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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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5 二日酔い

「勇者? お前が?」

「そうだ。教会の書状もあるぞ、見るか?」


 ちょっと待ってろ、と言い残して、ゴリラ男――勇者テオはごそごそと荷物をあさり始めた。

 一方俺はというと、すっかり気が抜けてしまった。

 確かに、ティエラ教会は何年も前から世界を救う勇者となるべき人物を探していた。当然、その間に勇者と認められた奴は何人もいるわけだ。だが、俺の中からはそんな事実はすっかりと抜け落ちていた。

 勇者=俺の体を乗っ取ったあの女だと思い込んでいた俺の、要するに人違いだったのだ。


「あったあった、おい……何をしてるんだ?」

「誠に申し訳ありませんでした……」


 取りあえず膝をついて謝っておいた。

 冷静に考えれば、見ず知らずの他人の部屋に勝手に入り込んで棍棒で殴り掛かるなんて、とんでもない事だ。

 衛兵に突き出されないのが奇跡みたいなものだ。

 ここは奴の機嫌がいいうちに先手を打って謝っておこう。このゴリラ男が急に怒りだしたりしたら大変だ。


「別にいいぞ、気にするな」

「いいのかよ!」


 勇者テオは俺の謝罪も全く気にしていない様子で、書状を見せつけてきた。


「ほら、これだ」

「『勇者テオ』……ふーん、ほんとだ……」


 確かに、そこには教会の印とテオを勇者と認めるという旨の文が記されていた。こいつは正真正銘の勇者様だっていう事だ。


「さて、そろそろおまえの事情をきかせてもらおうか」


 俺は迷った。果たしてこいつに話しても大丈夫なのか、あの教会の聖職者のように俺を嘘つきだと思わないだろうか。

 まあ、別にこいつには何とでも思われてもいいんだが、勇者の邪魔をしたとかで投獄だけは勘弁だ。


「もし、俺がありえないような事言ったらさ、信じられる?」

「ふむ」


 テオは考え込むように手をあごに当てた。


「正直、聞いてみなければわからないな。だが、お前が困っているというのならできるだけ手を貸そう。それが勇者の務めだからな」


 どんっ、と勢いよく胸を叩くと、テオは自信満々にそう言った。

 何だそのどや顔、うっとしいんだけど……なんて普段の俺ならそう思っただろうが、今日一日で立て続けにいろいろな事が起こりすぎたせいで、俺は疲れていたのだ。

 目の前の勇者がものすごく頼もしく思えるくらいには。

 もしかしたらこいつなら……俺の言う事を信じてくれるかもしれない。


「実は……俺が大聖堂に行こうとした時に――」

「腹が減ったな」

「は?」


 腹が減った? 人が真剣な話をしてるのにこいついったい何を言ってるんだ。


「そんなんどうでもいいだろ! 俺の話を聞けよ!」

「悪いな、腹が減ってると集中できないんだ。奢ってやるからお前も来い」


 そう言うと、テオはもう部屋の外へと出ようとしていた。なんてマイペースな奴だ。

 俺は何とか言い返そうと思ったが、やっぱりやめた。そういえば昼間から何も食べていなかった。腹が減ってるのは俺も同じだ。今はありがたく奢ってもらう事にしよう。



 ◇◇◇



「おい、ちゃんとはなしをきいてるのかぁ~!?」

「聞いてる聞いてる、おまえが実は男でうっかり騙されて勇者になれなかったって話だろ」

「それで、あいつは俺に魔法をかけてだな……」

「おい、その部分はもう三回は聞いたぞ」

「うるしゃい!」


 俺は持っていたグラスを持ち上げたが、やけに軽い。見たらもう空だった。おかしい、まだまだ飲み足りないのに。


「おい、もう一杯!」

「おいおい姉ちゃん、もうやめといたほうがいいんじゃねーか?」


 最初に俺を案内したおっさんだ。もうやめる? 何を言ってるんだ。


「まだ飲む!」

「勇者さん、こいつ大丈夫なのか?」

「ふむ、どうやら酒には強くなさそうだな」


 テオとおっさんが何やら話しているが、内容がよく頭に入らない。頭がふわふわする。もう難しいことは考えられない。


「俺がほんものの勇者なんだからな!!」


 確かそう叫んだ辺りまでは覚えている。それを聞いてテオとおっさんは爆笑した。俺は何で笑うんだと突っかかろうとして……そこからは覚えていない。



 ◇◇◇



「うぅ~、頭いてぇ」


 翌日、宿屋のテーブルに突っ伏した状態で俺は目を覚ました。頭は痛むし、気持ちが悪い。ついでに変な体制で寝たので体も痛い。

 俺がうんうん唸っていると、宿屋のおっさんが水を持ってきてくれた。


「よぉ姉ちゃん、気分はどうだ?」

「……最悪」

「ははっ、それは良かった。あんま無理して酒なんて飲むもんじゃないぞ」

「次からはそうするよ……」


