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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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8 成人の儀

 《アルエスタ東部・エラフの里》



 無事にジャングルでチュリムの実を取って来てから数日。俺たちはシーリンの故郷であるエラフの里という場所へやって来た。

 エフラの里はフランカ平原の中央付近にある小さな集落で、住民のほとんどはシーリンと同じ猫族ケットシーであるらしい。

 シーリンが里へ足を踏み入れると、すぐに付近で遊んでいた猫耳の生えた子供たちが一斉に近寄ってきた。


「あっ、シーリンだ!」

「シーリン、おかえりっ!」


 シーリンは順番に子供たちの頭をなでなでしていった。そのうちに、その中の一人の子供が俺たちの方を見てシーリンの服の裾を引っ張った。


「あれ誰? シーリンの友達?」

「そうだよ~! 後で紹介するね~!! とりあえずは私の家に行くんだにゃ!!」


 シーリンは子供たちに別れを告げると、ずんずんと里の中へと進んでいった。

 木でできた簡素な家が立ち並ぶ里は、話に聞いた通りほとんどの人が猫族ケットシーのようだった。小さな子供から髭を生やしたおじさんまでみんなかわいらしい猫耳が生えている。すごい光景だ。

 外から来た人間が珍しいのか、俺たちが通るとやたらとシーリンを質問攻めにしていた。シーリンはそれらを軽くかわしながら進むと、一軒の家の前で立ち止まった。


「じゃじゃーん! ここが私の家! えーっと、ママは……」

「あら、シーリン。帰ってたのね」


 シーリンがあたりをきょろきょろと見回すと、家の陰から一人の女性が歩いてきた。

 灰色の長い髪に、髪と同じ色の猫の耳。洗濯の途中でしたといわんばかりに濡れた服を抱えたその女性は、かわいらしい顔立ちがシーリンによく似ていた。おそらく、彼女の母親だろう。


「ママ! ただいみゃ~」

「おかえりなさい。後ろの方々は……?」

「私のお友達だよ!! えっと……」

「初めまして。テオと申します」


 テオが素早くシーリンの母親の前に進み出た。何故かやたらと生き生きしている。


「シーリンさんとは平原で知り合いまして、こうして無事にお宅まで送り届けることができて僥倖です」


 ……何がシーリンさんだよ。しかも、語彙力まで上がっているような気がする。とても数日前まで半裸でジャングルを駆け回り野生化していた奴とは思えない。


「初めまして、シーリンの母のカレインと申します。……あらあら、娘が世話になったようで申し訳ありません」

「礼には及びませんよ。人として当然のことをしたまでです」


 テオはうやうやしく頭を下げた。

 何でそんなに格好つけてんだ、という俺の疑問は、シーリンの母親、カレインさんに視線を戻した時に解消された。カレインさんは、ぺったんこなシーリンとは似つかない豊かな胸の持ち主だったのだ。

 どうやらテオは子持ちの人妻であろうと豊かな胸の持ち主の前では格好つけずにはいられないようだ。

 ……ちょっと引くわ。


「ねえママ! 今日はみんなに泊まってもらってもいいでしょ!?」

「おいシーリン、そんな世話になるわけには――」

「いえいえ、狭い家ですけど……みなさんさえよろしければどうぞ泊って行ってくださいな」


 一般家庭に四人で(しかもそのうち一人はでかいゴリラ男)押しかけるなんて迷惑だ! と俺は固辞しようとしたが、シーリンとカレインさんは粘り強く説得を続けた。

 シーリンはともかく、カレインさんもなかなかしぶとい人だった。おっとりした雰囲気の人なのに意外な感じだ。


 シーリンの家に通されて、カレインさん直々にお茶を淹れてもらってやっと一息つくことができた。

 ああ、ひさしぶりに飲むお茶は何て美味いんだ! 

