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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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30 過去とこれから

「……誰かと思えば、おまえらか……」


 目の前の牢の中では、一人の男がこちらを睨みつけている。


 ここはフレーメルの街の教会地下牢。邪教徒など教会でなければ対処が難しい人を勾留しておく場所だ。薄暗くて寒々しい嫌な感じの場所である。

 聞きたいことがあった俺たちは、翌日さっそくここにやって来た。リルカはショックを受けるといけないので、別の場所に預けてある。昨日さんざん泣いていたあの子には、もう辛い思いをさせたくはないからな。


「おい、何の用だ……」


 目の前の男はうっとしそうに俺たちを見ている。まあ、無理もない。俺たちがこいつをここに入れたようなものなんだから。

 そう、こいつはリルカを操っていた邪教徒の男だ。もっと打ちひしがれているかと思いきや、意外と元気そうだった。何だか小屋であった時よりも顔色がいいような気もする。意外とここのご飯がおいしかったりするんだろうか。


「オレと会うのは初めてだろう? 勇者テオだ。あの小屋から街までおまえを背負ってきたのはオレなんだぞ」

「……何が言いたい。まさかそのことを感謝しろとでも言いに来たのか?」

「いや、そうじゃない。おまえに聞きたいことがあって来た」

「聞きたいこと……?」


 男は怪訝そうな顔をしたが、テオは構わずに続けた。


「リルカの事だ」

「リルカ……ああ、あの子供か……」

「答えてくれ。リルカとはどこで出会ったんだ?」


 そう、これこそが俺たちが今日ここへ来た目的だ。

 どうやらリルカはこの男に会った時より過去の事を覚えていないらしい。ならこの男が何か知っているんじゃないかと予想したわけだ。


「……あの子供は、邪教徒の男が連れて来た」

「邪教徒……?」


 もっと粘られるかと思ったが、男はあっさりとそう答えた。少しはリルカを利用していたことに罪悪感でも覚えているのだろうか。


「俺は周りの奴らを見返してやりたかった。そこに現れたのがその男だ。奴は俺にいくつかの邪術を教え、あの子供を引き渡した。リルカという名前もその時に聞いたな」

「他にリルカの身元がわかるような情報は?」

「……何も。名前しか知らん」

「その男については?」

「さあな、名乗りすらしなかったさ。ただ、奴はおそらくエルフだ。黒いフードの中から長い耳がのぞいていた」

「他には?」

「はあ? もう話すことはない」


 そう言うと、男は俺たちに背を向けてしまった。でも、思ったよりはいろいろ話してくれたな。リルカについては何もわからなかったが、怪しげなエルフが関わっていたという事はわかったんだ。


