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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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11 異常事態

 走って、走って……建物が立ち並ぶ区間へと戻ってくると、多くのドワーフ達が建物の外へと出て、不安そうにあたりを見回している。

 中には、足早に地上へと駆けていく人たちもいた。まあ、崩れたら怖いもんな。


「おう、てめえら戻ってたか!!」


 最初に俺たちを案内してくれた男が声を掛けてきた。彼もまだここに残っていたようだ。

 息を荒げたメーラが男に駆け寄る。


「どうなってる? 地震なのか?」

「いや……普通の揺れではないな。護岩まもりいわに何かあったのかもしれん……」


 男は深刻な顔つきでそう告げた。それを聞いたメーラの表情も険しくなる。


「ねえねえ、護岩まもりいわってなになに?」


 相変わらずシーリンはこの非常事態の中でも楽しそうだ。つんつんと黙り込むメーラをつっついている。なんて緊張感がない奴なんだ。


「あーもう! うっとしいんだよてめえは!! 護岩っていうのはな、ここの地下にあるでっけえ岩の事だよ!!」

「えー、その岩に何かあるとこんなに揺れるの?」

「知らねえよ!」


 メーラはまとわりつくシーリンを振り払うと大声で怒鳴った。彼女もだいぶパニック状態に陥っているようだ。なおも質問攻めにしようとするシーリンに対して、先ほどから黙っていた男が割って入っていた。


「護岩はここら一帯を守護している精霊が憑いている岩……らしい。俺もよく知らんが、長様によるとその精霊に何かあると地震などの天災がおこったりするらしいぞ。にわかには信じられん話だが……」


 男はわけがわからない、といった様子で頭を押さえた。

 気持ちはわかる。いきなり精霊が何だの天災がなんだの言われても、俺だって訳が分からない。

 でも、中にはこの事態を理解している奴がいた。


「地護精霊……」

「えっ?」


 ヴォルフがぽつりと呟いた言葉に、俺たちは一斉に振り返った。


「そういう事なら、急がないと……」


 蒼白になるヴォルフに対して、男はなだめる様に笑った。


「まあ、本気にするなよ。だが、そんなのはただの伝承で――」

「伝承じゃない! 何でそんなに悠長にしてられるんだ!?」

「おいっ、落ち着けよ!」


 声を荒げるヴォルフを止めようと、俺は慌ててヴォルフの肩を掴んだ。ヴォルフがうっとしそうに振り返る。その目の冷たさに、思わずぞくりと体が震えた。


「……地護精霊っていうのは、特定の地域を守護する非常に強い力を持つ精霊の事です。おとなしくしているうちは問題はないんですが、ひとたび暴走すればこの集落はおろか平原ごと消し飛びますよ」


 ヴォルフは努めて冷静に、とんでもない事を言ってのけた。

 平原が消し飛ぶ? 何を言ってるんだこいつは。そんなことあるわけないじゃないか。


「いやいやいやそんな馬鹿な……」

「信じられないかもしれませんが、本当です。実際に北の流氷地帯は、昔は人の住む地でした。ですが……いちど地護精霊を怒らせてしまった事で大地は吹き飛び、今は解けない氷に覆われてしまっています」


 ヴォルフの言葉を聞いて、俺たちは黙り込んだ。さっきまで楽しそうだったシーリンすら深刻な顔をしている。

 ヴォルフの言う事が真実なのかどうかはわからない。でも、こんな非常事態にあえて嘘をつく奴じゃない。北の流氷地帯は、ユグランスの更に北に実際に存在する場所だ。教会学校の先生に、人の踏み入る領域ではないと聞いたことがある。昔は人が住んでいたというのが本当かどうかはわからないが、もしかしたら……もしかするのかもしれない。


「それで、どうすればいいんだ?」


 場を支配する静寂を打ち破ったのは、普段と変わらないテオの声だった。俺がそっと顔をあげると、奴はまるっきり普段と変わらない様子で、腕を組んで何か思案しているようだった。


「どうすればって……」

「ヴォルフ、どうすればその地護精霊とやらを抑えられるんだ。そいつを倒してしまえばいいのか」


 テオが事もなげにそう言うと、ヴォルフは慌てて否定した。


「駄目です! それこそ大地が崩壊します!! ……そうですね、精霊の異常には何か原因があるはずですから、それを取り除いてやれば大丈夫かと」

「なるほど、それでその精霊はどこにいるんだ?」

「護岩に憑いてるって話が本当なら……あそこから延びてる穴の先だ」


 話を聞いていたメーラはおそるおそるといった様子で、一つのトンネルを指差した。トンネルの中は黒々としていて、その先がどんな場所なのかはここからでは全くわからなかった。


