43 地下聖堂にて
偽勇者は迷うことなく聖堂内を進んでいく。驚いたことに聖堂内にもトカゲのような魔物が侵入し、俺たちの行く手をふさいでいた。
「くそっ、ティエラ様の聖域を汚すとは不届きものめっ!!」
アルベルトが怒りのままに剣を振るり、トカゲたちを斬り倒していく。性格には難ありだが、さすがに神殿騎士というだけはあって、若いのに剣の腕はなかなかのようだ。
「うーん、大人数で来てよかったかもね」
偽勇者も負けじと俺たちの方へ近づいてきた魔物を薙ぎ払っている。俺はヴォルフの後ろに隠れながら、できるだけ魔物のターゲットにならないように身をかがめていた。
「何でこんなに魔物がいるんだよぉ……」
「ほら、泣き言わない!! 行きますよ!」
一通りあたりの魔物を倒しきると、偽勇者は更に奥へと進んでいった。俺たちもその後に続く。
「クリスさんは……リルカが守る、から……大丈夫……!」
「あ、ありがとう……」
横を走るリルカにそう言われ、俺は自分が情けなくなった。十歳そこそこの少女に守られる俺とはいったい……。
◇◇◇
「ここかな……」
地下へと続く階段を下りて、随分と重々しい扉の前へとたどり着いた。雰囲気からして、この先が地下聖堂で間違いないようだ。
偽勇者は懐から鍵を取り出して、扉を開けた。ぎぎぎ……という重たい音を立てて、ゆっくりと扉が開いていく……。
中には神々しく光る伝説の武器……ではなく、めちゃくちゃでかい三つの首を持つ犬みたいなのがいた。
ばたん! ものすごい勢いで偽勇者は扉を閉めた。
「よし、落ち着こう。みんな、一旦落ち着こう」
「クリス様、まずはあなたが落ち着いてください」
さすがの偽勇者もこの展開には驚いたようで、無意味にがちゃがちゃと鍵束を振り回し、横にいた騎士にいさめられていた。
俺だって驚くには驚いたが、あの三つの首がある犬のような姿には見覚えがあった。ヴォルフと出会ったサビーネの町の近くにいたやつと同じ……ような気がする。
「なあヴォルフ。あれって……アレ、だよな……」
「アレ、ですね……」
俺とヴォルフが顔を見合わせると、傍にいたリルカが不思議そうに首をかしげた。そうか、あの魔物を前に見たのはまだリルカと会う前だったか。
とりあえず偽勇者にアレの事を伝えなくては。
「あのさ……俺、あいつの弱点知ってるんだけど」
「ほんとか!? よくやったぞ、ビアンキ!」
偽勇者は相変わらず偉そうにそんな事を言った。文句を言ってやりたかったが、今は非常事態だ。ここは我慢だ、我慢。せめて偽勇者よりも情報を持っていた、という事で優越感に浸ってやろう。
「ふん! 俺たちはあいつのこと追っ払ったことあるんだからな!」
「追い払った……というか知らない間にいなくなったんですけどね」
偽勇者たちは真剣な顔をして俺の話を聞いている。ちょっと気分がいいぞ。
「それで、弱点っていうのは?」
「それはな……クッキーなんだよ!」
「「「クッキー?」」」
「そう、クッキー! あいつはクッキーが大好物だから、クッキーに夢中になってる隙にその武器を取ってくればいいんだよ!」
俺が自信満々に言い放つと、偽勇者はなんだか微妙な顔をした。半信半疑、といった感じだ。
「仮にその話が本当だとしよう」
「仮じゃなくても本当だって!」
「そのクッキーはどこにあるんだ?」
「え」
俺は言葉に詰まってしまった。そういえば、前の時は偶然クッキーを持ってたけど、今はそんなものは持っていない。もしかして……俺の作戦、実行不可能か?
「だ、誰かクッキーぐらい持ってるだろ……?」
「リルカ……もって、ないよ」
「僕も持ってませんよ」
「貴様、神殿騎士を舐めているのか?」
「ボクは持ってない。ラザラスもだろ?」
「はい、残念ながら」
俺の希望は無残にも打ち砕かれた。この非常事態にクッキーを持ち歩いている用意周到な人物はこの中にはいなかったようだ。まったく、備えあれば憂いなしという言葉を知らないのか!