「でもさ、前小屋で会った時と雰囲気違わない?」

「……俺も元々はティエラ教徒だったんだ。……不思議だな、あそこから離れた今となっては、何であんなに邪教に傾倒していたのかわからないくらいだ」


 男はこちらを振り返ると自嘲気味に笑った。不幸な巡り合わせがあっただけで、もしかしたらそんなに悪い人じゃなかったのかもしれない。


「そうか、ここから出たら心を入れ替えて働けよ」

「言われなくてもそのつもりさ。自分がしたことの罪は償うつもりだ」


 これ以上長居すると教会の人がやって来るかもしれない。またリルカと大鴉の事を聞かれたら面倒だ。俺たちが立ち去ろうとした時、唐突に男がテオを呼びとめた。


「待て、勇者。……これを持って行け」


 男は檻の隙間からテオに向かって何か石の様な物を投げつけた。

 テオが受け止めたその石を見ると、どうやらブローチのようだった。


「何だ、これは?」

「……あの子供が最初から持っていたものだ。邪魔になるから外しておいたが……貴様が持って行け」

「リルカが持ってただって!?」


 俺は慌てて投げつけられたブローチを確認した。

 中央に大きな赤い石が付いており、周りは銀でふちどりされている。よく見ると、赤い石の中に何やら模様が刻まれているのが見えた。


「これって……」

「月と星……か?」


 丸い円の中に、月と星が重ねられたような不思議な模様が刻まれていた。残念だが俺には見覚えがない。


「これはどこのものなんだ?」

「さあな、俺には分からん」


 男はそっぽを向きながらそう答えた。

 テオもヴォルフも難しい顔をしている。二人にも心当たりはないようだ。


「でも、これがリルカの身元の手掛かりなんだよな……」


 これで一歩……いや、二、三歩くらいの前進だ。このブローチの出所を探ればリルカの事が何かわかるかもしれない。


 俺たちはあらためて男に礼を言って地下牢を後にした。男は後ろを向いたまま何も応えなかったが、その後ろ姿はどこか満足そうに見えた……ような気がする。



 ◇◇◇



「やーん、かわいいぃー」

「リルカちゃーん、こっちのケーキはどう?」

「もっともっとあるからね~!」


 昼下がりのスイート☆ミャゴラーレでは、とある一つの席から何人ものメイドさん達の黄色い声がひっきりなしに聞こえてくる。だが、その席に座っているのはどこかの金持ち貴族でも、後先考えない貧乏勇者でもない、一人の少女だ。


 地下牢へ邪教徒の男へ会いに行く際に、リルカの事を連れて行くわけにはいかなかった。宿屋に一人置いて行くのも心配だったので、ここスイート☆ミャゴラーレで預かってもらう事にしたのだ。

 迷惑かな、と思いもしたが結果はご覧のとおり、リルカはメイドさん達にモテモテだった。まあ、リルカはかわいいから仕方ないね。


「早かったのね、もっと遅くても良かったのに」


 客に料理を運んでいたリオネラが、店に入ってきた俺たちに気づいてこちらにやってきた。

 彼女はあのリルカハーレムには入っていないようだ。まあ、いつも厳しい彼女が「リルカちゃんかわいい~」なんていう所は想像できないけど。


「そんなに迷惑はかけられないからな」

「別に、あの子ならずっといてくれてもいいわ。みんなのやる気もあがりそうだし」

「まったくだよ。本気であの子をここに残していくと言う選択肢はないのかい? 決して不自由はさせないよ」


 いつの間にかオーナーまでやって来ていた。オーナーはリルカの事情|(大鴉だという事は伏せてだが)を聞いてからずっと、俺たちにリルカを引き取りたいと申し入れていた。

 こんな店をやっている割には、オーナーは誠実で優しい紳士だ。金も持っている。

 俺たちの危険な旅に同行させるよりも、家族が見つかるまでオーナーに預けようか、とも考えたが、やっぱりリルカの事情を考えると危険な気もする。

 そう説明しようとした時、傍らから小さな声が聞こえてきた。


「あのっ……リルカは……」


 リルカはぎゅっと服の裾を握りしめて、必死な様子で声を絞り出した。


「リルカは……テオさんと……一緒に、いきたい! それで、世界を……助け、たいんです……!」

「リルカ……」


 まだ自分の状況も、俺たちのこともよくわからないはずなのに、そんな事を言ってくれるのか。

 俺がリルカに声を掛けようとする前に、テオが膝をついてリルカの前にしゃがみこんだ。テオの視線と、リルカの視線が同じ高さで交じり合う。


「いいぞ、リルカ。オレと共に世界を救おう!」

「はい……テオさん……!」


 二人は固く握手を交わした。おぉーっ! と周囲からどよめきが起こり、その後に店中に拍手が響いた。メイドさんも店にいた客も、幼い少女の決意に惜しみない拍手を送っている。俺もなんとなく雰囲気に乗せられて拍手をした。


「リルカちゃん、旅立つ君にこれを贈ろう」


 オーナーが進み出て、リルカに猫耳カチューシャを手渡した。

 嫌がらせかと思ったが、どうもオーナーは本気のようだ。リルカも深く頷いて猫耳カチューシャを受け取った。……よくわからない儀式が完了したようだ。ちょっと周囲の一般客の視線が痛い。


「リルカちゃーん、また来てねー!!」

「おいしいケーキ用意しておくからねー!!」

「テオさんが世界を救うのを楽しみにしてますね!!」

「皆さんお元気でー!」


 こうして、たくさんのメイドさんに見送られながら俺たちはフレーメルの街を後にした。いつも厳しいリオネラも、この時ばかりは笑顔を見せてくれた。思えば何で彼女はこの店で働いてるんだろう。意外とコスプレ好きだったりするんだろうか。うーん、何かそんな気がしてきたぞ。



 ◇◇◇



「リルカ、わかってると思うがオレ達は危険な旅をしている。魔物と戦う事も日常茶飯事だ」

「うん……」

「できる限りはオレも守ってやるつもりだが……もしもの為にお前にも戦闘手段を身に着けて欲しい」

「もちろん、です……」


 フレーメルの街を出て、俺たちは街道を進んでいた。

 前を歩くテオは、何やら真剣な顔をしてリルカに語りかけている。本人曰く、勇者の心得を説いているらしい。テオが本当に勇者の心得なんてものを持ち合わせているかどうかは怪しいし、きっと聞いているリルカもよくわかっていないだろう。

