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女に転生した親友が可愛く見えてきた誰か俺を止めてくれ(2)

「それで、お前はいつから記憶があったんだ?」


 そう問いかけると、目の前で美味しそうにパフェを頬張っていたマリカが顔を上げる。


 人目を避けるようにやって来た軽食屋で何でも頼んでいいと言うと、クリストフ――マリカはこんな早朝にも関わらずクリームたっぷりのパフェを注文していた。

 見ているだけで胸やけするようだ。


「んあ? 記憶って?」

「百年前の……前世のだよ」

「あぁ、いつからっていうと……さっき?」


 そう言うと可愛らしく首をかしげて、マリカまたクリームをつつき始めてしまう。

 ラザラスは慌ててスプーンをひったくった。


「おい、食べるのは後にしてくれ。それよりさっきってなんだ!」

「え、だってさっきはさっきだし」

「具体的にいつだ」

「お前とすれ違った時。お前に声かける3秒くらい前かな」


 何でもない事のようにマリカはそう告げる。

 ラザラスは思わずテーブルが大きな音を立てるほどに身を乗り出した。


「はぁ? 前から覚えてたんじゃないのか!?」

「違う違う。ていうか今もよくわかんないし」


 マリカは顎に手を当ててうーん、と唸りながら何か考え込んでいる。


「……クリストフ、念のため確認しておくが、どこまで覚えている?」

「うーん、私がクリストフっていう男の生まれ変わりで、お前がアウグストで私たちは親友だったかな……って事くらい。なんかぼんやりしててそれしかわかんない」

「は…………」


 予想外の言葉にラザラスは固まった。

 ……が、気合で我に返る。


「今まで思い出していなかったのか?」

「うん。さっきお前とすれ違った瞬間なんかぴーん!と来て……『あいつアウグストだ! 声かけなきゃっ!』って気分になって……気が付いたら声かけてた」

「なるほど」


 まったく納得はできないが、なんとなく状況はわかった。

 物心ついた時から前世の記憶を保持していたラザラスとは違い、マリカはクリスと同じくほとんど百年前のことを覚えていないようだ。


「でもなんか……お前と話してるといろいろ掴めそうになるんだ。ほらあの……赤い髪の、なんだっけ……胸のでかい……」

「…………アンジェリカのことか?」


 その特徴に合致する人物は一人しか思いつかない。

 ラザラスとクリストフの運命を大きく動かした、あのアンジェリカのことだろう。


「そうそう! アンジェリカだ!! 確か三人でいろんなとこ行ったよな!!」


 マリカは嬉しそうに笑っている。ラザラスはその姿を見て違和感を覚えた。

 確かに……百年前、三人で旅をしている頃は楽しかった。

 だが、自分たちの旅の結末は……到底笑って話せるような物ではなかったじゃないか。


「三人で旅して……あれ、でもなんで旅してたんだっけ……?」


 マリカは不思議そうに首をひねっている。

 その姿を見てラザラスは悟った。

 クリストフ――マリカは、百年前の悲劇のことを覚えていないのだ。


「……世界の平和の為、だ。そして俺たちはそれを成し遂げた」

「そうだっけ? ならよかったな!」


 どうしてもアンジェリカの、自分たちの身に起こった事を話せなかった。

 少し硬い口調になってしまったが、マリカは特段気にした様子はない。

 ……きっと今はこれでいい。前世のことをほとんど覚えていない状態のマリカに、あんな悲劇の話はしたくなかった。


「でもお前も私もこうやって生まれ変わったってことはアンジェリカの生まれ変わりもどっかにいるのかな?」

「あ、あぁ……」


 確かにアンジェリカの生まれ変わりも存在する。

 そのくらいは知らせておくべきだろう。


「アンジェリカも今の時代に生まれ変わってるよ」

「やっぱそうか! やっぱ女? でも私が前が男で今が女だし、あいつが男の可能性もあるのか?」


 その言葉を聞いて、ラザラスは少し驚いた。

 ……そうか。今のクリストフは女だったのか。

 見ればわかる。わかるのだが……ラザラスにとってのクリストフは気安い男の親友だ。

 どうしても、その意識が抜けない。


「アンジェリカは、男に生まれ変わったんだが今は女になったというか……」

「なんだそれ! あいつ生まれ変わってもいろいろやらかすな!!」


 とんでもない事実を話したというのに、マリカはおかしそうにけらけらと笑っている。

 前世のクリストフと同様に、あまり細かい事は気にしない性格なのかもしれない。

 ならば……もう少し話をしても大丈夫かもしれない。


「アンジェリカなんだが今は女になって、その……男の恋人が、いるようなんだ……」


 つい先日リグリア村で会ったばかりのクリスの様子を思い出す。

 ラザラスはティエラ教会が『勇者クリス』を探していることを伝えに、リグリア村のクリスの元を訪れた。

 クリスの家に着いた時丁度出かけているようだったので家の前で待っていたラザラスの前に、クリスは現れた。


 同じ年頃の少年と、腕を組み密着した状態で。


 あの時は何とか平静を装って忠告することはできたが、内心ラザラスは動揺しっぱなしだった。

 今のクリスに恋人がいても何らおかしくはない。ないのだが……実際にその現場を目にすると中々ショックを受けるものだ。

 あの時のクリスは少し着衣が乱れていたし……いや、それ以上の詮索はよそう。


 確かに今世で初めてクリスに出会った時、あの少年は既にクリスの傍にいた。

 竜を倒す秘策を探しに聖堂の地下に踏み込んだ時も、口では辛辣な事を言っていたが彼は常にクリスの様子を気にかけていたようだった。

 今思えばきっと……彼はあの時既にクリスに想いを寄せていたのだろう。


 次に彼の姿を目にしたのは、レーテ達と共に身を寄せた解放軍の中でだった。

「勇者テオ」が処刑され、彼と共にいたクリスは行方知れず。ジェルミ枢機卿――ニコラウスは彼女の行方を捜しているのと同様に、その少年――ヴォルフも必死にクリスを探していた。

