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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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9 ドワーフの町

 なんと、筋肉隆々の猫耳おじさんの正体はシーリンの父親だった!

 父親のダーグさん曰く、猫族ケットシーの成人の儀では、一族の先輩戦士が儀式に臨む若者の力を試し、見事戦士として認められれば成人の儀が完了するのだと言う。

 今回のシーリンの場合は、父親のダーグさん自ら娘の腕試しを買って出たらしい。


「それで、シーリンは合格なんですか?」

「まあ、降参と言ってしまったからねぇ。今回はちょっと力試しをしてもっと鍛錬を積みなさい、って言ってやるつもりだったんだがね。いやあ、まいったまいった」


 ダーグさんは困ったように笑って、ぽりぽりと頭をかいた。どうやらシーリンがあそこまで力をつけていたのが予想外だったようだ。

 それでも結果は結果だ。衆人環視の前で降参と言ってしまった以上、やっぱり不合格です! なんてことにはできないんだろう。


「娘が強くなっているのは嬉しいんだが……それでもやっぱり不安でね……」


 ダーグさんの顔は晴れない。何をそんなに不安がっているんですか、と聞こうとしたその時、たたたっ、とシーリンがこちらへ走り寄って来た。


「みんな、見ててくれた!? 見ててくれたよね!?」


 シーリンは俺たちお前までやって来ると、嬉しくてたまらない、といった様子でぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「シーリンさん、すごい、ですね……! リルカも、シーリンさんみたいに……つよく、なりたい」


 リルカはキラキラと目を輝かせていた。確かに、真剣に戦うシーリンは格好良かったな。普段のにゃーにゃー言ってる姿からは考えられないくらいに。

 シーリンはひとしきりさっきの戦いの事を自慢しまくると、ダーグさんの目の前へと進み出た。


「パパ、約束だよね?」

「シーリン。もう少し力をつけてからでも……」

「駄目! 今行きたいの!! 成人の儀で認められたら行ってもいいって言ったじゃん!」


 シーリンはぷくりと頬を膨らませると、その場で地団太を踏んだ。どうやら、成人の儀に成功したらどこかに行ってもいいという約束をしていたようだ。

 ダーグさんはそれでも渋い顔をしている。素直にシーリンの要求を呑むつもりはないようだ。


「だがな、シーリン……」

「あなた、約束は約束でしょう。シーリンは見事に成人の儀をやり遂げたのよ。私たちも、それに応えるべきだわ」


 カレインさんは諌めるようにダーグさんの肩に手を置いて、優しくそう言った。

 その途端、シーリンの顔がぱっと明るくなる。


「だよね、ママ! ほらパパ、ママはいいって言ったよ!?」

「シーリン、そんなに必死にどこに行こうとしてるんだ?」


 思わずそう聞くと、シーリンはふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。


「私ね、ラガール大陸に行きたいんだ!」


 シーリンは屈託のない笑顔でそう言った。

 ラガール大陸とは俺たちの大地、アトラ大陸の西方にある大陸だ。アトラ大陸に比べると亜人種が数多く暮らしているらしいと聞いたことがあった。

 そういえば、前に猫耳喫茶で働いていた時に、オーナーもラガール大陸で獣人に出会ったと言っていた気がする。


「シーリンの故郷なのか?」

「ううん、シーリンもパパもママもこの大地の生まれだよ。だからね、行ってみたいの。そこがどんなところで、どんな人が暮らしてるのか、この目で見てみたいの」


 そう告げたシーリンの顔を見たら、わかってしまった。

 ああ、こいつも俺と同じなんだ。かつての俺も、小さな故郷でずっと外の世界にあこがれていた。

 きらびやかな街や勇敢な戦士の英雄譚、見たこともない植物が覆い茂るジャングルに、凶悪な魔物やドラゴン。

 俺の望んだ形とは少し違うけど、嫌な事や辛いこともたくさんあるけど……それでもやっぱり、ずっと夢見ていた外の世界を旅するのは……楽しい。

 そう思ったら、シーリンを応援せずにはいられなくなってしまった。


「ダーグさん。俺たち、シーリンと一緒に平原やジャングルに行きましたけど、シーリンはすごく強くてたくましいです。きっとシーリンならどんなところでもしぶとく生きていけると思います!」


 年頃の女の子を褒めるのにこんな言い方はどうかと思ったが、俺は必死にそう主張した。

 シーリンは俺と同じなんだ。だったら応援してあげたい。

 ダーグさんは目をつぶって思案しているようだった。彼の気持ちもわかる。かわいい愛娘を遠い大陸に送り出すのはきっと心配だろう。でも、できればシーリンの夢をかなえてあげて欲しかった。

 獅子は我が子を千尋の谷に落とすという。猫族ケットシーも同じくらいの気概を持っててもいいはずだ!


