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湖上アイドル誕生!(2)

 大学を後にして、その北方に広がる森へと向かう。

 ここに来るのも久しぶりだ。ちょっとだけ懐かしい気分になるな……。

 そんなことを考えながら進み、ちょうど前方に錬金術師ルカの家が見え始めた頃だった。


 突如、そこから爆発音が聞こえた。


「クリス、伏せて!」

「うわっ!!」


 アストリッドが俺を近くの茂みに押し倒す。

 彼女は襲撃を警戒するようにあたりを注意しているが、たぶんこれは……

 視線を上げると、ルカの家からはもくもくと煙が出てきているのが見えた。


「げほっ、これはひどいですね……」

「ったく、またクロムの失敗かよ!」

「二人とも、大丈夫?」


 やがて、ルカの家の玄関から三人の子供が転がるように外へと飛び出てきた。

 三人とも、全身煤まみれだ。その中の一人は、ちょうど俺が探していた相手だった。


「リルカ!」

「えっ、くーちゃん!?」


 驚いたようにリルカが振り向く。鮮やかな桃色の髪が、無残にも煤まみれになっていた。


「どうしたんだよ、大丈夫か!?」


 慌てて起き上がり近づくと、リルカは少し気まずそうにルカの家を振り返った。


「あの、それが……」

「ルカが新たな実験を始めたのですが、助手のクロムが材料の分量を間違えたようです」


 リルカの隣にいた女の子が、冷静にそう解説してくれた。


「えっと、君は……」


 そういえば、前にリルカに話を聞いたことがあった。

 ルカの生み出したホムンクルス。物好きな二体の精霊が、リルカのようにホムンクルスの体に宿りルカの家で暮らしていると。

 ……ということは、この子たちがそうなのだろうか。


「わたしはボレア。あちらがゼフィです」

「覚えとけ鳥頭」

「はぁ!? 鳥頭!!?」


 もう一人の生意気そうな少年が馬鹿にしたようにそう言った。

 いきなり鳥頭とはなんだ!……と怒ろうとしたが、リルカがさっと手鏡をだし俺を映してくれた。

 どうやらさっき茂みに倒れた際に、木の枝やら草やらに引っかかり髪の毛がわちゃわちゃの鳥の巣のようになっていたようだ。なるほど、でも初対面の相手に鳥頭はないだろ!!

 取りあえず簡単に髪の毛を直してそう説教しようとした時、またルカの家の玄関からやかましい声が聞こえてきた。


「だーかーら、もっと慎重に確認しろと言っただろーが!!」

「ひいぃぃぃ、ちゃんと確認したんですよぉ!」


 リルカたちと同じように全身煤まみれのルカが、同じく煤まみれのクロムを引きずるようにそこから出てきたのだ。

 二人は先に退避した三人に視線をやった後、やっと俺たちがいるのに気が付いたようだ。


「あれぇ、クリスさんじゃないですか。お久しぶりです!」

「……なんだか知らんがちょうどいい」


 ルカは俺とアストリッドの姿を眺めて、あくどい笑みを浮かべた。

 あれ、嫌な予感がする……。


「来たからには片付けるのを手伝え」


 やっぱりいぃぃ……!!




 なんだかよくわからない物体や液体が散乱した部屋を片付ける。

 とりあえずよくわからない真っ黒な物体をどかそうとしたところ、意外とぶにぶにした感触のその物体が急に動き出した。


「うひゃあ! なんだよこれ!!」

「あぁ、人工スライムの失敗作ですね。よろしければ差し上げますよ」

「いらねーよ! 捨てる!!」


 気持ち悪いのでとりあえず窓の外に投げ捨てておいた。まったく、こいつらはなんの研究してるんだよ!!


