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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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14 夢か幻か

 微妙な空気のまま、俺たちは地上を目指して歩き続けた。俺の傍にはあの子供の体を貫いた光の球が、ふよふよと漂いながらついて来ている。またさっきみたいにいきなり光線を発射したら怖いので消したかったのだが、そもそも消し方がわからないのだ。普段はいつのまにか消えているので、時間が経てば消える仕組みになっているのかもしれない。

 幸いなことに、今の所は俺たちに向かって変な光線を出したりはしていない。俺は心の中で『俺たちは悪しき者じゃないよ、攻撃なんてするなよ』と念じ続けていた。通じているのかどうかは疑問である。このまま何事もなく消えてくれますように……。


「ねえ、テオにゃん達は勇者……なんだよね? さっきの子供みたいなのって、なんなの?」


 黙々と歩き続ける中で、シーリンがぽつりと呟いた。そりゃあ、あんな変なのが出てきたら正体が気になるところだろう。だがな、シーリン。残念ながら勇者にもわからない事はあるんだよ。

 あと、重苦しい雰囲気の中でいきなりテオにゃんとか言われると笑えるからやめてほしい。


「さあな。奴らの正体、という意味でならオレ達にもよくわからん。ただ……様々な手を使ってこの世界を脅かすものがいる。おそらくさっきの奴らもその一派なんだろう」

「世界を脅かすもの……」


 テオの言葉を聞いて、そう口に出したメーラの声は震えていた。


「何でここなんだよ。私たちが何をしたって言うんだ……」

「理由はわからんが、まだ街中にいきなりドラゴンが現れなかっただけマシだと思った方がいいぞ」


 テオは何気なくそう言い放った。それを聞いたメーラも押し黙ってしまう。

 ちょっと冷たくないか? と俺は一瞬思ったが、現実なんてそんなものかもしれない、と思い直した。俺の故郷みたいに平和そのものな場所もあれば、ラヴィーナみたいにいきなりドラゴンに襲われるなんて悲劇に見舞われる場所もある。でもそれは、決してリグリア村の人の素行がよくて、ラヴィーナの人の素行が悪かったなんてことはないんだ。きっと運なんだろう。


「まあまあ、地下も崩れずに残ってるし、精霊も協力してくれたしよかったじゃん! 今日は記念に美味しいものでも食べようよ!」


 シーリンは元気づけるようにばんばんとメーラの肩を叩いた。いつもならうっとしいだのなんだの言うメーラも、今だけは何も言わなかった。

 こんな時はシーリンの底なしの明るさがありがたく感じるな。普段はちょっと面倒くさいけど。


「ほら、もうすぐ出口じゃ……ん?」


 俺の出した光の球がトンネルの出口をゆらゆらと照らし出した。そのぼんやりとした明かりの中に、一人の人影が浮かび上がる。

 はじめはドワーフの誰かが心配して見に来たのかと思った。だが、違った。

 とがった耳……まではドワーフと同じなのだが、トンネルの出口に立つ男はやたらと身長が高い。テオと同じくらいはありそうだ。だが、テオと違って細くてすらっとしている。それに、ちょっと心配になるくらい肌が白い。健康状態は大丈夫ですか? って聞きたくなるくらいだ。


「エルフ……?」


 メーラがそう呟いたのを聞いて、俺はやっと納得できた。

 そうか、エルフか。エルフもドワーフや獣人と同じくラガール大陸を故郷とする亜人種の一つだ。とがった耳はドワーフによく似ているが、ドワーフとは対照的に長身色白、というのが特徴であると聞いたことがある。どうやら間違いではなかったみたいだ。

