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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第二章 砂漠の下に眠る街
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3 尻尾の誘惑

 《アルエスタ東部・フランカ平原》



「あー、まだ口の中痛い……」


 果てしなく広がる大草原を進みながら、俺はまた水を口に含んで、舌に残る辛さを押し流そうとした。

 多少マシになった気はするが、やっぱりまだひりひりする。しばらくは何もまともに食べれなさそうだ。

 何故俺の口の中がこんな惨状になっているのかというと、事の始まりは今朝、考えようによっては昨夜にさかのぼる。

 俺がテオに激辛トマトを食べさせて爆笑したその夜、なんとテオは夜中に激辛トマトを買いに走って、翌朝俺のスープに混入すると言うとんでもない悪事をやらかしたのだ!

 バルフランカの激辛トマトはヤバい。知らずにスープをすすってしまった俺の舌は、数時間たった今でも水以外の物を受け付けようとしないのだ。


「も~、まだ舌ひりひりするじゃん!」

「自業自得だ。おまえはスープひと口ですんだだろうがな、オレなんてトマト半分近く丸かじりしたんだぞ!? まったく、あの時は火でも吹くかと思ったぞ……」

「だって、テオってなんかそういうの平気そうに見えたし」

「ならば宣言しておく。オレは甘党だ」

「うわっ、似合わねー!!」


 そういえば、こいつは前にクッキーやらケーキやらを馬鹿食いしていたことがある気がする。単に食べ物なら何でもいけるのかと思っていたが、どうやら甘いものが大好物だったようだ。


「けっこうかわいいところ、あるんだね……」

「そうかぁ?」


 リルカはテオの言葉を聞いてくすくすと笑っていた。でも、俺にはとてもかわいいとは思えないな。やっぱりリルカみたいなかわいい女の子が甘党って方がかわいいよ。

 そんな事を考えながら歩いていると、前方に小さな池のような場所が見えてきた。


「ラッキー! 水補給!!」


 バルフランカの街を出発してから数時間。朝のスープに激辛トマト混入事件のせいで、俺の水筒はもうすっからかんだった。

 走って近づくと、その池の水はきれいに澄み渡っている……とは言い難かった。

 でも、このくらいなら大丈夫だろう。


「ちょっと濁ってますよ。下手に飲んだら腹壊すんじゃないですか?」

「大丈夫だって、いいから見てろよ」


 ヴォルフはもっともな事を忠告してきたが、こいつは一つ大事なことを忘れている。

 何て言っても俺は、こういう時に便利な神聖魔法が使えるのだ!

 水筒で適当に池の水を汲むと、俺は水筒に向かって杖を構えた。


「清浄なるヴィーズよ、我に不浄を清めし力を。“聖なる水(ホーリーウォーター)”」


 そう唱えると、水筒の底の方からぷつぷつと黒い泡が浮いてきた。やがてその泡は、ちゃぽん、と水面を飛び出すと、空気中をふわふわと漂っていき、やがてぱん! と弾けて地面に落ちて行った。

 その動きを辛抱強く見守ること数分。

 ほとんど黒い泡が出なくなった俺の水筒には、綺麗な水だけが残っている。


「ほら、できた!!」


 俺が得意げに水筒を揺らすと、三人とも珍しく感心したような顔をしている。


「随分と早くなったな。前はやたら時間がかかってなかったか?」

「ふふん。俺だって成長してるんだよ!」


 テオの言う通り、確かに以前俺が同じ魔法を使った時は、これより少量の水を浄化するのにも数十分くらいはかかっていた。

 だが、俺だって日々だらだらと過ごしていたわけではない。毎日喉が渇いた時にコツコツと練習して、ここまでの時間短縮にこぎつけたのだ。

 ちなみに、ヴィーズというのはこの大地において水をつかさどる女神様である。

 水の女神なんて音楽の女神や戦の女神と比べても格が高そうに感じるが、何故かアトラ四大女神には数えられていない。不思議なものだ。


「へぇー、リルカちゃんの水を集める魔法と合わせれば、飲み水には困らないんじゃないですか?」

「それいいかもな!! リルカ、やってみよう!」

「はい!」


 ヴォルフの言う通り、リルカが水を呼び出して、俺が浄化していけばいつでもおいしい水を飲めるんじゃないか?

 やばい、これは天才的発想だ。俺たちはすごい事に気が付いてしまったのかもしれない。なんて考えていると、遠くの方から獣のかん高い鳴き声が聞こえてきた。


「なんだろ、動物?」

「豹……みたいでしたね」

「ひょう……ってなに?」


 リルカはこてんと首をかしげた。そっか、ミルターナには豹なんていなかったからリルカは知らないのだろう。

 そういえば俺だって、昔一度だけ行ったサーカスでしかそんな動物は見たことなかったし。リルカが知らなくても無理はないか。

 ここは俺が教えてあげよう!!


「えっと、豹って言うのはな……大きい猫で黄色くて立派なたてがみが生えててな……」

「クリス、それは獅子だ」


 得意げに説明していた俺に、テオの突っ込みが入った。


「え、違うの?」

「当たり前だ。豹はたてがみではなく体に縞模様が入っているのが特徴だ」

「テオさん、それは虎です」

「「えっ?」」


 やばい、わけがわからなくなってきた。

 俺とテオですら豹が何なのかよくわかっていないのに、リルカなんて混乱しきった顔をしている。うまく説明できなくてごめんな。


「いいですか、豹って言うのは……」


「ぁー……て……!! にゃーん!!」


 ヴォルフが豹が何なのか説明しようとしたその瞬間、また甲高い鳴き声が聞こえた。

 これ、鳴き声っていうか……


「なんか言ってる……?」


 取りあえず俺たちは口を閉じて耳を澄ませてみた。


「にゃぁーんっ!! 来ないでーっ!」


 いまいち真剣味が感じられないが、これは女性の悲鳴だ! 

