも地上には不死者自体がほとんどいないからだ。
「呪文は知ってるけど……実際にやったことは……」
「そうか。ならやるぞ」
やるって何を? と聞き返す前に、男は俺たち向かって黙るようにと合図を送ってきた。
俺も開きかけていた口を閉じる。男の意図はすぐにわかった。遠くからコツ、コツと足音が聞こえてきたのだ。この軽さと速度はおそらく不死者だ。俺は言葉を発さないようにと、手で自分の口を覆った。
俺たちが隠れている建物の陰のすぐそばを、不死者はゆっくりと通り過ぎていった。よかった、無事にやり過ごせたようだ。
ほっとしたのもつかの間で、何故か男は遠ざかる不死者の背中に向けてクロスボウで狙いを定めた。
そんなことしたら気づかれて仲間を呼ばれるだろ! と俺が言う間もなく、男は躊躇なく引き金を引いた。
矢は違うことなく不死者の頭に命中した。頭蓋骨がすこーん! とすごい勢いで吹っ飛んで行き、残った体はその場にばらばらと崩れ落ちた。
……うわ、不死者にヘッドショット決める奴とか初めて見た……。
「……そうだ! 逃げないと仲間を呼ばれる!!」
実際に仲間を呼んでいるのか、音につられて他の不死者が動き出すのかどうかはわからないが、奴がカタカタ言い出すと他の不死者がわらわらと湧いて出てくるんだった! 早くここを離れないとやばい!!
それなのに、男は焦るそぶりすら見せない。
「安心しろ。頭を一発でやれば不死者でも人間における『気絶』のような状態に陥る」
「…………え、そうなの?」
「しばらくは気づかれることはない。行くぞ」
この行くぞ、というのは不死者は放置して進むぞ的な意味だと思っていたのだが、男は何故か吹っ飛んだ頭蓋骨を拾って戻ってきた。
うわぁ、よく平気で触れるな……。
「来い、浄化するぞ」
男はガン! 頭蓋骨を乱暴に崩れ落ちた骨の傍に置くと、鋭い目つきで俺を呼んだ。どう考えてもこれから不死者と化してしまった哀れな魂を救済する……といった態度じゃない。
「……おい、早くしろ」
男にせかされたので、俺は仕方なく散らばった骨にゆっくりと近づいた。
そして、促されるままに呪文を唱える。
「輪廻の紡ぎ手レムリスよ。今こそ迷える魂を導き、ひと時の安らぎを与えたまえ……」
大切なのは慈悲の心、この呪文を教えてくれた神父はそう言った。……こんないきなり現れた男に自分の頭をぞんざいに扱われるなんて、確かに哀れだ。はやく輪廻の輪に戻ってくれ……!
「“魂の回帰”」
そう唱えると、やわらかな光が地面に散らばる骨を包み込んだ。きっと今から魂を浄化するんだろう。やわらかな光が骨にしみ込むようにして入って行き、心なしかその場の空気が澄んでいくような気がする。
うまくいってる……と俺はそう思った。だが、突如として骨から黒い煙がぶわりと溢れ出し、小さな光はかき消されてしまった。
「え……?」
「ちっ、やはり難しいか……」
男は舌打ちすると、頭蓋骨を遠くに転がして素早く立ち上がった。
「こいつもじきに目覚めるだろう。厄介なことになる前に行くぞ」
「でも……まだ浄化できてない!」
今のは俺の気持ちが足りなかったのかもしれない。もう一回やらせてくれと頼んだが、男は無慈悲に首を振った。
「無理だ。穢れがひどすぎて君一人では浄化はできないだろう」
「でも……!」
「諦めろ。引き際を見誤れば次は自分が不死者になる番だぞ」
俺はぐっと黙り込んだ。そもそもお前が浄化しろって言いだしたんだろ! と言ってやりたかったが、きっと俺がもっとうまく魔法を使いこなせていれば浄化できたはずだ。全ては俺の力不足のせいなんだ……。
