32 リルカの才能
《ミルターナ聖王国中央部・フォルミオーネの街》
冒険者の集まる街は、相変わらず活気に満ちていた。
キラースティンガーの脅威も無くなったことだし、きっとギルドにも人が戻っている事だろう。俺たちは取りあえずアニエスに会いに行くことにした。
彼女は冒険者としてうまくやれてるんだろうか。
「こんにちはー」
「らっしゃ……おう! あんたたちか!」
フォルミオーネの冒険者ギルドでは、前と同じようにカルロがカウンターで迎えてくれた。ほとんど人がいなかった酒場も、前よりは賑わっているようだ。
「アニエスはいるか?」
「せっかく勇者さんに来てもらって悪いんだが、今日はまだ来てなくてな……」
カルロが申し訳なさそうにそう言ったと途端、冒険者ギルドの扉が勢いよく開いた。
「カルロ、この前の依頼の件だが……ってテオ!?」
入って来たのはアニエスだった。すごい偶然だ。
アニエスはカウンター前に陣取るテオを見て仰天したようだったが、すぐに俺たちの所へ走ってきた。
「クリス! ヴォルフも! 一体どうしたんだ?」
「久しぶり、アニエス。今日は紹介したい子がいてここに来たんだ。ほら、リルカ」
俺が促すと、リルカは一歩前へ出てアニエスと目を合わせた。
「はじめ、まして……リルカ、です!!」
「私はアニエスだ。テオの仲間にこんなにかわいい子供がいるなんて……どこかで誘拐でもしてきたんじゃないだろうな?」
「やっぱりそう思うよな……」
あのゴリラみたいな勇者に、リルカみたいな小さな女の子がついて行くなんて普通に考えたらおかしいよな。やっぱりアニエスもそう思ったようだ。
俺たちがそんな話をしていると、また冒険者ギルドの扉が開かれた。
「アニエス、いるか? 出発するぞ」
「もうそんな時間か、悪い!」
アニエスを呼んだのは、何人かの若い男女だった。きっとアニエスの仲間なのだろう。
アニエスは俺たちに挨拶すると、急いだ様子でギルドを出て行った。
「アニエスはあれからパーティーを組んでな。いまやこのギルドのエースだぜ!」
「へぇー、頑張ってるんだな!」
カルロの言った通り、今のアニエスからは何というかエースの風格? みたいなものが感じられた。彼女は着実に成長しているようだ。
まあ、俺もアニエスに会わない間にいろいろあったし……新しい呪文も覚えたし、メイドになったし……だめだ、なんか置いて行かれたような気がする。
「アニエスさん、忙しそうですね。キラースティンガーはいなくなったのに」
「ああ、またやっかいな魔物が出てな。だが、心配するな。俺たちだけで何とかして見せるさ。勇者さんはじっくり見物してな」
カルロの言い方だとそんなに深刻そうじゃないし、たぶん大丈夫なんだろう。俺たちは次なる目的地、街の大通りへと向かう事にした。
◇◇◇
やってきたのはいつかの魔術店だ。リルカの体格じゃ俺以上に武器を振り回して戦うのは難しそうだし、やっぱりパーティーに一人くらいは攻撃魔法を使える奴がいた方がいいよな! という俺の意見により、とりあえず適性診断だけでもやってみようという事になったのだ。
「ようこそいらっしゃいました! あなたの魔術適性を測らせていただきますので、まずはそのペンデュラムを手に取ってください!」
今日の適性診断コーナーにいるのは、俺の時と違って元気のいいお姉さんだ。羨ましい、俺も白髭を生やしたじいさんじゃなくてこの人に診てもらいたかったよ。
「は、はいっ」
俺たちが見守る前で、リルカはおそるおそるといった様子で、テーブルの上のペンデュラムを手に取った。テーブルの上には前と同じように、色とりどりの宝石が円状に並べてあった。
「そして、こう唱えてください。示せ!」
「……示せ!」
リルカがそう唱えた瞬間、まるで爆発でも起こったかのようにテーブルの上にあった宝石がものすごい勢いで四方八方へ吹き飛んだ。
