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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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33 魔法のレッスン

 

「よーし、じゃあ始めるぞ!」


 俺がそう言うと、リルカは緊張気味に頷いた。


 黒魔術入門セットを買った翌日、俺とリルカとヴォルフの三人は、フォルミオーネの近郊の草原に来ていた。

 リルカの魔法の修行をするにあたって俺がやったみたいに宿屋でリルカの黒魔術の練習をしようかと思ったのだが、うっかり暴発したりしたら大変そうなのでやめておいた。なんせリルカは稀代の天才らしいのだ。何が起こってもおかしくはないからな。

 ちなみに、テオは情報収集とかいって単独行動だ。また変なぼったくりの店にひっかからないといいんだが……、まあ、あいつの事は置いておこう。今はリルカの魔法の練習のほうが大切だ。


「うーん、火……は燃え広がったら大変そうだし……、水もこのあたりにはなさそうだし……やるなら土か風か?」

「風がいいんじゃないんですか? 暴発しても一番被害が少なそうですし」

「そうだなー。リルカ、やれそうか?」

「は、はい……! リルカ、やってみます……!」


 俺がペラペラとめくっていた初級黒魔術の呪文書を渡すと、リルカは真剣な顔で読み始めた。ちょっと手が震えている。大丈夫だろうか。

 これからやってもらうのは、小さな風を起こすという至極簡単そうな魔法である。呪文書にも「洗濯物を乾かす時などに最適です。ただし、あまり強くしすぎると洗濯物が破れてしまうので要注意!」なんてふざけた注意文が書かれていたくらいだ。きっと危険はないんだろう。


「リルカ、緊張しなくていいからな? これは単なる練習だからな?」

「は、い……」


 リルカはぱたん、と呪文書を閉じると、がちがちになりながら杖を構えた。魔術店のお姉さんが奮発してくれたのか俺の安っぽい杖と比べてかなり上質な杖だ。長さは俺の杖の半分くらいだが、全体が滑らかな白銀色で先端には大きな翡翠がつけられている。なんかすごい魔法とか使えそうだ。俺のその辺で拾ったような杖とは大違いだな……。


「い、いきます! 大気よ、集え……、“薫風(ブリーズ)……!”」


 リルカはしっかりとそう唱えた。その途端、すさまじい突風が俺に襲い掛かった!


「う、うわあぁ!?」

「クリスさんっ!」


 あまりの衝撃にふっとびそうになった俺の体を、ヴォルフが間一髪で支えてくれた。ふう、助かった……。

 突風は一瞬でおさまり、閉じていた目を開けるとあたりを舞い上げられた草がはらはらと飛んでいるのが見えた。


「これが……そよ風……?」


 洗濯物が破れるどころじゃない。洗濯桶どころか洗濯している人までぶっとびそうな威力だ。

 呪文を唱えた本人のリルカは、杖を構えたまま呆然としていた。


「リ、リルカ? 大丈夫か!?」


 俺がそう声を掛けると、リルカははっとしたように俺の顔を見た。次の瞬間、リルカの顔がくしゃりと歪んだ。


「うぅ……クリス、さん……。リルカ……し、しっぱい、しちゃ……」


 自分でも今の魔法の威力に驚いたんだろう。リルカはそのまましくしくと泣きだしてしまった。


「リルカ、泣くなよ! 今のは別に失敗じゃないだろ!」

「そ、そうですね。風を起こすのには成功しましたから、あとはコントロールですね!」


 必死に慰めようとする俺とヴォルフの言葉に、リルカは泣きながらも聞き返してきた。


「こ、こんとろーる……?」

「うん。魔法を使うにあたっては射程や効果範囲が重要になってくるんだ。例えば、今の風魔法だったらクリスさんにも当たってたけど、あれをうまくコントロールすれば特定の範囲だけに効果を及ぼすことだってできるはずだよ。まあ、魔道士じゃない僕にはよくわからないから、リルカちゃんが自分で感覚を掴んでいくことになると思うんだけどね……」


 ヴォルフの言葉に、リルカは何かに気がついたようなそぶりを見せた。


「は、はい……リルカ、また、やってみます……!」


 ぐっと目をこすると、リルカはまた杖を構えた。俺も近くで見ていたかったがリルカに危ないから下がっていて欲しいと頼まれてしまった。しかたなく、少し離れた所でリルカが頑張っている所を観察だ。


「おまえ、よく知ってたな」

「え?」


 隣に座っていたヴォルフにそう話しかけると、ヴォルフは手元の草をいじる手を止めて俺の方へ顔を向けた。何を言ってるのかわからないといった感じの顔だ。


「さっきの射程とかなんとか言ってたやつ」

「ああ、あれは呪文書の序章に書いてあったんですよ。……むしろクリスさんは読んでなかったんですか」

「おまえはああいうの最初っから読むタイプ? 俺は自分の知りたいところしか見ないからなー」

「……それでよく神聖魔法が使えるようになりましたね……」


 ヴォルフは呆れたようにそう呟いた。

 そんなに変だろうか? どんな読み方だろうと神聖魔法が使えるようになったんだから結果オーライだろ。


「それにしても、リルカちゃんの才能は末恐ろしいですね。あの店員が百年に一度の逸材と言ってたのも、あながちウソじゃないかもしれません」

「えっ、そんなに!?」


 俺の視線の先のリルカは、真面目な顔で杖をぶんぶんと振りまわしている。彼女が呪文を唱えるたびに周囲の草が突風を受けて飛び散って行くのが見えた。


「リルカちゃんが唱えているのは『そよ風』を起こす魔法です。普通の人が唱えても、ちょっと風が吹く程度なんですよ。……さっきのリルカちゃんの魔法は体重が軽い人なら吹き飛ばされる程度の威力はありました。これがもっと上級の魔法だったらどうなると思いますか?」