 それにしても、猫族ケットシーと言っても家の作り自体は人間の家とそう変わらないようだ。もっと爪とぎとかあると思ったんだけどな。

 そんな事を考えていると、いきなりシーリンは何かを思い出したように勢いよく立ち上がった。


「ママ聞いて! 私ね、成人の儀を始めるんだ!!」

「成人の儀……?」

「うん! これから村長さんの所に行ってくるね!!」


 シーリンはそれだけ言うと、ぴゅーっと家の外へ走って行った。まったく、落ち着きのない奴だ。


「あらあら……みなさん、騒がしい娘ですみませんね」

「いえ、元気なのはいい事ですよ」


 その後しばらくはシーリンの事についてカレインさんと話して過ごした。ちなみに、猫族ケットシーだからといって語尾に「にゃ」をつけるなんて風習は別にないらしい。なんだ、やっぱりシーリンのあれはキャラ作りだったのか。ちょっとがっかりだ。

 そんな話をしていると、突然ばたーん! と家の扉が勢いよく開いた。見なくてもわかる、こんな乱暴な開け方をするのはシーリンしかいないだろう。


「村長さんの許可取ったよ! 今夜がシーリンの成人の儀なんだにゃ!!」


 シーリンはずかずかと家に入ってくると、置いてあったチュリムの実を手に取った。


「よーし、あと一息! がんばっちゃうよー!!」


 シーリンは目にもとまらぬ速さで台所へと駆けて行った。


「みなさん、ぜひ今夜の儀式にも参加してくださいね」


 カレインさんはそう言って微笑むと、早足でシーリンを追いかけて行った。


「……どうする?」


 とりあえずこれでシーリンの成人の儀を手伝うという役目は終わった。ここではい、さよなら! と立ち去ってもいいのだが、どうせなら夜に行われるであろう儀式まで見届けるべきなんだろうか。


「狩りをしてみんなに料理を振る舞うんだったな。どうせならご馳走になって行こう」


 テオの答えは予想通りだった。まあ、お前ならそう言うと思ってたよ。


「見たところ、ここの集落は特に不審な点はありませんね。……というかアルエスタ自体がミルターナに比べたらだいぶ平和に見えますけど」

「そうなんだよなー」


 アルエスタに来てからずっと感じていたが、いかにも世界が危ないんです! という雰囲気が漂うミルターナに比べて、アルエスタの人々はかなりのん気に見える。まあ、実際魔物の数も少ないし、まだここまでは世界の危機は及んでいないという事なのだろうか。


「リルカはどう思う? ……リルカ?」


 返事がないので振り返ると、リルカは椅子に座ったまますーすーかわいらしい寝息を立てていた。ここのところずっと歩き通しで疲れたんだろうか。ちょっと無理をさせ過ぎたかもしれない、反省だな。

 テオは優しくリルカを抱き上げたが、それでもリルカが起きる気配はない。よっぽど疲れているんだろう。

 俺はカレインさんにリルカを休ませる場所がないかどうか聞くために、そっと音をたてないように席を立った。



 ◇◇◇



 そして夕刻、どうやら儀式の始まる時間のようだ。

 村の広場には多くの人が集まり、その中心でそれぞれに楽器を奏でたり踊ったりしている。

 周りには簡易なテーブルや椅子が用意され、何故か団子のようなものが大量に用意されていた。食べてみると、もちもちしていて癖になる食感だ。


「みなさん、どんどん食べてくださいね」


 もくもくと団子を食べてると、カレインさんがスープを運んできてくれた。酸味が効いていてなかなかに美味い。


「これはなんのスープですか?」

「ああ、これはヘビが入ってるんですよ。ふふ」

「ごほっ!!」


 思わず咳き込んでしまった。キノコか何かだろうと思っていたが、まさかヘビが入っているなんて!! 

 シーリンは他に食べるものがないからヘビを食べていたんじゃなくて、普段からヘビを食べているから抵抗がなかったのか……。知らずに飲んでいた時は中々うまいと思ったが、中身を知ってしまうとどうにも食欲が失せてくる。


「あら、お口に合いませんでしたか?」

「い、いえ……それより、団子! この団子は何が入ってるんですか?」


 慌てて話をそらそうとすると、カレインさんはくすり、と笑って教えてくれた。


「ふふ、わかりません?」

「ん?」

「あなた達がシーリンと一緒に取って来てくれたチュリムの実、その実を粉にして団子にまぶしてあるんです」


 カレインさんによると、チュリムの実は見た目こそ桃と似ているが、中身は柔らかい果肉ではなく、胡桃のような硬い実が入っているそうだ。


「我々猫族ケットシーの間ではチュリムの実は万病の薬だと伝えられています。これを食べれば、病気知らずの健康な体でいられると」

「へぇ、あの実にそんな効果があるんですね……」


 言い伝えがどの程度正確なのかはわからないが、俺たちが苦労して取ってきたものが無駄にならなくてよかった。猫族ケットシーの人たちがありがたく食べてくれるのなら幸いだ。

