10 宝石をさがせ!
町……というのは言い過ぎかもしれないが、地中にぽっかりと空いた、だだっ広い空間に十戸ほどの建物が立っており、その間をドワーフ達が忙しなく歩き回っている。
地下と言ってもまったく光が届かないわけじゃなく、天井にいくつか空いた穴から日の光が差し込んでいるのが分かった。だが、それだけじゃない。草で編まれた小さな籠の中に光の球のようなものが入った謎の物体がいくつもふわふわと空中を漂っていた。
日光が届かない場所でも、その謎の物体のおかげでそれなりの明るさになっているようだ。
ちょうどその中の一つが俺の方にふわふわと流れてきた。手に取ってみると、思った通り軽かった。中に入っている光の球は、俺が神聖魔法で出すやつとよく似ている。
「なんだこれ?」
じっくりと眺めてみたが、なんだかよくわからなかった。生き物……じゃないよな?
「ああ、それは特注の魔法道具だ。こいつのおかげで、俺たちは地下でも問題なく活動できるってわけだ」
前を歩いていたドワーフの男が親切にもそう教えてくれた。なるほど、魔法道具っていうのは随分便利な物のようだ。
「一個もらってもいい? 金は払うからさ」
「別にいいが……そいつは元素の関係でこの辺りでしか発光しないらしいぞ」
「うーん、ならいいや」
ぽいっと放り出すと、謎の物体はまたふわふわと空中を漂っていった。
残念、これがあればいろいろ便利だと思ったんだけどな。でも、そうなったら俺の神聖魔法の存在意義がなくなってしまう。“小さな光”を使う度にリルカにすごいすごいと言われるのは中々気分がいいので、それが無くなってしまうのはちょっと惜しいかもしない。さらばだ、謎の物体よ。ランタン係は譲らないからな。
ずんずん進む男は、とある建物の前で足を止めた。地上で見たのと同じような、石造りの変な形をした建物だ。今俺たちの目の前にある建物には、二階から何故か金属の腕のようなものが生えていた。……完全に理解不能である。
言葉を失う俺を尻目に、男は建物の扉を開いた。その中には、何人ものドワーフが何かの設計図を広げたり、鉱石の品定めをしているようだった。
「おい、メーラはいるか!?」
「あぁん、何?」
男の呼びかけに応えるようにして、その中にいた一人の少女が振り返った。
ほかのドワーフと同じ褐色の肌に、鮮やかな赤毛をおさげにした大人びた顔つきの少女だ。ただ、その顔つきに反して身長はリルカと同じくらいに見える。ミニミニな少女だ。
「メーラ~、久しぶりだにゃ~!」
「てめえ、シーリン! まだニャーとか言ってんのかよ。ダセェぞそれ!」
シーリンの熱烈なハグを受けながら、ミニミニ少女はそう言い捨てた。うわぁ、結構な毒舌……。
だが、シーリンの方は全く堪えた様子はない。嬉しそうにミニミニ少女をぎゅうぎゅうと抱きしめている。うすうす気が付いていたけれど、とんでもなく強靭なメンタルをお持ちのようだ。
「おいやめろ! 潰れる! ……ったく、今日は何の用なんだ?」
「そうだ! あのねあのね……私ね、成人の儀をやってね……」
シーリンが事情を説明するのを、ミニミニ少女は黙って聞いていた。シーリンが一通り話し終わると、少女は小さく息を吐いた。そして、その視線が俺たちに向けられる。
「とりあえずてめえの事情はわかったけどな。そこの後ろの奴らは何なんだよ」
「あ、まだ言ってなかったね! この人たちはね~、シーリンのお友達だよ~」
シーリンが、ねー? と同意を求めてくるのに、俺たちは曖昧に頷いた。
友達……なのいはいいが、ちょっとシーリンと同類扱いされるのは勘弁してもらいたい。いや、シーリンがいい奴だっていうのは重々承知しているんだけど、あのテンションにはちょっとついて行けないんだ。
「そうか、てめーらも苦労してんな……。あたしはメーラ、一応ここの鍛冶職人の卵だ」
メーラは俺たちの態度で、何となく状況を察してくれたらしい。彼女もシーリンの友達なんだ。俺たち以上にシーリンに振り回されていることは想像に難くない。
「それで、武器作るったって……てめえの希望とかはあんのかよ」
「うーん……私その辺のことはよくわかんないからメーラに任せるにゃ~」
「そうか。まあいい、行くぞ」
メーラは部屋に立てかけてあったつるはしを手に取ると、シーリンに手渡した。受け取ったシーリンがよろけている。結構な重量がありそうだ。
「え、何これ」
「はあ? 決まってんだろ。てめえの武器を作りたいってんならな、鉱石から掘り出すんだよ」
どん! と机に手をついてメーラはそう言い放った。彼女によると、本当に心のこもった武器を作りたいのなら、素材から自分で集めるのが基本らしい。
それを聞いて、シーリンはきらきらと目を輝かせた。どんな事でもおもしろく感じられるシーリンには、この面倒くさいとしか思えない状況も楽しめるようだ。
メーラはさらに3本のつるはしを取ってくると、リルカを除く俺たち3人にも渡してきた。
「ほら、わざわざここまで来たんならてめーらも手伝えよ!」
最後に小さなスコップをリルカに渡すと、メーラはついて来い、と指示して部屋を出て行った。その後を嬉しそうなシーリンと、何故かノリノリなテオが続く。
部屋に残された俺は、手渡されたつるはしを持ち上げてみた。ずっしりと重い。俺の心も重い。
