表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
40/340

40 襲撃―聖堂入口―

「うーん、クリスさん……いない、ね……」

「まったく、あの人は目を放すとすぐこれだ」


 聖堂にドラゴンが現れる少し前、聖堂の入口付近に残ったヴォルフとリルカは、姿の見えなくなったクリスを探していた。テオが聖堂の奥へと行ってしまってから、しばらくの間リルカとヴォルフは飾られているステンドグラスや彫刻を見て時間をつぶしていた。てっきりクリスもそうしているものかと思っていたが、ふとクリスの姿を確認しようと二人が聖堂内を見渡した時には、もうクリスの姿はどこにもなかった。


「ごめん、僕はちょっと向こうを見てくる。リルカちゃんはここにいて!」

「ヴォルフさん……」


 ヴォルフはそう言い残すと、人の密集している方へと走って行った。残されたリルカはヴォルフが戻ってきてもすぐにわかるようにと、できるだけ人の少ない場所である女神を象った像の下へと身を寄せた。

 辺りを見渡せばたくさんの人がいる。でも、リルカは一人っきりになってしまった。

 思えばテオ達と出会ってからは、こうして一人になる時間はほとんどなかった。常に誰かが傍にいて、リルカの事を気にかけてくれた。リルカにはそれが嬉しかった。

 そう考えると、急に今のこの状況が怖くなった。


 フルーメルの「神官」はリルカに最低限の衣服や食事をくれたが、リルカを人間としては見ていなかった。おそらく便利な道具くらいに思っていたんだろう。あの頃は、一人で夜空を飛んでいても、真っ暗な森の中にいても怖いなんて思う事はなかった。それなのに、今はこんなに明るくて人が大勢いる場所にいるのに怖くて仕方がない。

 もし、このままテオもクリスもヴォルフも戻ってこなかったら、一体自分はどうすればいいのだろう。

 リルカがそう不安になりかけた時、ふと横から知らない声が聞こえた。


「こんにちは、お一人ですか?」


 そう声を掛けられて、リルカは思わず俯いていた顔をあげた。そこには黒髪の青年がにこにこと微笑みながらリルカを見つめていた。


「あ、僕は怪しい者じゃありませんよ。修道士のミトロスと申します」


 修道士、といえば教会にいる人だとリルカはクリスに教えてもらったことがある。目の前の青年も、教会でよく見る服と同じものを着ていた。修道士というのは本当なんだろう、とリルカは判断した。


