ミルターナ小紀行(12)
翌日、再びラザラスとマリカの家を訪れる。
扉を叩くと、落ち着いた様子のラザラスとやたらテンションの高いマリカに出迎えられた。
「よしっ! じゃあ私たちはデートにいってきまーす!」
「マリカ、はしゃぎすぎてクリスに迷惑かけるなよ」
「わかってるって!」
そのまま、手を振ってラザラスとヴォルフの二人と別れる。
ちょっと心配だけど、ラザラスが一緒ならたぶん大丈夫だろう。
「よーし。今日は私がここ王都ラミルタを案内しちゃいまーす!」
マリカはそういってぱちんと片目をつむって見せた。
「あ、ありがとう……」
そういえば、俺はここ王都をゆっくり観光したことがなかった気がする。
初めてここを訪れた時は、すぐにレーテに出会い、騙され、ゆっくり見て回るどころじゃなかった。
ルディスを倒しに来たときはもちろんだし、その後に訪れた時もなんだかんだで観光はできなかったしな。
美術館、博物館、展望台、記念碑、中央市場……様々な場所を巡る。
ずっと田舎で育った俺には新鮮なものばかりだった。
やっぱり王都だ。今までいろいろな街を見てきたけど、格が違うような気がする。
「はぁー! ちょっと疲れたね! 休憩しよっか」
「うん」
ちょうど軽食店があったので、そこで休憩することにした。
マリカは大量のピザを注文すると、嬉しそうにぱくついていた。
……よくそんな食べれるな。
「ほら、クリスも食べなよ!」
「い、いただきます……」
マリカが差し出してくれたピザを口にする。
たっぷりの具とチーズが乗ったピザは、一口食べるとじんわりと舌に染み込んでくる。
「おいしい!」
「でしょ? ラザラスが好きなんだ、これ」
マリカはまるで自分のことのように嬉しそうにそう言った。
「……仲いいんだな」
「えっ、そうかな!? そうでもないよ!!?」
特に深い意味があったわけではないのだが、そう言うとマリカは少し顔を赤らめて明らかに狼狽していた。
……あれ、意外と脈ありな感じじゃないか。
「でも昨日プロポーズされてたじゃん」
「……いつもだよ。あいつはプロポーズを挨拶だと思ってんじゃないかな」
「えぇ……」
なんかもっと落ち着いて大人っぽい奴だと思ってたけど、意外とアレなところもあるんだな……。
そう考えた時、窓越しに通りを騎士の格好をした人が何人か歩いていくのが見えた。
その途端、マリカの視線が素早くそちらに向けられる。
「……今日は休日だし、ああいう格好はしてないんじゃない?」
「え!? あ、そっか……」
マリカは慌てたような、少し落ち込んだような様子で小さくそう呟いている。
……やっぱり、ラザラスのことが気になるようだ。
「……あいつの求婚に答えないの?」
なんかもっと嫌がってるかと思ったけど、昨日と今日の様子を見る限り、マリカの方も満更でもなさそうだ。
これが俺のご先祖様と憧れていた英雄の末路だと考えるとちょっと複雑だけど、なんだかんだで二人はお似合いに見える。
マリカは俺の問いかけにピザを持ち上げていた手を下ろすと、手持ち無沙汰にグラスをいじっていた。
「……あいつのこと、嫌いなわけじゃないんだ。でも、なんていうか…………」
マリカはそこで一度大きく息を吸うと、そっと俺と視線を合わせた。
「自信、ないんだよね」
どくんと心臓が高鳴る。
まるで、心を見透かされたような気がした。
「あいつ、あんなんだけどすごいエリートだし、正直私なんかじゃ釣り合わないと思うんだ。それに……」
知らず知らずのうちに、聞いている俺までぎゅっと手に汗を握っていた。
「私が、一方的に支えられてるんだ。あいつは辛かったり、苦しかったりしても、それを他人には悟らせようとしない。……百年前からそうだった」
百年前の英雄アウグスト──微かなアンジェリカの記憶と、俺の知る伝承が頭の中で混ざり合った。
「“俺”だけ安全なところに逃がして、あいつはずっと苦しんでた。少し前だって、あいつやクリスが必死に戦ってたのに、私は何も知らずにいたんだ。それに今も……あいつはきっと私の知らない苦労を抱えてるんだと思う」
マリカの言葉が痛いほど胸に突き刺さる。
他人事だとは思えなかった。
「たぶん、私が頼りなく見えてると思うんだよね。だから、何を言ってもあいつは弱みを見せようとはしないんだ。それが……ちょっと嫌でさ」
そこまで言うと、マリカは落ち着きを取り戻すかのようにグラスを口に運ぶ。
「だから……私、もっと頑張らなくちゃと思って。あいつが頼ってくれるくらい強くなりたいんだ。今の状態のまま流されても、また負担かけちゃいそうだから。いつかあいつの隣に並んでも見劣りしないと思えたら、きっと返事できると思う。……まあ、それまで待っててくれたらの話だけどさ!!」
そう言って、マリカは笑った。
その笑顔に、言葉に、心が揺れ動く。
「そっか、そうだよな……」