黙り込んだ俺をどう思ったのか、男は目をそらすとばつが悪そうにため息をついた。
「いや……俺の言い方が悪いか。君に問題があるわけではない。時間が経ちすぎているのと、この場所の特異性の問題だ。万が一にもうまくいくかと思ったが、やはりそううまくはいかないな。不快な思いをさせて済まなかった」
男は確かに俺に謝罪した。それを聞いて俺は驚いた。今までの男の態度は不遜そのもので、絶対に誰かに謝ったりなんかしないと思っていたからだ。横にいるリルカとヴォルフも呆気にとられていた。
「別に謝らなくてもいいけど……あんたは何なんだよ。やたらと不死者のことに詳しいし、人探してるからってこんな所に入ってくるし……」
この男に言われるまで、俺は不死者の魂を浄化しようなんて思いつきもしなかった。神聖魔法の使い手としては情けない限りだ。でも、骨の扱いは乱雑だったといはいえ、この男は不死者を浄化しようとしているんだ。ただただラファリスへの復讐に囚われた人間だとは思えない。
「俺が何者なのかは重要ではない。今重要なのは君たちが無事にここから出られるかどうかだ。違うか?」
男は巧妙に話を逸らした。どうやら自分の正体を知られたくは無いようだ。俺も無理に追及するのはやめておいた。隠し事があるのはこっちも同じなんだ。逆に追及されたらそれこそ厄介だろう。
「じゃあ、名前は? 知らないと呼ぶとき困るじゃん」
「……アコルドと呼べ」
呼べ、ってことはきっと本名じゃないんだろう。目の前の謎の男――アコルドはそれでも堂々としていた。不思議な奴だ。
「行くぞ。まずは自分たちの安全を最優先に考えろ」
アコルドはそう言うと、さっと歩き出した。結局こいつが何者なのかはまったくわからないが、俺たちが考えているほど悪い奴じゃないのかな、と思えてきた。
まあ、ラファリスを守らなきゃいけないって状況は変わってないけどな!
◇◇◇
その後も不死者をやりすごしたり気絶させたりして、俺たちは地下都市を進み続けた。もうここに落ちてきてからかなり進んでる気がするが、一向に出口どころか街の端すらも見えてこない。どんだけ広いんだよここは。
俺たちが道に迷って同じところを廻っている可能性も考えたが、前を歩くアコルドの足取りに迷いはない。これで実は迷ってました! とかだったら笑えないな。
そんな事を考えていると、前を歩いていたアコルドの足がぴたりと止まった。すぐに俺たちにも止まれと合図が送られる。こんなことは今までも何度かあった。不死者が近くまできているんだ。
すぐに、俺の耳にも不死者の足音が聞こえてきた。だが、その足音は今までの不死者とはパターンが異なっていた。
今までの不死者はコツ、コツとゆっくりと歩いているような感じだったが、今聞こえる足音は歩いたと思ったら止まったり、急に走り出したりと不規則だ。
アコルドも不審に思ったのかクロスボウを構えている。
「……生きてる人間とかじゃないの?」
推測、というよりは俺の願望だ。だが、アコルドは首を横に振った。
「その可能性は低いな……ほら、聞け」
耳を澄ませると、足音に混じって唸るような声が聞こえてきた。前に夜の教会で聞いた不死者のうめき声とよく似ている。なるほど、確かに生きている人間ではなさそうだ。
「だが、他の奴らとは違うな……」
そう呟くと、アコルドは何を思ったのか突如、俺たちが潜んでいる場所の斜め向かいの建物に向かってクロスボウを撃ち込んだ。矢が建物に当たった音が周囲に響き渡る。
「アアァァァ!!?」
その途端、うめき声が一層大きくなり、ダダダッという足音と共に、不死者が姿を現した。
