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欲望渦巻く聖恋祭!(作成編)

 イリスに連れてこられたのは、大学の中の調理室のような場所だった。


「……お久しぶりです、クリスさん」

「ティレーネちゃん、元気そうでよかったよ!」


 中にはティレーネちゃんがいて、俺の姿を見るとぺこりと頭を下げてくれた。

 ……よかった。彼女は思ったよりも元気そうだ。


「よーし、そろったところでチョコを作りたいと思いまーす!!」


 イリスは元気よく宣言すると、机の上に置いてあった大き目の箱を開けた。


「うわぁ……これ全部チョコ!?」

「ふふん! 質より量で勝負なのだ!」

「そこは質にこだわれよ」


 箱の中には見た事も無いほどたくさんのチョコが入っていた。

 見たところ、特別な装飾のないシンプルなチョコだ。

 ……でも、チョコはチョコだ。


「もうこれあげればいいんじゃない?」

「ばっかもーん! それでは愛情が込められないではないか!!」


 イリスは憤慨したようにチョコの一つを俺に投げつけてきた。

 こらっ、食べ物を粗末にするな!!


「……で、これをどうすんの?」

「溶かして固める」

「うわっ、シンプル……!」


 それはチョコを作るって言えるんだろうか……。

 呆れた俺に、イリスはしたり顔で口を開いた。


「ノンノン、シンプルイズベスト!!」

「まぁ固めるときにクリームとかビスケットとか入れるから、手を加えないってわけじゃないのよ」

「へぇー」


 ミラージュが別の机を指差す。確かにそこには何やらいろいろトッピングらしきものが用意されていた。

 うーん、俺からするとそれなら普通に買った物を渡した方がいいような気もするが、やっぱりこういうのは「手作り」っていうのが大事なのかな……。


「それじゃあ始めよう!」


 リルカの声を合図に、俺達はチョコ作りへと取り掛かった。



 ◇◇◇



 結論から言うと、チョコ作りは特に問題なく進行した。

 まぁチョコを溶かしていろいろ混ぜるだけなので、よっぽどのことが無い限りは大丈夫なんだけどな!

 型に入れて固める段階になって、ミラージュは俺とティレーネちゃんに大きな型を差し出してきた。


「はい。あなたたちはこれよ!!」

「うわぁ……」


 見れば、両の手のひらほどの大きなハート形の型だった。

 この形にするのか……。


「ふふん! 本命有りの子はこれっきゃないわね!」

「本命……ていうとリルカとイリスは?」


 ちらりと二人の方に視線をやると、二人はきゃいきゃいといくつもの小さな型にチョコを流し込んでいた。


「恋人のいない子は男女問わず普段世話になってる相手に渡す……っていうのが一般的みたいね」

「そっかぁ……」


 よかった、これで胸の中のもやもやが一つ晴れた気分だ。

 イリスとリルカがチョコを作ると言った時点で、もしや俺の知らない間にどこぞの男が二人をたぶらかしたのでは……と嫌な想像に駆られていたが、どうやらそんな事はないようだ。

 本当によかった、これでどうやって穏便に相手の男を湖に沈めるか考えなくても済むな!!


「ほらほら、私たちもさっさとやっちゃうわよ!」


 ミラージュにせかされて、俺とティレーネちゃんも巨大なハートにチョコを流し込む。

 うーん、何か流されてしまったけど冷静に考えたらすごく恥ずかしくないか……!?


「あっ、ちょっと待って!」


 ミラージュはごそごそと胸元から小さな小瓶を取り出すと、俺とティレーネちゃんのチョコに降りかけた。

 どろりとした、透明な液体だ。

 俺とティレーネちゃんとミラージュ。三人のチョコに混ぜると、瓶の中は空になってしまったようだ。


「何これ? リルカたちにはいいの?」

「ふふ、あの子たちにはまだ早いわ。大人限定よ」


 ミラージュは悪戯っぽくウィンクした。

 大人限定……酒でも入ってたのかな?


「そっちはできたー?」


 イリスが機嫌良さそうに呼びかけてきた。

 ミラージュが答えると、リルカは不思議な模様の入った箱を用意した。


「ここで冷やします」

「どうやって?」

「魔法で冷やし続けるの」

「お、おう……」


 地味に大変だな……。変わってやりたいが残念ながら俺にそんな高度な魔法は使えない。

 冷えるのを待つ間、ティレーネちゃんがお茶を淹れてくれたので俺たちは余ったチョコを食べつつ優雅なティータイムを堪能した。

 リルカは箱から手が離せなかったようなので、イリスが次々とリルカの口にチョコを突っ込んでいた。

 もぐもぐとチョコを咀嚼するさまは小動物の様で非常に愛らしい。


「冷えたら完成だな!」

「甘いねクリスは。最後の仕上げが残ってるんだよ!」

「仕上げ?」

「そうそう。ではミラージュ先生、お手本をお願いします」

「はぁーい」


 ミラージュはばちんとウィンクすると、リルカの箱から大きなハート形のチョコを取り出した。

 さっきミラージュが作ったものだろう。

 見たところ、チョコは完全に固まってるようだ。

 さすがはリルカ。なんか魔法の使い道が間違ってるような気もするけど!


