21 クロスボウを持つ男
「人間…………?」
「……他の何に見えると言うんだ」
いきなり俺たちの前に現れた男は、見る限りは不死者ではなく人間のように見えた。でも、こんなところをうろうろしている人間なんているんだろうか。俺たちを油断させて殺すつもりじゃないだろうな……。
「君たちは何だ? 親からはぐれたのか?」
男は俺たちの顔をじろじろ眺めると、そのままクロスボウを降ろした。子供だと思って安心したんだろうか、どうやらすぐに俺たちを殺すつもりじゃないらしい。……ちょっとは安心してもいいのかな。
親からはぐれた……なんて状況じゃないけど、頼りになるテオと離れてしまった今の俺たちはそれと似た状況かもしれない。そう答えようかと思ったが、その前にこの男に一つ言っておかなければならない。
「さっき、何で俺たちの事狙ったんだよ!!」
そうだ。こいつは最初に俺たちのことを撃とうとしたんだ。外れたから良かったものの、当たっていたら大惨事だったぞ!
「狙った……?」
「しらばっくれんなよ! ほら、そこ!!」
男はなんのことかわからない、とでも言いたげな顔をしたので、俺はさっき矢が飛んできた場所をビシッと指差した。それを見て、男は納得がいったような顔をした。
「ああ、それは別に君たちを狙ったわけではない」
「はあ!?」
「矢が刺さった場所をよく見ろ」
男の言葉に従うのは癪だったが、仕方がないので俺は矢が刺さった場所を確認することにした。
俺の座っていた場所の少し後方に、男が放った矢が刺さっている。そしてその下には……
「これ、サソリ……?」
サソリのような生き物が体の真ん中を射抜かれて絶命していた。全然気が付かなかった。というかこんな地下にもサソリとかいるのか。
「まさかこのサソリを狙って……」
「当たり前だろう。不死者ならともかく、いきなり人間の子供を撃つ奴がいるとでもとでも思っているのか」
男は俺を馬鹿にするようにそう言った。うわ、何かむかつく……!
「いきなり撃ってきたら誰だってそう思いますよ……! だいたいあなたは何でこんなところをうろついてるんですか!?」
男にむかついているのは俺だけではなかったようだ。ヴォルフは苛立ちを隠さない声で、男に食って掛かった。
リルカも俺のそばにぴったりとくっついている。不死者に遭遇するよりはましとはいえ、この男だってどう考えても怪しすぎる。
「俺か? 俺は……」
男はヴォルフの言葉に言いよどむと、いきなりクロスボウに手を掛けた。まさか撃ってくるつもりか!?
いきなりすぎて逃げ出すこともできない。その前に恐怖と動揺で体が動かなかった。
だが、男は俺たちに向かって撃ってくるようなことはなかった。まるでそこいないはずの何かを射抜こうとするかのように、クロスボウは虚空を捕えている。
「探している奴がいる」
「ぇ…………?」
男はクロスボウを降ろすと、俺たちの方を振り返った。その目はまるで、何かに狙いを定めるかのように鋭く冷たい目をしていた。
「明るい髪色の、軽薄そうな男。常に楽器を持ち歩いている。……知らないか?」
そんな大雑把な特徴でも、わかってしまった。
――ラファリスの事だ――
「し、知らない!!」
俺はヴォルフとリルカが何か言う前に、とっさにそう答えていた。
男は短く「そうか」とだけ呟いて黙り込んでしまった。気まずい空気がその場を支配する。
「あの……俺たち、もう行くから……」
この男はやばい。何となくだけどそんな気がして、俺は慌てて立ち上がった。ヴォルフとリルカも同じように立ち上がる。だが、男は俺たちの行動を制止した。
「待て、子供だけでは危険だ。それに出口の場所はわかっているのか?」
「……あんたはどうなんだよ」
「見当はついている」
男はそれだけ言うと、ここで待っていろ、と言い残してどこかへ歩いて行ってしまった。もう奴の中では俺たちと一緒に行動するのが決定事項のようだ。
出口の見当はついている、か。それはいい、大きな前進だ。だが、俺はどうしてもあの男を信用することができなかった。
男の足音が遠ざかる。もう俺たちの声も聞こえないだろう、という距離になってやっと、俺は緊張の糸が切れてずるずるとその場に座り込んだ。
「はぁー……。何なんだよあいつ……」
