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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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13 地下の精霊

「かかってこいよ! おらぁ!!!」


 ブチギレたシーリンは、すごい速さで子供に突きを繰り出している。対する子供も何とか防ごうとしているようだが、先ほど肩を刺されたせいなのか、若干動きが鈍っているように見えた。


「そこだっ!」


 ついには、シーリンの突きが子供の左腕に突き刺さった。続いて、ヴォルフの投げつけたナイフも、同じ腕に突き刺さる。


「そこまでです。おとなしくしてください」


 シーリンとヴォルフに刃を突き付けられて、子供の動きが止まる。そのままシーリンに地面へと抑えつけられていた。

 背後からは、リルカとメーラが必死に何か話している声が聞こえる。でも、片時も子供から目を離すことができない俺には、今二人がどんな状況になっているのかはわからなかった。


「ねえ、もう終わりにしない?」


 シーリンは肩に刺さったままのレイピアをぐっと押し込んだ。うわあ、痛そう。

 もともと仕掛けてきたのは子供の方とはいえ、少しだけかわいそうに思えてしまう。子供はさすがに痛かったのか眉をしかめると、何事か呟いた。


「……認。……爆……どう」


 結構距離がある俺の位置では、子供が何を言ったのかまでは聞き取れなかった。だが、それを聞いた途端シーリンとヴォルフの表情が変わった。

 その直後、その場に何かが破裂したかのような爆音が響いた。


「シーリン! ヴォルフ!?」


 ちょうど三人がいたあたりにもくもくと煙が立ち込める。その中で、一人の人影が立ち上がった。

 俺は思わず息をのんだ。その人影はシーリンでもヴォルフでもない。さっきまで地面に押さえつけられていた子供だったのだ。

 でも、左腕がない。

 子供の左肩から先はまるでもぎ取られたかのようになくなっていた。それなのに、不思議なほど血が出ていないのだ。俺は目の前の光景が信じられなかった。

 子供は右腕だけで近くに落ちていたハンマーを拾い上げると、俺の方へと向き直った。


「計画変更。抹殺対象確認……問題なし」


 少女は鋭い瞳で俺を見ている。いや、正確には俺ではなく、俺の背後にいるリルカとメーラを、だ。

 すぐに、次に子供がどういった行動に出るのかわかった。もうこうなったら、全力を尽くすだけだ。


「天より来たりし光よ、今こそ我がもとに集いてその力を顕現せよ……」


 すぐさま杖を構えて呪文を唱える。思った通り子供は右腕だけでハンマーを振り上げて俺たちの方へと突進してきた。

 焦るな、大丈夫だ、間に合う。そう自分を勇気づけて、俺は呪文を唱え続けた。


「護れ! “熾光防壁(セイクリッドウォール)!!”」


 間一髪! 子供が俺の目の前まで迫りハンマーが俺を叩き潰す寸前、呪文が完成した。

 俺の杖の先に、淡い光の壁が現れて、子供が振り下ろしたハンマーを阻んだ。


 “熾光防壁(セイクリッドウォール)”――原理はよくわからないが、世界にあふれる光を集めて、自身を守る盾を作り出す魔法だ。神聖魔法の中でも基礎的な部類に属しており、最初にトゥーリアさんにもらった呪文書に書いてあったものである。

 今まで何回か試しに呪文を唱えてみたことはあるが、実戦で使うのは今回が初めてだ。

 何とか成功したようで光の壁が子供の攻撃を抑えてくれている。……はずなのだが、


「!!?」


 急にぐぐっと押されるような感覚がして、俺は思わず呻いた。見れば、光の壁にもひるむことなく子供はぐいぐいとこちらにハンマーを押し付けており、ちょうど押し付けられている所の光の壁がへこんでいるのが見えた。

 やばい、このままじゃ突破される!

 俺は杖先へと意識を集中させ、逆に押し返す気持ちで杖を突きだした。

 両側から圧力をかけられた光の壁がいびつな形に歪んでいる。頼む、もう少しでいいから保ってくれ! ここが突破されたら、すぐに俺がハンマーでたたきつぶされて……その次はリルカとメーラだ!

 二人が精霊と話をつける(そんなことできるのかどうか知らないけど)までは、なんとしてでもこの場所を守らないといけないんだ!


 だが、残念ながら俺よりはあの子供の方が力は上だった。光の壁が薄くなり、だんだんとハンマーが俺の方へと迫ってくる。

 そして、脆くなった光の壁が霧散する瞬間、


「え……?」


 突如放たれた一条の光線が目の前の子どもの体を貫通した。

 子供は勢いよく吹っ飛ばされて、仰向けに倒れ込んだ。その腹には光に貫かれた穴が開いており、口からごぼっと液体を吐きだしたのが見えた。……どうみても瀕死状態だ。

 俺は信じられない思いで光線の発生源の方へと視線をやった。そこには、俺の作り出した三つ目の光の球がふわふわと何事も無かったかのように浮遊しているのが見えた。


「うそだ……」


 だって、あれはあたりを照らし出す光を発生させる魔法のはずだ。確かに、トゥーリアさんのくれた呪文書には『光の球は、悪しきものに危害を加えることもあります』と書いてあったが、今まで何回もこの呪文を使ってきたがそんなことは一度もなかった。


 だから……まさか、いきなり子供の腹を貫通するなんて思わなかったんだ。


「戦闘……こぅ、……だん……」


 呆然としていた俺は、わずかに聞こえてきたその声で我に返った。

 ごぽり、と口から液体を吐きだしながらも、子供は何かぶつぶつと呟いているようだった。

 まだ生きてる! 今から回復させれば何とかなるかもしれない!