「ふふん。このチョコをデコレーションするの!」

「デコレーション?」


 ミラージュは何やら先のとがった筆のような物を手に取ると、チョコの上でぎゅっと絞りはじめた。

 そのまま、さらさらと筆らしきものを動かしていく。するとチョコの上には、白い文字が描かれていく。


「メッセージとか、絵をつけてオリジナリティで勝負するのよ」

「へぇー。ミラージュはなんて書いて……うわぁ……」


 チョコの上にははっきりと「私を食べて!」みたいなことが書いてあった。

 これはチョコを食べろという事なのかそれとも……いや、それ以上は考えないでおこう。


「ほら、あなた達も書きなさい。とびっきり熱ーい愛情をね!」

「えー……」


 メッセージを書く、というのはなんとなくわかるけど、さすがにミラージュみたいなのはドン引きされそうだ。

 ちらりと隣にいたティレーネちゃんに視線をやると、彼女は真剣な顔でチョコを凝視していた。


「とびっきり、熱い、うぅ……私はどうすれば……」

「ティレーネちゃん! ミラージュの言う事はまともに受け取る必要ないからな!?」


 俺なんて痴女みたいな恰好で極寒の地を歩かされそうになった。

 ミラージュのいう事なんて話半分に聞いていた方がいいだろう。


「そ、そうですよね……! えいっ……」


 ティレーネちゃんもチョコの上でさらさらと筆を動かす。

 彼女が描いたのは、ティエラ様の象徴となるティラの花だった。


「女神の名のもとに、汝に豊穣の大地の恩寵を」

「『あなたの幸せを祈ります』みたいな意味もあったよな……」


 ティラの花はミルターナではお守りとされることが多い。

 きっと危険な目にも合う仕事についている、レーテを想う彼女の気持ちが込められているんだろう。


「あなたらしくて素敵よ。ほら、次はクリスね」

「うぅ……」


 いよいよ俺の番が来てしまった。

 でも、何を書けばいいんだ……?

 ミラージュのは論外。ティレーネちゃんみたいに描くものも思いつかないし……。


「なんでもいいのよ。あなたの気持ちが伝われば」

「思い切って『愛してる!』とか書いちゃえばぁ?」

「ヴォルフさんなら、何でも喜ぶんじゃないかな……」


 気持ちが伝わる、何でもいい、ヴォルフ……


 心に浮かんだものを、俺はそのままチョコに記した。


「……」

「…………」

「え、なにこれ……」


 だが、皆の反応は冷ややかだった。

 おいおい、散々煽っておいてそれかよ!


「何よこれ。熊?」

「……スコルとハティ」


 俺が描いたのは、俺のかわいい契約精霊――スコルとハティの二匹だ。

 理由は特にない。ヴォルフ→フェンリル→スコルとハティという直感だ。

 確かに、俺にはあまり絵心がない。心の目をフル活用しないと狼型の精霊には見えないかもしれないな……。


「……見えないよ! 潰れた熊にしか見えない!!」

「が、頑張れば犬に見えないことも……」

「もう! これで何が伝わるって言うのよ!!」

「あーもううるさいな! 何でもいいんだろ何でも!!」


 やけになってそう叫んだその時だった。

 俺達のいる部屋の扉が、何の前触れもなく唐突に開いたのだ。


「……やかましいな。外まで響いてたぞ」


 扉の向こうに立っていたのは、呆れたような顔をしたレーテだった。


「あーダメダメ! ここは男子きんせーでーす!!」


 部屋の中へと踏み入ろうとしたレーテを、慌てたようにイリスが押しとどめている。


「そんな生意気な事を言うのはこの口か」

「いひゃいいひゃい! 暴力はんたーい!!」


 レーテはギリギリとイリスの頬をつねり、イリスはじたばたと暴れている。

 その隙に、ティレーネちゃんはさっと俺たちが作ったチョコを物陰に隠していた。

 確かに、この段階では見られたくないよな……。


「ていうか男子禁制なんだろ。あいつはいいのか」


 レーテが納得いかないような表情で俺を指差した。

 ……そう言われればそうだな。今まで気づかなかった!


「うーん…………いんじゃない?」


 イリスはしばし考え込んだ後、軽くそう口にした。

 俺としては光栄というべきか、残念というべきか……。


「納得できない……でも、」


 レーテは腑に落ちない様子でそう口にすると、俺の方へと向き直る。


「君も遠路はるばるよく来たね。久しぶり、クリス」

「お、おう……!」


 朗らかな笑みを浮かべながらレーテが近づいてくる。

 ちょっとどきりとしつつ視線を合わせると、レーテはにこりと笑った。


「君に、伝えたいことがあったんだ」


 レーテがそっと俺の方へと手を伸してくる。

 腕が体にまわったかと思うと、そのまま優しく引き寄せられる。


 …………え? なにやってんの?