「うーん……」


 そよ風で人が吹き飛ぶくらいなら、もっと強力な魔法だったら家や、人や、もっと大きな物を吹き飛ばすことなんかもできるかもしれない。とんでもないな、リルカ。


「あの邪教徒がリルカちゃんの魔術の才能に気が付かなくて良かったですね。もし気づいていたら……、フルーメルの街はどうなっていたかわかりません……」

「そうだな……。あいつが馬鹿なおかげで助かったなー」


 何を考えていたのか、あの邪教徒の男がリルカを物理攻撃型に育てていたのでフレーメルの街は救われた。もしかしたら小さい女子がごつい近接武器で戦うというシチュエーションにフェティシズムを感じるタイプだったのかもしれない。わかるようなわからないような……。

 そんな事を考えながらリルカを眺めていると、だんだん眠たくなってきた。強すぎない日差しは暖かく、足元の草もふかふかである。自然の風は心地よく、絶好のお昼寝日和だ。


「ふわぁ~、ちょっと寝るわ」

「はあ? まだ昼前ですよ。起きたばっかじゃないですか」

「いいからいいから。たまには休息だって必要なんだよ……」


 まだヴォルフは何かぶつぶつと言っていたが、もう俺の耳には入らなかった。

 こうして俺は、大自然に囲まれながら贅沢にも二度寝を決め込んだのである。



 ◇◇◇



「……リス……ん、ク……スさん、寝ちゃっ……です、か?」

「……ったく、リルカちゃんはこんな風になっちゃだめだよ」


 夢うつつの中で何やら失礼な会話が聞こえ、俺は目を覚ました。


「ん~。リルカ、終わったのか?」

「はい! すこし、コツが……つかめ、ました……! 見てて、ください!」


 リルカは自信気にそう言うと、草原に向かって杖を構えた。

 よく見ると、あちこちの草が不自然に根元から吹き飛んでいたり、なぎ倒されているのが見えた。リルカ、相当練習したんだな。


「ちゃんと見ててくださいよ。リルカちゃん、すごく上達しましたよ。あなたがのん気に寝ている間にね」

「はいはい、反省してまーす」


 俺が見ている先で、リルカはすぅっと息を吸うとそっと呪文を唱えた。


「……大気よ、集え、“薫風(ブリーズ)!”」


 次の瞬間、杖を向けていた先の草がちぎれて舞い上がる。

 リルカが起こした風はそのまま一直線に草原を進み、やがては空気に溶けていったようだ。その風が吹き抜けて行った軌跡は、草がなぎ倒され人ひとりが通れるくらいのまっすぐな道のようになっていた。

 すごい、最初の暴走していたころに比べるとめちゃくちゃな進歩だ!


「おぉ、すごいじゃんリルカ! 天才だな!」


 さすがリルカ! 天才の中の天才!

 俺がそう褒めちぎるとリルカは嬉しそうにはにかんだが、次の瞬間グゥーと大きく腹のなる音が聞こえた。

 その途端、リルカは恥ずかしそうに腹を押さえた。


「うぅ……」

「あはは、もうお昼にしよっか。今日はピクニックだ!」


 リルカの修行で街の外に出ると決めた時から昼食は外でとろうと考えていたので、俺はパンや果物や水を詰めたバスケットを持ってきていたのだ。

 ほら、とリルカに見せると、リルカはきらきらと目を輝かせた。よっぽどお腹が空いていたのかも入れない。


「わあ……! おいしそう……」

「いっぱい買ってきたからな。どんどん食べていいぞ!」

「……はい!」


 リルカは嬉しそうにパンにぱくついた。黒魔法を使うとお腹が減るんだろうか。俺が神聖魔法を使った時はそんな事なかったような気がするけどな。


「向こうの森の奥に湖があるそうです。もう風魔法は大丈夫そうですし、午後からはそちらへ行きませんか?」


 同じようにパンにかじりつきながら、ヴォルフがそんな事を言った。確かにさっきの様子だと、早くもリルカは初級風魔法を使いこなしているように見えた。

 それに、さっきの風魔法の練習でこの辺りの草は結構不自然にちぎれたりなぎ倒されたりしている。これ以上この辺りの草を伐採しすぎるとどこかから苦情が来るかもしれない。場所を変えるというのは俺も賛成だ。


「湖……というと水魔法か。リルカ、いけそうか?」

「はい……、リルカ、がんばります……!」


 リルカは口いっぱいにパンを詰め込んだままそう答えた。よしよし、まだいけそうだな。

 こうして俺たちは食事を終えるとその足で森の中にあるという湖に向かっていった。


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