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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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34 水の精霊

 森の中を進むと、すぐに湖に行き当たった。

 歩いている途中に思い出したが、この森には以前来たことがあるはずだ。

 忌まわしいキラースティンガー事件の時、アニエスを追ってきたのがこのヴェキアの森だった。あの時はまっすぐに洞窟を目指していったので、近くに湖がある事には全然気が付かなかったな……。

 それでも、ここへ来るとどうしてもあの時の事を思い出す。


 ――奈落(アビス)への(ゲート)、杭が刺さった落とし穴、それに……突然の頭痛と謎の声――


 結局あの声の事は誰にも話していない。テオには何があったのかと何度か聞かれたが、急に頭が痛くなった。その後の事はよく覚えていない、と誤魔化しておいた。

 完全に想像だが、あそこで聞こえてきた声は……きっとあの穴に落ちて亡くなった人たちの声だったんじゃないかと思う。だが、後日聖職者たちが確認に行った際にはあの場所には不死者(アンデッド)となった人はいなかったらしい。


 基本的にこの世界で亡くなった人の魂は、神々の世界――神界へと導かれ、そこで生と死を司る神――レムリスの慈悲を受けまた新たな命として生れ落ちる……と言われている。

 その輪廻から外れ、未練を残し死してなおこの世界に留まる人たちの総称が不死者(アンデッド)だ。不死者(アンデッド)の中には、生前の体を動かしている者や、魂だけの存在となっている者もいるらしい。

 どうやら一度不死者(アンデッド)になってしまった人が自力で神界へとたどり着くのは難しいらしく、穢れた魂を浄化し、神々の元へと送ってやるのも聖職者……というか神聖魔法の使い手の重要な使命だとトゥーリアさんには教えてもらった。


 だが、そう考えると不死者(アンデッド)はいないはずなのにあの洞窟で聞こえてきた声は何だったんだろう。あの声が無かったら、俺たちもあの落とし穴に落ちて最悪不死者(アンデッド)となっていたかもしれない。うぅ……想像したくないな。

 そうやって何度も考えたが結局答えは出ないし、あの後頭痛も変な声が聞こえることも無くなったので現在はまあ、なんか不思議なことがあったな、くらいの感覚でいることにしている。

 この世界にはまだまだ俺の知らないことがたくさんあるんだ。変な声の一つや二つくらいあったっておかしくはないだろ。


 そんな事を考えていると、横からきゅっと腕を掴まれた。


「クリス、さん……どうか、したの……?」

「……え?」


 控えめに俺の腕を掴んでいたのはリルカだった。何の事かわからずに聞き返すと、リルカが掴んでいる腕とは反対方向から大きなため息が聞こえた。


「え? じゃないですよ。さっきから何回呼んだと思ってるんですか! ……どこか体調でも悪いんですか?」

「ヴォルフ……」


 ヴォルフは呆れたようにそう言ったが、その顔からは俺の体調を案じているのが見て取れた。ちょっと考え事をしていただけのつもりだったが、思ったより時間が経っていたらしい。


「ごめん、考え事してただけ……」

「は? 考え事?」

「だからごめんって! ほら、リルカ。はじめよっか!」


 年下二人に心配されるとは情けない。これ以上追及される前に、俺は慌ててリルカの修行の手伝いへと話を変えた。そのまま呪文書をパラパラとめくる俺をヴォルフはまだ怪しむような目で見ていたが、リルカは誤魔化されてくれたようで興味深そうに呪文書をのぞき込んでいる。


「水魔法……っていうとこれか!」


 俺が開いたページには、水を集めるという呪文が載っていた。これが水魔法の初級呪文らしい。効果は単純、「周囲の水を集めます。水辺では効果を実感しやすいですが、乾いた場所、特に砂漠ではほとんど意味がないので要注意!」これだけだ。幸いここは湖のほとりなので大丈夫だろう。


