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ガラスの花(3)

 胃が捻じ曲がる様な強烈な不快感が消え、レーテはすぐさま目を開いた。

 そして、そこに現れた光景に思わず目を疑った。


「なんだよ、ここ……」


 自分たちは狭い坑道の中を進み、おかしな台座のある部屋へとたどり着いた。

 その部屋だって、そこまで広いものではなかったはずだ。


 だが、レーテの目の前には……開けた空間に淡く光る花畑が広がっていたのだ。


「なんだよこれ、シーリン……これは夢か?」

「うーん……ほっぺつねっても痛くないから夢じゃないと思う」


 余所から来たレーテだけではなく、この地に住む彼女たちにも事情が把握できていないようだ。


 レーテは動揺を抑えつつ、慎重に周囲を見回した。

 空は暗い……というか空ではなく、天井があるようだ。少なくとも先ほどまで自分たちがいた鉱山は地下にあった。ここも同じように、地面の下にある空間なのだろうか……。

 周囲にはふわふわと綿毛のような小さな光の粒が浮遊しているが、目を凝らしても遠くまでは視認できないほどに暗い。

 レーテの足元には淡く光る花畑が広がっており、見渡す限り建物らしきものはなかった。


「……見たことのない花ですね。地上では群生していないのでしょうか」


 足元の花を調べていたヴォルフがぼそりと呟く。その隣で、テオは腕を組んで何事か思案しているようだった。


「シーリンが台座に触れた途端異変が起こった……。おそらくあれは転移装置だったのだろう」

「わあ! よくわかんないけどすごいね!!」

「馬鹿シーリン! てめぇのせいでこんなことになったんだぞ!? 反省しろ!!」


 何故か嬉しそうなシーリンの横で、メーラは半泣き状態になっていた。

 急にこんなわけのわからない場所に放り込まれて混乱しているのだろう。


「あれはきっと……魔導帝国の遺跡の一部だったのだろうな」


 テオが告げた考察は、レーテの考えていたものと同じだった。

 あの台座のあった部屋の壁に刻まれた文字にどこか見覚えがあった。今思えば、あれは古代魔術語だったのだろう。

 アムラント大学には魔導帝国に関する貴重な資料も所蔵されている。レーテも何度か目を通したことがあった。

 悔やんでも遅いが、最初に目にしたときに気づいて警戒するべきだったのだ。


「まどーてーこく? なにそれ」

「遥か昔、今のアルエスタとフリジア王国の大部分を支配していた帝国だ。今では考えられないほど強大な魔術文明が発展していたらしいが……ある時を境に突如崩壊し、今ではその痕跡すらほとんど残ってはいない」

「数多くの研究者がその真実を追い求めていますが、未だ魔導帝国に関する大部分は不明瞭なままなんですよ」


 何故栄華を誇った帝国が突如崩壊したのか、失われた技の数々はどこへ消えてしまったのか。

 アムラント大学でもその真相を追求しようとする者は多いが、これといった成果はあげられていない。

 だが、今重要なのは古代の帝国が何故滅んだのか……ではないだろう。


「魔導帝国の謎はまた今度だ。今は……出口を探すのが先決だろう」


 ここがどこなのかもわからないが、とにかく元の場所に戻らなければならない。

 フリジアにはティレーネとイリスが残っている。彼女たちを置いて、こんな所で果てるわけにはいかない……!