「はぁ……また面倒なことに……」
ちょっとドワーフの集落を見回って、テオの気が済めばそれで終わりだと思っていた。それが、何故シーリンの採掘を手伝うことになっているんだ。おかしい、話が飛躍しすぎだろう。
正直に言うと、俺は肉体労働が苦手である。男の時ですら苦手だったのに、か弱い女の体になってしまった今じゃ、まともにつるはしを振るうなんてできなさそうだ。こんな折れそうな細い腕で、一体何ができると言うんだろう。
「まあ、いいじゃないですか!」
つるはしを肩に背負ったヴォルフが近づいてきた。何故かやたらと上機嫌だ。俺の知る限り、こいつも俺と同じように面倒くさい事には首を突っ込まないタイプだったはずだが、意外と採掘に興味があったりするんだろうか。
「シーリンさん達って、何を掘ると思います?」
「……鉄鉱石とかじゃないの? 武器作るんなら」
「そうです。でも、僕らは別に武器を作ることを目的とはしていない。何を掘ってもいいわけです」
「……で?」
何が言いたいんだよ、と眉をしかめると、ヴォルフは部屋の一角を指差した。
「聞いたことありませんか? ドワーフの鉱山では宝石がたくさん採れるって」
「そういえば……」
ヴォルフが指差した先には、様々な宝石の原石が並べてあった。採りたてほやほや、といった感じだ。
昔聞いたおとぎ話だと、ドワーフの宝石職人みたいな人物がよく出てきたような気がする。ただの伝承かと思って気にしてはいなかったが、これはドワーフの宝石職人がそれだけ数多く存在するという事だろう。
「武器作りはシーリンさんに任せて、僕たちは宝石に狙いを定めましょう。そして、後で売りさばくんです」
そう言ったヴォルフは、完全に金の事しか考えていないようだった。正直でよろしい!
真面目に武器を作ろうとしているメーラやシーリンが聞いたら怒りそうなセリフだが、俺たちには俺たちの生活があるんだ。ここで金を稼いでおけば、しばらくは面倒くさいバイトをしなくて済むかもしれない。きっとドワーフの鉱山に入るなんて中々ない機会だろうし、これはこのチャンスを生かさなければ!
「リルカ! きらきらした石を探そう! あんな感じの!!」
「きら、きら……きれい」
宝石の原石を見せてそう説明すると、リルカは目を輝かせた。宝石が好きだなんて、やっぱりリルカは女の子だ。俺はどっちかっていうと、宝石より宝石を売った時に手に入るお金の方が好きだよ。
◇◇◇
「岩、岩、岩ばっかり!」
「おい、まだ始めたばっかだろーが。しっかりしろよ」
つるはしを地面に置いて地面に座り込んだ俺に、メーラは呆れたような視線を向けた。
ドワーフ達の地底の町からは数多くのトンネルが採掘場へと伸びており、そのうちの一つで俺たちは採掘を開始した。メーラによるとフォルスウォッチのドワーフのほとんどがこの鉱山で働いており、地底にあんなに建物を作っていたのも、より採掘の効率化を図った結果らしい。ちょっと安全性が心配ではあるが、確かに便利と言えば便利だ。
シーリンに便乗して採掘を始めた俺たちだったが、やっぱり素人がそんなにうまく掘り出せるわけはないのであって、小一時間もすると俺はすっかり疲れてしまった。
岩は固いし、宝石らしき鉱物も見つからない。重いつるはしを振るっていた腕が痛い。筋肉痛になりそうだ。
「おい、クリス。情けないぞ」
「だって全然何にも見つかんないし……もっとばばーっとできないのかよ」
「……仕方ないな。まあ、オレもそろそろ飽きてきた所だしちょうどいい」
飽きてきた、の言葉にメーラが眉を吊り上げるのも気にせずに、テオはため息をつくとつるはしを振りかぶった。
「はあぁぁぁぁぁぁ……」
あれ、なんか気合の入れ方がおかしい。テオはつるはしを構えたまま力を溜めている(ように見える)。やばい、なんかやばい気がする。近くにいる俺の方までテオの放つ熱気が伝わってきた。いや、おかしいだろこれ。
「お、おい……てめえ何を……」
メーラもちょっとびびっているようだ。ヴォルフとリルカも戦々恐々と言った様子でテオを凝視している。
「おい、あんまり強い衝撃をくわえると崩れっ!!」
そうメーラが言い終わらないうちに、ものすごい衝撃が俺たちを襲った。
「うわっ!?」
俺は思わず地面に這いつくばった。テオの奴、どんだけ馬鹿力なんだよ! と文句を言ってやろうとしたが、顔をあげた俺の前で肝心のテオはつるはしを振りかぶったまま目を白黒させていた。
……どうやら今の衝撃はテオが原因ではないらしい。だったらいったい何なんだ。
「……地震か?」
メーラがそう呟いた途端、またもや強い衝撃が俺たちを襲った。まるでとてつもなくでかい巨人が大地ごと揺さぶっているかのような衝撃だ。立っていることすらできない。
「ちっ、一旦戻るぞ!!」
メーラにそう促されて、俺たちは慌てて元来た道を走り出した。テオは地面に転がっていたリルカを肩に担ぎあげている。ヴォルフは名残惜しそうに採掘場の方を見ていたが、俺が服を引っ張ると諦めたようについてきた。当たり前だ、こんな時は宝石より自分の命を守ることを最優先に考えなければ!
先ほどの衝撃程ではないが、走っている最中にも細かい揺れが続いている。何が起きているのかはさっぱりわからなかったが、何となく嫌な予感がした。




