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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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46 本当の名前

 俺の目の前に偽勇者が立っている。奴はいつも通りにやにやと食えない笑みを浮かべていた。くそっ、いちいちむかつく奴だな。

 今、この部屋の中には俺と奴の二人っきりだ。俺の仲間と、奴の仲間には部屋の外で待機してもらっている。ティレーネちゃんはかなり気になって仕方がない! というような顔をしていたけど、聞き耳を立ててたりはしないと信じたい。


「それで話ってなに?」

「いろいろあるけどな……まず、何で俺たちはあんな高い塔から落ちたのに生きてるんだよ」


 こいつには言ってやりたいことが山ほどあるが、一番知りたいのはその事だった。あの瞬間、確かに俺とこいつはめちゃくちゃ高い塔から落ちた……というか飛び降りたはずだ。それなのに、普通に生きてるし怪我すらしていない。どう考えてもおかしい。

 俺がそう言うと、奴はふっと笑った。まるで俺の質問を予期していたようだ。


「キミもそろそろ気が付いてるんじゃないかい? ボクとキミが入れ替わってから、不思議な体験をしたことは? 一瞬で場所を移動したり、人や物の記憶が流れ込んで来たり……」

「物の、記憶……」


 そんな怪しげな経験はない! と言い返したかったが、俺には一つだけ心当たりがあった。

 忘れもしないフォルミオーネの街で、アニエスと一緒に洞窟へ危険な魔物を探しに行って、俺たちは残酷な真実を目の当たりにした。

 足を踏み入れた洞窟で、急にたくさんの人の声や……怨念みたいなものが俺の中に流れ込んできて、わけもわからずに泣けてしまったことがあった。もしかして、あれが奴の言っている物の記憶、とでもいうのだろうか……。

 考え込む俺を見て、奴は笑みを消して真剣な顔つきをした。


「やっぱり、思い当たる節があるんだろう?」

「ある、といえばある……けど」

「それだよ。その不思議な力のおかげで、ボクたちはあんな高い所から落ちても瞬時に地上のすぐ近くまで移動して、ほとんど怪我もなくここにいる」

「それは、お前の力なのか……?」


 そう問いかけると、奴は一歩、また一歩と俺の方へと近づいてきた。


「前にも言っただろう? ボクの力がキミに移り始めてるって」


 そう言うと、奴はいきなり俺の手を握りしめた。これももう何度目かの経験なのでそんなに動揺はしなかったが、せめて事前になんか言えよ。……と文句を言ってやろうとした時、俺の頭の中に知らない光景が流れ込んできた。



 ――暗い建物、難しい言葉で話す大人たち、牢獄のような部屋、部屋の隅に座り込む幼い少女。その少女がゆっくりと振り向いて――



「……ビアンキ」


 その声で、俺ははっと我に返った。なんてことはない、さっきまで俺たちがいた聖堂の中の一室だ。暗い建物でも、牢獄のような部屋でもない。


「視えただろ? 記憶を流し込んだのはボクだけど。それを読み取れたのはキミの力だよ」

「……お前が何言ってんのか全然わかんねぇ」


 結局、なんで塔から落ちて助かったのかも、今の光景もなんなのか全然分からなかった。俺の力、とか言われてもそんなの全然わからない。

 馬鹿にされるかと思ったが、予想に反して偽勇者は悲しそうな笑みを浮かべた。何かを諦めたような表情だ。


「わからない、それは幸せなことだよ。でも、理解はした方がいい。君のためにもね」

「理解……」


 ぽつり、とそう呟くと、偽勇者はそっと俺の肩を掴んだ。まっすぐに俺と目を合わせると、奴は緊張でもしているかのように大きく息を吸った。


「天啓、神通力、天使の力……。言い方はいろいろあるけれど、詳しい事は誰も解き明かせていないだろうね。ただ現時点でわかっているのはその力は体系だっているどの魔法とも違う力であり、人や物の記憶を読んだり、瞬間的に他の場所へ移動したり、他者の心を読み取ったり……そんな、普通ではあり得ないような事が出来る。ただし、能力の発現条件はわかっていない。選ばれた人間だけが、その力を手にすることができる」


 奴の目は据わっている。俺の肩を掴む手に力が入った。


「奴らはその力に選ばれたことが幸福だって言ったけれど、ボクにとっては不幸でしかなかったんだよ」


 そこまで言うと、奴は辛そうに目を伏せた。

 今の話の隅々まで理解できたわけじゃないけど、つまり、偽勇者(の元の姿の女の子)はその不思議な力に選ばれて、瞬間移動したり他人の記憶を読みとったりできるって事か。そんな馬鹿な話は信じられない……でも、俺は洞窟に染みついた記憶を読んだし、偽勇者は俺の記憶を読んだし、俺たち二人は高い塔から落ちても無事だった。おそらく、瞬間移動の力によって……。


「信じられない……けど、本当なんだよな?」

「うん。このことに関してはボクは嘘をつかない」

「今の話に出てきた『奴ら』っていうのは?」

「この力の研究をしている奴の事さ。……研究って言っても、この力が使える人を無理やり連れてきて閉じ込めて……実験動物みたいに扱う最低な人種だ」


 偽勇者の目にはぎらぎらと憎悪の光が宿っている。よっぽどそいつらにひどい目に遭わされたんだろうか。


「だから、キミも気を付けた方がいいよ。今みたいに自由な生活を楽しみたいならね」

「そんなこと言ったって……俺、こんな力いらないんだけど」

「別にボクはわざとキミに力を移してるわけじゃないよ。たぶん、この力を使ってボクとキミは入れ替わっているからそんな不思議な現象が起きたんじゃないかな」

「ふーん…………ってええぇぇ!!?」


 さらっと大事なこと言いやがった!!

