20 彷徨う屍
建物の陰からそっと左右をうかがう。よし、不死者の姿はなし!
俺たちはできるだけ音をたてないように移動して、向かいの建物の陰に潜んだ。
走って走って走りまくって、もうこれ以上は走れないと言う段階まで来てやっと一息つくことができた。
不死者の集団は追いかけてこない。いや、まだ追いついてないだけかもしれないので油断はできないな。結構な距離を走った気がするが、それでもこの地下都市の端は見えてこなかった。
どんだけ広いんだよ。ここまで作るのに何年くらいかかるんだとか、現実逃避にどうでもいいことを考えてしまう。
その途端、カツン、という音が聞こえて俺たちの間に緊張が走った。
焦らず、慌てず、息を殺す。
どうやら俺たちには気づかなかったようで、しばらくすると足音はこちらに来ることなく遠ざかっていった。
「はぁー…………」
俺は安心して思いっきり息を吐き出した。ああ、見つからなくてよかった……。
あれから不死者の集団に追い詰められるようなことはないのだが、至る所に俺たちが最初に見つけた骸骨のように、あたりを歩き回って偵察らしきことをしている奴がいるようだった。
一体くらいなら倒せないこともないのだが、またさっきみたいに仲間を呼び起こされると厄介なので俺たちはできるだけ見つからないように行動するようにしていた。
努力の甲斐あって今の所不死者に見つかることはないのだが、なんせこの状態は精神的に辛いし、出口を探すことすら困難になっていた。
こんな調子でここから脱出できるのだろうか、その前に餓死しそうで怖い。まったく、何で遺跡を見に来ただけでこんな目に遭わないといけないんだよ!
「リルカたち、でれるの……かな……」
リルカが不安そうにそう呟いた。
それを聞いて俺ははっとした。そうだ、リルカがこんなに不安がっているのに、俺がびびっててどうすんだよ。ここは何とかリルカを安心させてあげなければ!
「大丈夫に決まってんじゃん! 外に出たらみんなにすごいもの見たって自慢してやろうぜ! なあ、ヴォルフ!?」
「そ、そうですね……! もしかしたらすごい宝とかが見つかるかもしれませんね!」
俺たちの虚勢のおかげか、何とかリルカは元気を取り戻したようだ。
俺も立ち上がって、出口探しを再開する。大丈夫、歩き続ければいつか出口にたどり着くはずだ。
◇◇◇
不死者に警戒しながら歩き続けていると、いつのまにか建物の数が減ってきた。都市の端の方まで来たのだろうか、出口が見つかるといいんだけどな。
そして、少し開けたところにある大きな門の先に何やらぼんやりとした光が見えてきた。
「…………なんだと思う?」
「不思議、だね……」
「生きてる人間……ではなさそうですね」
ちょっと危険な匂いを感じる。でもあれが何なのか確かめておきたい。
とりあえず、最大限警戒しながら確認することにした。
門の陰に身を隠しながらそっと覗き込むと、そこには誰もいなかった。生きてる人間も、不死者もだ。
そこは、大きな公園のようになっていた。ぼんやりと光の正体は、淡い光を放つ巨大な水晶だった。その水晶に照らし出されて、あたりの様子が少しだけ見えた。なんと、こんな地下なのに草らしきものが生えている。それに、向こうの方には池らしきものもある。
この水晶はどうしてで光っているのだとか、何で草が生えているんだとか、そもそもこの場所はなんなのかとか、気になることは数えきれないほどある。
でも、安心したんだ。こんなわけのわからない場所で、歩く骸骨なんかがうようよいる場所で、淡い光と地面に生えてる草を見ただけでどうにも安心してしまった。
俺もよっぽど疲れていたみたいだ。体力的にも、精神的にも。
「……しばらくここで休もっか」