「はぁ~。何だよ、せっかくいい案思いついたのに」
「普通勇者や騎士はクッキーなんて持ってないからね、のん気な君と違って。ここはクッキーから離れて正攻法で行こう。作戦会議だ」
偽勇者はそう言うと、いきなり俺の手を握って来た。
「え、なに!? 離せよ!!」
「ちょっと黙って」
奴はぐっと俺の手を強く握りしめた。その途端、体全体がどくん! と脈打つのがわかった。
「う……あぁ……!」
体が熱い、熱い。頭の中をかき回されるような感覚に翻弄される。自分の中の大事な部分が、無防備にさらされているのを感じる。
駄目だ、駄目だ。怖い。俺はどうなってしまうんだろう。頭がぐるぐるして――
ぱあんっ! という乾いた音と温かい体温に、唐突に現実に引き戻された。知らないうちに閉じていた目を開ければ、左腕にはリルカがしがみついており、目の前にヴォルフの背中が見えた。その向こうでは、偽勇者が腕をさすっている。
「痛いなあ。いきなり叩くことないんじゃない?」
「……この人に何したんだ、あんた」
「そんな怖い顔しないでよ。ちょっと記憶を読ませてもらっただけだよ。ヴォルフ・クローゼくん」
「……! 何で、名前……」
ヴォルフは虚を突かれたような顔をしている。偽勇者は意味深に笑いながら、今度はその視線をリルカに向けた。
「そっちの子はリルカ、だよね? 随分と黒魔術の才に秀でているようだ。そよ風の魔法があんな威力を持つなんて、もっと誇ってもいいと思うよ?」
俺の隣にいたリルカの肩が、びくり、と跳ねたのが分かった。ヴォルフもリルカも、この偽勇者に会うのは今日が初めてのはずだ。それなのに、奴はまるで二人の事を熟知しているかのような話し方だ。
「お前……何で二人のこと……」
「さっきも言っただろ、記憶を読んだって。まあ短時間だから簡単なことしかわからなかったけど」
「は? 記憶を読むって……」
「細かい話は後だ。今はボクが指示したとおりに動いてくれ」
偽勇者はそう言うと、かなり強引に話を打ち切った。俺にはまだ聞きたい事とか言いたい事とかたくさんあったのに。とりあえず、記憶を読むって何だよ!? そんな事ができる奴がいるなんて聞いたことないぞ!?
「さっきの魔物は首が三つ。ボクとラザラス、アルベルトで一本ずつ潰していこう。リルカは遠距離から魔法でボク達の援護を頼む。ヴォルフはリルカを守ってくれ。以上だ。何か質問は?」
偽勇者はさらりと俺をはぶった。
「ちょっと待て、俺は!?」
「ビアンキは死なないように頑張れ。あと誰かが負傷して回復できそうだったら頼む」
「頑張れって言われても……」
随分とアバウトな指示だ。こんなんで大丈夫なんだろうか。俺はちょっと心配になって来た。
「はあ、クリスさんはとりあえずリルカちゃんと一緒に僕の後ろにいてください」
「リルカ……クリスさんと一緒で、嬉しいよ……」
「うん……」
二人にそう言われ、俺も覚悟を決めた。もうなるようになるしかないだろう。
「準備はいいか? 五、四、……」
偽勇者が扉に手をかけてカウントダウンを始めた。その場に緊張が走る。
「三、二、一……」
隣にいたリルカが杖を構えた。俺もぎゅっと気合を入れなおす。
「ゼロ! 行くぞっ!!」
カウントダウンが終わると同時に、偽勇者は勢いよく扉を蹴り開けた。全員その場から走り出す。
中では三つ首犬が大きく唸り声をあげていた。
「貫け、“雷撃!”」
偽勇者が走りながらそう唱えると、奴の剣先から電撃がほとばしった。あいつ、よく走りながら呪文なんて唱えられるな。舌噛まないのか。
なんて思った瞬間にはもう、奴の放った雷撃が魔物の真ん中の首を直撃していた。電撃を受けた首の一つは、暴れながら偽勇者に噛みつこうとする。だが、奴はそれをひらりとかわして逆に斬りかかった。魔物がさらに狂ったような鳴き声を上げた。
「……大気よ、集え、“薫風!”」
俺が偽勇者に気を取られている間にも、横にいたリルカは既に風魔法を右の首へ放っていた。魔物がひるんだ隙に、ラザラスの剣が魔物の喉元へ深々と突き刺さった。そのまま右の首は、聞くに堪えない断末魔をあげて、ずしん! と地面に落ち動かなくなった。
ラザラスは何事もなかったかのように魔物の血で染まった剣を喉元から引き抜いた。爽やかな顔してなかなか肝が座った奴だ。
「ティエラ様に仇なす化け物め! 消え去れぇっ!!」
左の首はアルベルトが相手をしている。アルベルトは獰猛に襲いくる首に中々苦戦しているようだ。ヴォルフが援護するようにナイフを投げると、魔物の注意がこっちに逸れる。
そのまま前足を踏み出し、アルベルトに背を向け俺たちの方へとやってこようとしているようだった。だが、アルベルトはその隙を見逃さなかった。
「おっるあぁぁっっ!!」
掛け声とともに、魔物の背中に飛び乗り大きく剣を振りおろす! 左の首は断末魔を上げる暇もなく、綺麗に切断されふっとんでいった。
「うわぁ……」
結構グロイ光景だ。お子様には刺激が強いんじゃないか? と横にいるリルカの様子を盗み見ると、意外と平然としていた。
ああ、この世界のどこかにいるであろうリルカの家族さん、リルカは今日もたくましく成長しています。ちょっと成長の仕方が心配ではあるけど。
「おお、みんな終わった? 早いね」
偽勇者も余裕綽々の表情でこっちへ歩いてきた。奴が相手をしていた真ん中の首も、いつの間にか地面に伸びている。どうせあいつがまた雷でも打ち込んだんだろう。
三つの首は今や完全に戦闘不能状態だ。俺たちの完全勝利! ただし、俺の出番はまったくなし!