何で平然とこんなおかしい場所をうろうろしているんだ。それに最初に俺たちを撃ってきたのだって、いくらサソリを狙っていたとはいえ、少しずれていたら俺たちに当たっていたんだ。今となってはそのサソリを狙っていたという事すら本当かどうか怪しいじゃないか。
「さっきの……ラファさんのこと、だよね」
リルカも俺と同じことを考えていたようだ。きっと、ヴォルフも同じだろう。
「何でこんな所でラファの事探してんだよ……」
「ラファさん、多くの男に恨まれてるって言ってましたよね……。あの人もそのうちの一人なんじゃ?」
「あ」
そういえばラファリスはサンディアの街でそんな事を言っていた。俺もむかつく野郎だと思ったし、恨みを買うのもわからないでもない。だとすると……
「ラファに彼女でも取られて、それであいつを恨んでるって事?」
「その可能性が高いと思います」
確かに、そう考えるとつじつまが合う。まったく、ラファリスもとんでもない事をしてくれたものだ。
「……そう考えると、最初に僕たちの近くを撃ってきたのも、もしかしたらラファさんだと思われたんじゃないんですか?」
「そっか、あいつが恨んでるラファなら矢が命中しても問題ないって事か……」
それで、実際にいたのが子供(俺も含まれるのは納得いかないが)だけだったので、慌ててあの男も取り繕ったんじゃないか? 少なくとも無駄に子供を殺すようなことはしないと言う良心だけは持ち合わせているよみたいだし。
「でも……どうして、ラファさんが……こんな所に、いると思ったのかな?」
リルカの疑問ももっともだった。いくらラファリスを恨んでいるとはいえ、こんな遺跡の地下なんて訳の分からない場所にやって来るなんて考えづらい。
普通もっとラファリスのいそうな場所を探すよな……。ここにいるって確証がない限りは……
「もしかして……ラファたちも、ここに来てる……?」
俺がそう声に出すと、ヴォルフもリルカもはっとした顔をした。
そうだ、ラファリスがここに来てるという事は、おそらく一緒にいたテオも来ているはずだ! 俺たちがいなくなったのは気が付いているだろうし、ラファリスがこの地下の存在を知っていたとしたら探しに来ていてもおかしくはない。
推測でしかない。でも、もしラファリスとテオがもうこの地下空間に入って来ていて、あの男が何らかの手段でその情報を手に入れてラファリスを追いかけてきたのだとしたら?
そうなったら、危ないのはラファリスだ。
「どうしよう……」
あの男はヤバい。雰囲気だけでも怪しいし。あんな暗い場所でほとんど気配すら感じさせずに、いきなり人の近くを撃ってくるとかどうかしている。
もしあいつとラファリスが出会ったら、ラファリスはあっという間に殺されてしまうんじゃないか。
そんな嫌な想像が俺の頭をよぎった。
確かにラファリスはちょっといらっとする奴だけど、それでも殺されるほどのものではないはずだ。
「なんとかしてあの男がラファを見つけるまでに脱出しないと……」
「……幸い、あの男は僕たちに対しては子供だと思って警戒していないようです。最悪ラファさんを見つけても、なんとかラファさんが逃げる時間を稼げれば……」
ラファリスを逃がして、その後俺たちはどうなるんだろう。怒り狂ったあの男に殺されたりしないだろうか。でも、おそらくラファリスの傍にはテオがいるはずだ。いくらあの男が暴れようが、四対一でこっちにテオもいれば勝ち目もあるだろう。
「そういうことなら、あの男と一緒に行動した方がいいよな。あいつが俺たちの知らない所でラファを見つけたりしたら大変だし……」
俺の言葉に、二人は頷いた。よし、これで方針は決まった。
基本はあの男について行って出口を探す。もし、その途中でラファリスとテオに出会ったら、なんとか俺たちであの男を足止めしてラファリスを逃がす。そして、テオと一緒にあの男をボコる! よし、なんとかなりそうだ!!
俺がそう考えた時、ちょうど遠くからコツコツと足音が聞こえてきた。不死者のものじゃない。あの男が戻ってきたんだ。
「近くに不死者はいない。行くぞ」
男は俺たちに向かって、ついて来るようにと合図した。俺たちも立ち上がって歩き出す。
油断はできない。不死者だじゃなく前を歩く男に対しても警戒しながら、俺たちは地下都市の探索を再開した。