「そうですね……」
「……うん」
二人にも異論はないようだ。俺たちは水晶の光から少し離れた所に腰を下ろした。骸骨の足音は聞こえない。少しはゆっくりできそうなので、俺はあたりを調べることにした。
まず目を付けたのは近くにある池だ。警戒してゆっくりと近づいたが、特に何かが潜んでいるとかはなさそうだ。水面は静かに凪いでいる。そっと手で触れてみたが、濁っている様子はない。俺は安心して水筒に水を汲んだ。浄化すれば飲み水にできるだろう。
「……清浄なるヴィーズよ、我に不浄を清めし力を。“聖なる水”」
二人の所に戻って、水の浄化を始める。どうやら元からかなり澄んでいたようで、浮いてくる黒い泡はいつもよりも少ない。
無心に浄化を続けていると、ふと肩に重みを感じた。首を動かせば、リルカが俺にもたれかかって静かに寝息を立てているのが見えた。
「このままにしとこうな……」
「そうですね、かなり疲れてるみたいですし」
リルカのあどけない寝顔を見ていると、少しずつ心が癒されていくのを感じる。
どうか今だけでもゆっくり眠ってくれよ、リルカ。
その後もなんとか水の浄化を続ける。ヴォルフは何も喋らない。不死者に気づかれるのを警戒しているのかもしれない。賢明な判断だが、ちょっと寂しいぞ。
こういう時テオがいたらなんと言うだろうか。きっとあいつなら不死者から逃げるなんて考えないで、馬鹿正直に骸骨の軍団に突っ込んでいくんだろう。それでも負ける気がしないから不思議だ。
そんな事を考えていると、なんだかテオが懐かしく感じてきた。一体ここに落ちてからどのくらい経ったのだろうか、数時間か、半日か、もう一日くらいは経ったのだろうか。緊張のせいか空腹を感じないので、まったく時間がわからなかった。眠くもならない。不思議な感じだ。
そうしているうちに、俺の努力の甲斐あってか浄化が無事に終わった。おそるおそる水を口に含んでみたが、いたって普通の水だった。十分飲み水になりそうだ。
「ほら、おまえも飲めよ」
そう言ってヴォルフに水筒を手渡そうとした時だった。驚くほど唐突に、俺は鋭い視線を感じた。慌てて顔を上げるのと同時に、シュッと空気を切る音がして、俺の近くの地面に何かが突き刺さった。
「くそっ!!」
「リルカ!!」
俺が慌ててリルカを起こす間に、ヴォルフは何者かに向けてナイフを投げつけたようだった。だが、すぐにカラン、とナイフが地面に落ちる音がした。相手に刺さる前に弾かれてしまったようだ。
カツカツと、今までの骸骨よりはいくらか重く、そして性急な足音が聞こえる。
相手が来る前に逃げるか? いや、駄目だ。相手はこっちの位置を把握しているし、飛び道具を持っている。逃げてもすぐに背中からやられてしまうだろう。
こうなったら、もうここで迎え撃つしかない。
俺は背中から杖を引き抜いて構えた。大したことはできないが、何もしないよりはましだろう。
リルカは何が起こったのかわからずにおろおろしている。かわいそうだが、事情を説明している暇はない。
足音が近づいてくる。もうすぐそこだ。
「…………なんだ。今日は随分亡者共が騒がしいと思えば、」
突然、知らない声が聞こえた。不死者がこんなにはっきり声を出すとは思えない。じゃあ、他の何かだ。
そして、水晶のぼんやりとした光に照らされて、そいつの姿が浮かび上がった。
黒い髪、黒いコート、おまけに黒いブーツ。ちょっとセンスを疑うような全身真っ黒コーディネイトの、三十歳くらいの目つきの悪い男がそこに立っていた。その手にはクロスボウを持っている。おそらく、さっき俺たちを狙ったのもあのクロスボウだろう。
「生者がこんなところで何をしている?」
男は余裕綽々の笑みを浮かべて、俺たちにそう問いかけた。




