湖上アイドル誕生!(4)
ついに、当日が来てしまった。
「俺はアイドル俺はアイドル俺はアイドル俺はアイドル……」
「ふふ、いい心がけね」
半ば洗脳のように刻み付けられた言葉を反芻する。
そんな俺を見て、フィオナさんは満足そうに笑っていた。
「頼むぞ、クリス。なんとしてでもイリスの敵を討ってくれ」
「勝手に殺すなよ。あいつも快方に向かって来てるだろ」
ここ数日練習尽くしだったレーテも疲れているのか、よくわからない事を口走っている。
俺は練習している時以外には「イリスの病が治って俺の代わりにステージに出てくれますように」と祈っていたのだが、残念ながらそううまくはいかなかった。
イリスもまだベッドから起きることはできないが、結構よくなってはきているようだ。レーテを通じて激励の言葉も頂いてしまった。
あぁ、今からでもなんとか逃げ出せないものか……と考えた時、部屋の扉がこんこん、とノックされた。
「……お待たせいたしました」
やって来たのは、アストリッドと目の下にクマを作ったティレーネちゃんだった。
ティレーネちゃんは大事そうに何かの袋を抱えている。
……やっぱり嫌な予感しかしない。
「見てください。クリスさんのステージ衣装です!」
「「おぉー!」」
俺を除いた皆から感嘆の声が上がる。
そこには、短いスカートのキラキラとした派手な衣装がお目見えしていた。
「……無理無理無理無理! こんなの着れないって!!」
「何言ってるんだ! ティレーネが夜なべして作ったんだぞ!?」
「でも嫌なものは嫌だ!!」
いくら俺でも無理なものは無理だ!
こんな派手でキラキラした衣装なんて恥ずかしくて着れるわけがない!
そう必死で抵抗したら、ついにレーテがキレた。
「つべこべ言ってんじゃねーぞ!!」
「ギャー!!」
胸倉を掴まれたかと思うと、レーテはそのまま服を引き裂きやがった!!
なんてことしやがる!!
「これでこの衣装を着るしかないよなぁ……?」
「うぅ、ひどすぎる……」
しゃがんでしくしく泣く俺の服を、更にレーテは剥ぎ取りにかかって来た。
……こいつ、本当に元は女だったのか?
「ほら、さっさと着ろ!」
「ううぅぅ……」
こんなの着たくはない、着たくはないが……今の俺はこの衣装を着ないとまるで乱暴された後のような有様なのだ。
さすがにこの格好では逃げ出すこともできないだろう。
仕方なく、ティレーネちゃんが作ってくれたステージ衣装に身を包む。
「「「おぉー!!」」」
「……やめて、ほんとやめて」
皆の視線が痛い。
恥ずかしくて今すぐにでも消えたい気分だよ!
「安心しなさい。これであんたも立派なアイドルよ」
「そうですか……」
フィオナさんが満足そうに頷く。
いつのまにか、フィオナさんとリルカも俺と同じような衣装を身に着けていた。
「よし、そろそろ行くわよ!」
「えっ! もう!?」
「当たり前じゃない! ほらしゃきっとする!!」
フィオナさんに引きずられるようにして、俺は部屋の外へと連れ出された。
残念ながら、逃走はできそうにない……。
◇◇◇
ステージ脇からちらりとのぞくと、すでに山のように人が集まっていた。
なんだろう。みんなそんなにアイドルとやらが見たいんだろうか。
「き、緊張してきた……」
「大丈夫、普段通りにやればいいのよ」
リルカも緊張しているのか顔色が悪い。
その顔を見ていると、俺が勇気づけてやらなきゃ、という気分になってしまう。
「大丈夫だよリルカ。俺たちなら絶対うまくいくって!」
……って何言ってんだ俺は!!
「……うん!!」
だがそんな俺の言葉に、リルカはとびっきりの笑顔を見せてくれた。
馬鹿か俺は! 自分から退路を塞いでどうする!!