「なるほど、これが錬金術……奥が深いですね……」


 アストリッドが感心したように呟きながら、自動的に床を掃きまわる箒を見ている。

 箒はうっかり床に置かれたままだった木箱の山に衝突して、ころりと倒れて動かなくなってしまった。

 ……中々うまくいかないもんだな。


「ごめんね、もうちょっと頑張ってね」


 リルカがそう呼びかけ箒を立たせると、箒はまた一人でに動き出した。うーん、わけがわからん……。



 何時間もかかったが、なんとか足の踏み場くらいは確保できた。

 みんな疲れたように座り込んでいる。


「取りあえずお茶を……」

「駄目です。さっきの衝撃で食器棚はほぼ全滅です」

「貯めといた菓子もパーだぜ」


 ホムンクルス三人は意気消沈したようにうなだれている。

 ちょっとかわいそうになってきたので、とりあえずここに来る途中に買ってきたお菓子をあげておく。


「一応聞いとくけど、なんでこんなことになったんだよ」

「ルカ先生が実験に失敗したんです」

「原因を作ったのはお前だけどな」


 ルカとクロムはみっともなく責任を押し付け合っている。まぁ、俺としてはどっちでもいいんだけど。


「うーん、なんか滅茶苦茶になっちゃったけどリルカ、大丈夫なのか? アイドルやるんだろ?」


 そう言うと、リルカははっとしたような顔をした。


「衣装はフィオナさんの所にあるから大丈夫だけど……そうだ、練習!」


 リルカが慌てたように立ち上がる。どうやら練習の予定が入っていたようだ。


「早く行け。叱られても知らんぞ」

「でも、ここは……」

「あとは僕たちがやっとくから大丈夫だよ! ほら、早くしないとフィオナ姫が怒るかもよ?」


 ルカとクロムに促され、リルカは渋々と言った様子で立ちあがった。


「すみません、それでは行ってきます!」

「クリスさん、アストリッドさん、すみませんがリルカを送っていってもらってもいいですか?」

「うん、それはいいけど……」


 だいたい片付いたみたいだし、あとはルカたちだけでもなんとかなるだろう。

 取りあえずリルカと共に家の外へ出ると、ホムンクルスの二人が手を振ってくれた。


「リルカ、頑張ってください。精霊の底力を見せつけるのです」

「応援頼んだぜ、鳥頭!」

「まだ言うか!!」


 なんて生意気なガキだ!!

 まったく、リルカはこんなにいい子なのになんでこうも差が出るんだろう。

 そんな事を考えつつ、俺たちは再びフィオナさんの所へと向かった。



 ◇◇◇



「ちょっと、どうしたのよ!!」


 フィオナさんは煤まみれのリルカを見て仰天していた。

 まあ、それも無理はないだろう。


「あの、ちょっとルカ先生の実験に……」

「まったく、あいつはいつも問題ばっか起こすわね……! いいから早く着替えて身だしなみを整えなさい。練習とはいえ、アイドルがそんなだらしないようではダメよ」


 フィオナさんに促され、リルカはぱたぱたと着替えに行ったようだ。

 ……この人、やっぱりアイドルに本気なんだな。


「それにしても、イリスの奴遅いわね。もう時間過ぎてるのに」


 フィオナさんが苛立ったように足を組み直す。

 そういえば、フィオナさんとリルカと、あとイリスもアイドルをやるんだっけ。


「悪いけどあんたたち、イリスを探してきてくれない?」

「いいですけど、どこにいるか目星はついてるんですか?」

「ディオール教授のところか、それかまだ家でだらだらしてるのかもしれないわ」


 イリスの家……っていうとレーテとティレーネちゃんと一緒に住んでるところか。そこの場所なら知っている。とりあえずディオール教授に話を聞いて、いなかったらそちらに向かうとしよう。


