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俺が聖女で、奴が勇者で!?  作者: 柚子れもん
第一章 伝説の中の竜
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3 勇者降臨

「はあ……はぁ……」


 あの女の家を飛び出してから、どのくらいたったのだろうか。目の前にはティレーネちゃんと出会った広場が見える。

 知らない場所で迷いに迷ったが、なんとか元の場所へと帰ってくることができたようだ。

 そして、広場の先には女神の大聖堂がそびえ立っている。

 きっとティレーネちゃんはあそこにいるだろうし、あそこに行けば誰かが何とかしてくれるだろう。

 そうすれば、この女の体になってるとかいう訳の分からない事態からもさよならだ。俺は何事もなく勇者になって、世界を救う旅に出られるはずだ。


「よしっ!」


 両手で頬をたたいて気合いを入れ直すと、俺は大聖堂へと向かった。



 ◇◇◇



 聖堂の中には、まだ一般の巡礼者と思われる人たちがたくさん残っていた。

 当然ながら、俺が中へ入っていっても誰も気にしていないようだ。

 俺は適当にその辺りにいた聖職者に話を聞くことにした。


「すみません、ティレーネさんという方を知りませんか?」

「ティレーネ? ああ、知っているよ」


 初老の聖職者はにこやかにそう答えた。

 よかった、案外簡単に会えそうだ。


「でも、今日は時間がないかもしれないな。今日は彼女のとても大事な日だから」

「大事な日?」

「そろそろここに来るはずだから、きっと少し話をするくらいなら大丈夫だろう」

「はい……?」


 何が大事な日なのかわからないが、ここで待っていればティレーネちゃんが来てくれるようだ。

 せっかくなので、しばらくここで時間をつぶすことにしよう。


 さすがにティエラ教会の総本山というだけあって立派な聖堂だ。

 礼拝堂には様々な花が描かれた色とりどりのステンドグラスがはめ込まれており、壁には一枚の大きな絵画が掛けてある。

 その中には一面の花畑の中で微笑む、美しい女性が描かれていた。

 腰のあたりまで延びる黄金色の髪には白と赤の花冠をつけており、身に纏う長い衣は白一色だ。だが胸や腰のあたりに色とりどりの花が飾りつけられている。

 腕にはめられた金の腕輪からは細長いリボンのような薄布がふわりと背中まで伸びており、天女の羽衣のようにも見えた。

 

 そう、豊穣の女神ティエラ様の肖像だ。

 

 今の俺の心境がそう思わせたのか、少しだけティレーネちゃんに似ているような気がした。


 俺が絵画を眺めていると、礼拝堂の奥へと続く扉の向こうがにわかに騒がしくなってきた。

 大勢の声や足音が聞こえる。どうやらこちらに近づいてきているようだ。

 先ほどの聖職者はじっと扉を見つめている。巡礼者の人たちも、同じように立ち止まって何かを待っているようだ。


 程なくして、扉が開いた。


 最初に現れたのは、中年の聖職者だ。

 彼は礼拝堂の中心まで進むと、おほん、と咳払いをした。


「善良なティエラの子らよ! 祝福の道は開かれた!」


 大げさに両手を広げて聖職者がそう宣言すると、まわりの人たちからどよめきが起こった。

 ……正直、俺には何のことだか全然わからない。一人だけ置いて行かれたような気分だ。


「さあ、勇者様、こちらへ!」

「え?」


 てっきり俺のことかと思ったが、彼が見ているのは俺ではなくさっきの扉だ。

 そして、再びゆっくりと扉が開かれた。



「初めまして。栄誉ある勇者という大役を拝命いたしました、クリス・ビアンキと申します」



 現れたのは俺、男のクリス・ビアンキと全く同じ顔をした人間だった。



 …………?



「ちょっと待てええぇぇぇ!!!」


 俺は勢いよく走り出すと、一気にその俺と同じ姿をした勇者(仮)へと距離を詰めた。

 いったい何なんだ。まったくもって意味が分からない。

 何で俺と同じ顔の奴がいるんだよ!


