4 猫娘
「うぅ……ひどい目に遭ったにゃ……」
「シーリン……」
散々テオに撫でまわされたシーリンは、しゃがみこんでめそめそと泣いている。
テオはばつの悪そうな顔をしていた。さすがに悪い事をしたと反省しているようだ。
「シーリン、ほんとにごめんな。ほら、テオも謝れよ!」
「済まなかったな」
「……まぁ、このことは貸しにしといてあげてもいいにゃ」
あれ、意外とたくましい。
シーリンはごしごしと目をこすると、ぴょん、と猫のようなみのこなしで立ち上がった。それから俺たち四人の顔をまじまじと見つめてきた。
「ところで、君たちはいったい誰なの?」
「あれ、まだ言ってなかったっけ」
そういえばまだ俺たちは自己紹介をしてなった。
これはまずい、このままではただ猫族の女の子を撫でまわしただけの変態集団になってしまう!
ここは俺たちが由緒正しい勇者一行であることを証明してやらねば!
「俺はクリス。こっちのゴリラっぽいのが勇者のテオだ。そっちの生意気そうなのがヴォルフでかわいいのがリルカ。俺たちは世界を救うために旅をしてるんだ!」
一気にそう紹介すると、シーリンは大きな目を見開いた。
「世界を救う……勇者……」
シーリンの黒々とした瞳がテオを捕える。
何かを探るようにじっと見つめてから、彼女はそっと口を開いた。
「あのね、その年で勇者とか……ちょっと痛いと思うんだけど、大丈夫?」
…………え?
シーリンのあんまりな発言に、俺はショックを受けた。
忘れてた。ミルターナ以外の国では勇者って認知度が低いんだったっけ。
それはわかる。でも、そうだとしても勇者が痛いとか言われると、どうしてもムカッとときてしまう。
おまえが今暮らしてるこの世界だって勇者アウグストが守ってくれたおかげで存在するんだぞ!! それを痛いとはなんだ! 俺たちは真剣にやっているんだぞ!?
「いい年して語尾ににゃーとかつけてる奴に言われたくねーよ!! かわいこぶりやがって!!」
思わず言い返すと、今度はシーリンがショックを受けたような顔をした。が、すぐに顔を真っ赤にして反論してくる。
「べ、別に、にゃってつけるのは猫族のアイデンティティの現れであって……べつに、かわいいとか思ってないから! 全然思ってないから!!」
「嘘だ! 絶対思ってる!!」
「思ってない!!」
「はぁ、二人とも同じくらい痛いのでもうやめてくださいよ」
「「あぁ?」」
止めに入ったヴォルフを睨み付けると、ヴォルフは一瞬たじろいだが、すぐに俺たちの間に割って入ってきた。
「どっちも痛いですよ。勇者も変な語尾付ける女の人も」
「おいヴォルフ、痛いって何だよ! お前勇者の仲間の癖にそんなこと思ってたのかよ!」
「普通に思ってまけど? いい年して何言ってんだこいつらって」
「なんだと!? お前ちょっとそこに直れ、説教してやる!!」
「ちょっとヴォル君! くーちゃんはともかく私は痛くないよ!」
「……くーちゃん?」
「……ヴォル君?」
くーちゃん、というのはもしかして俺の事だろうか。思わず怒るのも忘れてシーリンを凝視すると、彼女はきょとん、とした顔をして首をかしげた。
「うん。クリスだからくーちゃんで、ヴォルフだからヴォル君! それに、テオにゃんにリルリルでしょ?」
「テオにゃんとはオレのことか」
「リルカ……リルリル……」
テオは妙に納得した様子だが、リルカは明らかに困惑していた。
俺も、シーリンのけったいな発言になんだか怒っていたのがどうでもよくなってしまった。
なんなんだよ、こいつは。今までにあまり会った事のないタイプなのでいまいちどう対応していいかわからないぞ……。
「……もうなんでもいいよ。それより、シーリンは何でこんな所に一人でいたんだ?」
「そうだ! 私は猫族に代々伝わる成人の儀の最中なんだよ!」
「成人の儀ぃ?」
俺が聞き返すと、シーリンはふふん! と得意げに胸を張った。