 そうこうしているうちに、いつのまにか周囲の音楽の踊りが止んでいた。

 何が起きるんだ? と固唾をのんで見守っていると、広場の中心に二人の人物が歩み出てきた。

 一人はわかる。本日の主役、シーリンだ。

 片手に愛用のレイピアを構え、いつになく真剣な顔をしている。珍しく緊張しているようだ。

 そしてもう一人は、俺の見た事のない男だった。テオほどじゃないが、体格の良い男だ。隆々と盛り上がった筋肉、猫族ケットシーおなじみの黒い猫耳。だが、鋭いまなざしは猫というより獲物を狩る獅子のようだ。手にはシーリンと同じようにレイピアを持っている。


「……やれるか?」

「もちろん。私を誰だと思ってる?」


 男が低い声でそう尋ねると、シーリンは挑発的に笑った。

 それが合図だった。


 男が鋭くレイピアでシーリンの体を突こうとする、だがシーリンも負けてはいない。男の剣を払うと、素早く攻撃に転じた。しかし、シーリンの渾身の突きは、男に軽く受け流されてしまった。

 そのまま、二人は様子を見ながら軽く突きあうが、お互いに致命的なダメージは与えられていない。

 その内に痺れを切らしたのか、男が勢いよく踏み込んで力強く突きを繰り出した。咄嗟にシーリンは避けようとしたが、一足遅く男のレイピアの切っ先がシーリンの腕をかすめた。


「シーリン!」


 シーリンの服がじわりと血に染まる。二人はロクに防具も付けていない。さっきはたまたまかすっただけだったので軽傷で済んだが、これが直撃したらただでは済まないだろう。

 思わず立ち上がろうとした俺を、カレインさんが肩に手を置いて制した。


「大丈夫、このまま見守ってください」


 カレインさんの顔には微笑みすら浮かんでいる。愛娘が危ないと言うのにまったく焦っている様子はない。……母親である彼女がこう言うのなら、きっと本当に大丈夫なんだろう。

 俺はそう信じて、もう一度椅子に座りなおした。


「降参するか?」

「……まさか、舐めないでよっ!!」


 腕からぽたぽた血を垂らしたまま、今度はシーリンが男に向かって突きを繰り出した。男は軽くシーリンの攻撃をいなすと、彼女の肩を狙って突きを繰り出した。

 やばい、これはよけられない! 俺は自分の喉がひゅっと鳴るのが分かった。

 だが、シーリンは諦めてはいなかった。転ぶようにして間一髪男の突きを避けて、そのまま地面を転がるようにして男の背後を取った。ばねのように素早く立ち上がると、突きが空ぶってバランスを崩した男の首に背後からレイピアを突き付けた。


「降参する?」

「……参った、とんでもない子猫ちゃんだな」


 男はレイピアを地面に落とすと、降参の印とでもいうように両手をあげた。

 その途端、周囲からわっと歓声が上がった。


「すごーい!!」

「シーリンかっこいいーっ!!」


 猫族ケットシーの子供たちが次々にシーリンの所へ駆け寄って行った。

 勝負はついたが、まったく、見ていた俺の方がハラハラしっぱなしだったぞ。


「いやー、うちの子猫ちゃんはとんでもない獣に育ってしまったなあ!」


 シーリンと対峙していた男がこちらに近づいてきた。

 カレインさんは素早く水を用意すると、男に手渡した。


「あら、手を抜いていないでしょうね、あなた?」

「まあ……それはそれだ!」


 男は負けたことなど全く気にしないとでも言うように、わははと笑った。


「……あなた?」


 今、確かにカレインさんは男の事をそう呼んだ。ということは……。


「初めまして。シーリンの父のダーグと申します。いやあ、みなさんには娘が大変世話になったようでして……」


 男はにっこりと笑うと、俺たちに向かって握手を求めてきた。

 体型は似ても似つかないが、その屈託のない笑顔はシーリンによく似ていた。


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