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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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6 街の外は危険がいっぱい!

「よし、いよいよ出発だな!」

「おまえが二日酔いで寝込んでなければ昨日出発できたんだがな」

「あーあー聞こえなーい」


 俺たちは今、王都ラミルタの入口に立っている。

 目の前の城門の先には、果てしない世界が広がっているんだ。

 そんな大冒険の予感の前では、俺が慣れない酒でつぶれて一日寝て過ごしたことも、吐瀉物でシーツを駄目にして賠償する羽目になったことも、金がなくてその代金をこいつに払わせたこともどうでもよくなってくる。

 過去は忘れてこれからの未来に期待しよう!


「そういえばさ」

「ん?」

「お前は他に仲間っていないの? 俺の偽物にはティレーネちゃんとかがついてったらしいじゃん」


 辺りを見回してみたが、城門を出入りしている人は大勢いても、テオの仲間らしき人はいなかった。

 てっきりティレーネちゃんみたいなかわいい女の子の仲間が合流するものだと思っていたが、未だに現れる気配はない。


「ああ、いないぞ」

「え、何で?」


 何てことだ。かわいい女の子が仲間に入らなかったら、このゴリラと二人っきりってことになるじゃないか。

 むさ苦しいにもほどがある!


「おれは志願勇者だからな。そこまで教会も貴重な人材を割くわけにはいかないんだろう」

「志願勇者?」


 聞いたことがない言葉だった。

 志願した勇者ってことだろうか、そのまますぎるけど。


「勇者には二種類あってな、おまえのようにわざわざ教会からお誘いが来るやつと、自分から志願して試験を受けてやっと勇者になれるやつとがいるんだ」

「試験って何やんの?」

「まあ、簡単な適性検査と、実戦だな。大型の魔物を一人で倒せとか。生半可な覚悟で挑むと、試験で腕や足を持ってかれる奴もいるらしいぞ」

「へ、へぇー」


 何それ怖い。一瞬志願して勇者になれるなら今からでもやってみよっかな、なんて考えたが、大型の魔物を一人でとかどう考えても無理だ。

 まあ、女の子の体になってしまったんだから仕方ない。

 ……決して怖気づいたわけではない、決して。


「さて、無駄話はここまでだ。おまえのおしゃべりに付き合ってたら日が暮れてしまうな」


 テオはそう言うと、さっさと城門の外へと歩き出した。


「おいっ、待てよ! 何で俺が悪いみたいな流れになってんだよ!」



 ◇◇◇



「ぎゃあー!! 無理、むりむり、死ぬー!!」

「いいぞ、そのままこっちに引き付けろ!」


 少し先には大剣を構えるゴリラ、背後には、人間の二倍くらいの大きさはありそうな猪っぽい魔物。

 後ろから迫る鼻息と唸り声が超怖い。

 どう考えても俺をえさだと思ってる、間違いない!

 

 いろいろあって、俺は今そんな怖い魔物に追いかけられている。

 このまま逃げ切れなったら、出発後数時間にして俺の冒険はジエンドだ。

 そんなのってないよ!


「あー、もう無理!!」

「あと少しだ、気を抜くなよ!」


 こんな状況で抜けるかよ! 

 何とか必死で足を動かして、目の前のゴリラへと走り寄る。そのまま奴の脇を走り抜けた。

 あとはこいつが何とかしてくれるだろう、そうでないと困る!