 でも、そのエルフが何でこんなところにいるんだろう。さっきのメーラの感じだと、ここの住人という訳でもなさそうだし。

 真っ黒のローブを纏ったエルフは、何も言わずに俺たちをじっと見ている。長い金髪がぼんやりとした明かりの中で不気味にきらめいている。


「あの、ここで何してるんですか……?」


 気まずくなって思わず声を掛けてしまったが、エルフはそれでも何も言わない。

 どうしようか、と背後を振り返りかけた時、やっとエルフはその重い口を開いた。


「おまえは……なぜお前がここに?」

「え……?」


 何言ってんだこいつ、と思ったが、エルフが見ているのは俺ではなかった。深い新緑の瞳は、俺ではなく俺の背後に射抜くような視線をやっている。

 俺の後ろにいるのは、シーリンとヴォルフとリルカだっけ……


「まあいい。これで終わる」


 エルフの男は唐突にそう呟くと、手元から何かを地面に投げた。俺たち立っている場所の少し手前に、エルフの男が投げたものが落ちた。

 その瞬間、その場に凄まじい爆音と衝撃が響いた。


「うわっ!!」


 俺の体は立っていられずに地面に投げ出された。なんとか壁に手をついて立ち上がったが、すぐ傍では岩が落下するような轟音が響いている。だめだ、頭がくらくらする。


「おいっ崩れるぞ!」

「護岩まで戻ろう! 遠回りにはなるがそこから別の出口があるんだ!!」


 メーラがそう叫んでいるのが聞こえた。そっか、俺も行かなきゃ。

 ふらふらする足を一歩前に踏み出そうとした、その時だった。


「クリス! 上!」


 慌てたように俺を呼ぶ声が聞こえた。上が何だよ、と見上げると、頭上にめちゃくちゃでかい岩が降ってくるのが見えた。

 その光景を最後に、俺の意識は途切れた。



 ◇◇◇



 チチチ……と鳥の鳴く声が聞こえる。それになんだか春の陽気のようにあったかい。心なしか、草のにおいもする気がする。

 目を開けようとしたが、不思議と体がいう事を聞かなかった。


 ……もしかして、俺、死んだ?


 意識はあって、聴覚と嗅覚は機能しているようだが、手も足もピクリとも動かないし、目も開けることができない。まるで心と体が切り離されてしまったかのようだ。

 これが死ぬって事なんだろうか……。


『だл※、……年の+бが!』

『そч▲йと言……って……!』


 あれ、何やら言い争うような声が聞こえてきた。なんとなく争っているというのは雰囲気でわかるんだが、不思議と何を言ってるのかはよく聞き取れない。断片的にはわかるんだが……まるで水の中で地上の声を聞いているような感じだ。


『…………する? 何かгъ▽はないのか?』


 すぐ近くで声が聞こえて、俺はおもわずびくっと震えた。だが、現実には震えたのは俺の意識だけで、俺の体はまったく動じていない。ただ、その声に呼応するように急に視界が開けた。


 目の前には草原が広がっており、遠くには木々の多い茂る緑豊かな山。空は深い青色で、どこか俺の故郷のリグリア村を思い出す光景だった。

 おかしい、俺はフォルスウォッチの地下にいたはずだ。こんな明るい場所のはずがない。それとも、ここは死んだ魂が転生する前に行きつく場所なのだろうか。

 だが、目の前には何故か荒れた畑があり、二人の男がそこで何やら言い争っている。神様の姿は見えない。……一体俺はどうすればいいんだろう。


「そうねぇ……」


 不意に体の内側から声が聞こえた。

 若い女性の声だ。その声だけは、今までと違いはっきりと聞き取ることができた。

 急に視界が高くなり、ぐるんとまわって争う二人の男とは別の男が正面に見えた。


『君の……で、なんとか……れないのか?』

「うーん……」


 男の声もさっきよりもはっきりと聞こえた。困ったような顔をした目の前の男は、俺に話しかけているようだ。いや、違う。俺ではなく、さっきの若い声の女の人に、だろう。

 ……何となくわかってきた。この体はさっきの若い声の女の人の物で、俺は何故か彼女の体に憑いている状態なんだろう。体を動かすことはできないが、感覚は共有しているようだ。

 ……なんでこんな状態になっているんだろう。死んだ拍子に俺の魂が体から抜け出て、この誰だか知らない女の人の所に来てしまったのだろうか。そんな馬鹿な。

 女の人はまた言い争う二人の男を視界に収めると、そちらの方へ向かって歩き出したようだ。二人が彼女に気づいて、こっちを振り向いた。


「お二人とも、荒らされた畑は元には戻りませんが、あなたたちは生きているのです。生きているという事は、またいくらでもやり直せるという事です」

『ですが……』

『ここまで荒れてしまっては……』


 女の人の声に、男二人は戸惑ったように首を振った。無理もない、目の前の畑はまるで何百人もの人に踏み荒らされたような悲惨な状態になっていた。いったい何があったのだろう。いつのまにか、女性以外の声も結構鮮明に聞こえるようになっていた。


