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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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5 平原の夜

 バルフランカの街の西方に広がるフランカ平原。

 見渡す限り大平原なこの場所は広い。めちゃくちゃ広い。ヤバいほど広い。

 平原の中にもいくつか集落があるらしく、シーリンたち猫族ケットシーの集落の一つもこの平原の中にあるという話だった。だったのだが……


「うーむ、やはり今夜は野宿だな」


 シーリンと二人、地図をのぞきこんで何事か話し合っていたテオは、無情にもそう告げた。


「えぇー!? やだやだ、ちゃんとした宿屋に泊まりたい!!」

「くーちゃん、ここからだとどんなに頑張っても着くのは夜中になっちゃうにゃ。そんなに歩ける?」

「うー……」


 現在は昼を過ぎて夕方に差し掛かる時間帯だ。今から休みなく夜明けまで歩くのは……ちょっと無理かもしれない。

 今思えばミルターナは都会だった。どんな辺境でも宿屋に泊まれない、なんてことはなかったし、ちゃんと街道も整備されていた。

 それに比べてこのアルエスタは、なんというか自然のまま手つかずになっている場所がほとんどで、そのなかにちょこちょこ集落が点在しているという形になっている。

 旅人が泊まる宿屋の数も少ないので、アルエスタを通るときは野宿も当然、というのが行商人の間でも常識になっているらしい。


「仕方ないですよクリスさん。幸い雨も降らなさそうですし、今日は我慢したらどうですか」

「リルカ……平気、だよ……」


 少年少女は特に問題なさそうにしている。

 うーん、こうなると俺だけがいつまでも文句を言うのもみっともないような気がしてきた。

 仕方がない、なんか虫に刺されたりしそうだし野宿は嫌だが、ここは我慢するしかないか。


「わかったよ、今日は野宿してやるよ!!」

「はいはい、くーちゃんえらいえらい」


 シーリンはおざなりに俺の頭を撫ぜると、また嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねるように歩き出した。

 まったく、調子のいい奴だ。



 ◇◇◇



 それからしばらく歩いた俺たちは、ちょろちょろと流れる川を発見した。

 ぴょんぴょんとその周辺を調べ回ったシーリンは、今夜の野宿の場所はここにしようと言い出した。


「にゃにゃーん! 私に付き合ってくれるお礼に、今日はとびっきりのお魚をご馳走してあげるにゃ!!」


 そう言うと、彼女は荷物をごそごそと漁り、簡素な釣竿のような物を取り出した。

 どうやらこの川で魚を釣ろうという事らしい。


「シーリン、俺たち人間なんで生魚はちょっと……」

「失礼にゃ! 猫族ケットシーだってちゃんと魚の調理くらいするんだよ!!」


 シーリンはぷりぷりと怒っている。てっきり普通の猫のように魚をそのままばりばりといくのかと思ったが、ちゃんと料理する気はあるようだ。よかったよかった。


「私は魚釣っとくから、みんなはなにか食べれそうなものと、薪になりそうなものとか探してきてくれる?」

「一人で大丈夫か?」

「にゃにゃ! なんかあったら助けてね!!」


 シーリンはぱちん、といたずらっぽく片目をつぶって見せた。

 さっき変な豚みたいなのに追いかけられたばっかりなのに、随分とのん気な奴だ。

 まあ、かわいいからいいけど。



 ◇◇◇



 俺たちが薪とキノコや木の実など食べれそうなものをかき集めて戻ってくると、シーリンはまだ釣り糸を垂れて待っていた。


「釣れた?」

「大量だにゃ!」


 ほら、とシーリンが指差した先には、確かに十匹ほどの魚が竹で編まれた籠の中に入っていた。

 猫族ケットシーは猫と同じで魚を捕るのがうまいようだ。


「みんなが取ってきたのは……うん! 今夜はシーリンがご馳走してあげるにゃ!!」


 シーリンは俺たちが取ってきた食材を吟味すると、えへん! と胸を張ってそう告げた。

 彼女がまた荷物をごそごそ漁り始ると、フライパン、ナイフ、皿、調味料らしきもの……出るわ出るわ、シーリンの荷物のほとんどが料理道具かと思えるくらいだ。

 そのままシーリンは慣れた手つきで、釣ったばかりの魚をさばき始めた。みごとな腕前だ。


「シーリン、料理上手いんだな」

「ふふーん、当然だよー! くーちゃんは料理しないの?」

「しない」

「えー、女子力がたりないよー!」


 シーリンはまた妙な事を言いだした。

 女子力って何だ。女性の戦闘力的なものか。

 料理をすると上がると言う原理はよくわからないが、そもそも俺に女子力は必要ないだろう。


「俺、実は男だから女子力なんてなくてもいいんだよな」

「えー、最近は男の子も料理しないとモテないらしいよ?」

「まじか」


 それは知らなかった。

 俺が今までモテなかったのは料理をしなかったからという訳か……!

 これはいいことを聞いた。レーテの奴から元の体を取り返したら、モテモテ料理男子へと進化してやるぜ!


「シーリン、俺にも料理教えてくれ!!」

「リ、リルカにもっ!!」


 横でじっとシーリンの手つきを見ていたリルカも乗ってきた。

 そうか、リルカも女子力を上げたいのか!