「はーい、誰か怪我した人―?」
せめて誰か回復してやろうとあたりを見回したが、みんな普通にぴんぴんしていた。怪我の一つすら負っていないようだ。おい、ここは空気を読んで俺に回復させろよ!
「よし、みんな無事だね。即席の集まりだけど、思った以上にうまくいって良かったよ。これもみんなの協力のおかげだ、ありがとう」
偽勇者はにっこりと笑ってそう言った。いかにも勇者っぽい模範的な言葉だが、結局何もしてない俺には、「みんなの協力」のあたりがぐさっと来た。なんだ、嫌味かよ。
「どうせ俺はなにもしてませんよ!」
「はいはい、ビアンキは拗ねない。キミにはちゃんと一番大事な役目を用意してあるから」
「別に拗ねてな……って本当か!?」
思わず食いつくと、奴はまたにっこりと笑って背後を指差した。
「ほら、あれを運ぶ栄誉をキミに贈ろう」
奴の指差す先には、暗闇でも輝きを失わない、白銀にきらめく大きな槍が飾られていた。おそらく、あれが話に聞いた超強力な武器なんだろう。
「聖堂に眠る神聖な武器だ。神聖魔法を操るキミこそあれを運ぶにふさわしい。やってくれるよね?」
「もっちろん! 任せとけよ!!」
舞い上がっていた俺は二つ返事で了承した。もしこの時点で俺がもっと冷静だったら、偽勇者が素直に俺を褒めるなんて怪しいと気づいていただろう。だが、現実は非情だった……。
◇◇◇
「おーもーいー!」
「文句言うなよ。キミが一人で運ぶって言ったんだろ」
地下聖堂で見つけた槍は、なんとか俺一人でも持てる重さだった。だが、俺は地下から地上に戻らなければならないということを失念していた。重いし疲れる。完全に俺の手には負えないくらいの重さだったら他人に丸投げできるのに、ぎりぎり頑張れば持てる程度の重さというのがいやらしい。俺はいったん槍を壁に立て掛けるとそこで一息ついた。
「おい、それはティエラ様の加護を受けた聖槍だぞ。もっと丁重に扱え!」
「うるさい、重いもんは重いんだよ!」
さっきからアルベルトは俺が槍を置くたびにこうやって文句を言ってくる。だったらお前が運べよ! と言いたいが、帰り道も魔物が出ないとは限らないので、アルベルトはいつでも戦えるようにと剣を抜いている。とても槍を運ぶなんて状態じゃない。
「あの……リルカ、運ぶの、手伝うよ……」
健気なリルカがそう言ってくれたが、横から偽勇者がしゃしゃり出てきてリルカを押しとどめた。
「だめだめ、キミは魔物が出てきたら聖槍を守るっていう重要な役目があるんだから、元気が有り余ってるビアンキに持たせとけばいいんだよ」
確かに、俺はさっきの三つ首犬戦で何もしなかった。体力は余ってるし、魔物が出てきた時の為に、みんなは戦えるようにしておいて俺が槍を運ぶのが一番安全だろう。
でも! それが正しいのがわかるけど! こいつに言われるとなんかむかつく!!
「お前、俺が苦労してるのを見て楽しいのかよ!?」
「うん。まさかいまごろ気づいたの?」
「否定しろよぉぉぉっっ!!」
そう叫んだ俺の声は聖堂内に響き渡って、また魔物を呼び寄せてしまうのであった。