 俺の予想通り、数秒もしないうちに背後から魔物の断末魔が聞こえた。

 振り返ると、あのイノシシ型の魔物がまるでまな板の上で切られた野菜のように、すぱっと真っ二つになっていた。

 うわっ、グロい。


「ふう、よくやったな。大勝利だ」

「よくねーよ! あと一歩で死ぬとこだっただろ!!」


 一仕事したとでも言いたげな顔で優雅に汗を拭う男に、俺は勢いよく食って掛かった。



 ◇◇◇



 事の始まりは少し前。このゴリラが遺跡に立ち寄りたいなどと言い出したところから始まる。

 王都を出てしばらくの間は、俺たちは街道沿いを歩いていた。

 分厚い石が敷かれた幅の広い街道は、俺の故郷にはなかったものだ。

 さすが王都、行き交う人も馬車も多いし、衛兵も巡回している。危険なんてまったくなさそうだ。

 ちなみに、俺たちも馬車に乗らないのか聞いたところ、「金が無い」とあっさりした答えが返ってきた。……半分くらいは俺のせいなので文句は言わないでおいた。

 そして何度目かの休憩の時に、手持ちの本をぺらぺらとめくっていたテオがこの近くに遺跡があるなんて言い出したのだ。


「遺跡?」

「ああ、これを見ろ」

「なになに……ふーん、ほんとだ」


 確かに、テオが差し出したページには、このあたりの地図と遺跡の情報が載っていた。

 何でも、今から千年ほど前の要塞の跡地か何かがあるらしい。

 ちょっとだけ探検心くすぐられるものあった。


「いいんじゃないか? 別にそこで野宿するわけでもないんだろ」

「そうだな、この調子なら日暮れまでには目的の村まではたどり着けそうだ。多少寄り道しても問題はないだろう」


 そう言うと、本をしまってテオは立ち上がった。

 こうして、俺たちは安全な街道を外れ、危険な場所へと踏み込むことになったのである。

 今思えば愚かな判断だったとしか言いようがない。



 ◇◇◇



「うーん、ぼろぼろだなー」

「千年も前のものだからな」


 草原の中に、ぽつんとその遺跡は存在した。

 テオが持っていた本、『アトラ大陸の歩き方~ミルターナ編~』によると、この遺跡は千年近く前の戦争で最前線の要塞として活躍したらしい。

 もっと詳しく知りたかったが、それ以上の事は書いてなかった。

 どうやら本の題名からして、歴史書ではなく観光本らしい。

 なんでテオはこんな本を持ってるんだ。世界を救う旅も観光気分なんじゃないかと、俺はひそかに疑い始めた。

 

 せっかく遺跡に来たのはいいものの、ほとんど崩れかけていて要塞としての形は成していなかった。

 かろうじて外壁が残っているだけで、俺たち以外の観光客もいないようだった。

 テオは物珍しそうにあちこちを見回っているので、俺もぶらぶらとその辺を散歩することにした。


「千年前かぁ、どんな時代だったんだろ」


 教会学校でもそこまで昔の事は習わなかった。戦争ってどことどこが戦っていたんだろう、その時代も魔物に悩まされたりしたんだろうか。そんなことを考えていた時だった。


「ん?」


 ガサガサ、と何やら大きな音が聞こえた。どうやらこんなさびれた遺跡でも俺たち以外にも見に来る人がいたようだ。

 なんとなく、どんな人か気になって俺は音のする方向へと足を向けた。


「あれ?」


 物音はどうやら遺跡の外から聞こえてくるようだ。こんな所で遊んでる人でもいるんだろうか。

 近づくにつれ、物音はどんどん大きくなっていく。

 嫌な予感がして、そっと遺跡の柱の陰から様子を窺ってみた。


「っ!!」


 そこにはガサガサと茂みを探る魔物の姿があった。


 はじめに見えたのは口からのぞく巨大な牙。次に見えたのが紫色に光る不気味な目。それも一つじゃない、一つの大きな目の周囲に、小さな目の様な物が何個もついているのが見えた。

 

 見た目はイノシシっぽいが、どう見てもこれは普通の動物じゃない、魔物だ。

 

 やばいやばい。俺だって魔物を見たことは何度もある。あるんだが、あんな大きくて不気味な奴は初めてだ。

 俺の故郷にたまに出てくる魔物は、もっと小さくて弱そうな普通の農民でも追い払えるような奴だ。

 でも今ここに居る奴は違う、余裕で人でも食べそうな貫禄だ。

 これは下手に刺激するとまずい。とりあえずテオに相談しよう、あいつも一応勇者なんだし。

 

 そう思って、俺がそっと踵を返そうとした時だった。

 