 俺は今まで故郷の村の祭りくらいでしか酒を飲んだことはなった。今思えば、あの酒なんてジュースに毛が生えたようなものだった。

 二日酔いがこんなにひどいなんて聞いてない。都会怖い。


「そういえば、テオは?」


 よく見ればあのゴリラ男の姿が見えない。俺を放置して出て行ったのか。食事代はちゃんと俺の分も払ってくれたんだろうか。


「勇者の兄ちゃんなら、ちょっと用があるとかで出かけるとか言ってたぞ。そろそろ帰ってきても……ほら、噂をすればだ」


 おっさんの指差す方向を見れば、ちょうどテオが夜の雫亭に入ってきた所だった。どうやら金の心配はしなくても良さそうだ。


「起きたか、気分はどうだ?」

「よくない……」

「そうか、それは大変だな」


 他人事みたいに言いやがって。こっちは吐き気を抑えるのにどんだけ苦労してると思ってるんだ。


「勇者クリスのことで聖堂に行ってきた」

「ふーん……え!?」


 吐き気と戦っていたせいであやうく聞き流しそうになったが、こいつは今なんて言った?


「勇者クリスって!!」

「そう、おまえの話した偽物だな」

「それで、そいつをどうしたんだよ!? ぶちのめしたのか!? 血祭りにあげたのか!?」

「……取りあえず落ち着け」

「うぅ……」


 興奮して思わず立ち上がってしまった。些細な動きが頭痛にひびく。だが、あの偽物勇者の話と聞いたら俺だって黙っているわけにはいかないんだ。


「それで、その偽者の俺はどうなったんだ」

「今朝早くに、教会の者二人を連れて旅立ったそうだ」

「はあ!?」


 俺は思わずまた立ち上がってしまった。そしてテーブルに崩れ落ちた。


「うぇ……気持ち悪い」

「大丈夫か」

「それより、続き……」


 ひらひらと手を振って続きを促すと、テオは頷いた。


「まあ、続きと言っても旅立ったとしか聞いてないからな。ただ、勇者と共に、旅立った奴の事ならわかったぞ。一人は神殿騎士のラザラス、まあ勇者の付き人に選ばれるくらいだから優秀な奴なんだろう。そしてもう一人は……」


 テオはそこで言葉を止めた。何だよ、早く言えよ。


「昨日おまえの話に出てきた奴だな。修道女のティレーネ、知ってるだろう?」


 もちろん知ってる。俺といい感じの出会い方をして、次に会った時にはすごい目つきで俺を睨んでいた子だ。そっか、ティレーネちゃんは偽勇者の仲間になったんだ。それで俺があいつに食って掛かった時に怒ってたのか、そういうことか。


「……はぁ……」

「どうした」

「世の中って理不尽だよな……」


 勇者の座も、ティレーネちゃんも、俺の栄光の道もみんなあいつに奪われてしまった。一体俺が何をしたっていうんだ。


「……それで、おまえはこれからどうするんだ?」

「どうするって……」


 どうすればいいんだろう。勇者にはなれなかったし、こんな姿では村に帰ることもできない。


「俺はすぐにでも旅立つつもりだ、元々の勇者の使命に加えて、そのクリスとやらも注意しておくことにする」

「……俺の話、信じたのかよ?」


 正直、俺が本物の勇者だったらこんな怪しい話は絶対に信じないだろう。だが、目の前のこいつは違うようだ。


「完全に信じたわけではない……が、無視もできないと思ってる」

「なんで?」

「勇者は、困った者の味方だからな! おまえが困っているなら、できる限りは力になってやる」


 そのどや顔、昨日も見た……とは言えなかった。今こいつは言ったよな、できる限りは力になるって。


「だったら俺も連れてけ」

「ん?」

「俺が困ってたら力になってくれるんだよな? 今、すごい困ってる。偽勇者にいろいろされてすごい困ってる! だからあいつを追え! 俺もついてくから!」


 俺は今のままじゃ勇者にはなれない。だからあの偽物を何とかしなければならない。でも、俺一人ではどうにもならない。

 だが、このやたら強そうなゴリラ勇者がいればそれも可能なんじゃないか? 

 どうみても元の俺より強そうだし。ここはなんとかゴリ押して俺の同行を認めさせなければ!


「いや……そうは言ってもな……」

「勇者の癖に嘘つくのかよ!?」

「いや、危険な旅だぞ? 生きて帰れる保証もないんだぞ? やめておいたほうが」

「俺はもともと勇者になるつもりでここに来たんだし! 危険な旅なんて本望だし!」


 その後も渋るテオにごねる事一時間弱。先に音を上げたのはやっぱりテオの方だった。


「わかった、取りあえずは連れて行ってやる。だが、危なくなったらすぐ帰るんだぞ?」

「任せろ! あいつをぼこぼこにしてすぐ本物の勇者になってやるから!」

「……不安だ」



 こうして、俺と勇者テオの旅は始まった。いや、もっと正確に言うと始まるのはその翌日になってしまったんだが。



「うぇぇ……叫んだら気持ち悪い……」

「これは今日の出発は無理そうだな……」


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