「誰だよ、お前!」

「えー、っと? どちら様かな?」


 俺が詰め寄っても、その勇者(仮)はすっとぼけた態度を崩さない。

 近くで見ると顔どころか服も俺が着ていた服そのものだ。


「何で俺と同じ姿なんだよ!」

「……おっしゃる意味がよくわかりませんが、どこかでお会いしましたか?」


 不気味な勇者(仮)はにやにやと笑っている。俺が問いつめてもまったく動じていないようだ。

 ふざけた野郎だ。思わずつかみかかろうとしたその時、横から聞き覚えのある声が響いた。


「やめてください! この方が誰だかわかっているのですかっ!?」

「っ!? ティレーネちゃん!?」


 その声に俺は思わず手を止めた。

 間違いない、彼女は数時間前に出会ったティレーネちゃんだ!

 彼女は俺が名前を呼んだのに反応して一瞬表情を崩したが、すぐに鋭く俺をにらみつけた。


「私の名を知っているという事は、あなたもティエラ教徒なのでしょう……ならば、この方が誰だかわからないのですか!? このクリス様は女神に選ばれた、我々に救いをもたらす勇者様なのですよ!」



 …………なんだそれ。



 俺が呆気にとられていると、そのクリスと名乗った勇者が俺に手を差し出した。


「まあ、世界には同じ顔が三人いるって言いますし、きっと人違いでしょう。そんなに気にしないでください、ボク達は同じ女神の信徒なのですから」


 そう言うと、勇者(仮)は俺に笑顔を見せた。

 勇者とは思えない、悪魔の様な邪悪な笑みを。



「あ……あああ!! おまえっ……さっきの!!」



 その顔を見て、俺にはわかってしまった。この邪悪な笑みは俺を騙した女と同じだ!

 彼女はいたずらに俺の姿を自分と同じ女に変えたんじゃない。

 自分の体と俺の体を入れ替えたんだ!!!


「さあ、みなさん行きましょう」

「ちょ、待てよ!」


 呆然とする俺の目の前で、勇者(偽)とティレーネちゃん達は聖堂の奥へと戻っていこうとしている。

 それを止めようとした俺は、ぬっ、と後ろから伸びてきた手に捕まえられた。


「おい、いい加減にしろ!」


 振り返ると衛兵が立っていた。

 ……俺を捕まえに来たのだろうか。

 仕事熱心なのはいいんだが今はそれどころじゃない。

 あいつを放置しておいたら絶対にまずい!


「離せって、早くあいつを追いかけないと!」

「勇者様の邪魔をするな!」

「あいつは勇者じゃない! 偽物なんだって!」


 俺がそう言うと衛兵は訝しげな顔をした。もしかしたら信じてくれるんだろうか。


「俺が本物の勇者で、あいつに体を入れ替えられたんだよ! 放っておいたらまずいだろ!」

「はあぁぁー」


 衛兵は大きくため息を付いた。残念ながら俺の話を信じた様には見えなかった。


「魔物の障気にでもやられたか? 人の体を入れ替えるなんてできるわけがないだろう」

「えっ?」


 二人の人間の体を入れ替えるなんて不可能だと?


 ……いや、そんなはずはない。現にあの勇者(偽)は俺の体を乗っ取ってるじゃないか!