「あ、あの……みんな、いってしまって……」

「うーん。迷子かな?」


 黒髪の修道士――ミトロスはきょろきょろとあたりを見回した。リルカの同行者を探しているようだが、まだ誰一人として戻ってきてはいなかった。


「今日は人が多いし、一人では危ないですよ。行きましょう」

「で、でも……ここで、待ってるって……」

「リルカちゃん!」


 その時、聞きなれた声が耳に入り、リルカは声の聞こえた方向へと視線を向けた。思った通り、ヴォルフがこちらに走り寄ってくるのが見えた。


「クリスさんはいなかったよ……ん?」

「どうも。この子のお兄さんですか?」

「……はい、妹がお世話になったようで」


 ヴォルフは瞬時に状況を察したらしい。ミトロスが兄妹と勘違いしたのを、そのまま利用して受け答えをしていた。


「でも、お兄さんが見つかってよかったですね。……こんな日は、何があるかわかりませんから」

「え……?」


 ミトロスは相変わらずにこにこと微笑んでいた。だが、その微笑みにどこか冷たいものを感じて、リルカは自分でも何を言おうとしているのかわからないままに口を開いた。

 その時だった。


「ひゃあっ!」

「うわっ!?」


 建物全体が大きく揺れ、リルカは思わずよろめいた。


「おっと、危ない」


 ふらついたリルカを支えてくれたのはミトロスだった。ミトロスはリルカがしっかりと立っていることを確認すると、そっと掴んでいた彼女の肩を離した。


「あの……ありがとう、ございます……」

「いえ、かまいませんよ。それより……」


 ミトロスは顔をあげ天井を見上げた。さっきの衝撃でぱらぱら、と天井から細かい土のような物が降って来ていた。

 それと同時に、上の方から何人もの人々の悲鳴が聞こえた。


「上で何かあったようですね」

「なにかって、なにが……」


 リルカもつられて天井を見上げた。何が起こっているのかはわからないが、まだテオとクリスがどこにいるのかがわからない。

 どうか無事でありますように、とリルカは心の中で祈った。



 ◇◇◇



「助けて! 外に魔物が!!」

「魔物どころじゃないぞ! あれは……ドラゴンだっ!!」


 急にそう聞こえてきた声に、リルカとヴォルフは思わず振り返った。見れば、息を切らせた人々が聖堂に走り込んできている。遠くてはっきりとは見えなかったが、体のあちこちが赤く染まっていた。

 血だ。リルカはすぐにそう気が付いた。


「おい、どういうことだ!? 説明し、うわぁぁ!!」

「きゃあぁぁ!!」


 入り口でまた大きな悲鳴が上がった。そちらに視線をやったリルカは、思わず息をのんだ。

 2本足で立つトカゲのような魔物が、人々に襲い掛かっている。


「出ていけっ、化け物め!!」


 奥から騎士が走り出てきて、果敢に魔物と戦い始めた。だが、魔物の数も多い。床に倒れて動かない人もいる。リルカは加勢しようと杖を握りしめた。


「リルカちゃんっ、今はテオさんもクリスさんもいないんだから、無理だけはしないようにね!」

「わかった……!」


 隣にいたヴォルフもナイフを引き抜いた。リルカも精神を集中させ、呪文を唱え始める。


「……大気よ、集え。“薫風(ブリーズ)!”」


 リルカの放った風魔法が魔物の足をすくう。魔物が倒れた拍子に、近くにいた騎士が倒れた魔物に剣でとどめを刺したのが見えた。

 一匹、二匹。次々と魔物に魔法を放っていく。だが、詠唱に集中しすぎてきたリルカは忍び寄る影に気が付かなかった。


「危ないっ!!」


 誰かの叫び声で我に返った時には、もうすでに魔物の鋭い爪がリルカの眼前まで迫っていた。

 やられる! そう覚悟して、リルカは思わず目を瞑った。

 だが、風を切る様な音と、べちゃり、と何かが床に叩きつけられるような音がしたのみで、魔物の鋭い爪がリルカの肌を切り裂くことはなかった。


「…………あれ?」

「おやおや、油断大敵ですよ、リルカさん」


 目を開けると、いつのまにか修道士ミトロスがリルカのすぐ横で微笑んでいた。その足元にはまるで内側から爆発したかのように、ぐちゃぐちゃになった魔物の死体が横たわっている。


「リルカちゃんっ! 大丈夫!?」

「は、はい……」


 必死の形相でヴォルフがこちらに走ってきた。リルカはそれに答えながら、傍らのミトロスを見上げた。


「あ、あの……今……」

「お話は後にしましょう。今は目の前の侵入者を排除することの方が重要です」


 ミトロスはクリスが持っているのと同じような形の杖を持っていた。おそらくそれが彼の武器なんだろう。そのまま魔物に向かって軽く杖を振ると、杖のむけられた先にいた、魔物が勢いよく吹っ飛んだ。


「これ以上聖堂への侵入を許すなっ、ここで食い止めろ!!」


 勇敢に魔物と戦っていた騎士の一人がそう叫ぶと、次々に呼応するように雄たけびが上がった。


「……リルカちゃん、できるだけ僕から離れないでね」

「はい……」


 ヴォルフは警戒するようにリルカに呼びかけた。リルカも汗を拭って、しっかりと杖を握りなおした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