 シーリンは俺とリルカの顔をじっと見つめると、にっこりと笑った。


「いいよー、シーリン先生のお料理教室のはじまりー!」

「「おー!!」」



 ◇◇◇



 シーリン先生の指導の下俺たちが作った料理は猫の餌……なんてことはなく、ちゃんとした料理だった。

 テオはえらく気に入ったようでばくばくと食べていた。まあ、あいつはどんな料理でもうまそうに食べるんだけど。

 魚の炒め物に山菜を添えて、シーリンの持ってたよくわからない調味料で味付けしただけだが、中々に美味かった。


「何で味付けしたんだ? マタタビ?」

「違う違う、蜂蜜とー、塩とー……」


 シーリンが細かくレシピを教えてくれたので、俺は忘れないように書き留めておいた。これでモテモテ料理男子に一歩近づいたぞ!


「ご飯も食べたし、水浴びしちゃおっか! さっきよさそうな水辺を見つけたんだにゃー」

「気をつけろよー」

「え、くーちゃんはしないの?」


 シーリンは不満そうに頬を膨らませた。

 ちょっと待て、俺、自分が男だって言ったよな?

 リルカのような小さな女の子ならともかく、シーリンはもう立派な女性と言ってもいい年齢のように見える。いくら俺の体が女になったと言っても、一緒に水浴びはまずいだろう。


「シーリン。さっきも言ったと思うけど、俺、本当は男なんだ」

「え?」


 シーリンは信じられないような顔をして、いきなり俺の胸を鷲掴みにしてきた! 


「ぎゃっ!」

「うーん、ちっちゃいけど……おっぱいついてるじゃん」


 モミモミ、と手を動かしたまま、シーリンの視線は俺の股間のあたりに注がれた。


「もしかして、タマタマついてるの?」

「女の子がタマタマとか言うんじゃありません!! あと今はついてない!!」


 なんてことを言い出すんだこのメス猫は! もっと恥じらいを持て!!

 憤る俺とは対照的に、シーリンは涼しげな顔で言い放った。


「えー、よくわかんないけど、なら体は女の子なんじゃん。一緒に水浴びしようよー! リルリルもそう思うよね?」

「リルカも……くーちゃんと一緒に、水浴びしたいです……」


 普段から俺と一緒に風呂に入ってるリルカは何がまずいのかもわかっていないようだ。

 だからって、シーリンと一緒に入るのは俺の精神的に耐えられない。刺激が強すぎる!

 もう、頼れるのは同じ男のテオとヴォルフだけだ!

 俺は期待を込めて二人を振り返った。


「別にシーリンさんがいいって言うならいいんじゃないですか」

「全員男とそんなに変わらん体だろう。何を気にする必要があるんだ」


 二人は無慈悲に俺を突き放した。

 こいつらに期待した俺が間違っていた。俺は孤独だ。どうしようもなく孤独だった。

 やけくそになって思いっきり叫んだ。


「もう、どうなっても知らないからな!!」



 ◇◇◇



「ほら~、リルリルー!」

「シーリンさんっ、冷たいっ……!」


 目の前では、シーリンがリルカに水をぶっかけて遊んでいる。

 全裸になった彼女の腰のあたりから、黒くつややかな尻尾が生えているのが見えた。

 普段は服の中に収納していたようだ。そうか、猫族ケットシーの尻尾はこうなっているのか。

 そんなシーリンだが、絶壁っぷりは俺と大して変わらなかった。テオに女扱いされていないのも納得だ。

 おかげで、思ったよりは俺の心も平静だ。女の子二人が水を掛け合っているのを微笑ましく眺められるくらいには……。


「隙ありぃ!!」

「ぶはっ……! 何すんだよ!!」


 ぼぉーっと二人を眺めていると、シーリンがいきなり俺の顔に向かって水をぶっかけてきた。思わず睨み付けると、シーリンはげらげらと大笑いしていた。


「油断する方が悪いんだよ~」

「言ったな……? おらぁっ!!」

「にゃにゃっ!?」


 シーリンに足払いを掛けると、油断していたのだろう彼女は大きな水音を立てて水の中に倒れ込んだ。


「やるにゃー! 私も負けないにゃ!!」

「やってみろよ!!」


 今度はシーリンが俺に向かって飛び掛かって来た。受け止めようとした俺は、シーリンもろとも水の中に沈み込んだ。

 そのまま取っ組み合いのけんかになる。


「ふ、二人とも……やめてくださーいっ!!」


 涙目になったリルカがそう叫ぶまで、俺とシーリンの取っ組み合いは続いた。



 ◇◇◇



「あー疲れた……」

「なんで水浴びするだけであんなに騒げるんですか。あんなの、敵を呼び寄せるだけですよ」


 ごろん、と草原に寝っころがる俺を、ヴォルフは呆れた目で見下ろしている。


「シーリンが悪い」

「人のせいにするのはよくないにゃ……」


 同じように寝っころがりながら、シーリンがそう呟いた。

 もう辺りはすっかり日が暮れて、夜になっている。

 夕食の時のたき火の火も、だいぶ小さくなっていた。


「寝てる間に襲われたりしないかな……」

「安心しろ。オレは寝ていても気配には気が付く。何かが近づいて来ても、すぐに倒してやるさ」


 テオは自信満々にそう言った。

 確かに、初めて会った時もこいつは寝ていたのに、俺の襲撃に気づいて飛び起きたんだっけ。ちょっと不用心な気はするが、テオがそう言うならきっと本当に大丈夫なんだろう。

 平原の夜は、暑くもなく寒くもなく、吹き抜けていく風が心地よかった。

 見上げれば、たくさんの星が夜空に瞬いている。

 宿屋で寝ている時には、星空を見上げながら眠りにつくなんてできなかったな。


「野宿も悪くないかもな……」

「でしょー? 前寝てたら急に何かが近づいて来てね……」


 シーリンはまだ何かをしゃべり続けていたが、俺の意識はもう眠りの底へと突入していたのだった。


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