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湖上アイドル誕生!(5)

 

「なっ、貴様……大海蛇イルルヤンカシュ!!」


 ルカの目の前でにやりと笑ったその男は、確かに以前この島を混乱の渦に陥れた化け物だったのだ。


「えっ、イルカス……? 先生、いくら痛い人でも初対面の相手にカスはちょっと……」


 背後では起き上がったらしいクロムがのんきにぶつぶつ呟いている。

 てめぇはなに悠長な事を……と叱り飛ばそうとして、そこでルカは気がついた。

 前回大海蛇イルルヤンカシュが現れたとき、クロムは力を使い果たし気絶していた。

 すると、こいつの危険性に気がついているのは自分一人という訳か……!


「てめぇ、どの面下げて現れやがった……!」


 動揺するな、焦りを見せたら負けだ。

 努めて平静を装って、ルカは目の前の男を睨み付ける。


「この怒りよう……なるほど、ルカは同担拒否勢というやつだったのですね」

「うわぁ、まじかよ!」


 背後ではちびホムンクルスたちが不名誉なことを口に出している。

 周囲の観客がドン引きした空気を感じ取って、ルカはますます苛立ちを募らせた。


「何をそんなに怒っているんですか。僕は普通にチケットを購入して、普通にリルカさんを応援しに来ただけですよ」


 目の前の男が得意げにチケットをひらひらさせる。

 その余裕な態度に、ルカの堪忍袋の緒が切れた。



「うっせーんだよロリコン蛇野郎!! 今すぐぶっ潰してやるから大人しくしやがれ!!」



 背後の子供達を巻き込まないことだけを念頭に置いて、目の前のにやけ面を引き裂こうとルカは勢いよく地面を踏みつけた。



 ◇◇◇



「きゃっ」

「何事!?」


 突如、観客席の後方で爆音がし、大きくステージが揺れる。

 ダンスに集中していた俺は思いっきりその衝撃でこけてしまった。

 観客も何が起こったのかわからないようでざわついている。


「いったい何よ!」

「姫様、大変です!」


 裏に控えていたフィオナさんの親衛隊が声を掛けてくる。

 俺も慌てて立ち上がった。


「それが、観客同士が争い始めたと……」

「双方ともリルカ推しとの情報がございます!」

「えぇ……?」


 なんだそれは。何て醜い争いなんだ……!


「そんな、どうしよう……」

「いい、リルカ。ここは『私の為に争そわないでっ!』と言うところよ!」

「いやそんな段階じゃないでしょう! うわっ!!」


 再びステージが揺れる。咄嗟に観客席の方へと視線をやった俺は、そこで心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 上空へと舞い上がった黒い影。

 竜のような、魚のような、ヘビのようなその姿を、俺は知っている。

 でも、そんな、まさか。

 どうして、奴がここに……!


「ミトロ──」

「うおおぉぉぉぉぉ!!」


 突如横から雄たけびが聞こえて、思わずびくっと体が跳ねる。

 ……横?


「ここで会ったが百年目ええぇぇぇ!!」


 そこには、ものすごい目つきでミトロス──大海蛇イルルヤンカシュを睨み付けるリルカがいた。

 いや、ほんとにリルカか……?

 なんかその獰猛な獣のような気迫が、いつものおっとりした可愛らしいリルカと結びつかず俺は混乱した。


「待てええぇぇぇ!!」


 突如リルカはその場に浮遊すると、鳥のようにばびゅーんとミトロスの方へと飛んでいってしまった。

 …………あれ、本当にリルカか?


「やる気ね、リルカ!」

「え、えぇ……?」

「あら、どうかしたの?」


 フィオナさんが不思議そうに首をかしげている。

 いやいや、驚くでしょう!