「リルカ!?」
慌ててリルカの状態を確認すると、リルカは呆然とした様子でペンデュラムを持ったまま固まっていた。見たところ怪我はなさそうだ。
「リルカ、大丈夫か?」
「…………」
「リルカ?」
「……はいっ!」
リルカははっとしたように振り返った。きょろきょろとあたりを見回し、床に散らばった宝石を見つけると驚いたように目を見開いた。
「これ……リルカが……?」
「……うん」
「……あの、ごめんなさ……」
店員のお姉さんはうつむいたまま何も言わない。宝石をまき散らされた事に怒っているのだろうか、リルカの言葉にも何も反応はない。
リルカは自分が何か大変な事をしてしまったと思ったのか、がたがたと震えだした。俺が何かフォローしようと口を開いたその時、お姉さんはかっと目を見開くと、がしっとリルカの肩を掴んだ。
「すっ、すごいわ!! 魔晶石がこんな反応見せたのは初めてよ! あなたは十年に一度の……いいえ、百年に一度の逸材かもしれないわ!!」
お姉さんはきらきらと目を輝かせながら、早口で何やらリルカに話しかけている。リルカは肩を掴まれたまま固まっていた。相当びっくりしているようだ。
「あのー、ちょっといいですか?」
「あら、この子のお姉さん?」
「まあ、そんな感じ」
本当は違うが、説明するのも大変なのでそういうことにしておこう。ちょっと照れるけどな。
「それで、うちのリルカちゃんはどうなんですか?」
「もう、すごい才能を秘めてますよ! 育て方次第では大陸でも有数の魔術師になるでしょう! 素晴らしい瞬間に立ち会ってしまったわ!! ああ、イシュカ様。今日という日に感謝いたします!!」
お姉さんは恍惚と天を仰ぎ始めた。……大丈夫かな、この人。
まあ、営業トークなのか素なのかはわからないが、リルカに黒魔術の才能があることだけはわかったけど。
ざわざわと周囲が騒がしくなってきた。お姉さんの大声が聞こえたのか、だんだんテーブルの周りに集まるギャラリーの量も増えていた。
リルカは居心地悪そうにもじもじしている。あんまり人に見られるのが好きじゃないんだろう。これは早めに撤収した方が良さそうだ。
「あのー、とりあえず入門セットだけ売ってもらえます?」
「はっ、承知いたしました!」
俺が声を掛けると、お姉さんは一瞬で店員の顔へと戻った。切り替えの早い人だ。ぱたぱたと走り回り、あっという間に魔術士入門セットを揃えてきた。
「これだけでいいんですか? 魔道学院への入学手続きは?」
「うーん、リルカはまだ小さいし、やめときます」
リルカには家族を探すという大事な目的があるのだ。学校へ行くのもリルカの為になるかもしれないけど、別に今じゃなくてもいいだろう。
「もったいないなあ。でも、これだけの才能を持っているんです。いずれはアムラント大学への入学もお考えになってはどうですか?」
「何それ?」
「フリジア王国にある、アトラ大陸一の魔術研究機関です!! 魔術を嗜む者なら一度は訪れたい場所堂々の一位ですよ!! どうですか!?」
「ありがと、考えとく」
これ以上お姉さんが興奮しないうちに、俺たちは会計を済ませて早足で店を出た。店の外へ一歩出ると、俺は大きくため息をついた。
「疲れた~」
「すごかったですね、あの人。まさか大学まで勧められるとは」
「それだけリルカに才能があるということなんだろう。すごいぞ、リルカ」
「テオさん……ありがとう、ございます……」
テオに褒められたリルカは嬉しそうにはにかんだ。いろいろあったが、これでリルカは今日から魔術士の卵だ。
「よし、リルカ! 明日から修行しよう!!」
「……はい! クリスさん……!」
リルカは大きく頷いた。よし、俺もやる気出てきた! 明日はがっつり修行だ!