「……ええ、その意気よ。みんなが、私たちを待ってるの」
フィオナさんは愛おしげに集まっている人たちを眺めている。
……そういえばあんまり深く考えなかったけど、このイベント自体はアムラント島が平和になった記念イベントなんだっけ。
俺達が初めてここを訪れてから、本当にいろいろな事があった。ここの人たちだって、何度も死ぬような危険に巻き込まれてきたんだ。
だからこそ、たまにはこうやって羽目を外して騒ぎたいのかもしれない。
……そう思うと、アイドルって言うのも悪くないかなーみたいな気分になるから不思議だ。
「……そろそろ出番ね」
フィオナさんはすぅ、と大きく息を吸うと、俺達に向かって誇らしげな笑顔を見せてくれた。
「いい、私たちの力で魔法をかけましょう。みんなが楽しめるような、とびっきりの魔法をね!」
「……はいっ!!」
こうなったらもうやけくそだ!
なるようになるさ!
気合を入れなおして、俺達はステージへ向かって走り出した。
◇◇◇
「リ、リルカです! 本日は精一杯頑張らせていただきます!!」
ステージ上でリルカが少し噛みながらそう口にすると、大きな歓声が上がった。
「ちっ、ロリコンばっかかよここは……」
「しぃーっ、失礼ですよ先生!」
隣にいたクロムに肘でつつかれ、ルカは大きくため息をついた。
……結局、来てしまった。
ちびホムンクルス二人はわたあめを買ってやったのでご機嫌にぺろぺろしている。クロムは懐から桃色に光る棒のようなものを取り出していた。
「なんだそれは」
「これは光輝灯っていう魔法道具で、みんなが歌ってる時に振って応援するものなんです」
クロムの手の中で、棒は淡い桃色に光り輝いている。
「ただ使用者の魔力を消費するからめちゃくちゃ疲れるんですよね」
「……馬鹿馬鹿しい」
少し確認すれば、周囲には同じものを持っている観客がたくさんいた。
まったく、理解不能である。
しかしクロムと同じ桃色だけではなく。緑や青に輝く光もあるようだ。
ルカの疑問に気づいたのか、クロムが得意げに解説を始める。
「ちなみに桃色がリルカで、緑色がフィオナ姫、青色がイリスちゃん……の振りをしたクリスさんですね」
「あぁ……」
ちょうどクリスが壇上で挨拶したのが聞こえ、ルカはまたため息をついた。
何が「イリス、みんなの期待に応えて大きくなっちゃいましたぁ!」だ。どうみても別人である。
だが、集まった観客は特段疑問にも思っていないようだ。歓声と共に青色の光があちこちで大きく揺らめいていた。
「馬鹿ばっかだな」
「先生、たぶんここに来てる僕たちも同類だと思われてますよ」
ルカはいよいよ帰りたくなった。
まったく、何故こんなところに来てしまったのか……!
「ほら先生も一緒に応援……あっ、すみません!」
曲が始まり、クロムが光輝灯を手渡そうとしてきた。だが、その拍子に近くにいた客にぶつかってしまったようだ。
「怪我は……ってあなたもリルカ推しなんですね!」
その時聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、ルカはやっと我に返った。
リルカがどこで何をしようとルカの関与するところではないが、そこまでリルカに入れこむ輩がいると言うのはやはり気になるものである。
まったく、どこのロリコン野郎だ……と視線をやり、ルカは思わず息を飲んだ。
「えぇ、彼女はとても愛らしい。ついつい我慢できずに来てしまいました」
「うわー、ガチだこの人」
クロムと楽しげに会話をしている相手……その男を、ルカは目にしたことがあった。
「下がれクロム!」
「うわぁ!?」
即座にクロムの襟首を掴んで自身の背後へと引っ張る。
クロムが見事にすっ転んだのがわかったが、そちらに気を配る様子はなかった。
黒い髪、にやついた笑顔、余裕そうな表情。
……そして、リルカの色を宿した光輝灯。
そこにいたのは、以前この島を水の底に沈めようとした──幻獣「大海蛇」が化けた男だったのだ。