 俺とヴォルフはその光景を少し後ろを歩きながら眺めていた。


「戦闘手段っていってもさ、リルカなら余裕じゃないか?」

「そうですね、なにせテオさんと張り合うくらいの怪力ですから」


 かつて大鴉として現れたリルカは、素早い動きと馬鹿力で俺たちを圧倒した。怪力男のテオだから何とかなったものの、普通の人間だったら危なかっただろう。

 そんなリルカなら、魔物の一匹や二匹なんて余裕だろう。そう安心しきっていると、近くの草むらにネズミのような魔物がいるのが見えた。


「あ、あそこ! 魔物がいる!!」

「リルカ、出番だ! 勇者の力を見せつけてやれ!!」

「は、はいっ……」


 リルカは魔物の前に進み出た。その手には新調した鉤爪が装備されている。


「え、えいっ!」


 かわいらしい掛け声をあげて、リルカが魔物を引っ掻いた


『ぴぎぃー!!!』

「ひゃあぁぁ!」


「……あれ?」


 魔物は生きている。というか、ほとんどダメージすら受けていないようだ。攻撃され逆上した魔物は、怒ってリルカに襲い掛かった。リルカは必死に魔物から逃げている。


「ヴォルフ、やばいやばい!」

「……はい」


 ヴォルフはナイフを取り出すと、ネズミ型の魔物に向かって投げつけた。寸分たがわず魔物に命中し、魔物はひっくり返って動かなくなった。


「あ、ありがとう、ございます……」


 リルカはその場にへたりこんだ。俺たちは慌ててリルカの方へ走った。


「リルカ、大丈夫か!?」

「はい……ごめんなさい……」

「リルカ、どうした。調子が悪いのか? 前みたいに『攻撃開始します』とか言わないのか?」


 テオの質問に、リルカは静かに首を振った。

 確かに、大鴉として戦った時のリルカと、今のリルカはまるで別人みたいだった。今のリルカは、魔物に怯える普通の女の子のように見える。


「あの……テオさんと、戦った時は……自然に体が動いて……。リルカだけど、リルカじゃないみたいに……。どうして、かな……」


 リルカは不思議そうに自身の両手を見つめている。……とても嘘をついているようには見えなかった。


「人を凶戦士のようにしてしまう邪術、とかかもしれませんね」

「そっか、そうだとしたら術がきれたリルカは普通の女の子と同じって事か」


 そんな恐ろしい事が出来るなんて、邪術が禁止されるわけだ。リルカみたいなかわいい女の子でもあんな風になってしまうんだから、なんかの間違いでテオみたいなやつにかかったら……なんてて想像するのも恐ろしい。


「あの……ごめんなさい……」


 俺たちがそんな話をしていると、リルカが申し訳なさそうに謝って来た。


「リルカ……みなさんの、お役に……たて、なくて……」


 リルカの瞳に涙が溜まっている。これは大変だ! 俺は慌ててリルカをフォローしようとした。


「リルカ、心配するなよ!! 俺だってめちゃくちゃ弱くて周りに迷惑ばっかりかけてるし!! これからだよ! これから二人で強くなろう!」


 思うようにいかなくて自分が情けなくなることなら、俺にも覚えがある。きっとリルカも同じなんだろう。だったら、俺たちは同志だ。これから二人で一緒に強くなっていけばいい。


「そうだな、リルカ。気にするな。クリスみたいに開き直れ」

「いや俺だってけっこう気にする事はあるし」

「まあ、でもこれで次の目的地は決まりましたね」

「え?」


 よくわからなくて聞き返すと、ヴォルフは俺が持っている杖を指差した。


「冒険者の街フォルミオーネ。あなたもいろいろ試したじゃないですか」

「そっか、あそこならちょうどいいな!」


 あの街ならありとあらゆる武器や防具が揃っているので、きっとリルカにぴったりの戦闘スタイルも見つかるだろう。それにアニエスにも久しぶりに会いたいし。ちょうどいいだろう。


「よし、フォルミオーネに出発だー!!」


 俺はリルカの手を取って駆け出した。かわいい小さな女の子と手を繋いでも警戒されない。これだけは女になって良かったと思えるかもしれない。


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