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女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(5)

 冷静になって昨日の自分の行動を思い返してみよう。


 田舎から出てきた純朴な女性と出会い、いきなり往来で胸を揉んだ。

 ……この時点でどう考えてもアウトだ。

 更には言葉巧みに自宅に誘い、酒を飲ませ泥酔させ抵抗できなくしたところを襲い掛かり……彼女の純潔を散らした。

 ……駄目だ。どんな言い訳も通用しない。待っているのは「死」のみだ。


 血気盛んな後輩がこの醜聞を知れば

「この恥ずべき性犯罪者めっ! ティエラ様の名のもとに私が天誅を下してやる!!」

 と潔く首を刎ねてくれるだろうし、生前のアンジェリカがいれば

「あなたって本当に最低の屑だわっ!」

 と気持ちの良い罵倒をくれることだろう。

 ラザラスとて、もしも昨夜のような卑劣な犯罪現場に居合わせたら迷うことなく犯人を斬っていただろう。

 そう……それだけ大変な事をしでかしてしまったのだ。昨夜の自分は。


「いやいや何やってんだよお前! あぶないだろ!って……うわっ!!」


 ラザラスが剣を取ったのを見て慌てたマリカがベッドから降りようとする。

 だが、突如バランスを崩してベッドから転落してしまった。


「マリカ!!」


 ラザラスは彼女を助けようととっさに手を伸ばした。


「っぅ……!」

「大丈夫か!? 何やって……っ!」


 今のマリカは一糸まとわぬ姿だ。

 思わず助け起こした所で素肌に触れてしまい。ラザラスはまたパニックに陥りかけた。


「ごめ……力、入らなくて……」

「あ、あぁ……」


 十中八九昨夜の自分の行動のせいだろう。

 できるだけ彼女の裸体から目を逸らし、素肌の感覚を意識しないように気を付けマリカ抱き上げベッド上に戻す。

 マリカはそこでやっと自分が何も身につけていないことに気が付いたのか、慌てた様子で毛布を手繰り寄せていた。


「あの、クリストフ……」

「…………」


 とにかく何か言わなければ、と口を開いたが、うまく言葉が出てこなかった。こんな経験は初めてだ。

 マリカはじわじわと状況を理解し始めたのか、羞恥心から赤く染まっていた顔が今はショックからか青白くなっている。


「……済まなかった」


 取りあえず床に頭をこすりつけ謝罪した。

 昨夜の自分の行動はどれだけ謝っても許されるものではない。取りかえしのつかないことをしてしまったと重々承知はしている。

 だが、どうしても謝らずにはいられなかった。


「……びっくりした」


 マリカが俯いたままぽつりと呟く。

 少し遅れて、昨夜のことを言っているのだとラザラスは気が付いた。


「お前、がっつきすぎだよ。その……はじめて、だったのに……」

「…………済まなかった」


 毛布を握りしめるマリカの手が震えている。

 口では気丈な事を言っているが、彼女の受けたショックははかり知れないだろう。


「……まぁ、気持ちは分からないでもないけどさ。私も、前は男だったし」

「…………」

「でも、私たち親友じゃん……! お前にとって、私ってその程度の存在だったの……?」


 ぽたり、とマリカの手の甲に雫が零れ落ちた。

 声も上げずに泣いているのだと気づき、ラザラスは愕然とした。


「い、田舎から出てきた何もできない女だから……適当におだててヤリ捨てしてやろうってっ……」

「違う!」


 思わずそう叫んでいた。

 違う、自分はそんな事は微塵も考えてはいない。

 確かに昨夜の行動は軽率だったと言わざるを得ないが、決してマリカの存在を軽んじていたり、彼女を傷つけようと思っていたわけではない。


 ……じゃあ何故、あんなことをしたのか?