 来ないでーとか言ってるし変なものに追いかけられているのかもしれない。大変だ!!


「行くぞっ!!」


 テオはそう言い放つとすぐに地を蹴って駆け出した。いつも持っている大剣は地面に投げ捨てられていた。

 テオが剣を捨てるとは、これはかなりの非常事態かもしれない!!

 俺も慌ててリルカの手を引いて走り出した。



 ◇◇◇



「たーすーけーてー! だれかーっ!!」


 大草原の中を一人の女性が必死に走っている。その後ろを、鼻息荒い豚が追いかけていく。

 ちなみに、この豚というのは決して豚のような下衆な男……という意味ではなく、正真正銘、動物の豚である。

 ただし、俺が知ってる豚という動物はかわいいピンク色をしていたはずだが、あの豚の肌は真っ赤だ。こころなしか体つきもシュッとしているし、目つきも鋭いような気がする。野生の豚、というものだろうか。


「うわー、あんなの初めて見た」

「食べれるんですかね、あれ」

「なんかまずそう……」


 豚の気迫に、なんとなく近づくのをためらっていた俺たちだったが、テオだけは違った。

 素早く豚の元まで走り寄ると、勢いよく真っ赤な豚を蹴り飛ばした!!

 哀れ、思いっきりゴリラ男に蹴飛ばされた豚は、「ぷぎぃぃぃ」なんていう情けない声をあげて吹っ飛んで行った。


「にゃぁーん、助かったにゃー……」


 追いかけられていた女性は、安堵したようにぺたん、とその場に座り込んだ。


「大丈夫?」


 俺たちが近づくと、女性は涙目になりながらもしっかりと頷いた。

 年は俺と同じか少し上くらいだろう。細い手足に、いたずらっぽい瞳。そして、何より目を引くのがうねり気味の黒いショートヘアからのぞく、同じように黒い色をした猫のような耳だった。


「おおきい……ねこさん……、ひょう……?」

「ちがうよー、シーリンだよー」


 リルカのつぶやきに、シーリンと名乗った女性は憤慨したようにぴょん、と立ち上がった。まるで猫のようにしなやかな身のこなしだ。


「そうか。シーリン、無事か?」

「おかげさまで。感謝するにゃ!」


 シーリンはぱちん! と俺たちに向かって片目をつぶって見せた。その様子からすると、本当に大丈夫そうだ。

 俺は彼女を見た瞬間から気になっていた疑問をぶつけることにした。


「なあ、シーリン。いきなりで悪いけど……それって、本物?」

「ん? この耳の事かにゃー?」


 シーリンは自分の頭を指差して見せたので、俺は頷いた。

 どうしても気になって仕方がないのが、シーリンの猫耳だ。

 かつて俺も働いていたネコミミ喫茶のメイドさん達はすべて偽耳着用だったが、彼女の頭にはそのような形跡がなかった。

 これはもしかして、もしかするかもしれない。


「本物だよー、触ってみる?」

「い、いいのかっ!?」


 本人のお許しが出たので、ありがたく触らせていただくことにした。

 そっと触れると、ふわっとした手触りに暖かな体温を感じた。そのまま撫でるように指を動かすと、猫耳はぴくん! と動いた。

 これは間違いない。この感触、温度、動きは作り物ではありえない。本物の猫の耳だ!!


「ははーん、さては猫族ケットシーに会うのは初めてかにゃ?」


 俺が感動に打ち震えていると、シーリンは見せつけるように髪をかき上げた。こめかみの下あたり、本来人間の耳がついているはずのその場所は、つるんとした肌があるのみで人間の耳はなかった。やっぱり彼女は本物の獣人なんだ!


「初めて初めて! すごい! 俺今めっちゃ感動してる……!!」


 俺の反応が嬉しかったのか、シーリンは胸を張ってふんぞり返った。


「にゃにゃーん! そこまでいうならしょうがないにゃー、もっと耳触ってもいいよー?」

「そうか、悪いな」


 そう言うと、今まで俺の横で黙っていたテオがいきなりシーリンの猫耳をがしっ、とわしづかんだ。


「ほぉー、これはこれは……」

「いっ、いったいにゃー! もっと優しく触るんだにゃー!!」


 シーリンはばたばたと暴れたが、テオは気にせず猫耳をなぶりまくっていた。冷静そうに見えてやっぱり触りたかったんだろうか。

 そういえば、こいつネコミミ喫茶で信じられないくらい散財とかしてたもんな。隠れた猫好きなのかもしれない。


「おい、尻尾はないのか」

「あ、あるけど……乱暴者には触らせないにゃー、ってやめるにゃ! 可憐な乙女のお尻を何だと思ってるんだにゃ!!」


 耳だけでは飽き足らなくなったのか、テオはシーリンの尻尾があると思われる下半身に手を伸ばし始めた。

 残念なことにシーリンも貧乳タイプだ。テオの中では気を使う女性に入らなかったんかもしれない。

 しかしセクハラだ、どう見ても痴漢だ。衛兵に見つかったら速豚箱行きだろう。


「リルカも……もふもふ、したいな……」

「うーん……」


 リルカは羨ましそうにシーリンを撫でまわすテオを見ていたが、俺はいつもの様に気軽に同意することはできなかった。

 ああ、かわいそうなシーリン。あのゴリラを止められない俺たちを許してくれ……。


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