「それでは、わたくしからお二人にまじないを授けましょう」


 女性はそう言うと、二人の男の手を取った。俺の視界にも女性の綺麗な手が見える。


「豊穣の女神ティエラの名において、種蒔く者に祝福を。“春の息吹ソフィオディプリマヴェーラ”」


 女性がそう唱えた途端、男たちの顔つきが変わる。ティエラの名において、とか言ってたし、今のは俺の知らない神聖魔法だったのかもしれない。


『お、おぉ……』


 男たちは女性から手を放すと、いきなり空に向かって両手を広げた。

 さっきの困ったような顔とは違い、何故かやたらと晴れやかな顔をしていた。


『これは、まるで全身から力が溢れるような……』

『この思いは……』

『耕したい!』

『耕したい!!』

『『耕したい!!!』』


 耕したい、耕したい! と頭の中にこだまする。ああ、うるさい。元気になったのはいいがもっと静かにはできないのだろうか。

 耕したい耕したい耕したい耕したい耕したい……



「耕したい!!!」

「えぇ!!?」


 いつの間にか俺まで耕したい! と口に出していたようだ。……あれ、声が出せる?


「なになに、頭大丈夫?」


 目を開けると、シーリンが心配そうに俺を覗き込んでいた。体を起こそうとすると、ちょっとだるいが難なく動かすことができた。どうやら俺はベッドに寝ていたようで、すぐ横の窓からは奇妙な形の石造りの建物が見えた。あれはフォルスウォッチに来た時に目に入った建物だ。

 ということはここはフォルスウォッチなのだろうか。耕したい! という声はもう聞こえなかった。相変わらずシーリンは心配そうに俺を見ている。


「…………夢?」


 手を握ったり開いてみたりすると、問題なく動いた。あの心と体が切り離されたような感覚はもうない。やっぱり夢だったんだろうか。それにしてはやけにリアルだったし、今でも鮮明に頭に残っている。


「どしたの? 怖い夢でも見た?」

「怖いって言うか……」


 怖いと言うよりも不思議な夢だった。なんか呪文っぽいのも出て来たし。

 そうだ、あの呪文。もし夢だとしたらあの呪文もでたらめなのだろうか。でも、なんかそれっぽかったのに。


「えっと……豊穣の女神ティエラの名において……種蒔く者に祝福を……?“春の息吹ソフィオディプリマヴェーラ”」


 思い出すように口に出すと、なんだか体中に力がみなぎってくるような感覚がする。ゆっくりと溢れ出すような、この気持ちは……


「耕したい!」

「耕したい!!」


 次の瞬間、俺とシーリンは競い合うかのように部屋を飛び出した。部屋の外には何人かのドワーフとテオ達がいた。だがそんな事はどうでもいい。今大事なのはそんな事じゃないんだ!!

 何か話しかけてきたテオを無視して、俺とシーリンは建物の外へと飛び出した。


「あっち!」


 シーリンが指差す方向へ二人で駆け抜ける。思った通りそこには畑が広がっており、近くには丁度よく鍬も置いてあった。


「やるぞ!」

「おう!!」


 そのまま、二人で畑の空いている部分を耕し始める。ああ、すごく満ち足りた気分だ!

 ざくざくと畑を耕す俺たちを見て、追いかけていたテオ達はドン引きした顔をしていた。でも今はそんな事は気にならない。耕作こそ至上の喜び、これもすべて豊穣の女神ティエラ様の祝福なんだ!


「くーちゃん、……おかしく、なっちゃった……?」

「頭でも打ったんですかね、シーリンさんまで……」

「お、おい……どうすんだよ!?」

「……しばらく様子を見るか」


 その後、俺とシーリンの奇妙な耕作は一時間ほど続くことになるのだった。


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