 先ほどは台座に触れた途端転移が発動したので同じような台座を探したが、少なくともこの近辺に同じものはないようだ。


「私たち、帰れるんだよな……?」

「あれが魔導帝国の遺産なら、必ず帰還用の装置も用意してあるはずです。見たところこの場所は壊れても崩れてもいないようですし、探せば見つかるでしょう」


 力強くそう告げたヴォルフに、メーラは安心したように息を吐いた。


「よし、行くぞ。……ここは未知の領域だ。警戒だけは怠るなよ」


 神妙な顔でそう告げたテオに、レーテ達はしっかりと頷き返した。



 ◇◇◇



 周囲に生き物の気配はないが、何が潜んでいるとも限らない。

 テオを先頭にして、レーテ達は慎重に歩みを進めた。

 今は花畑を通り過ぎ、草原のような場所を歩いている。だが足元に生えている草は、やはり地上ではお目にかかった事のない不思議な植物だった。


「うーん、これ食べれるかなぁ……」

「やめとけよ。いきなり体がスライムみたいに溶けても知らんぞ」

「こ、怖いこと言うんじゃねーよ……!!」


 テオの言った事はでたらめだろうが、さすがのシーリンも体がスライム状に溶けると聞けばいい気はしないのだろう。

 足元から引き抜いた草を口にしようとしていたが、興が削がれたように地面に草を放り投げていた。


「ほら、道草食ってる暇はない。行くぞ」


 テオに促され、シーリンを除く一行は歩き出そうとした。

 だが、シーリンはその場から動かない。


「シーリンさん、どうかしたんですか?」


 訝しげに問いかけたヴォルフに、シーリンはゆっくりと振り返った。

 その顔は、珍しくどこか引きつっている。


「……ねぇ、メーラ。私たち友達だよね」

「い、いきなり何言ってんだよ。まぁ……友達って事にしてやってもいいけど……」


 どこか照れたようにメーラがそう返すと、シーリンは今度はテオ、ヴォルフ、レーテに順番に視線を投げかけた。


「テオにゃんも、ヴォルヴォルも、レーテ君も、私たち……仲間だよね」

「あぁ、それがどうかしたのか?」

「じゃあ、私のこと……置いてかない……?」


 常に無邪気なシーリンが、不安そうな顔を隠そうともしていない。

 息を飲んだレーテの前で、彼女はそっと足元を指差した。


「足……うごかないんだよ!!」


 彼女の足元に視線をやる。そこには……地面から生えた植物のツタがまるで逃がさないとでもいうようにしっかりと絡みついていたのだ。


 そう気づいた次の瞬間、周囲の草が一斉にレーテ達に向かってツタを伸ばしてきた。


「ちっ! 捕まるなよ!!」


 テオがメーラを抱えながら素早く剣を振りツタを切り裂く。

 レーテも自身を捕えようと伸びてきたツタに即座に雷撃を撃ち込んだ。

 雷撃を喰らうと、ツタはしゅるしゅると引っ込んでいく。大丈夫……勝てない相手ではない!

 だが、次の瞬間苦しげな呻き声がレーテの耳に届いた。


「うっ、ぐ……!」


 慌てて振り返ると、そこではシーリンがあまたのツタに絡みつかれて苦しげな声を上げていた。

 足は先ほどからツタに捕えられ逃げることもできないだろう。必死に胴体に絡みつくツタを引きはがそうとしているが、彼女の力では引き剥がせないようだ。

 そのシーリンの背後から彼女の首を絞めようとツタが伸びているのに気が付いて、レーテはひゅっと息を飲んだ。


 テオは片手でメーラを抱えながらツタを切り裂いている。ヴォルフはそんなテオを援護しているようだ。

 今シーリンを助けられるのは、レーテしかいない……!


「伏せろ! シーリン!!」


 そう叫んだ次の瞬間、シーリンの顔のあたりを狙って電撃を撃ち込む。

 彼女ごと巻き込む可能性もあったが、シーリンは何とかままならない体で伏せる……というよりも地面に転がった。

 そして、レーテの放った電撃は確かに今まさにシーリンの首を狙っていたツタへと直撃した。

 レーテの攻撃に周囲のツタたちは怯んだようだ。その隙に、シーリンに近づき彼女を戒めていたツタを切り裂く。


「とにかく斬れ! 斬って斬って斬りまくれ!!」

「りょーかい!!」


 自由を取り戻したシーリンの目がぎらりときらめく。

 先ほどまでの気弱な様子はなく、そこには狩人の顔をした少女がいた。

 彼女は素早くレイピアを構えると、勇ましく周囲のツタを切り裂いて行った。


「よぉくもやってくれたなあぁぁ!!」


 レーテたちの猛攻にシーリンも加わり、植物たちも敗色を悟ったのだろう。

 ツタはしゅるしゅると地面に生える草の中に消えていき、そこに残ったのは先ほどの静かな草原のみだった。


「ふぅ……なんだったんだろ」


 シーリンが不快そうに地面に生えた草を足でつつく。だが、その草が反応することはなかった。


「てめぇが食べようとしたから怒ったんだろ、馬鹿シーリン!」

「食べてないよ! ちょっと引っこ抜いてみただけだもん!!」

「それがいけないんだろ!!」


 メーラがぎゃんぎゃんとシーリンにつっかかっているが、その手はどこか不安そうにぎゅっとシーリンの服を握りしめている。


「あのツタ……意志があるみたいだった」


 そんな二人を横目で見つつ、レーテは先ほどの植物の行動について考えていた。

 見た目は植物のようだったが、あのツタは確かに意志を持ち、ある程度の知能も持ち合わせているように思えた。


「以前、似たような魔物と戦ったことがあります。でも、あれが魔物かどうかは……」


 ヴォルフが何か考え込んでいる。

 確かに、あの植物の行動だけを見れば魔物と言ってもおかしくはないだろう。だが、いつも相手にしている魔物とはどこか気配が違った。おそらく、ヴォルフもそれを感じているのだろう。


「……ここが魔導帝国の遺跡だというのなら、何が出てきてもおかしくはない。くれぐれもうかつな行動はするなよ。特にシーリン」

「…………はーい」


 テオに名指しされシーリンがしゅん、とうなだれた。彼女の頭上の猫耳も元気なさげに垂れている。

 常に能天気な彼女も、さすがにこの状況が普通ではないと感じ始めたのだろう。


「先に進むぞ。ここにいても何も始まらない」

「……わかった」


 より警戒を深め、レーテ達は再び歩き出す。

 ふと、ティレーネの顔が思い浮かんだ。

 彼女の淹れてくれた熱い紅茶が飲みたい。無性にレーテはそう思った。

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