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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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38 大聖堂の街

 《ミルターナ聖王国西部・ラヴィーナの街》



「やぁーっと着いたー!!」


 無事に大森林を抜けた俺たちは、神父の言った通りに小さな村にたどり着き、そこからこのラヴィーナの街へとやって来た。

 森で迷ったり川に落ちたりと散々な目に遭ったが、やっぱり大森林を迂回するよりは時間が短縮できたような気がする。結果オーライだ。


 ラヴィーナの街は、ミルターナの中では王都に次ぐ大都市だと言っても過言ではない。人も多く、街並みも洗練されていた。中でも目を引くのは、街の中央に立つ大聖堂だ。二つの塔を持つ白く巨大な大聖堂は、ミルターナに来たら一度は訪れておくべきだとテオの持つ観光本に書いてあった。普段の俺だったら意気揚々と観光に向かっただろうが、今はそれよりもやるべきことがある。

 俺の体を乗っ取ったあの女、偽物の勇者クリスをとっ捕まえなくてはならないのだ!


「うわあ、さすがに大きな街ですね。リルカちゃん、迷子にならないようにね」

「は、はい……!」

「まずは大聖堂に行ってみるか」

「ちょっと待った!!」


 俺がめらめらと決意に燃えている間にも、他の三人はのん気に観光の算段をしていた。おい待て、今重要なのはそれじゃないだろ。


「この街に来た目的を忘れてないよな!? 偽の勇者クリスを捕まえるためだろ!!」

「そうは言ってもな、クリス。そいつかどこにいるのかお前はわかっているのか」

「うっ……」

「それに捕まえると言ってもオレ達はそいつの顔を知らん。街中ですれ違っても気づかんぞ」

「ううっ……」


 痛い所を突かれた。確かに俺は偽クリスがどこにいるのか知らない。もしかしたら、もうこの街にはいないのかもしれない。

 顔だって、自分で言うのもなんだが元の男の俺はいたって特徴のない平凡顔だ。口で説明するのは難しいし、絵で描いても伝わるとは思えない。


「どこにいるのかわからないなら、まずは人の多い大聖堂に行ってみてもいいんじゃないですか。あそこの塔、登れるらしいですし上から探すのもありなんじゃないですか」

「そうかな……」


 ヴォルフにそう提案されて、俺は悩んだ。ヴォルフ達の考えももっともな気がする。確かにこの広い街でやみくもに探し回っても見つけ出すのは難しいだろう。

 ちらりと上へ視線をやると、街の中心部の大聖堂の塔がここからでもよく見えた。あまり視力に自信はないが、高い所から探すというのもありなのかもしれない。


「うーん、わかったよ……」

「おっきな、教会……たのしみ、ですね……」


 リルカは心なしか嬉しそうだ。にぎやかな街の雰囲気がめずらしいんだろうか。



 ◇◇◇



「でかいなー」

「ほんとに……大きいね……」


 近くで見ると、ラヴィーナの大聖堂は思った以上の大きさだった。

 正面からは、花の形を象った巨大なステンドグラスがお目見えしていた。その左右には、天にも届きそうなほどの塔がそびえ立っている。

 王都の大聖堂もめちゃくちゃな大きさだと思ったが、ここも負けてはいない。田舎出身の俺にはどうやってこんな大きな建物を作るのかまったく想像もできない。


「ほら、見とれてないで行くぞ」


 ぼーっと建物を眺めていた俺とリルカに、テオは苦笑した。ちょっと馬鹿にされたようでかちんときたが、ここは我慢だ。頭を切り替えろ。今大事なのは偽物を見つけ出すことじゃないか! 観光にうつつを抜かしている場合じゃない!


「わかってるよ! 行こう、リルカ!」


 俺はリルカを促すと、大股で大聖堂の中へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇



「うわぁー、綺麗だなー!」

「ちょ、クリスさん。声大きいですよ! 恥ずかしいじゃないですか……」


 ラヴィーナの大聖堂は外観も立派だったが、中もそれ以上にすごかった。聖堂の四方八方には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれ、俺を含む訪れる人たちの足を止めていた。

 感動して多少大きな声が出てしまった気がするが、こんなものを見るのは初めてなので多少大目に見て欲しい所だ。


「なあヴォルフ、あれって勇者アウグストじゃないか!?」


 その中の一つに、剣を持って竜に立ち向かう戦士のステンドグラスを見つけて、俺は嬉しくなった。

 きっとあれは勇者アウグストだ。そうに違いない! ……と俺は思っていたが、ヴォルフは俺の意見に否定的だった。


「え、違うんじゃないですか? それだと並び順がおかしいですよ」

「並び順?」

「見たところ、このステンドグラスは時代順に並んでいるようです。でも、あの戦士のステンドグラスの次に出てくるのは、おそらくユグランスの赤髭王なんですよ。赤髭王は千年以上前の人物ですから、その前が勇者アウグストだとすると年代が合いません。きっと別の英雄なんですよ」