「リルカ、おかしくなかったですか!?」

「……? 修行中はいつもあんな感じだったわよ」

「ええぇぇ……?」


 ミトロスが更に上空へと浮かび上がり、リルカもそれを追っていく。

 まるでおにごっこのようなやりとりだが、大海蛇イルルヤンカシュがやけに嬉しそうに見えるのは俺の気のせいじゃないだろう。


「あいつに勝てなかった事、リルカはかなり気にしてたみたいだから。これはリベンジ戦ね!」

「いやいや止めましょうよ!」


 しかしながら、残念ながら空で戦う二人の元へは行けそうにない。

 そのまま二人はぶつかり合いながら湖の方へと飛んでいくかと思われたが……


「っ……!」


 リルカか、ミトロスか、どちらの攻撃かわからないが突如地上を突風が襲った。

 俺は思わず目を瞑って……そのせいで、対処が遅れてしまった。


「クリスっ!」


 フィオナさんの悲鳴が聞こえる。

 一体なんだろうと顔をあげて、その時にはもう遅すぎた。


 衝撃で崩れたステージの一部が、俺の頭上へと落下しようとしていた。

 逃げなきゃ。そうわかっているのに、体が動かない。

 随分と時間がゆっくりに感じられた。

 そして、押し潰される直前……


「っ……!」


 物陰から何かが飛び出してきたのが見えたかと思うと、体を衝撃が襲った。

 勢いよく突き飛ばされ、床に衝突する。体の上に何かが、覆いかぶさっているのが分かった。


「ぇ……?」


 そっと目を開き、そこにあった光景が信じられずに目を疑った。


 俺を守るようにして、ここにいるはずのないヴォルフが俺の上に覆いかぶさっていたのだ。


「おま、なんで……!?」

「……怪我は?」


 俺の質問には答えずに、ヴォルフは真剣な目で問いかけてくる。

 怪我……床に衝突したのがちょっと痛いけど、それいがいは大丈夫だ。

 ……たぶん、ヴォルフが、助けてくれたから。


「ん、大丈夫……」


 なんとかそう答えると、ヴォルフは安心したようにわずかに微笑んだ。


「よかった……」


 その顔を見たら、急に何かが込み上げてきた。

 泣きたいような、叫びたいような不思議な気持ちになって、その衝動のまま手を伸ばす。

 そのまま抱き合おうとした瞬間──


「「熱ううぅぅぅぅ!!?」」


 突如焼け付くような熱を感じ、俺たちはその場で転がった。

 熱い! めっちゃ熱い!! なにこれ!!!


「ちょっとぉ、ここがどこだかわかってるの!?」


 そんな俺たちの上から、怒気を含んだ声が降ってくる。


「アイドルに恋愛は御法度! 特にステージの上でいちゃつくなんてもってのほかよ!!」


 掌に炎を発生させながら、フィオナさんが俺たちを見下ろしていたのだ。


「あの、そんなこと言ってる場合じゃ……」

「どんなアクシデントがあったとしてもステージはステージよ。いい、実際はどうであれ、ここにいる以上私たちはアイドルなの。みんなの夢を守るのが仕事なのよ」


 ……なんかよくわからない説教をされている。

 色々反論はしたいけど、とりあえず聞いておくか。

 とりあえずフィオナさんの前に座りなおした時、皆が頭上を指差して騒ぎ始めた。

 何事だと顔を上げると、飛んでいったはずのリルカがちょうど戻って来た所だった。


「うぅ、逃げられてしまいました……」

「まったく、まぁいいわ」


 フィオナさんはあたりを見回し、大きくため息をついた。

 ステージは半壊。観客は何が起こったかわからずにおろおろしている。

 ……これは、ひどい状況だ。

 フィオナさんはそれでもステージの中央へと進み出て、観客に向かって深く頭を下げた。


「……せっかくの記念イベントだったのに、滅茶苦茶になっちゃったわね。今日を楽しみにしてくださった皆様には、私から深くお詫び申し上げます」


 客席がしんと静まり返る。

 だが、徐々にあちこちから声が上がりはじめた。

 これは……力強い「姫様」コールだ!!

 今日ここに来てくれたみんなは、こんな散々な目に遭っても、それでもフィオナさんを敬愛して、応援してくれているんだ……!


