ガラスの花(2)
「中々見つかりませんね……」
やる気満々だったヴォルフにも、少し疲れが見え始めた。
採掘を始めて数時間、宝石らしきものはまったく見当たらなかった。
「当たり前だろ。宝石なんてそう簡単に見つかるもんじゃねぇからな」
「うーん、もうへとへとだよぉ……」
シーリンがずるずるとその場に座り込む。レーテも額の汗を拭って、大きく深呼吸した。
「おい、このくらいで諦めるのか? お前たちの情熱はその程度なのか!?」
一人黙々とつるはしを振るい続けるテオが、少し馬鹿にしたような口調でそう口にした。
「……いえ、必ずや宝石を見つけ、クリスさんに献上します!!」
ヴォルフもはっとしたように立ち上がり、再びつるはしを振るい始める。
……果たしてクリスは宝石なんて貰って喜ぶのだろうか。レーテの知っているクリスは、宝石よりもその辺で買ったケーキでも渡してやったほうが喜びそうに思えてならなかった
まあ、今更そんなことをヴォルフに言っても無駄だろう。
仕方なく、レーテも再びつるはしを手に取る。
「そういえばさー、テオにゃんの彼女ってどういう人? まさかリルリルだったりして!!」
「……残念だがオレにはそういう趣味はない。リルカもやっかいな奴に目をつけられているようだが」
シーリンはぺちゃくちゃと、テオが聖恋祭のお返しを渡す相手について質問攻めにしている。
ひとしきりテオへの質問が終わると、彼女は目を輝かせてレーテの方を振り返った。
「ねぇねぇ、君は?」
うわ、来た……とげんなりしたが、彼女が仲介役を務めてくれた以上、無視するわけにもいかない。
レーテはぼそぼそと言葉を返した。
「君の彼女ってどんな人?」
「……お返しを考えてる相手は、彼女じゃないよ」
「えっ、じゃあ片思い!?」
「……どうなんだろうね」
周囲から見れば、ティレーネはレーテに好意を抱いているように見えるだろう。
だが、レーテは実の所……あまり自信はないのだ。
ティレーネが好きになったのは、虚構の存在である「勇者クリス」だ。
勇者に選ばれ、常に人々の為に戦う「勇者クリス」。悪事に手を染め、一度は妹を見捨て、会ったばかりの人間を騙しその全てを奪い取ったレーテとは大違いの存在だ。
だから……現在のティレーネが「勇者クリス」ではなくレーテを本当に好いているのかどうかは……レーテにはわからなかった。
聖恋祭に惚れ薬まで入ったチョコを渡そうとしたところを見ると、思ったよりも望みはあるのかもしれない。
だが、どうしても疑心を捨てられない。
ティレーネはレーテではなく「勇者クリス」の幻影を追っているのではないかと、今でもそんな幻想に捕らわれている。
レーテ自身は、誰よりもティレーネのことを大切に思っている。
それが恋愛感情なのかどうかははっきりとわからない。
元々男も女も、レーテはそういった意味で好きになったことはなかった。
だが、今も昔もこれからも妹であるイリスを除いて、ティレーネ以外の人間を自分の近くに置くつもりはないし、レーテの隣はずっとティレーネの場所であると思っている。
ずっと彼女と共に居たい。だが、近づいてしまえば今のこの距離感が崩れ、ティレーネが去ってしまうのではないかと思わずにはいられない。
自分たちは、そんな曖昧な関係を続けているのだ。
ヴォルフやクリスが少し羨ましい。
彼らのように立場も種族も性別も超えて、躊躇することなくお互いのことを好きだと言えたなら、きっと幸せなのだろう。
聖恋祭のお返しとして宝石を渡せば、ティレーネはどんな反応をするのだろう。
少し怖いが、どこか期待するような気持ちもあった。
「宝石、見つかるといいね。君がそんなに頑張って見つけた物なら、きっと彼女にも伝わるよ!」
「……ありがとう」
面と向かって礼を言うと、シーリンはにっこりと笑った。
……すこし鬱陶しい所もあるが、彼女の底抜けに明るい性格に救われるのも確かだ。
「えへへ、次はヴォルヴォルの番だよ!」
シーリンが矢継ぎ早にヴォルフに質問を繰り出すのを横目で視つつ、レーテはぐっとつるはしを構えなおす。