 泣き濡れた瞳で、それでも気丈に顔を上げて、マリカはラザラスを睨み付けていた。

 その顔を見て、わかった。わかってしまった。

 クリストフは前世の親友だ。でも、自分はそんな親友に……


「君、が……」


 怒りからか赤みを取り戻した頬に目を奪われる。

 あぁ、昨夜もこうだったな……。


「君が、あまりに魅力的だから」

「…………は?」


 そう呟いた瞬間、マリカは間抜けな声を上げた。


「君に惹かれる心を抑えきれずに行動を起こしてしまった。本当に済まないことをしたと思っている」

「え、いやあの……」

「君は俺が今まで出会った女性の中で一番美しい。容姿だけでなく、その魂の色までも」

「……おい、アウグスト」

「情けない男だと笑ってくれ。その剣で俺を殺してくれてもいい。君に殺されるのなら本望だ」

「ちょっと黙って」

「喜んでこの愛に殉じよう!」

「黙れっつってんだろが!!」


 マリカが投げつけた枕が顔面にヒットし、ラザラスはバランスを崩しそのまま背後に倒れ込んだ。

 すぐさま起き上がると、マリカが毛布を掴んでぷるぷると震えていた。

 その顔はゆでだこのように真っ赤になっている。


「……もう! なんなのお前!! よく恥ずかしげもなくペラペラとそんなこと言えるな!」

「すべて事実だ。俺は君に惹かれている」

「~~!!! だから黙れって!!」


 もう投げつける物がなくなったのか、マリカは毛布を頭からすっぽりかぶって何事がもごもごわめいている。

 ──頭隠して尻隠さず

 白くしなやかな足が毛布の下からのぞいて、ラザラスは思わずガン見してしまった


「ていうかなんなんだよお前! よくも私相手にそんなこと言えるね!! 私の前世はクリストフなんだよ!!?」

「それは減点要素にはならない。むしろ大幅な加点要素だ」

「お前の基準が分からないよ……」


 マリカが恨めしげに顔を覗かせる。

 ラザラスは大きく息を吸うと、床に落ちた剣を拾いマリカに差し出した。


「……どんな理由をつけたとしても、俺が昨夜君にしたのは許されざることだ。君には俺を罰する権利がある。煮るなり焼くなり斬るなり好きにしてくれ」


 自分のしたことを公にすれば誰かがラザラスを裁くだろうが、それではマリカの気が収まらないのかもしれない。

 マリカはそっと剣を手に取ると、ラザラスを睨み付けた。


「……目、閉じろ」

「あぁ……」


 目を閉じると、様々な思い出が蘇った。前世のことや、今世のことが。

 現状ルディスはこの地を去り、ひとまずは平和が訪れている。

 この世界にはまだ、希望を持ち、進み続ける者がたくさんいる。

 ここでラザラス一人が死んだとしても、きっと大丈夫だ。

 そう思ったからこそ、ラザラスはどこか穏やかな気持ちだった。先ほどマリカに告げた『君に殺されるのなら本望だ』という言葉も、あながち嘘ではない。

 こんな幕引きも、悪くはないだろう。


 次の瞬間、ラザラスを衝撃が襲った。


「どえりゃあ!!」

「ぐふっ!」


 腹のあたりに鈍い痛みと衝撃を感じ、思わずその場に崩れ落ちる。

 反射的に目を開くと、紅潮した顔のマリカが目の前に立っていた。

 マリカは何故か逆手に剣を持っていた。百年前、クリストフがかっこつけてそんな構えの練習をしていたことを覚えている。


 自らの腹に目をやると、打撲の跡が残っていた。

 ……どうやら、柄の部分で殴られたらしい。


「……馬鹿! お前ってほんとに馬鹿だな!! 殺せるわけ、ないじゃん……!」


 マリカの手から力が抜ける。重い音を立てて、剣が床に落下した。


「どうせ酔った勢いでやっちゃったとかそんなんだろ。まったくしょうがないな」

「いや……」


 今までそんな失敗をしたことは一度もない。

 だが、その言葉を否定もできない。理性が働かないほど酔っていたのは確かだろう。


「あのなぁ、私だったからなんとかなったけど気をつけてよ。お前、せっかく神殿騎士なんてエリート職なんだし」

「それは…………俺を、許すのか?」


 まさかと思って顔を上げると、マリカはどこか困ったように笑っていた。


「百年前、お前には結構助けられてたし、まぁ気持ちはわからないでもないし……」


 あぁ、俺の親友は天使か女神かなにかに転生したのだろうか。

 ラザラスは思わず跪き祈りを捧げたい気分に駆られた。


「あ、でも……」


 そんなラザラスに気づいていないのか、マリカはふと言葉を止めた。


「その、もしもの時は…………ちゃんと、責任……とって、よ……」


 最後の方は小声になっていたが、ラザラスの耳ははっきりとマリカの言葉を捕えていた。



 ──責任を、取る



 次の瞬間、頭の中で祝福のファンファーレが鳴り響いた。



「わかった、結婚しよう」

「は?」

「君の故郷にも挨拶に行かないとな」

「いや、そういう事じゃなくて、子供ができちゃったらとかそういう……」

「子供も欲しいな。出来れば男と女の両方。だが俺はもう少し二人の時間を満喫したい気持ちもある」

「ちょっと待って」

「俺たちの子供ならきっとかわいいだろう。名前はどうしようか」

「落ち着けアウグスト」

「クリスに許可を取ってアンジェリカと名づけるのはどうだろうか」

「ラザラス!!」


 大声ではっと我に返ると、マリカはまた真っ赤になってぷるぷると震えていた。

 ……そうだ、何よりも大事な事を忘れていた。


 再びベッドに腰掛けたマリカの前に、うやうやしく跪き、その手を取った。


「これから、俺のすべてをかけて生涯君を守ると誓おう。だから……」


 大切な親友。ずっと会いたかった親友。

 もう一度会えたのだから、もう二度と離れたくない。離すつもりもない。


「俺と、結婚してくれないか」


 出会って一日しか経っていない女性に求婚するなど、世間が知れば笑うだろう。

 だが、そんなものはどうでもいい。

 ラザラスとマリカは、百年以上も前から固い運命で結ばれていたのだから。

 自分と彼女の二人だけが、その事実を知っていればよいのだ。


「アウグスト……ううん、ラザラス」


 マリカは跪くラザラスと目を合わせ、そして……そっと、笑った。



「まずは服着ようか」



 そういえば起きた時から全裸だった。

 その言葉で、ラザラスは初めて自分が全裸のまま前世の親友にプロポーズしてしまった事実を思い出したのだ。

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