不死者は呻きながらクロスボウが刺さった建物を凝視している。その姿を見て、俺はある事に気が付いた。
今までの不死者はぼろぼろに朽ちた服や鎧を身に着けていたのだが、この不死者の身に着けている服は比較的綺麗に見える。外の人間が身につけていてもおかしくはないだろう。
アコルドはにやりと笑いながら呟いた。
「よそ者だな……ちょうどいい」
何がちょうどいいのかわからないまま、俺は成り行きを見守るしかなかった。
アコルドはまだうめき声を上げ続けている不死者の足元にも矢を撃ち込んだ。当然、不死者は音に反応してこちらを振り返る。不死者の空洞な目が、俺たちを捕えた。
「アアァァァァ!!」
不死者は途端に激高したように、持っていた剣を振り上げると俺たちの方へと突進してきた。
「ちょ!?」
俺は慌てた。だが、不死者の一番近くにいたアコルドは全く動じていなかった。突進してきた不死者に足払いをかけて転ばせると、その無防備な背中を思いっきり踏みつけた。
「アアアァァァァ!!!」
不死者が激しく暴れる。骨と骨がぶつかり合う不快な音がその場に響き渡った。
「こいつなら浄化できるだろう。やれ」
さっきの不死者は駄目だったのに、なんでこの不死者ならいけると判断したのかはわからないが、アコルドは俺に向かって偉そうにそう言い放った。
さっきは失敗したし、やっぱり無理な気がする。でも、万が一にも成功する可能性を考えたらやってみる価値はあるのかもしれない。
「……失敗したら?」
「その時は逃げればいい。俺たちが失う物は何もないさ」
そう言われればそうだ。俺は覚悟を決めて杖を構えた。
「輪廻の紡ぎ手レムリスよ。今こそ迷える魂を導き、ひと時の安らぎを与えたまえ……」
慈悲の心、それを忘れずに。哀れな魂を、神々の元へと導くために。
「“魂の回帰!”」
呪文を唱えるのはこれで二回目のはずなのに、まるでずっと昔からそうしてきたかのような不思議な気分だった。
先ほどと同じように、やわらかな光が骨を包み込む。暴れていた不死者の抵抗が少なくなり、やがては力を失ったようにそっと不死者の動きが止まる。骨を包む光が強さを増していき、やがては大きな光になり、上へ上へと登っていって、天井を通り抜けて見えなくなった。
「……葬送完了だな」
アコルドがそう呟いたのを聞いて、俺はやっと肩の力を抜くことができた。さっきの不死者の魂は天へ昇って行ったんだろう。これで、輪廻の輪に戻れるはずだ。
アコルドは残った骨が身に着けていたものを調べ始めた。腰のあたりにつけていた小さなポーチを探ると、銀色に光るナイフやランタン、ロープなどがごろごろと出てきた。
「こいつはトレジャーハンターだな。罠にはまったのか衰弱死したのか不死者に襲われたのか……なんにせよ君のおかげで輪廻の輪に戻れたんだ。……だからそう気に病むな」
アコルドにじっと顔を見られて、俺は初めて自分が泣いていることに気が付いた。何でだろう。何が悲しいのかすらも分からないが、何故だか悲しかった。でも、今は泣いている暇はない。気を抜けば俺たちもこのトレジャーハンターと同じ道をたどることになってしまうんだ。俺は慌てて涙を拭った。
「……もう大丈夫。でも、なんでさっきの不死者は駄目だったのにこいつは浄化できたんだろう」
俺には違いがよくわからない。この骨は行動や服が他の不死者とは違っていたが、それが関係あるんだろうか。
「こいつはここの住人ではない、ごくごく最近の侵入者だからだ。安心するといい、君たちも同じだからな。もしここで不死者となっても親切な人が浄化してくれる可能性は残っているぞ」
アコルドはそんな訳のわからない事を言うと、また不敵に笑った。