 固唾をのんで見守る俺たちの前で、ダーグさんはそっと目を開くとゆっくりと告げた。


「わかった、シーリン。おまえの旅立ちを許そう。ただし、一つ条件がある」



 ◇◇◇



「ドワーフの鍛冶屋、ねぇ……」


 翌日、俺たちはエラフの里を発ってまたもや平原に繰り出していた。

 あの時、ダーグさんがシーリンに告げた条件はこうだった。


『平原の南にあるドワーフの集落へ向かい、そこで自分に合った武器を作ってもらう事』


 なんじゃそら、と俺は思ったのだが、ラガール大陸にいた時代から猫族ケットシーの戦士は代々ドワーフに自分用の武器を誂えてもらうという古い慣習があるらしい。なんでも、ドワーフの武器を持つ戦士はどんな過酷な戦いであっても、必ず生き残ると伝えられているとかいないとか。

 時が経つにつれ忘れられつつある風習だったが、ダーグさんはせめて愛娘の旅立ちに際して、かつての伝承に望みを託したのだろう。深い親子愛だ。

 だが、肝心のシーリンはダーグさんの思いをわかっているのかいないのか、いつも通り鼻歌交じりで嬉しそうに飛び跳ねながら歩いている。

 その後ろに続く俺たちは別にドワーフに用はないのだが、話を聞いたテオがドワーフの集落に行きたいと駄々をこねたのでこうしてまたシーリンに付き従う形になっている。

 テオはちゃんと自分の使命の事を覚えているんだろうか、このままラガール大陸にまで行きたいとか言い出したらどうしよう。一応後で確認しておこう。


「そういえば、シーリンさんはそのドワーフの集落には行った事があるんですか?」

「いい質問だね、ヴォルヴォル! もっちろん、私は行った事あるんだよ!! 友達だっているし!」

「シーリンさんは……すごいん、ですね……!」


 ヴォルフとリルカに褒められて、シーリンは鼻高々だ。そういえば、昨日もリルカはやたらシーリンの事をすごいすごいと褒めていたような気がする。もしかしたらシーリンに憧れているのかもしれないな。

 まあシーリンはいい奴なのだが、俺的にはできればリルカは今のリルカのままいてもらいたい。リルカが「にゃにゃーん!」なんて言い出したら俺はもうどうしていいかわからなくなりそうだ……。



 ◇◇◇



 《アルエスタ地方南東部・フォルスウォッチ》


 平原の南下を続けて、俺たちはやっとドワーフの集落、フォルスウォッチにたどり着いた。

 もう連日の移動で俺の体はくたくただ。リルカもちょっとふらふらしている。一度ゆっくり休みたい気分だよ。


「とうちゃーく! ほらほら、元気出していこー!!」


 ……シーリンだけはいつみても元気はつらつだ。あいつは疲れるって感覚がないんだろうか。

 そんなシーリンに続いて集落の中へと足を踏み入れる。

 ドワーフの集落は、シーリンたち猫族ケットシーの集落が木でできた家ばかりだったのに対して、そのほとんどが石造りのようだった。それに、家といっても形がすごい。まるで何度も増改築を繰り返したかのような、部品を無理やり繋ぎ合わせかのようなよくわからない形になっている建物ばかりだった。

 驚く俺たちを見て、シーリンがくすりと笑う。


「ドワーフって芸術家だから、自分の家とかにもすごいこだわってるんだって!」

「芸術家かぁ……」


 俺には理解できない領域だな……とあたりを見回していると、集落の中から一人のドワーフが姿を現した。


「なんだなんだ、ここに何か用か?」

「そうだよ、武器作ってもらいに来たんだ! メーラはいるかにゃ?」

「メーラの知り合いか。あいつなら下にいるぜ。ついてきな」


 特によそ者への警戒とかは無いようだ。よかったよかった。

 俺はシーリンとドワーフの後ろに続きながら、そっと前を歩くドワーフを観察した。

 ドワーフと言えば、ラガール大陸を故郷とする亜人種の一つだ。こうして本物のドワーフを見るのは初めてだが、話に聞いていた身体的特徴と確かに一致している。

 人間とは違い、葉のようにとがった耳。色の濃い褐色の肌。前を歩くドワーフは成人した男のように見えるが、身長は俺やシーリンと変わらないくらいだった。それでも、筋肉はテオ……とはいかなくても、シーリンの父ダーグさんと同じくらいにはムキムキだ。ドワーフは小柄だががっしりとした体つきをしているというのは、どうやら本当のようだ。


 男に連れて行かれたのは、円柱のような形の建物だった。しかし小さい。家というよりは物置くらいにしかならなさそうだ。こんな狭そうなところにシーリンの友達はいるのだろうか、そんな俺の疑問は、ドワーフの男がその建物扉を開けた瞬間に解消された。

 中には、地下へと続く階段があるのみだった。他には何もない。

 どうやら、そのシーリンの友達がいるのはこの下のようだ。


「ふふん、みんなきっと驚くよ~」


 薄暗い階段を降りながら、シーリンは楽しそうに笑った。

 やがて長く続いた階段の一番下まで辿り着くと、男はその先にある重い扉を開いた。

 その扉の向こうの光景を目にして、俺は思わず息をのんだ。


「…………えぇぇ!?」


 扉の向こうには、地下にもかかわらず町が広がっていたのだ。

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