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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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45 大地の浸食

「……それで、どうやってあの高い塔から落ちて助かったんですか?」

「だから何回も言ったじゃん。俺にも何が起こったのかわからないって!」


 あのドラゴンが大聖堂を襲撃した事件から三日、俺たちはラヴィーナの街の宿屋にいた。

 あの塔から落ちた直後に俺が聞いた轟音は、ドラゴンの体が地上へと落下した音だったらしい。地上へと落ちたドラゴンは確かに絶命していた。聖堂周辺に残っていた魔物も騎士や衛兵たちが何とか片付けて、今もいろいろと事後処理をしてくれているはずだ。

 俺はと言えば特に大きな怪我もなくめちゃくちゃ疲れていただけだったのだが、あの塔から落ちたことでやけに心配され、三日たった今もこうして宿屋に閉じ込められているのだ。

 でも、一人じゃないから退屈はしない。テオはちょうど出かけているが、ヴォルフとリルカはずっと俺と一緒に宿屋にてくれた。

 ヴォルフは何度も何度もあの塔から落ちて助かった理由を問いただしてくるが、そんなの俺に聞かれてもわからないとしか言いようがない。あの偽勇者なら何か知っているかもしれないが、あれ以来一度も奴とは会っていない。まだこの街にいるのかどうかも分からなかった。


「……はい、できたよ」


 先ほどから危なっかしい手つきでリンゴの皮をむいていたリルカが、俺に向かってはい、と一切れのリンゴを差し出した。

 正直ヴォルフの詰問よりリルカが怪我をしないかどうかに意識がいっていたが、どうやら無事に済んだようだ。


「うわぁ、おいしそうだなー。ほら、ヴォルフも食べようぜ!」

「またそうやってごまかす……」


 ヴォルフは不満そうにしていたが、むしゃむしゃとリンゴを食べ始めた。俺もぱくり、と一口食べてみた。うーん、おいしい。リルカが皮をむいてくれたと思うとよけいにおいしく感じられた。

 三人でむしゃむしゃとリンゴを食べていると、部屋の扉が開いた。

 ノックもしないで入るなんて、そんなマナー違反な奴は一人しか思いつかない。

 顔を覗かせたのは思った通りにテオだった。街を恐怖に陥れたドラゴンを殺した後だと言うのに、奴は驚くくらいいつもと同じだった。もうちょっと何かないのかね。


「戻ったぞ。クリス、調子はどうだ」

「だから俺は何ともないって……」

「そうか、なら大丈夫そうだな。教会に呼ばれている、三人とも行くぞ」


 テオはそれだけ言うと、俺たちに向かって出かけるように合図した。


「おい! 教会に呼ばれてるって……うわぁっ!」


 慌てて立ち上がろうとした俺は、椅子に足を引っ掻けて盛大に転んでしまった。


「いたたたた……」

「何だ、まだ調子悪いのか? おまえは留守番でもいいぞ」

「行く! 絶対に行くからな!!」


 ドラゴンは、大聖堂は、偽勇者は一体どうなったのか。知りたいことだらけで、俺だけ宿屋で待ってるなんて選択肢は元からなかった。

 勢いよく立ち上がると、テオは満足そうな顔をした。



 ◇◇◇



 あらためて見ると、大聖堂はひどい状態だった。あちこちがドラゴンに壊され、完全に崩れている箇所もある。二つの塔もあちこちが焼け焦げていて、悲惨な有様だ。

 大聖堂の入口へと足を踏み入れると、すぐに一人の女性が近づいてきた。藤色の髪を持つ美女、ミランダさんだ。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 騎士や聖職者がせわしなく動き回る中、俺たちは聖堂の奥へと案内された。その途中、騎士たちの中にアルベルトの姿を見つけて俺は思わず駆け寄った。