「みんな……」


 フィオナさんが感慨深く呟く。

 俺はリルカの手を引いて、そんなフィオナさんに歩み寄った。


「続けましょう、フィオナさん。俺たちのアイドル道を」

「でも、ステージも魔法道具も滅茶苦茶で……」

「大丈夫、できますよ。歌って踊るくらいならこの体一つでも」


 ちらりと振り返ると、ヴォルフがステージの裏方からしっかりと頷いてくれた。

 その横にはアストリッドもいる。……なるほど、やっぱりそういうことか。


 会場の後方から聞き覚えのある声援が聞こえた。そちらに視線を向けると、クロムとちびホムンクルス二人が大きく手を振りながら声を張り上げているのが見えた。

 会場から手拍子が起こりはじめる。

 ……大丈夫、行ける!


「……そうね! みんな、行くわよ! しっかりついてきなさい!!」


 フィオナさんがそう叫ぶと、一層強い大きな歓声が上がった。



 ◇◇◇



「はぁ~疲れたー!!」


 まるでここ数日の疲れが一気に襲い掛かってくるようだった。

 ごろりとベッドに倒れ込むと、くすくす笑う声が上から聞こえた。


「お疲れ様です。大変だったみたいですね」


 ヴォルフは俺を見下ろしながら笑っていた。

 ちょっと恥ずかしくなってしまう。


「……そういえば、アストリッドは?」

「イリスちゃんの様子が気になるからと、今日はレーテさんの家に泊まるようです」

「へぇ……」


 ……ということは、今夜は二人っきりか。

 もしかして、気を遣われたのか!?


「……ていうか、お前なんでいるんだよ!」

「アストリッドからあなたがアイドルをやるらしいと連絡が来て、何もかも放り出して来ました」

「そうだとは思ったけどさぁ……」


 やはりアストリッドは俺に内緒でヴォルフに連絡を取っていたようだ。

 まぁ、結果的に助かったとはいえやはりちょっと恥ずかしい。

 ぎゅっと枕に顔をうずめると、優しく頭を撫でられた。


「……でも、気が気じゃなかったですよ」

「なにが?」

「アイドルなんて始めたら、ますますあなたに惹かれる人が増えるんじゃないかって」


 ……たぶん、今の俺は耳まで真っ赤になっているだろう。

 まったく、こいつはこんなこと言って恥ずかしくないのか!


「今回だけだって。今日だって、イリスの代理なんだし」

「……安心しました。ステージの上で歌い踊るあなたも素敵でしたけど、やっぱり……近くに、手の届く距離にいた方がいい」


 後で思い返せば、何でそんな事を言ったのかはわからない。

 でも、気が付いたら口を開いていた。


「じゃあ……もっと、近くに来てよ……」


 枕に顔をうずめたまま手を伸ばす。

 すぐにその手を握られて、体ごと抱きしめられる。

 そっと顔を上げると、思った通り至近距離で目があった。


「……こんなの、あなたのファンには見せられないですね」

「俺のじゃなくて、イリスのファンだから別にいいだろ」


 やっぱり、俺にはアイドルなんて向いてなさそうだ。

 ……恋愛禁止なんて、守れそうにないから。



 ◇◇◇



「はぁ……」


 帰りの馬車の中で、ヴォルフはずっとため息をつきっぱなしだった。

 俺とアストリッドは顔を見合わせる。


「幸せが逃げるぞ。どうしたんだよ」

「いや……何もかも放り出してきたので、帰ったらマティアス兄さんになんて言われるかと……」

「あぁ……」


 アストリッドが気の毒そうな笑みを浮かべた。

 確かに、ヴォルフの兄であるマティアスさんは厳しく怖い人だ。

 俺だったらあの人の説教が待っているとわかったら、そのまま脱走してしまうだろう。


「素直に事情を話してはどうでしょうか。結果的にクリスの危機を救ったわけですし」

「……仕事をさぼってアイドルのイベントに行ってましたと?」

「意外とジークベルトさんあたりが興味持つんじゃない? こっちでもアイドルやるとか言いそう」

「……容易に想像できるのでやめてください」



 笑い声に包まれたまま、馬車は進んでいった。

 まあ終わってみると……アイドルもそんなに悪くなかったかもな!

「湖上アイドル誕生!」これで完結です!

ひどい話でした(反省)

後にイリスが男と腕を組んで歩いていたという噂が広まり、レーテがたいそう怒り狂ったという……みたいな後日談がありそうです(笑)

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