 ここにはティレーネちゃんもいるんですけどぉ!!?


 パニックに陥りかけた次の瞬間、俺の体は宙に浮いた。


「なに人の魔道書に落書きしてくれとんじゃゴルァァァァ!!!」

「ぎゃいん!!」


 逆さに持ち上げられ、無慈悲にも地面に叩きつけられた!


「出たっ! レーテのパイルドライバーだぁっ!!」

「ひゃあぁぁ! 実況してないで助けないと!!」


 あぁ、やっぱり俺を助けてくれるのはリルカだけだ……。

 リルカに介抱されつつ起き上がると、物凄い顔して俺を睨み付けているレーテと目が合う。


「いたぁい……」

「かわいこぶって誤魔化そうとしてんじゃねーぞ」


 駄目だ、やっぱりこいつには通じなかった。

 ていうかやっぱり魔道書に落書きしたのばれてたのかー!!


「お前一方的に犯人扱いしてるけどな、俺が犯人だって言う証拠はあるのかよ!!」

「こんなバカげたことをするのは君かイリスしかいない。イリスはこの前洗いざらい吐かせたときに無実だってわかったから犯人は君だ」


 雑な推理だ。でも当たってるのが怖い!


「まぁまぁ、あんまり暴れると埃がたつわ。ここは喧嘩両成敗って事で」

「……ふん」


 仲裁に入ったミラージュに、レーテはぷいっっとそっぽを向いてしまった。だが、それ以上俺に突っかかってくることもなかった。

 あいつも今は男の体だし、やっぱり巨乳の力には逆らえないのかもしれない。


「……これ、作ったのか?」


 ちょうどレーテの視線の先には、リルカとイリスの作った小さくかわいらしいチョコがたくさん並べてあった。


「ふふーん、よくできてるでしょ!」

「見た目はね。てっきりどんな暗黒物質ダークマターができるのものかと思ってたけど」


 なんて失礼な奴なんだ! 

 本当にティレーネちゃんはこいつのどこがいいんだろう……。


 その後、レーテにばれないようにこっそりラッピングを施し、部屋を片付けて俺たちのチョコ作りは終了となった。

 またレーテとイリスが口げんかを始めた隙に、ミラージュが何故か小声で俺とティレーネちゃんを呼び寄せてきた。


「一応注意しておくけど、渡す時は絶対に本命と二人っきりになるようにしなさいよ」

「うーん……?」


 ちゃんとそれっぽいムードを作れってことなのか?

 そんなことを考えた察しの悪い俺とは対照的に、ティレーネちゃんは何かに気づいたようだった。


「最後に入れた瓶の中身……何だったんですか」


 どこか詰問するような口調のティレーネちゃんに、ミラージュはなんでもないように笑った。


「あぁ、あれは惚れ薬よ。ほ・れ・ぐ・す・り」


 次の瞬間、俺もティレーネちゃんも固まった。


「…………はぁぁああ!?」

「しぃーっ! 向こうに聞こえるじゃない!!」


 大人限定って、惚れ薬だったのかよ!

 なに入れてくれちゃってるんだよ!!


「ほ、惚れ薬って……!」

「なに怒ってんのよ。即効性だけど効果はそんなに強くないから安心して。食べた直後に目の前にいる相手を好きになるから、絶対二人っきりの時に渡して食べさせなさいよ」


 ショックを受ける俺たちを尻目に、ミラージュはつらつらと薬の効果を述べていく。

 即効性、効果は数日、そんなに強くない……って十分強いだろ!!


「こんなの渡せません!」

「なに躊躇してんのよ。別に永遠に続くって訳じゃないんだからいいじゃない」


 真っ青になったティレーネちゃんに、ミラージュはずいと顔を近づけた。


「別にいいじゃない。数日だけでも見たくない? 相手が心底自分に惚れてる夢を」


 妖艶に笑ったミラージュに、俺もティレーネちゃんもごくりと唾を飲み込んだ。


 見たくない……と言えば嘘になる。

 いけないことだとはわかってる。でも、弱虫な俺は心が揺らいでしまった。

 たった数日の間だけでも、決して揺らぐことのない愛を手に入れられるのなら。


「数日の努力次第では一時のまやかし永遠になるかもしれない。………いいじゃない。どんな手でも使った者勝ちよ」


 そう笑ったミラージュは、まさしく悪魔だった。

 人を惑わす、魔の者だ。


 手に持ったチョコが急に重く感じられた。

 これを使えば、永遠の愛が手に入るかもしれない……。


「すべてはあなた達次第よ。……お互い頑張りましょう」


 まったく悪びれる様子のないミラージュに、俺はもう何も言い返せなかった。



 ◇◇◇



 手を振るリルカたちがどんどん小さくなっていく。

 行きと同じようにテオの背中に揺られ、俺はじっと作ったばかりのチョコの箱を握りしめていた。

 ……惚れ薬入りの、特製チョコを。


「……ミラージュ、お前また何かやらかしたんじゃないだろうな」

「ふふ。明日が楽しみね、ダーリン?」


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