「わかった、行ってくる。」

「待て、よそ者を行かせるわけにはいかん。俺が行くからてめえらは地上に戻っていろ」


 男は歩き出そうとしたテオを制して、自分が行くと主張した。だが、ヴォルフは首を横に振って男の言い分を一蹴した。


「いいえ、精霊への対処なら僕たちの方が適任です。あなたは念のためここの人たちの避難と、長老に事情を伝えて詳しい対処方法を聞いて来てください」

「だが……」


 なおも言い募ろうとする男を、今度はメーラが押しとどめた。


「大丈夫だ、あたしがついてく。こいつらが変なことしようとしたら、あたしがぶっ飛ばしてやるからよ!」


 その言い方にちょっとムッときたが、きっとそれは彼女なりの決意表明だったのだろう。メーラの言葉に男は納得したように頷くと、頼む、と言い残してまだ地下に残る人たちの所へと走って行った。


「よし、では行くか。メーラ、案内を頼む」

「……わかった」


 メーラは硬い表情で頷くと浮遊していたランタン(のような物体)を掴んで、トンネルの方へと走って行った。

 ぽっかりと口を開けたトンネルは不気味で、まるで地獄へ続く道のように見えてきた。俺リルカと手をつなぐと、メーラの後に続いた。手を繋いだのははぐれないようにするというのが目的なので、決して俺が怖かったからじゃない……決して!



 ◇◇◇



 メーラの後に続いてトンネルを進みながら、俺はさっきから気になっていたことをヴォルフに聞いてみた。


「なあ、本当なのか? さっきの……精霊の力で平原ごと吹き飛ぶって言うの……」


 おそるおそるそう口に出すと、ヴォルフは何故か呆れたような目を向けてきた。

 なんだその顔は、俺を馬鹿にしてんのかよ。


「まさかクリスさん信じたんですか? ああでも言わないとあの人は動いてくれなかったでしょうし、ちょっと大げさに言っただけですよ」


 なんだ嘘かよ! 俺めちゃくちゃ本気にしてたのに。内心悔しがっていると、俺たちの会話を聞いていたのか、メーラがじっとりとした視線を俺たちに向けてきた。


「おい……あたしを騙したのか?」

「騙したわけじゃないですけど、多少誇張したことは認めます。でも、地護精霊の力が乱れれば天災が起こるっていうのは本当ですよ。このフォルスウォッチの地下が崩壊するくらいなら普通にあり得ると思います」

「ええぇ!?」


 嘘だと思って安心したのに、嘘じゃなかった! 涼しい顔で何を言ってるんだこいつは!


「精霊の力の強さにもよりますけど、少なくとも平原ごと吹き飛ばすような力を持った精霊がこの辺りにいるなんて話は聞いたことがないので安心してください」


 安心してください、とか言われても安心なんてできるわけがない。この地下が崩壊したらそれこそ俺たちはやばいじゃん!


「あーよかった!! エラフの里まで壊れちゃったらどうしようかと思ったよ~。ここに住めなくなったらメーラは私と一緒に住んでいいからね!!」

「シーリン、てめえ馬鹿か! ここが崩壊したらあたしたちは生き埋めだろうが!!」


 こんな時まで緊張感のないシーリンに、またメーラが何事か怒鳴っている。

 何かそれを見てたら気が抜けてきた。シーリンのアホっぷりもたまには役に立つな。


 そうこうしているうちに、俺はトンネルの少し先が広い空間になっているのに気が付いた。あそこに護岩とかいう岩があるのかもしれない。


「メーラ、ここが護岩なのか……っ!!」


 先頭を歩いていたテオがそうメーラに問いかけた瞬間、テオのすぐ近くでしゅっと風を切るような音が聞こえた


「何だ!?」


 メーラが慌ててランタン(のようなもの)を掲げると、その光によって、テオがいたあたりの地面に突き刺さった車輪のようなものが暗闇に照らし出された。

 テオは間一髪避けたようで、警戒するように空中に視線を向けている。


 …………空中?


「侵入者発見。排除を開始します」


 テオが見つめていた辺りの空中から、聞き覚えのない子供の声が響いた。

 視線を上に向けると、メーラの持つ不安定な明かりに照らされて、背中に黒い羽を生やした子供の姿が暗闇に浮かび上がった。

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