マリカは前に進もうとしている。
自分で道を切り開こうとしてるんだ。
「まあそんな偉そうなこと言ってもどうすればいいのかわかんなくて、とりあえず就職くらいしかしてないんだけど」
マリカの気持ちは痛いほどわかった。
俺も、同じことを考えていたから。
「俺も……どうすればいいかわからないんだ」
大きな戦いが終わって、目標がなくなってしまった。
でも、みんなは前に進んでる。ヴォルフだって、俺の知らない所で苦労していることはわかる。
俺一人、こんなことしてていいのかなって、思ってたんだ。
「ヴォルフはすごい頑張ってるのに、俺は何もできなくて……それがちょっと悔しい」
あいつのこと支えたいって思ってるのに、実際は俺の方が助けられてばっかりだ。
俺の存在が重荷になってるんじゃないかって、いつも心の底で怯えている。
あいつが与えてくれるものを、俺は全然返せていないんだ。
ぎゅっとテーブルの上で拳を握り締める。
その手に、そっと手を重ねられた。
「……大丈夫。これからだよ」
思わず顔を上げる。
そこでは、マリカが俺を見つめて優しく微笑んでいた。
「私が言えたことじゃないけどさ……そうやってクリスが悩んでたら、余計ヴォルフも気にすると思う」
その手の温かさに、何故だか泣きそうになる。
「私はヴォルフのことよく知らないけどさ、なんとなく……色々抱えてる子だってことはわかる。クリスのこと、すっごく大事にしてるってことも。だから、クリスが苦しんでたらヴォルフももっと苦しむよ。笑って、笑って……これからゆっくり、色々返していけばいいんだよ」
遂に、ぽろりと涙が零れた。
マリカはそんな俺を見て苦笑している。
「ほらほら、今日はおじいちゃんに甘えなさい」
「うるさい、そんなに年かわんないだろ……」
前世の仲間で、ご先祖様で、今では……たぶん友達。
そんな不思議な相手は、迷っていた俺の道しるべになってくれたんだ。
「泣かない泣かない。私がラザラスとヴォルフに怒られちゃう」
「ううぅぅぅ……」
まずはこのすぐ泣く癖をなんとかしないといけないのかもしれない。
そんなことを考えつつ、俺はちょっとしょっぱく感じるピザに齧りついた。
◇◇◇
「そうか、もう行くのか……」
「ちゃんとお土産持った?」
王都を後にする日、ラザラスとマリカは城門まで見送りに来てくれた。
「色々ありがとうございました。助かりました」
「うん、ありがとう。こっちもまた来てくれよ!」
大きく手を振って、二人と別れる。
もしかしたら次に会うときは二人の結婚式かな……なんてことを考えながら。
城門をくぐり、王都の外へと踏み出す。
……テオと一緒にこの門をくぐったのが遠い昔のようだ。
──目の前の城門の先には、果てしない世界が広がっている
あの時はそんなことを思って、希望いっぱいでこの門を通り抜けた。
今の俺も……ちょっと似たようなことを考えたりしている。
「……嬉しそうですね。何かいいことでもありましたか?」
「え?」
「ここ最近、少し元気がなかったので気になってたんです」
どうやら俺が悩んでいたのはヴォルフにばればれだったようだ。
まだ全然解決はしてないんだけど……マリカのおかげで、ちょっと展望が見えてきた気がする。
「うーん、なんていうか……ちょっと気分が変わったって感じかな」
「それはよかった。やっぱりあなたは……笑ってるのが一番ですから」
恥ずかしげもなくそんなことを言われて、思わず照れてしまう。
そういえばマリカも笑ってろって言ってたっけ。
うん、まずはそうしよう。何はともあれ、笑顔が一番!
馬車に揺られながら通り過ぎる景色を眺める。
のどかな風景は、心落ち着かせてくれるようだった。
投げ出された手に、そっと指先を絡める。
すぐに握り返された。
「……いつになく積極的ですね」
「こういうの、嫌だった?」
「まさか」
顔を見合わせて笑う。
俺はまだまだ頼りないだろうけど、それでもお前を支えたいと思ってるんだよ。
だから……もっと強くならなきゃ。
「そうだ! キリルさんとヴェロニカさんのとこに行こう! あとサビーネの町と、メイド喫茶……はどうしよう」
「リグリア村は?」
「う……行きたいけどミゲルがなー」
行きたい場所、会いたい人、まだまだたくさんだ。
みんなが頑張ってるのを見ると、少しづつ元気をもらえるようだった。
そして、ユグランスに帰ったら……俺ももっと頑張ろう。
まずは……やっぱり、就職先探さないとな!!
これにて「ミルターナ小紀行」完結です。振り出しに戻った感じですね!
この話で番外編の定期更新には一区切りつけようと思います。
また何か書きたくなった時にこっそり増えるかもしれません。
そして、今週末か来週頭くらいから新作という形で続編っぽいのを開始する予定です。
また見ていただけると嬉しいです!