「本当だって!」

「おい、これ以上騒ぐなら懲罰室にぶち込むぞ!」


 懲罰室。その響きだけで、そこに連れていかれたらやばそうだって事は俺にもわかる。

 このまま説得しようとしても、こいつは俺の話を信じないだろう。

 それに、さっきから目の前の奴以外の衛兵がこちらの様子をうかがってるのが見える。このままだと本当に懲罰室に連行されかねない。


「まあまあ、取りあえずはそちらの方の話を聞いてみましょう」


 そんな絶体絶命の状況にも救いの手が現れた。

 さっきティレーネちゃんの事を教えてくれた初老の聖職者だ。

 彼のおかげで、すぐに俺は聖堂内の一室へと通されることになった。



 ◇◇◇



「うーん、つまり君が本物のクリス・ビアンキで、さっきの勇者クリスは君の体を手に入れた偽物だと?」

「そうそう! そうなんです! 怪しい魔法とかを使ったんですよ、たぶん!」


 俺は必死にそう主張したが、俺の話を聞いてる聖職者は困ったような顔をしている。


「でもねえ、人の体を入れ替える魔法なんて聞いたことがないし……」

「でも、俺が本物の勇者なんです! 信じてください!」


 それは間違いない。俺は確かにあの日、リグリア村で手紙を受け取った。

 ……そうだ、手紙!

 俺は慌てて持っていた鞄をひっくり返した。


 あの女の部屋で気絶した後、俺が持っていた鞄は部屋の中に放置してあった。

 回収してくるのは忘れなかったので、俺が勇者に選ばれた証拠である手紙が出てくるはずだ。

 ぼとぼと、と目の前の机に俺の荷物がぶちまけられる。だが、その中に俺に宛てられた手紙はなかった。


「えっ、何で!?」


 金も、地図も、非常用のお菓子もちゃんと入っているのに、あの手紙だけが忽然と消えてしまっている。


「その手紙なら見たよ。さっき礼拝堂に現れた勇者クリス様が持ってこられたんだ」

「そんな……」


 どうやらあの女は俺の荷物から巧妙に手紙だけを抜き取って行ったらしい。

 一体どうすれば、俺の言う事を信じてもらえるのか……。


「あのね、君。いたずらもこの辺にしておかないかい?」

「えっ?」


 思わず顔を上げると、相変わらず困った顔の聖職者と目があった。

 その顔には少しだけ呆れが滲んでいた。


「これ以上勇者様を貶めるような話を続けるなら、私たちもそれなりの対処をしなければいけなくなるんだ。君もご家族に迷惑はかけたくはないだろう?」


 言い方は優しいが、完全に脅しだ。そして、俺には効果抜群だった。

 故郷の両親なら俺の話を信じてくれるかもしれない。

 女の子になってしまった俺でも、家族として受けいれてくれるかもしれない。

 でも、そんなのは絶対に嫌だ。

 考えてみて欲しい。俺は故郷を出発するときに、世界を救う勇者になると散々村のみんなに大口を叩いて出てきたのだ。

 それが、王都に来て初日に変な女に騙され、勇者の資格を奪われて、挙句の果てには女の子にされて戻って来たなんてことになったら……とんだ笑いものだ!

 それだけは絶対に避けなければいけない!!


「……ごめんなさい……」


 情けなさすぎて涙が出てくる。

 そんな俺を見て、反省したと思ったのか聖職者はあっさりと解放してくれた。



 ◇◇◇



「これからどうしよう……」


 夕日に照らされた広場のベンチで、俺は途方に暮れていた。

 もう一度目の前の大聖堂に殴り込もうかとも思ったが、成功する気がしないのでやめておいた。

 さっきの様子だと、教会の人間に信じてもらうのは無理そうだ。こうなったらあの勇者(偽)を直接問い詰めて魔法を解いてもらうしかない。

 だが、奴はおそらくまだ聖堂内にいる。俺には手の出せない領域だ。


 じきに夜が来る。金はいくらか持ってきているので今夜の宿を探すか、夜通しここで聖堂を見張るかそろそろ決めなくてはならない時間だ。


「それでね、あそこの宿屋に勇者様が泊まってるんだって!」

「えぇー、本当に?」

「!?」


 ぼんやりとしていた俺の耳に、突然とんでもない会話が聞こえてきた。

 慌てて声の主を探すと、俺の目の前を若い女性の二人組が歩いているのが見えた。

 彼女たちだ! 


「すみません! それってどこの宿ですか?」

「え? カトレア通りの夜の雫亭って所だけど……」

「ありがとう!!」


 それを聞いてすぐに俺は走り出した。

 大丈夫、目標は決まった。


 襲撃は今夜だ。


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