 俺と奴が入れ替わったのにもこの不思議パワーが関係してるって!? どうりで教会に相談しても信じてもらえないわけだ!!


「今すぐ元に戻せよ!!」

「やだ」

「だから何で!!」


 今の流れだったら申し訳なく思って元に戻る所だろ! なのに目の前の偽勇者ときたらまったく悪びれた様子はない


「ボクは勇者なんだ。世界を救わなければならない」

「元々勇者に選ばれたのは俺だろ! お前は横取りしただけじゃねーかっ!」

「それはそうだけど、キミが勇者になったとしてボクより活躍できる自信はあるの?」

「そ、それは……」


 思わず言葉に詰まってしまった。いくら勇者に選ばれたと言っても、俺は田舎育ちの普通の人間だ。たぶん、勇者に選ばれたのだって偶然の産物だ。

 勇者として世界を救ってください! なんて言われてもきっと今の偽勇者みたいな華々しい活躍はできなかっただろう。


「キミも今の世界の現状は分かっているよね? さっきミランダさんが言ってたように、できるだけ早く片をつけなくてはならない。そのためには、キミよりもボクの方が勇者に適任だ」

「…………お前、本当に世界を救うつもりはあるのかよ」

「……当然だろ。ボクはやる、やり遂げてみせる」


 そう言った勇者の顔は真剣だった。嘘をついているようには見えない。とんでもない性格の奴だけど、世界を思う心は本物のようだ。

 そう思ったら、もう何も言えなかった。

 偽勇者の言ってることは正論だ。世界のためを思うなら、俺よりも奴の方が勇者としては適任だろう。悔しいけど、今の俺ではこいつに敵わない。


「あーもう、わかったよ! お前の好きにしろ!! ただし、絶対に世界を救えよ!? それで、救ったらすぐ体を元に戻せよ!」

「……いいのかい?」

「よくねーよ! よくない、けど……俺個人の意地とかプライドよりは、世界の方が大事だってだけ!!」


 びしっ! と指を突き付けてそう言い切ると、偽勇者はぽかん、とした表情を見せた。そして、その顔はすぐに笑顔へと変わる。


「ボクは少しだけ、キミを誤解していたみたいだ……」

「……ふーん」

「すぐにユグランスに出発するよ。キミの為にも、もたもたしてられないからね」

「……おい、その前に一ついいか」


 俺の体と名前を使い続けることと、勇者として活躍することは許したが、俺にはまだ許せていないことが一つあった。


「歯、くいしばれよ」

「え?」


 間抜けな顔で油断しきった偽勇者の顔に思いっきり拳を一発叩き込んでやった。

 俺の狙い通りに、綺麗に右ストレートが決まる。

 女の子の力だからか、奴は倒れはしなかったがその場でふらついた。左頬にははっきりと赤い殴り痕がついている。これは腫れそうだな、ざまあみろ!


「俺にいきなり雷をぶち込んだ分! これでチャラにしてやる!!」


 これでもめちゃくちゃ譲歩したんだ。ありがたく思えよ! 偽勇者は怒るかと思いきや、その場に立ったままけたけたと笑いだした。


「あははは! 本当におもしろいね、キミは!」

「ほら、さっさと行けよ! そして早く俺の体を返せ!!」

「はいはい、キミもせいぜいその体を大事に扱ってくれよ。腕掴んだ時に思ったんだけど、ちょっと太ったんじゃない?」

「うっせーなっ! お前がガリガリすぎるんだよ!!」


 奴はどこまでもむかつく奴だった。こうなったら復讐がてらに、思いっきりこの体を太らせるのも悪くないかもしれない……なんて思うくらいには。


「それじゃあ、キミたちも早くアルエスタに行きなよ」

「あっ、ちょっと待て!」

「……なに?」


 呼びとめると、偽勇者はちょっとうっとうしそうに振り返った。確かに早く行けと言ったのは俺だが、大事なことを一つ忘れていた。


「お前の本当の名前は?」

「……え?」

「勇者クリスじゃなくて、あるんだろ? 本当の名前。別にティレーネちゃんとかにばらしたりしないから教えろよ」


 思えば。最初に女の子の姿のこいつに出会った時も、俺は名前すら聞かなかった。その後は心の中では俺の偽物の偽勇者! なんて思ってたが、心の中とはいえ今のこいつの事を偽者って呼ぶのも失礼な気がする。そう思って聞いたのだが、奴は何事もなかったかのように扉に手を掛け、外に出て行こうとした。


「お、おい!」

「レーテ」

「え?」

「レーテ……それがボクの、私の、名前」


 俺に背を向けていたので、奴がどんな顔をしていたのかはわからない。

 でも、奴――レーテはちゃんと教えてくれたんだ。



「……途中でくたばったりしたら許さないからな、レーテ!!」


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