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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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6 樹林を超えて

 《アルエスタ北東部・ベルダ樹林》


「うわー……」


 フランカ平原を何日も進んで進んで進んで……やっとのことで俺たちは目的のジャングルの入口へとたどり着いた。

 周囲にはやたらとでかい木や草が覆い茂っている。随分と進みにくそうだ。

 シーリンの話だと、このジャングルの中にその珍しいチュリムの実とやらがなっているそうだが、地図で見るとこのジャングルはめちゃくちゃ広かった。この中でそんなに珍しい食材を探すことなんて可能なんだろうか。


「よーし、いっくよーっ!!」


 いつもながら、シーリンは元気いっぱいだ。その能天気さが俺には羨ましいよ。


「なあ、シーリン。そのチュリムの実ってどこにあるのか知ってんのか?」


 なんか心配になってきたので、シーリンにその実のありかを聞いてみることにした。

 もし、知らないにゃー、なんて言われたらどうしよう……。シーリンならあり得なくはないような気がする。


「もっちろん、知ってるんだにゃ! チュリムの実はねー、海が見える高い崖の上に生えてるんだって!!」


 シーリンは俺を安心させたいのか、その場でぴょんぴょんと跳ねまわった。

 シーリンが何も知らないわけじゃなくてよかった。でも今こいつ、崖って言ったよな……


「崖……」


 俺は目の前の樹林を見上げた。巨大な木々が覆い茂る先には、雄大な山々が広がっている。

 アトラ大陸を南北に分断するプルクラ山脈だろう。

 地図で見れば、その西側にはアルエスタと北のフリジア王国に囲まれる海域、トーディア海が広がっているはずだ。

 海が見える、ということはその西の海沿いのどこかの崖の上なんだろう。それはわかったのだが……。


「…………広くない?」


 目に見える範囲だけでも、自分のちっぽけさを思い知らされるような壮大な自然が広がっているのに、その更に先まで含めた広大な樹林の中でその珍しい木の実を探し回らなければいけないなんて、正直心が折れそうだ。


「まあ、そんなに心配するな。案外簡単に見つかるかもしれんぞ?」


 テオは前の前の景色を見つめると、指の骨をボキボキと鳴らして見せた。なんだかいつもよりウキウキしているようだ。

 さすがゴリラ。こんなジャングルみたいな所へ来ると野生の本能に目覚めるのかもしれない。

 だが、俺は普通の人間なんだ。綺麗な景色に心は躍っても、あそこに登れと言われるとさすがに躊躇してしまう。


「こんなところで止まっててもどうにもならないですよ。ほら、行きましょう」

「……うん」


 ヴォルフに促されて、俺はしぶしぶ樹林の中へと足を進めた。目の前ではテオとシーリンがやたらと嬉しそうにずんずんと進んでいくのが見える。

 さすがはゴリラと猫。そののん気さが羨ましいよ。



 ◇◇◇



「もうやだ……」


 ジャングルに足を踏み入れて数時間後、俺の心は早くも折れかけていた。

 虫には刺されるし、沼には落ちるし、つたに足を取られて何回も転ぶし……俺は既に満身創痍だ。ああ、大自然の力の前では人間とはなんて無力な生き物なんだろう……。

 そんな状態なのに、テオとシーリンは目の前にある崖に登ろうとか言いだしたのだ。


「だってー、チュリムの実は崖の上にあるんだよ? ここを登らないとみつからないんだにゃ」


 シーリンはぷりぷり怒りながらその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 目の前の崖は、テオ二人分くらいの高さだ。その先にはさらに樹林が続いているように見える。迂回する道は……見る限りはなさそうだ。