 リルカも呪文を確認したようで、大きく息を吸うと湖に向かって杖を掲げた。


「……恵みの水よ、集え。“呼び水(プライミングアクア)!」


 ぽちゃん、と水音がして、湖の中からこぶし大ほどの水の塊がリルカの杖先に引き寄せられるように浮かび上がった。


「おお!」

「まだ、終わってないんじゃないですか……?」


 最初の水の塊に引き寄せられるかのように、次々と湖の中から様々な大きさの水の塊が浮かび上がってきた。浮かび上がった水の塊は最初の水の塊と合体し、リルカの杖先にどんどん大きな水球が出来上がっていく。

 そんな光景を眺めつつふと湖の中心に目をやると、ひときわ大きな水の塊が姿を現すのが見えた。


「……え?」


 その水の塊は他とは違った。最初に見えたのは動物のように見える頭だった。次に水面に足を掛けるように前足が現れる。胴体、後ろ足、と続いて、遂にはその全身が姿を現した。

 それは、体が水でできた馬だった。水の馬はどんどんリルカの方へ吸い寄せられる水の塊などものともしないように、悠然と水面に立っていた。


「……なんだあれ……」


 てっきりリルカが魔法で造りだした物かと思ったが、そのリルカも水の馬を見て困惑した顔をしている。意図したものではないようだ。


「あ、あの……」


 リルカが困ったような声を出した。その途端、湖一帯に鋭い声が響いた。


「いたぞ、あそこだっ!!」


 同時に何人もの足音が響いた。

 声と足音に驚いたリルカが振り返る。その瞬間、集中力が途切れたのかいつのまにか大人一人を覆い尽くすほどの大きさになっていた水球が、杖先を離れて湖へ落下した。


「きゃっ!」

「リルカ!?」


 ばっしゃああああん!!


 すさまじい水音をあげながら、ものすごい勢いであたりに水しぶきがあがった。

 とっさにリルカに近寄ろうとしたが、飛んでくる水しぶきに阻まれる。


「ぶはっ、リルカ大丈夫か!?」


 水しぶきが収まってすぐにリルカの姿を探したが、リルカは直前まで立っていた場所からは忽然と姿を消していた。


「リルカっ!?」


 まさか湖に落ちたのか!? と焦りながら辺りを見回すと、背後から聞きなれた声が聞こえた。


「ここだ」

「え、テオ?」


 声の主はテオだった。振り返ると、少し離れた所にテオが立っていた。その腕の中にはリルカが抱えられている。よかった……リルカは無事みたいだ。


「おまえ、いつからいたんだよ」

「今だ。取り合えず一番小さいリルカだけでも救出せねばと思ってな」


 言葉のとおり、テオに抱え上げられたリルカはほとんど水に濡れていない。どうやらテオは水しぶきが上がるまでの一瞬であの場からリルカを救出したらしい……。どうやって……いや、深くは考えないでおこう。

 むしろ、直撃を食らった俺とヴォルフの方が全身ずぶ濡れだ。服が肌に張り付いて気持ち悪い。


「うわ……パンツまで濡れてる」

「大丈夫か」

「大丈夫だけど……それよりなんでお前はここにいるんだよ」


 確かテオは情報収集とか言って別行動をしていたはずだ。なんで何の情報もなさそうな森の奥にいるんだ。


「それは……」

「私が協力を要請したんだ」


 説明しようとしたテオに割って入る声があった。

 声の主がこちらに進み出てくる。弓を携えた女性冒険者、アニエスだった。


「アニエス? 何で?」

「数日前から急にあの魔物が街の付近で目撃されるようになって……急を要するのでテオに協力を仰いだんだ」


 アニエスの背後には数人の武器を構えた男女がいる。おそらくアニエスの仲間なんだろう。


「あの魔物って……」

「あれだ。湖の上にいる馬みたいな奴だ」

「……魔物? 何言ってるんですか!」


 急に焦ったようにヴォルフが声を上げた。俺と同様水しぶきが直撃したようで、上から下までびっしょり濡れている。ぺたりと垂れ下がった髪の毛からぽたぽたと水滴が落ちている。