「へー、おまえ頭いいな」


 確かに、勇者アウグストは数百年前の英雄だ。その次の時代に千年以上前の王様が来るのはおかしいというのはわかる。ヴォルフの言う通り、アウグストの他にも竜を倒した英雄が昔いたんだろう。

 それにしても……と、俺はちらりと横目でヴォルフの様子を確認した。ヴォルフは相変わらずステンドグラスを見ながらぶつぶつと何か言っていた。ユグランスの赤髭王なんて、そんな人がいた事すら俺は今日初めて知った。あまり触れて欲しくなさそうだったが、やっぱりこいつはユグランスの生まれなんだろうか。

 そんな事を考えていた俺の腕を、ちょん、と誰かが引っ張った。


「ん……? なんだ、リルカか。どうかしたのか?」


 俺の腕を引いたのはリルカだった。リルカはちらっと周囲を気にするそぶりを見せると、小さく口を開いた。


「あの……さっきから、すごい見られてます……声、大きくて……」

「「あ」」


 ヴォルフと話すうちに、いつのまにか声のボリュームが大きくなっていたらしい。周囲の人が迷惑そうにちらちらと俺たちを見ているのがわかった。やばい、恥ずかしい。


「まったく、お前が一番観光気分じゃないのか? クリス」


 テオが苦笑しながらこちらへと歩いてきた。年中観光気分なこいつに言われるとなんかむかつくな。


「こ、これはカモフラージュなんだよっ! 本当の目的は忘れてないからな!」

「わかったわかった。取りあえず先に進むぞ」


 わかったのかわかっていないのか、テオは笑いながら奥の方へ歩いて行った。俺もムッとしながら後に続いたが、すぐに足を止めることとなった。

 聖堂の奥は、どうやら封鎖されているようだった。幾人もの人が、何故先へ進めないのかと聖堂関係者に詰め寄っているのが見えた。


「何だろ」

「神殿騎士が来ているな……、何か儀式でも行われるのか?」


 俺が人の間をかき分けて先を見ると、確かにその先には騎士のように見える男が人々をなだめていた。明らかにその辺の衛兵とは装備の質が違う。身にまとう鎧には、ティエラ教の証であるティラの花の紋が刻まれていた。本当に神殿騎士が来ているみたいだった。

 神殿騎士は教会直属の騎士団だ。普段は王都で聖王を守っているらしいが、ここへ何か用があったのだろうか。

 テオも疑問に思ったらしく、奴はぐいぐいと人の波を押しのけて、神殿騎士の目の前に進み出た。


「済まないが、この先は立ち入り禁止だ」

「ほぉ、それは勇者でもか?」

「なに、勇者……?」


 神殿騎士がうろたえたのを見ると、テオは嬉しそうに懐から勇者証明書を取り出し、神殿騎士に見せつけた。うっかり勇者証明書を冒険者カフェに忘れそうになったこともあるくせに、やたらと偉そうな奴め。


「勇者のテオだ。いったいここでは何が行われるんだ?」

「失礼いたしました。こちらへどうぞ」


 以外にも、神殿騎士はあっさりと道を開けてくれた。テオが俺たちを呼び寄せ、俺たちもテオに続いて進もうとしたが、何故か先ほどの神殿騎士に阻まれてしまった。


「ちょっと、俺たちもあいつの仲間なんですけど」

「申し訳ないが、お通しできるのは勇者様だけだ」

「えー」

「そうか、悪いな。そこで待っていてくれ」


 テオは特に気にした様子もなく、聖職者に続いて奥の方へ行ってしまった。自分だけずるいぞ。


「いいなー」

「仕方ないですよ。ここで待っていましょう」

「テオさんなら……大丈夫、ですね……」


 そう言ったリルカは何か気になるものがあったらしく、ふらふらと先ほどのステンドグラスの方へ歩いて行き、ヴォルフもそれについて行ったようだった。

 俺は壁に背を預けて、ふぅ、とため息をついた。


 お通しできるのは勇者様だけ。俺だって……本当なら俺だって、あの奥に行けたはずなのに。だって、俺は勇者に選ばれたんだから。


 ぼーっとそんな事を考えていた俺の視界に、一瞬、信じられないものがうつった。


「え……」


 服装は俺の記憶にある物とは違う。随分高そうなものになっていた。だが、あの顔は忘れない、忘れるわけもない。17年間慣れ親しんだ自分の物だったんだから。


 男の俺の容姿を持った、勇者クリスがそこにいた。


 まばたきしても消えない。幻覚ではないようだ。俺が声を出すのも忘れて奴を見つめていると、奴も俺の視線に気が付いたようだった。

 振り返り口元をゆがめてにやり、と笑うと、奴は聖堂の隅にある扉へとするりと入って行った。

 間違いない。あの顔は、俺に電撃を撃ち込んでにやにやと笑っていた時と同じ顔だ!

 怒りで頭が真っ赤に染まる。その瞬間、俺はテオに待っていろと言われたことも、リルカとヴォルフと離れてしまうという事も忘れて、偽の勇者クリスを追うために駆けだしていた。

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