「リルカ……登れる、かな……」


 隣にいたリルカが、心配そうにぽそりと呟いた。

 うーん、俺から見ても結構な高さだが、小さなリルカから見たら本当に高く険しく見えるんだろう。大丈夫か、これ。


「心配するな、リルカ。オレがおぶって登ってやろう」

「テオさん……」


 テオはノリノリでリルカに腕の筋肉を見せつけていた。さすがゴリラ。こんな崖なんて訳もないという事か。


「クリス、おまえはどうする?」

「どうするって言われても……」


 リルカと二人、テオの背中に張り付くのはちょっときつそうだ。リルカを上にあげた後にまたテオに戻って来てもらうのもなんか情けないし……さて、どうしたものか。


「そーだ! 私が先に登って、くーちゃんをひぱってあげるんだにゃ!」

「シーリンさん、僕もそうします」


 シーリンとヴォルフはそう言うと、すぐさま崖に手をかけて登り始めた。

 シーリンはまるで木登りをする猫のように、器用に岩や垂れているつたに手をかけて、するするとあっという間に登り切ってしまった。さすがは獣人。運動神経が半端ないな。

 意外なことに、ヴォルフもシーリンに負けず劣らずの安定した動きでがけを登り切った。

 あれ、あいつも普通の人間だと思ってたんだけどな。実はサルの獣人だったりとかするんだろうか。ゴリラにだけは進化しないでくれよ。


「ほら、くーちゃん!」

「う、うん……」


 シーリンが上からひらひらと手を振った。

 俺も、おそるおそる目の前の岩に手を掛ける。崖はほぼ垂直だ、手を放したり足を踏み外したらすぐに落ちてしまうだろう。

 ……いや、どう考えても無理だろ、これ。


「まったく……」

「わわっ!?」


 そんな事を考えて躊躇していた俺の体は、いきなり宙に浮いた。

 みれば、腰のあたりをがっちりとテオの手が掴んでおり、うしろから持ち上げられているようだった。


「ちょっ、落ちるっ!」

「こら、暴れるな。ヴォルフ、シーリン、いけそうか?」

「はいっ!」


 テオが更に俺の体を上に持ち上げると、先に登ったヴォルフとシーリンが俺の方へと手を伸ばしてきた。俺も必死に手を伸ばして二人の手を掴む。そのまま、勢いよく上に引っ張り上げられた。

 腕、次に上半身、膝が地面に着いて、俺は思わず手をついて倒れ込んだ。


「うわーっ! 無理、もう無理!」


 引っ張り上げてもらう途中も、いつ落ちるのかとひやひやしっぱなしだった。

 やっぱ怖い。高い所は怖い!


「そんなに弱音吐かないでくださいよ。まだまだ先は長いんですから」

「ヴォル君の言う通りだにゃ。チュリムの実を見つけるまで負けてはいけないんだから!」

「そんなこと言ってもさー」


 俺がぐちぐちと文句を言っていると、下からテオが昇ってくるのが見えた。その首のあたりには、リルカが両腕でしがみついている。

 うーん、全身で崖を登るその姿は、まさに本物のゴリラのようだ。こいつは、ここに来てからどんどん本物のゴリラに近づいて来てるような気がする。本当に大丈夫か、これ。


「シーリン、そのチュリムの実はありそうか?」


 登り切ったテオがそう尋ねると、シーリンはきょろきょろとあたりを見回したが、すぐに残念そうに首を振った。


「ここには無さそうだにゃ。まだ、海も見えないし」

「確かに……」


 場所からして海が近いのは間違いなさそうだが、ここからはまだ見えなかった。

 海の見える崖の上、その条件に会う場所を、俺たちはなんとか探しださなければならない。


「……その前に休憩! もう動けない!!」


 ごろん、と地面に寝っころがって空を見上げる。シーリンが心配そうに上から俺の顔を覗き込んできた。


「大丈夫?」

「うーん、なんとか……」


 目を閉じると様々な音が聞こえてきた。風で草葉が揺れる音、どこかで水の流れるような音、鳥の鳴き声。

 こうしてると、故郷のリグリア村で過ごした日々を思い出す。あそこは大自然以外何もない村だった。

 昔もこうして、俺はよく草原に寝っころがって様々な音を聞いていた。

 あのころに比べると、随分と遠くまで来たものだ。

 少しだけ故郷が懐かしくなったけど、ずっとあそこにいたらきっとこんなジャングルに来ることなんてなかったし、獣人の女の子と一緒に木の実を探すことなんてなかっただろう。

 そう思うと、少しだけ元気が出てきた。

 よく考えればこれもきっといい経験だ。俺のこの苦労だって無駄なものじゃない。いつかきっと、してよかったと思う日が来るはずだ! ……たぶん!!


「よーし、じゃあまたチュリムの実を探しに行くか!」


 えいやっ、と勢いをつけて立ち上がると、俺はまだ見ぬ謎の木の実を探しに樹林の奥へと足を踏み入れた。



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