 そして、ニコラウスよりも先に……彼はクリスを見つけ出した。

 ニコラウスと繋がるティレーネに気をつけろ、と忠告しようかとも思ったが、結局ラザラスは何も言わなかった。

 彼らならば大丈夫、何の確証もないが、そんな気がしたのだから。


 ルディスが撤退した後、初めてクリスと核心に迫った話をした。

 その時クリスの手を握ったのは決して他意があったわけではなく、その方がラザラスの思いをより強く伝えられると感じたからだ。

 だが、クリスの手を握った瞬間背後から刺すような殺気を感じ、柄にもなく背筋が寒くなった。

 誰がそんな殺気を放っていたかなんて……確認せずともわかる。


 つい先日リグリア村に行った時も、彼が本当にクリスを大切に思っているか試すためとはいえ、少し意地の悪い言い方をしてしまったかもしれない。

 おかげですっかり敵視されてしまったようだ。


 彼がそんなにラザラスを邪険にするのも、クリスへの(ちょっと行き過ぎ感は否めない)愛情ゆえだろう。

 それは喜ばしいことだが、ラザラスには一つ懸念があった。

 目の前のマリカ――クリストフのことだ。


 百年前、クリストフがアンジェリカに思いを寄せているのには気づいていた。……というかクリストフは酒に酔うといつもアンジェリカ(の主に胸)を褒めていた。ラザラスがうんざりするほどに。

 アンジェリカの方は「いつか故郷を追われた王子様とか、身分を隠した貴族とかと恋に落ちるの!」などと夢物語を語っていたが、何だかんだでクリストフとは仲が良かった。

 戦いが終わり平和になった暁にはきっと二人は結ばれるのだろう。ラザラスはそう思っていた。

 ……前世は前世、今は今。そうわかってはいるが、ラザラスでさえクリスが他の男に心惹かれているのには少しショックを受けたのだ。

 ましてやアンジェリカに思いを寄せていたクリストフは……その事実を受け入れられるのだろうか。

 心配になりちらりと視線を上げると、マリカはぽかんとした様子でラザラスの話を聞いていた。

 そして大きく息を吐きラザラスに視線を合わせると、彼女は花が咲くように笑ったのだ。


「あいつリア充かよ! むかつくな~」


 怒りや、嫉妬などではない。純粋に友人の幸せを喜ぶ笑みだった。

 ……不覚にも、その純粋な笑顔に見惚れてしまうほどには。


 クリストフはまだ完全に前世のことを思い出したわけじゃない。

 でも……今のクリストフ――マリカなら、全てを知ったうえでもアンジェリカの幸せを祝福するのではないか。

 そう思えて仕方なかった。

 昔からそうだった。クリストフはズボラで、馬鹿で、すぐに厄介事を引き起こすような奴だったが、困っている人がいればいつも手を差し伸べていた。

 彼の引き起こす厄介事に巻き込まれた事も一度や二度ではなかったが、不思議と憎めなかった。いや……憎むなんてとんでもない。アウグストも、アンジェリカも、いつもクリストフの底抜けの能天気さに救われていたのだから。

 クリストフの持つ暖かさは何も変わっていない。

 その笑みを見ていると、何もかもが「まぁいいんじゃないか」という気分になってくるから不思議だ。


 ……自分は、過去にとらわれ過ぎていたのかもしれない。

 過去は過去。今は今。

 ラザラスもクリスもマリカも、こうして新しい人生を歩んでいる。

 百年にわたるルディスの脅威は去り、非業の死を遂げたアンジェリカはクリスとして、充実した日々を過ごしているはずだ。

 過去だけではなく、それ以上に未来に目を向けるべきだろう。


「そういえば……お前は王都に住んでいるのか?」


 ラザラスとて広大な王都のすべての民を把握しているわけではないが、クリストフの生まれ変わりとずっと同じ街で暮らしていたというのなら、何故今まで気づけなかったのかと少し悔しく思えてくる。

 だが、その問いかけにマリカは首を横に振った。


「ううん。ここに来たのは最近だよ。私の実家ってさぁ、すごい田舎なんだよね」


 マリカの話では、彼女の実家はミルターナ聖王国南部地方の小さな村であり、王都にやってきたのはほんの最近だという事だった。


「出稼ぎってやつ? ちょっと違うけどさ」

「そうか。もう仕事は決まってるのか?」

「ばっちり! 初出勤は今夜なんだ!!」


 マリカは嬉しそうに親指を立てて見せた。

 だが、ラザラスはその言葉に少し引っ掛かりを覚えた。


「今夜……?」


 若い女性が夜の仕事……いや、まだそうと決まったわけではない……。


「…………どこで、働く予定なんだ?」

「えへへ、それがね。アザレア通りのお店なんだ!」


「………………はああぁぁぁぁ!!?」


 いきなり叫んで立ち上がったラザラスに、マリカはびくりと怯えたように肩を跳ねさせた。

 だが、ラザラスはそんなマリカの様子を気にする余裕はなかった。


 アザレア通り――そこがどういう場所なのかは、ラザラスも知っている。

 確かそこは、いかがわしい店が立ち並ぶ色街だったはずだ……!!


アウグスト(男)→ラザラス(男)

アンジェリカ(女)→クリス(男→女)

クリストフ(男)→マリカ(女)


更にクリスはクリストフの遠い子孫で英雄アウグストに憧れている……というややこしい関係になります!

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