そのまま、ヴォルフがクリスのことを「天使のような人」だとか「すぐに照れ隠しで怒って真っ赤になるのがかわいい」だとか聞いてるこっちが恥ずかしくなる言葉で褒め称えるのを耳に入れつつ、つるはしを振るい続けた。
そのうちに、つるはしの当たる音が変わった。
「ん?」
目の前の岩の壁に勢いよくつるはしを振り下ろすと、ぼこりと音がして小さく穴が開いた。
その向こうは真っ暗だったが、空洞になっているだった。
別に宝石があるとは限らないが、少しだけその空間が気になった。
「……テオ、ここを壊してもらってもいいか?」
そう呼びかけると、すぐにテオがやって来た。
こういうのは彼に任せた方が早いだろう。
「おい、あんまり乱暴にすんなよ。崩落の危険だってあるんだからな!」
どこか慌てた様子のメーラを尻目に、テオは大きくつるはしを振り上げる。
そして一撃。
「はああぁぁぁぁ!!」
小気味よい音を立てて、空洞を塞いでいた岩は粉砕された。
「わあ、すごーい! これってまだ奥に行けそうじゃない!?」
シーリンが目を輝かせて暗闇の奥を指差す。明かりをかざしてみたが、行き止まりではない。
彼女の言う通り、空洞は更に奥へと続いているようだった。
「すごい穴場だったりして!」
「行ってみる価値はありそうですね」
おそらくシーリン以外の皆はこの奥に宝石があると思っているわけではなく、単なる気分転換のつもりだろう。
だが、ひたすら採掘作業を続け肉体的だけではなく精神的にも疲れているのは確かだ。
この奥に何があるのか、もしくは何もないのか、確かめてみたい気持ちはあった。
目を輝かせ歩き出したテオを先頭に、レーテ達は空洞の奥へと歩みを進める。
意外にも空洞は、かなり奥まで道のように伸びていた。
……まるで、人工的に作られた場所のように。
「ここって……昔使われていた通路か何かでしょうか」
「その可能性がないわけじゃねぇが、私はそんなの聞いたことないな。少なくともあそこを塞いでいた岩は自然の物に見えたぞ」
メーラも訝しげに周囲を見回している。レーテはそっと横の壁のようになっている岩に触れた。
……何の変哲もない岩のようだ。おそらくたまたま通路のようになっているだけで、この空洞自体は自然の産物なのだろう。
だが、レーテのそんな思考は聞こえてきたテオの声に打ち消された。
「おい……なんだここは」
テオに遅れてレーテもその空間に足を踏み入れ、思わず息を飲んだ。
空洞の道の先は、大きくひらけた空間になっていた。その部屋の中心に、何かの台座のような物が鎮座していたのだ。
「何かの遺跡でしょうか」
「わ、私は知らないぞこんな場所……」
よく見れば、その部屋の壁にも何か文字のような物が刻まれている。
レーテは近づきよく目を凝らしてみたが、かなり古いものなのか解読は難しそうだった。ただ、その文字の形はどこかで見覚えがあった。
「これは……」
「あー! なんだろこれ!!」
その時やたらと能天気な声が聞こえ、レーテは反射的に振り返った。
そして、思わず目を見開く。
中央の台座に近づいたシーリンが、そこに手をかけて何かいじろうとしているではないか!
「なんかこれ押せそうだよ!」
「おいっ! うかつに触──」
「そーれぽちっとな!」
こういう遺跡はまだ仕掛けが生きている場合がある。うかつに触れば、よくない結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
そう忠告しようとしたが、一歩遅かった。
「え、なんだよこれ……」
メーラが怯えたような声を上げる。
シーリンが台座を押した瞬間、いきなり部屋の壁の文字が青く光り出したのだ。
「逃げるぞ、早く!」
仕掛けが作動したのかもしれない。レーテはとっさに先ほど来た道へと逃げ出そうとした。
だが、これもまた遅かった。
「っ……!」
まるでなにかに胴体を掴まれたかのような浮遊感を覚えた直後、視界がぐるりと回った。