 以前訪れた研究室へ向かうと、ディオール教授はいたがイリスはいなかった。

 やっぱり家にいるんだろうか。


「そういえば、つい二日前ここに来た時は……少し体調が悪そうでしたね、練習も大事ですが、無理だけはしないで欲しいものです」

「アイドルっていうのも大変なんですね」


 ディオール教授は心配そうにイリスの様子を教えてくれた。

 どうやら、フィオナさんの練習は中々ハードなものらしい。


「わかりました。イリスにも先生が心配していたと伝えます」

「ありがとう、よろしくお願いしますね」


 頭を下げるディオール教授に礼を言って、俺たちはイリスの家へと向かう。

 ……なんか、嫌な予感がするんだよな。

 フィオナさんの話だと例の記念イベントはもう五日後らしい。この時期になったら、練習よりも体調管理が大事だろう。



 閑静な住宅街の一角に、イリスたちの暮らす家は位置している。

 そっと戸を叩くと、すぐに声がして扉が開いた。

 その向こうに立っていたティレーネちゃんは、俺の姿を見ると驚いたように目を丸くした。


「クリスさん!?」

「はは、久しぶり、ティレーネちゃん」


 うっかりリルカの手紙の内容が蘇って、ちらっとティレーネちゃんの腹部を確認してしまった。

 ……見た目は、いつも通りだ。


「ティレーネ、どうし……なんだ君か」

「よぉ、お前もいたんだな」


 ティレーネちゃんの背後から声がしたかと思うと、今度はレーテが姿を現した。


「イリスはいる? フィオナさんが探しててさ」


 そう告げると、何故かレーテとティレーネちゃんは困ったように目を合わせていた。

 やがて、レーテが小さく息を吐き口を開いた。


「……見てもらった方が早いかな。あがってくれ」


 言葉に甘えて、家の中へと足を踏み入れる。

 レーテは奥の部屋の前へと進むと、小さくドアをノックした。


「イリス、入るぞ」


 レーテに続いて、俺も部屋の中へと進む。そして、そこにあった光景を見て言葉を失った。


「ぁ、クリス……?」


 ベッドの上では、イリスが横になっていた。

 顔は赤いし、すごくしんどそうだ。……一目で体調が悪いと分かる。


「イリス、どうしたんだよ!」

「流行病だ」

「そんな……大丈夫なのか!?」

「安静にしていれば十日ほどでよくなるそうだ」

「そうなんだ、よかった……」


 ほっと安堵に息を吐くと、イリスに睨まれてしまった。


「よく……ないよ……! イベントは、もう……五日、ご、なのに……」

「あ……」


 そういえばそうだった。

 このままじゃ、間に合わなくないか?


「どうするんだよ」

「こんな状態じゃ出れないだろ。仕方ないけど欠席を……」

「そんなの、だめ……! 歌も、ダンスも……三人用で、調整したんだから……!」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」


 レーテが叱ったが、イリスは苦しそうに身を起こそうとしていた。

 レーテが慌ててその体をベッドに戻そうとする。


「練習、行かないと……」

「行けるわけないだろ。落ち着けって!」

「でも、みんな……楽しみに、してるのに……」


 ついにイリスはすすり泣き始めてしまった。

 きっと、イリスはただ自分がアイドルをやりたいだけじゃなくて、記念イベントで島の人々を励ますことに意味があると考えているんだろう。

 こんな直前で流行病にかかって、きっと一番悔しい思いをしているのもイリス自身だ。


「イリス、何度も言うけどその体じゃ無理だ。イベントは二人で頑張ってもらうしかない」

「今から、二人用に調整なんて無理だよ……! せめて、誰か代役を……」


 涙の濡れたイリスの瞳が、俺を捕えたのが分かった。

 あ……嫌な予感がする。


「いた!」


 イリスは急に元気になったように体を起こした。

 思わず俺もレーテもびくりと体が跳ねてしまう。

 イリスはまっすぐに俺を見つめて、はっきりと口にした。


「クリス、お願い……! 私の代わりに、アイドルになって……!!」



「…………はああぁぁぁぁ!!?」



 何を言い出すんだこの子は!!


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