 ぱきり、と俺の靴の下で小枝が折れた。うっかり踏んでしまったみたいだ。

 存外大きく響いたその音に、魔物の動きが止まる。

 焦って動けずにいる俺を、魔物がゆっくりと振り返る。その視界に俺を映して、大きく鼻を鳴らした。

 それが合図だったように、俺はもう音を立てるのも気にせずに、一目散に逃げ出した。


「テオ、テオ!! やばい!!」

「ん、何だ?」

「魔物が! 外に!!」

「何だと?」


 テオは訝しげに眉をひそめたが、奴の鳴き声が聞こえて状況を理解したようだった。


「ふむ、これは一大事だな」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」


 もう魔物が近くまで来ているというのに、テオはまったく慌てた様子がない。


「奴の大きさは?」

「一瞬しか見てないけど、たぶん人間の倍ぐらい」

「そうか」


 数秒思案したのち、テオは遺跡の外へと出て行こうとした。


「おれは西門から出た所で待つ。おまえは奴を引き付けて正門から出ろ。うまくオレの所へ連れてこい」

「え?」

「いいか、正門から出ろよ」

「はあ!?」


 それだけ言うと、テオはさっさと西門から出て行ってしまった。ちょうど俺たちが今いる所の一番近くにある門だ。

 俺が出ろと言われた正門は、ここから少し離れた所にある。

 あいつは自分は近くの門から外に出たくせに、俺には魔物を引き付けた上で遠回りしろと言ってきたんだ!


「いやいや、意味わかんないし!!」


 とりあえず正門の位置を確認した。遠回りと言ってもそんなに離れているわけではない。

 全力で走ればそこまで時間はかからないだろう。

 そう考えた瞬間、背後から唸り声が聞こえた。

 

 奴だ、もう時間がない。

 

 結局、俺はテオに言われたとおりに、正門へと走り出した。



 ◇◇◇



 そして現在、なんとか俺が無事だったからいいものの、一歩間違えればあのイノシシみたいな魔物の餌になっていたんだ。冗談じゃない!

 一言文句を言ってやろうと、俺は一息ついているテオの胸倉をつかんだ。そのまま揺さぶろうとしたが、奴はまったく動かない。

 ……岩かこいつは!


「何で俺だけ遠回りさせたんだよ! 危ないだろ!!」

「西門の大きさをよく見ろ」

「はあ?」


 言われるまま、西門へ目を向けた。俺が出てきた正門よりかなり小さい。

 だが、それが何だ。このゴリラが通れるなら俺だって通れるはずだ!


「あの門が何なんだよ!」

「あの魔物があそこを通っていたら崩れていただろう」

「だから!?」

「ここは貴重な遺跡だ。過去の遺産を破壊したくはなかったのでな」


 そっか、そんな事まで考えていたのか。その気持ちは俺にもわかるよ。

 俺だって遺跡を破壊したいわけじゃない。テオの気持ちも痛いほどにわかるんだけど……


「俺の命と遺跡とどっちが大事なんだよ!!」

「クリス、聞け。あの種類の魔物はそこまで足が速くない。ここに来るまでのおまえの歩調を見ていたが、おまえの足なら問題なく逃げ切れると踏んでの事だ」


 テオは剣に付いた血をふき取りながらそう答えた。その目は嘘をついているようには見えない。

 本当に俺の能力ってほどじゃないけどを評価したうえで、今回の作戦を思いついたんだろうか。

 考えなしに俺を囮にしたわけではないんだろうか。


「……もし俺の足が遅かったら、遺跡の方を壊してた?」

「当然だ。遺跡と仲間の命なら仲間の命を選ぶさ。ただ、仲間の命を守ったうえで遺跡も守れるならそうしたいってだけだ」


 大剣を鞘にしまって、テオはまた『アトラ大陸の歩き方~ミルターナ編~』を取り出した。

 俺の文句なんてなんとも思って無さそうだ。


「ほら、そんなに怒るな。見ろ、これから行く村はアジの塩焼きが美味いそうだ、楽しみだな」


 鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌にテオは歩き出した。俺もしぶしぶその後をついて行く。

 囮にされたことはむかつくが、アジの塩焼きが楽しみなのは俺も同じだ。

 ……うまくごまかされたような気がしないでもなかったが。



 ◇◇◇



 目的地へ向かう途中、ふと頭に疑問が浮かんだ。


「さっきの事だけどさ、もし俺が途中で転んだりしたらどうしたんだよ?」

「…………まあ、その時はその時だ」

「はあ? まさか何も考えてなかったのかよ!?」

「……おまえなら転ばないと信じていた」

「そこは考えとけよ!!」

「ほら、急がないとアジの塩焼きが逃げてしまうぞ」

「ごまかすな! この鬼畜勇者が!!」


 このままこいつについて行っても大丈夫なんだろうか、そんな不安が頭をよぎったが、腹の音で思考を中断された。

 まあ、取りあえず次の村くらいまでならついて行ってもいいだろう。

 アジの塩焼きも気になるし。


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