「そう! 猫族のとぉーっても大事な儀式なんだよ。一人で狩りを覚えて、その獲物で作った料理を一族のみんなに振る舞うんだ!! それでみんなの舌を満足させることができれば、一人前の猫族として認められるんだにゃ!」
「へぇー」
狩りとはまた獣っぽい。まあ、獣人にだからそういう風習があってもおかしくはないのかもしれない。
そう思うと、さっきの豚はもしかして彼女の獲物だったんだろうか。もしそうだとしたら悪い事をしてしまったのかもしれない。
「ごめんな、シーリン。豚ならまだ探せばいるだろうし、元気出せよ!」
「……勘違いしてるようだけど、あの豚は全然関係ないんだにゃ」
「え、そうなんだ」
よかったよかった、俺たちのせいで食材を逃がしてしまったなんて言われたらどうしようもない所だった。
「私が探してるのは、珍しいチュリムの実! この先の樹林に生えてるって聞いて探しに来たんだにゃー」
「へぇ……それって狩りって言うの?」
「い、言うんだにゃ! 間違いない、言う!!」
シーリンはまた真っ赤になって反論してきた、たぶん自信がないんだろう。
チュリムの実なるものがどんなものかはよくわからないが、たぶん木の実の一種だろう。木の実を探すことを狩りというのかは疑問だが、まあシーリンがいいって言うんだから良いんだろう。
成人の儀において重要なのは狩りの方なのか料理の方なのか。まあ、俺たちには関係ないことだ。
「そっか、頑張れよ! じゃあ俺たちはこのまま西を目指そうか」
「ま、待って! あの……またさっきの豚みたいなのに追いかけられたら困るから……一緒に、来てほしいんだけど……」
シーリンはもじもじと手をこすり合わせながらそんな事を言った。
……成人の儀に挑戦している奴がそんな事を言っていいんだろうか。まったく、甘えん坊な子猫ちゃんだ。
「……どうする?」
俺が三人の顔を見回すと、テオは神妙な顔をしていた。
「オレたちは世界を救うために西を目指している……だが」
「だが?」
「シーリンに借りがあるのも事実だ」
テオは真剣な顔でそう言った。
だが、残念ながら貸を作ったのは無遠慮にシーリンを撫でまわしたテオ、お前だけだよ。
「まあ、いいんじゃないですか? 西に行けば何かがわかるって言うのもまだ決まったわけじゃないですし。もしかしたらそのジャングルに怪しい奴らが潜伏してるかもしれませんよ」
ヴォルフはもっともらしい事を言った。こいつもシーリンについて行くのに賛成なようだ。
「うーん、リルカは?」
「リルカ……シーリンさんと、一緒に、いきたい……」
リルカはきらきらした目で、シーリン(の猫耳)を見つめている。
そうかそうか、そんなに猫耳を触ってみたかったのか。
まあ、これで満場一致でシーリンに同行することが決まった。
ちなみに俺は、その珍しい木の実というものの味が気になって仕方がないので同行するのに賛成だ。
シーリンについて行けば、おこぼれに一個ぐらいもらえそうな気もするしな。
「シーリン、仕方ないから一緒に行ってやるよ!!」
「やったぁ!! これからよろしくなんだにゃー!!」
シーリンはぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねると、上機嫌で鼻歌を歌いながら早足で歩き出した。
「ほら、こっちだにゃー!」
「はいはい……」
どんどん先へ行くシーリンを追いかけようとすると、リルカがそっと俺の腕を引いた。
「ん、どうした? リルカ」
「あ、あの……」
リルカはもごもごと言いにくそうに口を動かしていたが、意を決したように口を開いた。
「リルカも……くーちゃんって……呼んで、いい?」
俺は固まった。リルカはものすごく必死な顔で俺の動向をうかがっている。
決死の覚悟で言い出した、そんな感じだ。もしかして、シーリンのあだ名を気にいったりしたんだろうか。
「……いいぞ、リルリル!」
「あ、ありがとう……! ……くー、ちゃん……」
リルカは小さな声でそう絞り出すと、真っ赤になってシーリンを追いかけて行った。
うーん、女の子の考えることは謎だらけだ。