 思わず俺は倒れた子供に駆け寄ろうとした。シーリンとヴォルフの慌てたような声が聞こえたが、焦る俺には二人が何を言ってるかなんて全然頭に入らなかった。


「不可……ぃ、……爆……ん」


 もう少しで子供に手が届く、そう思った瞬間、いきなり俺の目の前に岩の壁が生えてきた


「え……?」


 一拍遅れて、壁の向こうから何かが破裂したような音が聞こえた。

 もう、何が何だか全然わからない!


「ほら、見ろよ! 間に合ったぞ、どうだ!!」


 背後からメーラの得意げな声が聞こえてきた。恐る恐る振り返った俺は、そこで思わず目を見張った。

 護岩の横に立つメーラとリルカの傍に、めちゃくちゃでかいハリネズミ……? みたいなのがいたのだ。


 …………?


「いやいや…………なんだよそれ」

「この場所の……精霊、だよ……。イルマリネン、って……いうの」


 リルカがそう言って巨大ハリネズミを見上げると、巨大ハリネズミは同意するかのように頷いた。どうやら本当に精霊のようだ。それにしても、結構フレンドリーだな……。


「テオさんを……助けて、もらっても……いい?」


 リルカがそう頼むと、精霊イルマリネンは四足で駆け出し、未だ一人でもう一人の子供と戦い続けるテオの方へと近づいて行った。

 テオと戦っていた方の子供は、精霊まで敵に回したことで自身の敗北を悟ったのかもしれない。

 俺の時と同じようにテオと子供の間に分厚い岩の壁が生え、次の瞬間さっきと同じように大きな破裂音が聞こえた。

 その音で、ぼやっとしていた俺の意識は現実へと引き戻された。


 そうだ、瀕死状態だったさっきの子供はどうなったんだ。それにあの音、嫌な予感がする。

 俺は慌てて目の前の岩の壁を迂回してその向こう側へと回った。

 だが、そこには俺の予想していた光景はなかった。


「何だよ、これ……」


 まず見えたのは、おびただしい量の白い砂。それに、あたりを濡らす半透明の液体、子供が着ていた服と思われるものの切れ端。加えて、割れた水晶玉に金属によくわからない物の数々。

 およそ人の体を構成していた物質とは思えないものが、その場に広がっていた。


「人……じゃなかったみたいですね」

「なんなの? 何がしたかったの?」


 あちこちから血を流した、ヴォルフとシーリンが近づいてきた。二人とも困惑しきった顔をしている。二人にもあたりにぶちまけられた謎の物質が何なのかはわからないようだ。


「そっちも同じか。オレの所もそうだった」


 どうやら、テオと戦っていた子供も同じ状態になってしまったらしい。やってきたテオは、大胆にも屈みこんであたりに散らばっている白い砂へと触れた。いきなり発火したり爆発するんじゃないかと思ったが、何事もなく白い砂はさらさらとテオの手の中をこぼれていった。


「普通に荒い砂だ。さっぱりわからんな……」


 その場で頭をひねっていると、リルカとメーラも近づいてきた。あの精霊イルマリネンも一緒だ。

 イルマリネンがピィピィと鳴き、リルカがそれにうんうんと頷いている。リルカには精霊が何を言っているのかわかるようだが、俺にはピィピィとしか聞こえない。摩訶不思議である。


「えっと、ね……」


 リルカはイルマリネンから聞き取ったことについて説明してくれた。

 思った通りイルマリネンは護岩に憑いている、この一帯を守護する精霊らしい。今日も普段通りここで昼寝をしていたところ、あの二人組の子供が来て、いきなり護岩に攻撃をくわえて来たらしい。護岩はイルマリネンにとっては体の一部のようなものだ。それを傷つけられて、怒って地震を起こしていたのだという。はあ、地下が崩れる前に何とかなってよかった。


「で、あの子供はなんだったんだ?」

「それは……イルマリネンにも、わからない、みたい……」


 リルカはしゅん、と俯いてしまった。イルマリネンはリルカを心配するようにピィピィと鳴いている。それを聞いて、リルカはぱっと顔をあげた。


「もうあの子供たちがいなくなった、ので……地震を起こすことは、ない、みたい……ただ、またあの子供たちみたいな人が、来ないように……護岩を、守って……欲しいって……」


 護岩なのに守られるとはいったい……とは思ったが、イルマリネンが大地のバランスを守って、そこに住む人たちがイルマリネンの体の一部である護岩を守る。意外と理にかなっているのかもしれない。

 俺と同じように黙って聞いていたメーラも力強く頷いた。


「わかった……。みんなに話して、これからは変な奴が入り込まないように誰か人をつけてもらうよ。それでいいだろ?」


 イルマリネンはメーラの言葉に嬉しそうに頷くと、護岩に溶けるようにして姿を消した。取りあえずは一件落着、ということなんだろう。というかこっちの言ってることは普通にわかるのかよ。不思議なものだ。



「疲れた~、早く帰ろうよ!」


 イルマリネンの姿が見えなくなるとすぐ、シーリンがそう言ってふにゃーと力を抜いた。戦闘中は異常なテンションだったが、もう落ち着いているようだ。よく見ると全身傷だらけで、あちこちから血を流している。


「今回復する?」

「うーんにゃ、まだ歩けるから上に戻ってからでいいよ。それより、お腹すいた~!!」


 シーリンはふわぁー、と大きく伸びをすると、入口に向かって歩き出した。痛みより空腹の方が気になるなら、本当にたいしたことはないんだろう。

 俺だって精神的にも肉体的にも疲れ切っていた。とりあえず上に戻ろうとシーリンの後を追いかけることにしよう。

 最後に、一度だけあの子供がいた場所を振り返ると、あいかわらず白い砂と液体とよくわからない物体がそこに放り出されていた。

 なんとなく、背筋が寒くなった。


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