「あれ、アルベルトじゃん。生きてたんだ!!」


 彼の事だから無茶をしてドラゴンのブレスの餌食になってるんじゃないかと心配だったが、無事に生き延びていたようだ。


「よかったよかった!」

「何がいいものか! 貴様は事態の深刻さが分かっているのか!?」

「えー?」


 事態の深刻さと言っても、ドラゴンも魔物ももういないし、何を心配することがあるんだろう。アルベルトはきょろきょろとあたりを見回すと、声を潜めて俺に耳打ちした。


「……教会の中に内通者がいる」

「えっ!?」


 思わず聞き返すと、アルベルトはしぃーっ! と口の前に人差し指を当てて、俺に向かって騒がないようにと合図を送った。


「……それって、どういうこと……?」

「貴様も見ただろう、ここの地下聖堂に巨大な魔物が入り込んでいたのを。小型の魔物ならまだしも、あんなのが自然に入り込むとは思えない。誰かがあそこに連れて来たんだろう。それに……あの襲撃自体、枢機卿の来訪の機会を狙っていたとしか思えない。あれは極秘の来訪だったんだ。知っていたのは、教会内部の者だけのな」

「…………」


 俺が黙り込むと、アルベルトはふぅ、とため息をついた。


「まあ、なんにせよ奴らの好きにはさせないさ。この神殿騎士アルベルト様がいる限りはな!! 貴様もせいぜい気をつけておけ」

「うん……」


 そろそろ行け、と促されて、俺はテオ達の所へと戻った。後で三人にも話さないと。なんだか大変なことになってきているようだ。


 俺たちが案内された部屋は、比較的損傷が少ない区画にあったようで、周りの廊下もきれいに残っていた。俺は傷一つない扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。


「失礼しま……あっ! お前!!」


 部屋の中には先客がいた。あの偽勇者とティレーネちゃん。それに一緒に地下聖堂に行った騎士、ラザラスだ。


「久しぶり。調子はどうだい?」


 偽勇者は何事もなかったかのように、俺に向かってやあ、と手を挙げた。

 俺はいろいろ文句を言ってやろうと口を開いて……焼けつくような視線を感じて口を閉じた。

 そろり、と偽勇者の後ろを窺えば、ティレーネちゃんがじぃーっと俺たちの方へ視線を送っているのが見えた。どう見ても好意的な視線ではない。そりゃそうだ。どうやら偽勇者に好意を抱いているらしいティレーネちゃんから見れば、俺は突然現れた恋のライバルみたいなものだろう。ティレーネちゃんを巡ってあの偽勇者と争うならまだしも、偽勇者を巡ってティレーネちゃんと争うなんて勘弁だ。どう考えてもあり得ない。

 あぁ、それなのに……何で俺があんな視線を向けられなければならないのか。正直泣きたい!



 ◇◇◇



「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき感謝いたします」


 ミランダさんはそう言うと、俺たちに向かって深々と頭を下げた。


「皆様のご協力で、大聖堂を襲ったドラゴンと魔物の一団の掃討に成功しました。これはミルターナ史にも類を見ないご活躍で――」

「御託はいい。本題に入ってくれ」


 テオがぴしゃりとそう言うと、ミランダさんはこほん、と咳ばらいをした。


「……失礼します。簡潔に言うと、事態は思ったよりも悪化しているようです。目撃者の証言では、あのドラゴンは空を割るようにしてラヴィーナの街へと侵入してきた、という事です。そんな大きさの次元の裂け目が現れるなんて、この大地を守る力が弱まっている、由々しき事態です」

「……対策は?」


 偽勇者がそう問いかけると、ミランダさんは部屋の一角へと視線を向けた。そこには豊穣の女神、ティエラ様の絵画が掛けてあった。


「女神の信仰を深め、大地の守護を厚くすることと、この事態の糸を引いている者を取り除くこと。この二点ですね。信仰を深めるのは我々ティエラ教会の役目です。皆様には、どうか後者の役目を担っていただきたいのです」

「糸を引いている者……」


 前に(ゲート)を人為的に作り出している人がいると言うのは聞いたことがあるけど、やっぱりそんな人が本当にいるんだろうか。もしいるのなら、何でドラゴンに聖堂を襲わせたり、世界に魔物を解き放ったりするんだろう。俺には理解できない世界だ。


