表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
4/340

4 眠れるゴリラを起こすな

 夜の雫亭。名前は何となく怪しい雰囲気だが、外装はいたって普通の宿屋のようだ。

 ここにあのにっくき勇者(偽)が泊まっている。

 

 これからの俺の作戦はこうだ。

 何とかして勇者(偽)の部屋へ入り込む。そして、隠し持っていた棍棒(ついさっき拾った)で殴り掛かり、痛みに呻くあいつを脅して魔法を解かせる!

 うん、完璧だ。本当は棍棒で殴るなんて野蛮なことはしたくないが、あの女もいきなり電撃をぶちかましたりしたのでおあいこだ。

 俺だけが悪いわけじゃない!


「よし……行くか……!」


 深く息を吸い込むと、俺は震える手で宿屋の扉を押した。



 ◇◇◇



 予想していたのと裏腹に、中もいたって普通の宿屋だった。

 怪しい雰囲気は欠片もない。期待して損した気分だ。いや……それより今は勇者(偽)だ!

 部屋の中を見回すと、カウンターで髭の濃い親父がせっせと料理を作っているのが見えた。

 おそらくあの人がこの宿の主人だろう。彼が最初の標的だ。


「あのぉ、すみません。ここに勇者様がいるって聞いて、わたし……どうしても勇者様にもう一度お会いしたくて!」


 俺は精一杯媚びた感じの声を出して、上目づかいで髭親父を見上げた。

 これで髭親父の目には、勇者を慕うけなげな美少女に見えているはずだ!

 正直めちゃくちゃ恥ずかしい。だが、あの勇者(偽)への憎しみに比べたら一時の恥なんて何でもない。

 耐えろ、これは高度な作戦なんだ……!

 普通に勇者が泊まってるかどうか聞いたら、警戒して教えてもらえないかもしれない。だが、それが勇者のファンの若い女の子だったらどうだ。

 特に危険もなさそうだし、まあ、教えてやるか。いいことしたぜ! 後は若い二人で……みたいな展開になるはずだ。

 いや、絶対なる!


「お嬢ちゃん勇者様のファンかい? いいぜ、案内してやるよ!」

「わあ! ありがとうございまぁす!」


 ……本当にうまくいってしまった。

 顔だけはめちゃくちゃかわいいからな、こいつ。

 あの女も勇者とはいえ平凡な俺と体を入れ変えるより、美少女としての人生を謳歌した方がよかったんじゃないのか?

 そんな事を考えつつ、俺は髭親父の後を追った。

 何はともあれ作戦の第一段階は成功だ。しかし油断はできない。これからが本番だ。

 

 ……それにしても、この髭親父ちょろすぎじゃないか? もし俺が暗殺者とかだったらどうするんだよ。

 勇者に戻っても、この宿屋は利用しないでおこう。

 俺は密かにそう心に決めた。



「ほら、ここだぜ!」

「この先に勇者様が……」


 髭親父は軽く戸を叩いたが、中からの返事はない。


「もう寝てんのか? 待ってろ、今起こしてやるから……」

「いえっ、大丈夫です!」


 俺は慌てて、扉を叩こうとした髭親父を止めた。

 あの勇者(偽)一人ならまだしも、この髭親父が見ている前では計画を遂行できない。もし彼が勇者(偽)に加勢でもしたら俺は終わりだ。


「あの……わたしが勇者様を起こしてあげたいんです……どうしてもっ!」

「ひゅー、熱いね! おっさんは退散するか!」


 髭親父はゲラゲラ笑いながら階段を下りて行った。

 ちなみに、この宿屋は一階が酒場、二階が居室になっている。一階からは酔っぱらった男たちの声が聞こえてくるが、まだ時間が早いからか、二階には人の気配はない。

 好都合だ、これも女神のお導きに違いない!


「クソが……気持ち悪い」


 慣れない演技に自分でも吐きそうだ。

 何もかもあのクソ女のせいだ! 俺の怒りも羞恥心もあいつにぶつけてやる!

 俺は隠していた傷だらけの棍棒を取り出した。何でこんな物が道端に落ちてたのかは謎だが、きっと女神様があの勇者(偽)を成敗しなさい、と俺に託したものなんだろう。


「覚悟しろよ……ニセモノ野郎が……!」


 棍棒を握ると、まるでずっと前から俺の物だったかのように手になじんだ。

 大丈夫だ、いける。


 奴を起こさないように、そっと扉を開ける。ベッドには一人分の人影がある。

 目標確認、計画実行だ!