「あれは魔物じゃない、精霊です!」

「えっ、精霊? あれが?」


 俺は驚いた。精霊……という存在がいるというのは話に聞いたことはあったが、実際に見るのは初めてだ。俺も良くは知らないが、何でも自然物に魂が宿った存在でこの大地に住む人間にとっては大切にしなければならない存在だとか。

 人が入らないほどの深い森など現れるらしいが、この森はフォルミオーネの街からそんなに離れていない。何でこんな所にいるんだよ。


「精霊? まさか! あれは街のすぐ近くにも現れたんだぞ!?」

「それは不自然ですけど……あれが精霊なのは間違いありません! きっと何か理由があるんです! 精霊を倒すなんてやめてください!」

「だが、街の人たちは不安がっているんだ! 私たちが放置しておくわけにはいかない!」


 ヴォルフもアニエスも譲るつもりはなさそうだ。俺がどうにもできずにおろおろしていると、すぐ近くで小さな声が聞こえた。


「あの……」


 声を掛けたのはリルカだった。それを見て、ヴォルフもアニエスも言い争うのをやめた。


「あの子……なにか、言いたいみたい、です……」

「えっ?」


 リルカはそう言うと、ふらふら湖の方へ歩いて行った。

 俺は危ないからやめろ、とリルカを制止しようとしたが、テオに阻まれた。


「黙って見ていろ。リルカなら大丈夫だ」


 まだ不安はあったが、テオがそう言うならきっと大丈夫なんだろう。俺は歯がゆい思いでリルカを見守ることにした。

 水際まで辿り着いたリルカは、じっと水の馬を見つめた。すると、水の馬が水面を歩いてリルカに近づいてきた。


「こんにちは……リルカ、です……。あなたは……どうして、ここに……?」


 水の馬はリルカの目の前までやって来ると、そこでぴたりと足を止めた。

 俺には何も聞こえないが、リルカは何やらうんうんと頷いている。やがて話が付いたのか、リルカはくるりと俺たちの方へ振り返った。


「みなさんに……ついてきて、ほしい……そうです」


 リルカがそう言うと、冒険者たちがざわざわしはじめた。まだあの水の馬を魔物だと疑っているようだった。俺も水の馬が何か言ったようには見えなかったので正直驚いた。大丈夫かな、リルカは嘘をつく子じゃないけど、もし魔物が精霊の振りをしていたら……でもヴォルフは精霊だって言ってたし……。

 俺は迷っていたが、そんな不穏な空気をアニエスが払拭した。


「わかった、行こう」


 アニエスはリルカの言う事を信用したようだった。リルカに向かってそう言うと、冒険者たちがアニエスに向かって一斉に詰め寄った。


「おい、アニエス。本気か!?」

「まだあれが精霊だって決まったわけじゃないわ!」


 冒険者たちは口々にアニエスを止めようとしている。やっぱり精霊だと信じきれてないようだ。


「わかってる。でも、きっと大丈夫だ。私は行くよ、みんなはここに残っていてくれ」


 アニエスがはっきりそう言うと、また冒険者たちはざわざわし始めた。

 話し合いが行われたようだが、結局はみなアニエスと一緒にリルカについて行くことに決めたようだ。

 きっとアニエスを心配しての行動なんだろう。いい仲間を持ったな、アニエス。

 もちろん、俺たちも行くつもりだ。もし魔物が精霊に化けてたとしても、俺たち(主にテオ)がボコボコニしてやるからな!


「あの……お願い、します……」


 リルカがそう水の馬に話しかけると、水の馬は湖から陸地へ優雅に上がり、俺たちを先導するように山道を歩き始めた。


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