「目星はついているのか?」

「国内では我々が目を光らせているので中々尻尾を出しませんね。ただ……北のユグランスと西のアルエスタで怪しい動きがあると報告を受けています」


 どうやら魔の手はミルターナ以外の国にも伸びているようだ。事態はミルターナだけではなく、アトラ大陸全域にまで広がっているのかもしれない。


「へえ、それでボク達にユグランスとアルエスタに行けって言うんですか?」


 偽勇者がおどけたようにそう言うと、ミランダさんは真剣な顔でうなずいた。


「あのドラゴンを打ち倒したあなた方にこそ頼みたいのです。正直……他の勇者は目先の権利や栄誉ばかりを追っているような状態です。今以上にドラゴンや魔物が侵攻してくるような事態になれば、あなた方のように応戦するのは難しいでしょう。だからこそ、そうなる前に片をつけたいのです」

「それは光栄だ。ボクは受けますよ。勇者テオ、あなたはどうします?」


 偽勇者はにやにやと笑いながらテオにそう問いかけた。

 テオは偽勇者をまっすぐに見つめ返すと、どん、と自身の分厚い胸を叩いて見せた。


「当たり前だ。ユグランスだろうかアルエスタだろうが奈落アビスだろうがどこでも行ってやる」

「へぇ、それは頼もしいですね!」


 偽勇者はおかしそうに笑い、ミランダさんもほっとしたように息を吐いた。


「ちょうど二人の勇者に二つの国。あなた方には二手に別れて両国の内情を探って来てほしいのです」

「ふーん……勇者テオ、あなたはどっちに行きたいですか? ボクはあなたが選ばなかった方に行きますよ」


 何があっても我が道を行く! なタイプの偽勇者にしては珍しく、奴はテオに選択権をゆだねたようだ。テオは顎に手を当てて考え込んでいる。俺は横目でちらりとヴォルフの方をうかがった。何故かは知らないが、前にヴォルフはユグランスには行きたくないというようなことを言ってたのを思い出したからだ。案の定、ヴォルフはよく見なければわからない程度に顔がこわばっていた。きっと内心ではテオがユグランスに行くと言い出さないかはらはらしてるんだろう。だが、ヴォルフ自身は口を出す様子はない。言い出せない理由でもあるんだろうか。仕方ない、ここは俺が一肌脱いでやるか。


「はいはい! 俺、アルエスタに行きたい。料理が美味いって聞いたことあるし!」

「おいしい……料理?」

「そうそう! リルカだって気になるだろ?」


 俺がそう主張すると、リルカも嬉しそうにうなずいた。テオも目を輝かせている。はぁ、俺の仲間が単純な奴ばっかで良かった。


「オレ達はアルエスタへ行こう。異存はないな?」

「もちろん、ユグランスの事はボクらに任せてください」

「……決まったようですね。事態は一刻を争います。教会への報告はわたくしが行いますので、あなた方はできる限り早急に出発して下さい」


 ミランダさんはそれだけ言うと、テオと偽勇者に書簡のような物を手渡すと、慌ただしく部屋を出て行った。随分と疲れたような顔をしていたし、きっと襲撃事件の事後処理とかでめちゃくちゃ忙しいんだろう。教会の人も大変だな。


「じゃあ、ボク達も行こうか」


 偽勇者はティレーネちゃんとラザラスにそう呼びかけると、ミランダさんと同じように部屋を出て行こうとした。きっとすぐにでもユグランスに発つつもりなんだろう。今を逃したら、きっとまたこいつに会えるのはずっと先……もしかしたら、もうその機会はないかもしれない。


「待てよ」


 思わず、偽勇者を呼び止めていた。偽勇者は不思議そうに俺を振り返った。


「二人だけで話がしたい」


 俺がはっきりそう言うと、偽勇者は一瞬、驚いたような様な顔をしたが、すぐににっこりと笑って答えた。


「いいよ」


 了承は得た。こうなったら、こいつに思いっきり今までの不満とか怒りとかもろもろをぶつけてやろう!

 そう燃え盛る俺の心は、またすぐにティレーネちゃんのじりじりとした視線によってしぼんでしまうのであった。

 ティレーネちゃん、そんな目を向けなくても俺は君とこの偽勇者を取り合うつもりなんて全くないからな!!

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