「っおらああぁぁぁ!!」


「……!! ふんっ!」


 ばきっ、という木が砕けるような鈍い音が部屋に響き渡る。

 

「!!!!??」



 勢いよく振りかぶった俺の攻撃は、何か硬いものにぶち当たってあっさりと防がれてしまった。しかも、衝撃で棍棒は綺麗に折れてしまっている。


「おいっ、何事だ!?」


 俺の叫び声が聞こえたのか宿の主人が血相を変えて階段を上ってきた。

 彼が手に持っていた灯りで、部屋の中が照らし出される。


「えっ!!?」


 部屋のベッドで体を起こしていたのは、にっくき勇者(偽)……ではなく、全く知らない男だった。

 そいつの右腕は、まるで身を守るように顔の前にかざされていた。

 ……まさか俺の棍棒はこいつの腕に当たって折れたのか? 

 どんだけ腕の筋肉が硬いんだよ!


「あんた、その手に持ってるのは何だ!?」

「え、いやあの、これは違うんですっ!」


 慌てて持っていた棍棒を放り投げたが、時すでに遅し。

 のん気な宿の主人も、さすがに俺がこの男(実際は人違いだったが)を襲撃しようとしていたのに気付いたようだ。

 これは非常にまずい!


「勇者様の寝込みを襲うとは不届き者め! 衛兵に突き出してやる!」

「ひぃっ! 待ってくださぁい!!」


 宿の主人は俺の腕をつかんで引きずっていこうとした。相当ご立腹の様だ。

 無理もない、勇者が襲われたなんて噂が立ったらきっと客が激減するだろう。犯人をきちんと捕まえておきたい気持ちは分かる。

 だが、俺もここで捕まるわけにはいかない。

 俺にはあの偽物の勇者のしたことを白日の下に晒すという重大な使命があるんだ!

 ……というかさっき聖堂で暴れたのもあって、衛兵に突き出されたら今度こそ犯罪者にされて牢獄にぶち込まれてしまうだろう。

 それだけは何としても避けなければ! 

 でも、この絶体絶命の状況でどうすれば……。


「何だ、遅かったな」


 何とかこの場を切り抜けようとしていた俺は、自分に向けられたその声に思わず顔を上げた。

 そこに立っていたのは、先ほど俺が襲撃しようとした男だ。

 初めてその男の姿をじっくりと見て、俺は息をのんだ。

 年は20代後半くらいだろうか。赤みがかった髪に、同じ色の瞳。人目を引く美形……という訳ではないが、人のよさそうな顔をしている。

 が、そんな事はどうでもいい。問題は、首から下だ。

 何というか、筋肉の量がヤバい。先ほど棍棒をへし折った腕もムッキムキだ。

 確か西の大陸にはあんな感じのごつい生き物が住んでるって前に本で読んだような……。


「ゴリラ!!」


 そう、思い出した! ゴリラだ!!

 ビシッと俺が指差したその男の体格は、本で見たゴリラにそっくりだった。

 大変だ、美少女になってしまった俺なんか一撃で倒されてしまう!


「ゴリラ……? まあいい、心配したぞ」

「うん…………うん?」


 男は何故か俺に向かって親しげに声を掛けると、宿屋の主人に向き直った。


「主人、こいつはオレの連れだ。こうやって人を驚かせるのが好きでな。悪気はないんだ、騒いだのは申し訳ないが衛兵を呼ぶのは勘弁してくれないか」

「あんたがそう言うならいいんだが……」


 他の客もいるんだ、あまり大騒ぎはやめろよ、と俺たちに忠告して宿の主人は一階へと戻って行った。



「えーっと、あのー」


 俺はおそるおそるゴリラ男を見上げた。

 今さっき自分が狙われたというのに随分と落ち着き払っている。

 やはり俺なんか拳ひとつで倒せるから余裕だと思っているんだろうか。


「もしかして、どっかで会った事、ある?」

「いいや、ないな」


 ……無いのかよ。

 てっきり俺と入れ替わる前のあの女の知り合いかと思ってたが、そうでもないようだ。


「じゃあ、何で助けたんだよ。俺があんたを襲おうとしたってわかってるんだろ?」

「まあ、そうだな。それよりも興味がわいた」

「興味?」


 俺がそう聞くと、ゴリラ男は声を上げて笑い出した。なんか不気味だ。


「わざわざティエラ教会の本拠地で勇者に喧嘩を売るなんてどんな奴かと思ってな」

「勇者……?」


 そういえば宿屋の主人もこの部屋に勇者が泊まってるとか言ってたな。

 ということはこいつは……


「オレは勇者のテオだ。取りあえずおまえの話を聞かせてもらうぞ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